【番外編1】ほしこよい 前編
番外編は中学生になった兄妹と幼馴染たちの、ほっこり初恋風味の日常を描いてます。
楽しんで頂けます様に。
街外れの川を渡ればすぐ他県の、東京都の端っこにある都立有川中学校。
既に一日の授業が終わった、2階の教室。
部活動の賑やかな声や吹奏楽の音色が、ゆっくりと蛇行する流れのように、開け放った窓から入って来る。
2年3組。
他の生徒は皆、部活や帰宅に足を向けた教室では、日直当番の高木咲花が、まるでラスボスに立ち向かう勇者の面持ちで、黒板に向き合っていた。
襟元にストライプのリボンが付いた白い半袖シャツに、グレーと紺を基調としたチェック柄の、膝丈プリーツスカート姿。
肩先でぱつんと切った真っすぐな黒髪を揺らしながら、『えいっ!』と背伸びをする。
「んーっ、やっぱ無理かぁ?」
思い切りぐいっと、黒板消しを持った手を伸ばしても。
155cm――女子の中では真ん中位の身長――では、黒板の一番上に書かれた文字まで、あと少し届かない。
「あとちょっと、なんだけどなー!」
つま先にぐっと力を入れて、再度伸ばした右手。
その指先からすっと、黒板消しが抜き取られた。
「あっ……」
「『板書消すのは、俺の担当』って言ったよね――高木さん?」
オレンジ色の持ち手を右横で軽く掴む、二回りは大きな左手。
15cm差のある長身を少し屈めて、ダークブルーの瞳で不満げに見下ろしてくる男子生徒。
クラスメイトで同じ日直当番、3年前の夏に出会った、立花大雅だった。
「だって立花くん、3年の月野先輩に呼び出されてたんでしょ? あの『学校一の美少女で、放課後は他校の男子まで出待ちしてる』ってウワサの!」
「何で知ってんのっ!?」
咲花の声に被せる勢いで、質問を返す大雅。
普段はクールな整った顔に、驚きと焦りがくっきり浮かんで見える。
「呼び出された時、佐々木くんが一緒だったでしょ? 大興奮で報告して来たよ」
佐々木陽太。
東駅前商店街にある、佐々木鮮魚店の次男坊。
3年前に陽太の母親が、クーラーボックスを貸した縁で大雅と知り合い、たちまち意気投合した。
今では部活も同じバレー部の親友で、ついでにお調子者のムードメーカー。
『皆の者、ビッグニュース!』の叫び声と、その後に巻き起こった騒動。
そして思いがけずツキリと、子猫の爪で引っかかれた様な動揺が、胸に走った事は忘れたフリで、淡々と返した咲花の言葉に
「あいつーっ!」
右手で額を押さえた大雅が、『陽太のサーブ練、全球外れろ!』と。
地を這う様な声で、呪詛を吐いた。
「ここは俺が消すから、高木さんは日誌書いて?」
「わかった」
何とか立ち直った大雅に黒板消しを任せて、学級日誌を開く。
『欠席・遅刻・早退』に0を記入してから、『今日の出来事』欄で手が止まった。
「ねぇ、立花くん?」
「なに?」
黒板を向いたままの、真っ白な半袖シャツの背中。
また肩幅が広くなった気がするそこに、再度問いかける。
「月野先輩と、付き合うの?」
ばこんっ……!
一瞬で固まった大雅の手から、滑り落ちた黒板消しが床に跳ね返り。
真っ白な粉が、盛大に飛び散った。