忘れ草 煙管と妹紅と慧音先生のSS
神無月の半ば。秋を司る神様の信仰が減ってその力を徐々に失ってきたのだろうか、年々短くなってきたような、やっぱりそうでもないような——まあなんでもいいか涼しいし。
そんなことをとりとめもなく考えた妹紅は、見た目の可憐さには似つかわしくない、よいこらせ、と若さを感じられない掛け声とともに、背負っていた籠を縁側に下ろした。そして背中に手を回し、地面に擦りそうな長さの髪を持ち上げて踏まないようにすると、どしりと勢いよく腰を下ろし、ほうと一息ついた。
重い荷物から解放されてふと気付くのは、りんりんころころと騒ぎ立て始めた虫の声。あたりを見渡してみれば、夕焼けがてらてらと若竹を照らし、その色を普段よりも紅く染めている。
「……竹の春、か」
そう独り言ちたその時、遠くの方からごぉん、と鐘の音。人里で刻を知らせる鐘が鳴ったのだ。
「鐘、ねぇ……」
今日の気分だろうか、無性に寂しいような、決して愉快ではない感情を味わって眉間にしわを寄せながら、遠く山間に落ちていく夕焼けを眺めていた妹紅は、思い出したかのように籠を漁り、やがて片側に布で蓋がされた細い竹筒を引っ張り出した。
急くように蝶結びをほどき、巻き付いた紐を引っ張り一気に外し、布を引っぺがすと、滑り落ちてきたのは両端に金属が取り付けられた一尺もない棒、煙管である。
今度はもんぺの衣嚢から、鈍色の円くて薄い箱を仏頂面のまま取り出して傍に置き、蓋を開く。中を見ればもう底が弱く輝き返してくるほどには少ない。だが、二服や三服はできるであろう。
早速細切れのそれを摘み取り指で丸めて、火皿にぐりぐりと押し込んだのち、吸い口を咥えた。そして余った左手の人差し指に灯りを点けると火皿に近づけて、遠くから炙るように慎重に慎重に火を灯した。
おもむろに立ち上る細い煙。まるで匙から熱い味噌汁をすするように煙を口に移すとそのまま口内で転がして味わい、溜息をつくようにふうと吹かす。そのまま一呼吸も置かず、もう一度吸い、軽く開いた唇から紫煙をくゆらせた。ようやく人心地ついたのか、妹紅の表情は心なしか緩んでいるようだった。
煙草。妹紅が生まれてから数百年もの月日が経った後に日本に渡ってきた、煙を吸って吐くだけの行為。彼女としては存外嫌いではなく——もっとも、はじめのうちは盛大にむせ返り二度と吸うもんかと思ったものだが——、いつしか日常生活の中で一区切りのたびに煙をたなびかせるようになっていた。後にも先にも長すぎる命と、わずか三服もすれば消えてしまうちいさな火。そこに余りにも大きな差を感じておもしろく思ったんだっけ、と遥か遠い昔を懐かしむ。
そういえば、と煙管の方に意識を移すと、いつの間にか火は消えていた。火皿を地に向けて雁首をとんとんと指で叩き、灰を落としながらもう一服するか迷ったが、かぶりを振ってそれを否定する。近頃は口うるさい友人に、耳にたこが十はできるほどやめるよう言われているのだ。見つかればただじゃ済まない、それこそ新たに三個はたこが増えてしまう。それに彼女は私が家に戻るくらいの時間に、柿のおすそ分けに訪ねてくると言っていなかったか——
「おーい!」
聞こえてきたその声に、妹紅は顔を引き攣らせた。件の友人、上白沢慧音が来てしまったのだ。まずい、まだ煙管を掃除していないし、たとえどうにか誤魔化しても彼女の鼻は悪くない、匂いでばれてしまう。
どうしようか迷う妹紅だったが、慧音は額に青筋を浮かべて歩調を速め、ついには走り出してしまった。妹紅の右手にしっかりと収まったそれを発見してしまったのである。
「妹ぉ紅おおぉぉ!」
月まで届くような叫び声に、ついに妹紅は迫りくる友人の方へと顔を向けた。その表情は数分前とは打って変わって、確かに和らいでいた。いささか強張ってはいたが。
処女作でした。感想などいただけたら嬉しく思います。




