【連載版始めました】旦那様と離婚して、私は幸せな未来を掴む~恋愛傷心中の私を癒してくれた氷の魔術師団長様が、私を好きってほんとですか?~
その人はとても輝いて見えた。
彼は氷の魔術を使って華やかにパレードを彩っていく。
私は思わず呟いてしまった。
「私、一気にエルネスト様の虜になってしまいました」
離縁で傷心中だった私をここまで癒してときめかせてくれた彼が、私の最後の恋の相手になるなんて夢にも思わなかった。
***
それは、エルネスト様を好きになる数ヵ月前のこと。
私は十歳年上の旦那様と暮らしていた。
旦那様とは私が初めて招待された社交界で出会って、結婚したのだ。
貧乏な男爵家の生まれだった私は、その日まで社交界に参加することができなかった。
しかしその日は、「貴族の端くれなんだから婚約者の一人でもいなきゃだめ!」と公爵家に嫁いだ伯母様の計らいでダンスパーティーに行くことになったのだ。
そんな時に私に優しく手を差し伸べてくれた人が、旦那様である。
実家への支援も快く引き受けてくださり、大変ありがたく思っていた。
(私の一生をかけて、旦那様をお支えたい!)
そう思っていた。
今、この瞬間までは……。
「いやあ~相変わらず、私の評判は良いな! それもこれもエミリアのおかげだ。少しばかりうちより貧乏で可哀そうな境遇だから拾って妻にしてやっただけなのに」
「奥様に聞こえたら、大変なことですよ!!」
「大丈夫だよ、今日はあいつは実家に戻っているはずだ。今日くらいゆっくり羽を伸ばしてもいいじゃないか」
急遽実家行きが中止になって屋敷にいたのだが、それがきっかけで旦那様の本性を知る事となった。
旦那様がそんなことを……?
私がショックを受けている時に、旦那様はまだ執事と話していた。
「ああ~人助けは気持ちがいいな! 今日は『救世主伯爵』と言われてしまったよ。それに、あいつは初心だから『好きだよ』と言っておくだけで愛されてると思い込む。楽でいいよ。あいつと結婚したのは、あの男爵の領地にある『聖域』が欲しかっただけなのにな」
『聖域』というのは、魔術師が誕生したとされる神聖で美しい地。国の宝とされていて私たちはその聖域の管理を任される一族だった。
まさか、私との結婚はそれ目当てだったの?
今まで旦那様と過ごした日々が思い返される。
優しく差し出された手も、実家を大切にしてくれたことも、それに私を好きになってくださったことも全て噓だったということ?
恋愛に不慣れな私に優しく接してくれて、いつもゆっくりと進めてくれた。
でも内心はそんな私を嘲笑って、「楽でいい」と思っていたの?
私の結婚、間違ってたのかな……。
そして、旦那様は高笑いしながら言った。
「私の中であいつはただの俺の評価をあげるための『道具』だ! あはは!」
その時、私の心は我慢の限界を迎えた。
だから、扉を開けて旦那様へ伝えることにしたのだ。
「旦那様」
「なっ! エミリア、どうしてここに!?」
旦那様もそして隣にいた執事もひどく動揺している。
「旦那様、今までそう思っていらしたのですね」
「な、なんのことだ……」
しらを切るおつもりなのね。
そうですか。では、もう遠慮はやめさせていただきます。
「旦那様、私と結婚したのは『聖域』を手に入れるためだったのですね。恋愛に慣れていない私を嘲笑って楽しかったですか? 私ではあなたを満足させられなかったでしょう。五年間、いえ、婚約者時代も含めると六年でしょうか。大変お世話になりました。ありがとうございます」
「な、何をいっているんだ」
私は丁寧にお辞儀をして言い放つ。
「旦那様、離縁していただきます」
私は全ての荷物を置いて彼との思い出を引きずらないため、伯爵家を後にした。
やがて、私は国の戸籍管理所へ離婚申請書を申請した。
これで彼へ離婚請求書が届き、彼が署名すれば離婚成立となる。
おとなしく離婚を受け入れるとは思わなかったので、私は一つ策を講じた。
「エミリア、無事に済んだわよ」
「ありがとうございます、伯母様」
事情を全て聞いた伯母様が国の戸籍管理所の相談部署に掛け合ってくださり、夫から妻への不適切な言動や妻の自尊心を傷つけた行為を理由に強制的に離婚が成立した。
伯母様は私にお茶を出してくれると、優しく問いかける。
