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(2)

 何本も立ち並ぶ銀の燭台の灯りがテーブルの上を照らす。


 香り高いハーブに彩られオーブンで焼いた大ぶりの魚。

 それを飾る様々に飾り切りされたゆで卵。

 そして修道院自家製エール。


 僧院の応接室に並べられた料理の数々。

 どれかひとつでも先ほどの宿坊に運びこまれれば巡礼者たちもどよめくことだろう。


「私も先生に言われて考えましてな。

 貧乏巡礼旅で不満を募らせるより、寺院にどっと寄付をしてもてなしを受けた方が四方八方に丸く収まる」


 福福しい笑みで件の商人が笑った。



 昨夜の商人に拉致された主様が連れてこられたのは修道院の院長主宰の夕食会。


 参加するのは客人に対し慎ましやかに微笑む叩き上げと言った風の院長と件の商人、そして久々の再会であるという院長の古い友人のみという状態。

「先日の宿で知り合った興味深い人物を会食にご招待した」とは上機嫌の商人殿の言い分。


 ……従者が良い身分と思えるのは、こうしたなんと言っていいのかわからない場において、何も言わずにいられることだ。


「彼は寺院の学校では優秀でしてね、私は僧籍に入りましたが」


 苦労してきたことが見てとれる院長様に紹介された優しげな風貌の旧友殿は、院長とはうってかわって生まれついての貴族とでも言えるような面立ちでうっすらと微笑んだ。

 髪が長いのは帝国文明復古派の影響でも受けているのだろうか。


「だが君だって"救済派"では数少ない修道院の院長だ。出世頭だろう」

「申し訳ございません、"救済派"とは?」


 商人殿はあまり教会内の政治には詳しくないらしい。

 主様はそっと一般教養を差し出した。


「教会内の派閥でしたか。古の儀式の復活を願う"伝統派"と、それより民の救済こそ重要とする"救済派"が存在すると聞きました」

「よくご存じで」


 貧しい放浪の巡礼者といった風体の主様が教会の内情に意外に詳しいことに、会食を共にしている出席者は少なからず驚いたようだ。……フランは良く知っていることだが。


「この寺院の薬草園は手前ども商人の間でも見事なものと伝え聞いております。やはり施しのために?」


 商人が尋ねた薬草園をフランもこの部屋に来る道すがら見ていた。

 よく手入れされきちんと区分けされていて、中には観賞用かと思うほど白く咲き誇る花もあった。


「微々たるものですが、その志の下に作らせました」

「謙遜するな」


 誉められ慣れていないのか面映ゆそうに微笑む院長に、旧友氏が声をかけた。


「マテリアまである薬草園などそう滅多にあるもんじゃない」

「よく気がついたね」

「夜目にも鮮やかに咲いていた」

「マテリア?」


 その会話は機械的に義務をこなしていた主様の気をひいたらしい。

 驚きの声音を隠そうともせずに院長様に声をかけた。


「マテリアといえばもう少し南の地が生息地だったと。衰弱に効能がある薬草を、この地で花咲かせるところまでお育てになられたか」


 主様の感嘆は院長本人にとっても会心の評価であったらしい。

 院長は今まで浮かべていた礼儀正しいうっすらとした微笑みではなく、木訥そうな心からの笑みを主様に向けた。


「苦労はしましたが、これまで育てることができたのは神の御心でありましょう」

「しかし効能や生息地までご存知とは。失礼ながらいささか見過っていたようだ」

「そりゃファルネイア図書館にいたのはだてじゃなく」


 旧友氏を始めとする会食の出席者方の称賛についフランが口を滑らせたが、やんやの盛会の盛り上がりに紛れてどうやら聞かれずにすんだらしい。


 主様だけはものすごい顔で一瞬にらみはしたが、そんなものに動じてなどいては従者など勤まらない。 


「しかし、旧友にここまで差をつけられては肩身が狭いな」


 院長の快挙を喜びこそすれ友に置いていかれた心地なのか、髭の薄いあごを擦りながら旧友氏がそう嘆く声に聞き捨てならないものを感じたのだろうか。


 院長は独特の木訥そうな声音で友人を慰め始めた。


「何を言ってるんだ。君とていくら地方とはいえ立派な貴族。お国のために頑張っているじゃないか」

「養子に入った時には夢も見たが、上手くいかないこと続きだ。俗世はなかなか厳しいよ」

「この夕べを転換期となさいませ」


 商人までもが援護にまわる中、唯一口を出していない主様だけが身の置き場のない思いをしているのだろう。


 だが一介の従者に何ができるわけでもなく、夕食会の夜はふけていくのだった……。



 主様にとって試練ともいうべき夕食会は終わった。


「今宵はこちらへ」と通された部屋ではきれいに火伸しされたシーツがかけられた寝台が小綺麗なテーブル上の燭台の光の中に浮かび上がっていた。まさに宿坊の雑魚寝部屋とは雲泥の佇まい。


 主様が見えぬ身とはいえ個室に入り落ち着いたところへ、何者かが扉を叩いた。


 やってきた来客は、先ほどの老婆。


「尊い方々につてがおありの方と見てお願いに参りました。

どうかぼっちゃまをお助けください」


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