「よかったら、しばらくうちにいなさい」
「でも、それは伯母様のご迷惑に……」
「いいのよ。うちは子どもももう大きくなったし、ほら、ちょうど話し相手が欲しいと思ってたのよ!!」
「伯母様……」
「じゃあ、息抜きに週末マーケットにでもいかない?」
「マーケット?」
王都からは離れた領地にいた私は、マーケットの存在は知っていたものの、行ったことはなかった。
「実は、三年ぶりに魔術パレードがあるらしいのよ」
「魔術パレードですか!?」
この国では魔術を使える人は非常に少なく、魔術師というだけで憧れを抱かれる存在だ。
王宮では国王直属部署「王宮魔術師団」が存在し、人々の平和を守ってくれている。
そんな王宮魔術師団が魔術を使ったパレード、演出でみんなを楽しませるのが、魔術パレード。
昔、一度伯母様に連れられて見に行った魔術パレードは忘れられない。
炎の迫力ある演舞に、霧を使った虹の演出、そして最後の氷の結晶舞うキラキラの美しさは幼い私を魅了した。
「伯母様、行きたい!」
「そう来なくっちゃ! じゃあ、ドレスも買いに行きましょう!!」
すごく楽しみ……。
今回はどんな魔術パレードなんだろう!
伯母様とドレスを見に行って準備を整え、私は週末を楽しみにした。
魔術パレードには多くの人だかりができていた。
「昔より、なんだか人がいっぱいですね!」
「そりゃそうよ! なんたってエルネスト様が来るんだもの!」
「エルネスト様……?」
「あら、やだ! 知らないの!? 今の魔術師団長様で見目麗しくてクールで、それに強くてしかも国民想い! ほら、あそこ!」
伯母様が指さす先にいたのは、エルネスト様だった。
その様相は確かに伯母様が興奮するのもわかる。
すごく見目麗しくて、それに氷の魔術が綺麗……。
彼の創り出す雪の結晶が私のもとへ降ってきて、それを手のひらに乗せてみる。
私はあまりの美しさに癒される。
そして、彼をもう一度見上げたその瞬間、彼と目が合った。
「あ……」
すると、彼はふっと笑いかけてくれる。
先程までクールに振る舞っていた彼と今の彼のギャップに悩殺されそうになった。
「伯母様……」
「なあに?」
「私、一気にエルネスト様の虜になってしまいました」
「あらまあ、ふふ」
その日から、私はエルネスト様のことを調べて彼を知っていく。
「そっか、魔術師団長だけどまだ23歳……え!? 私より年下!?」
パレードで見た彼の姿を思い出しても、とても23歳には見えない。
堂々とした振る舞いと色気漂う顔つきと流し目。
しなやかな動きと魔術の美しさは素晴らしすぎる。
「ああ……美しすぎる……」
エルネスト様は離縁で心が疲弊していた私に、癒しと生きがいをくれた。
私は完全に彼の虜になってしまっていたのだ──。
そんな時、戸籍管理所へ行く用事があり王宮へ向かった。
一部申請書に不備があったので、書き直しに来てほしいとのことだった。
「えっと……確か、ここを右に曲がったとこに……」
王宮の地図を片手に向かっていると、私は目の前からくる人に気づかずにぶつかってしまう。
「あっ! 申し訳ございません!」
「いえ、お怪我はありませんか?」
そうして差し出された手を取って、ようやくその人物が誰か認識した。
「エルネスト様!?」
私は素っ頓狂な声を出してしまう。
わ、絶対嫌われた。なんて情けない声を……。
しかし、彼は優しく言う。
「僕がぼうっとしてしまっていて、申し訳ございませんでした」
「いえ、私も前をしっかり見ていなかったので!」
互いに頭を下げて後、彼は何かに気づいたように私に尋ねる。
「もしかして、あなたはフィズラード家の方ですか?」
「え、ええ。当主は父でございますが……」
「そうでしたか、『聖域』のことでお父様とお話をしたところだったので。では、もしやあなたはエミリア様でしたか」
「そうですが……その、『様』は恐縮でございます」
「いえ、あなたは聖域の守り人として優秀だったと聞きます。尊敬します」
まさか自分の存在が知られているとは思わず、照れてしまう。
すると、魔術師団長がとんでもない提案をする。
「よかったら、少しお茶をしませんか?」
「へ……?」
「あいにく街まで出る時間がないので、僕の執務室でとなってしまいますが……」
そんなことをしていいのですか!?
私はそう口走りそうになったが、慌てて気持ちを抑える。
「ですが、その……ご迷惑では……」
彼は首を左右に振って否定する。
「むしろこちらからお誘いして恐縮です。守り人であったエミリア様のお話を聞きたいのです」
「では、少しだけ……」
私がそう口にすると、彼はわずかに微笑んだ。
執務室に着くと、すぐにお茶が用意された。
「紅茶でもよろしいでしょうか」
「ええ、大丈夫です。私がやりましょうか?」
「いいえ、お客様ですからぜひお座りになっててください」
彼は手際よくお茶を淹れていく。
所作の綺麗さ、指の細さ、ああやっぱり手は大きいな、など思わず観察してしまう。
だめだめ!と私は首を振って、自分を律する。
すると、彼はおもむろに私に近づいてきた。
「エルネスト様?」
その瞬間、私は彼によって押し倒される。
「え……?」
彼の瞳はじっと私を捕らえて離さない。
私の両手はしっかりと彼に拘束されていて、心臓が飛び出そうなほどドキドキしている。
彼は色気のある声で言う。
「私と結婚してくれませんか?」
「え……」
「実はさっき廊下でいったことは半分嘘です。あなたのこと、ずっと前から知っていて、そして、お慕いしておりました」
私のことを前から知っていた?
それに私を、慕っていたっておっしゃった?
「魔術師になったばかりの頃、『聖域』の試練に挑みにいきました」
『聖域』の試練とは、魔術師が一人前として初代伝説の魔術師に認められるかどうかの審査のこと。一定の魔術の高さ、そして適正がないと認められず、一人前とは認められない。
「緊張していた僕に守り人であったあなたは言ってくださいました。『もっと背筋を伸ばして前を向いてごらん』と。すると、気持ちが不思議とすっと楽になって、僕は無事に試練を乗り越えることができました」
「それは、エルネスト様に才能があったからですよ」
「いいえ、あなた言葉が試練中もずっと胸の中にあった。あなたが傍にいてくれている、ついてくれている気がして、自信を持てたんです」
彼は私を抱き起すと、ぎゅっと抱きしめた。
「あなたが結婚したと聞いた時は、辛かったです。もうあなたへの想いを閉じ込めてしまおうと思いました。けれど、先日たまたま戸籍管理所であなたを見かけて……」
「あ……」
そうか。見られていたんだ。離婚の申請書を出す時を……。
「パレードであなたが手を振ってくれた時、本当に嬉しかった。笑っているあなたが見られて心が躍った。ああ、やっぱりあなたが好きだって」
「エルネスト様……」
「僕が、あなたをさらってもいいですか?」
甘い甘い声に私の頬は熱を持っていく。
「これは、夢……?」
彼は私の言葉にふふっと笑って返事する。
「夢じゃないですよ。本気です」
「私も、離婚してあなたを始めて見て、すごくきれいな人だって。でもそんな素敵な方が私を好きって……」
「僕を気に入ってくれてたんですか?」
「はい……あなたのことを知りたくてたくさんあなたを想いました」
「では、両想いですね。僕たち。では、遠慮しません。黙って僕のものになってください」
そう言って私の唇は塞がれてしまった──。
***
私は窓際から庭に咲いている花を見ていた。
すると、部屋に入ってきた彼が私をぎゅっと後ろから抱きしめる。
「エルネスト様……」
「何を考えているんですか? まさか、浮気ですか?」
「違いますよ。あなたに告白された時のことを思い出していたんです」
彼は私の手を取って壁に押しやった。
「昔の男のことも思い出していたんでしょ?」
「そ、それは……」
うっかり口ごもってしまった。
これでは彼の言葉の通りだと認めてしまうようなものだ。
「だめ、僕だけを見てて」
「んっ……」
私の唇が彼の唇に塞がれてしまう。
何度か重ねられた後、彼は甘く囁く。
「僕のものになってって言ったじゃないですか」
「世間から憧れられるクールな魔術師団長様とは思えないお言葉だこと」
「僕の素顔を知るのは、あなただけですから」
きっと彼に捕まってしまった私は、一生愛し尽くされる。
そんな予感がした──。
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