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◇◇◇冷蔵庫無しチャレンジ3日目◇◇◇
「うーん……『幕の内弁当』か『デミハンバーグ弁当』。
いや、野菜も取らないと!
『野菜たっぷりビビンバ丼』は、398円か」
午後6時過ぎ、買い物客で賑わう駅前のスーパー。
その総菜売り場で、静かに悩む立花大雅(11歳)。
白いロゴTにハーフパンツ、黒ぶち眼鏡にキャップ姿で、左手でカゴを持ち、右手はあごに。
その『見た目は子供な名探偵』に似た姿が、買い物客の視線を集めている事に、本人は全く気が付いていない。
冷蔵庫が壊れた初日は、救出した常備菜や冷凍食品を出来るだけ食べて、昨日はコンビニ頼り。
想定外だったのは
「えっ楓ちゃん、来られないの!?」
昨日キッズフォンにかかって来た、1通の電話。
『ほんっとごめん、大雅ちゃん! 今日と明日、飛行機が全便欠航になっちゃったの!』
父方の伯母で、母遥の親友でもある立花楓。
ライターの仕事で先週から、沖縄に滞在していた。
無事に取材を終えて、いざ東京に帰ろうとした矢先に、台風が3個も続けて襲来。
最悪、明後日まで戻れないらしい。
『うちは父さんが、検査入院中だし。
本当に申し訳ないんだけど、遥のご両親に来てもらえる様、連絡取ってくれないかな?』
「うん! おばあちゃん達がきっと来てくれるから、楓ちゃんは気にしないで。こっちは大丈夫だから!」
と返事をしたものの。
こんな状態で、母方の祖父母に連絡したら……
「絶対ママ、怒られるよね?」
「だな?」
そこで兄妹が出した結論は、
「ヘンゼルとグレーテルだって、お兄さんと妹だけで、魔女やっつけたもんね!」
「......だな?(まぁ、あれは童話だけど)」
『どちらかが「無理」って言うまで、出来るだけ2人で頑張ってみる!』だった。
自宅の側にコンビニが、2件あるのは助かったけど。
「アイスとか食玩とか、杏が余計な物カゴに入れるから、思わぬ出費になるんだよな」
そこで今日は妹が洗濯物を片付けている間に、駅前のスーパーまで自転車を飛ばしたわけだが。
「弁当の種類が多すぎる――カレーにちらし寿司、グラタンまで!」
悩みに悩んで決めたのは、
「杏は辛いのがダメだから――よし、『中華あんかけ丼』にしよう!」
半分こする事にして、『増量サービス中』のポテトサラダもカゴに入れ、パン売り場に移動してまた悩む。
「冷蔵庫無いとバターもジャムも買えないから、食パンやロールパンは『味しなーい!』って、文句言われそうだな」
結局苺ジャムとマーガリンが挟まった菓子パンを、明日の朝食用に追加した。
売り場を一回りしてみても、常温で保存出来る食品は少ない。
冬場だったらベランダに置けば、冷蔵庫代わりになりそうだけど。
今は夏真っ盛り。
「お米はあるから、ご飯を毎食炊けば節約になるか……?」
でも想像しただけで、『めんどい』とため息が出る。
電子レンジも炊飯器も、何より冷蔵庫の無かった時代。
昔のお母さんたちって、大変だったんだな。
『いやいやうちの母さんだって、仕事で疲れてんのに、スーパー寄って夕食準備して。『ごめん! 今日はコンビニで買って』って時もあるけど……ほんっと凄いよな!』
しみじみ尊敬しながら、レジに向かう。
何気なくまた、総菜売り場を通り過ぎようとした時、
「はっ? 『20%引き』!?」
つい10分前、カゴに入れた物と同じ弁当に、黄色い値引きシールが貼られている事に気が付いた。
『賞味期限も同じだし……こっち買いたい!
でも、「一旦カゴに入れた物を戻すのは、ルール違反」って、母さん言ってたし』
かちんと固まったまま、立ち尽くす大雅。
その前を、値引きシールを手にした店員が通りかかる。
「あっ……」
『店員さんを呼び止めて、「このカゴの中のお弁当にも、シール張ってください」と言う』
小学生男子には、ハードルが高すぎるミッション。
大雅があわあわしている前を、ベテランぽい女性店員が通り過ぎようとした時、
「すみませーん! こっちのにも、シール張って貰えますか?」
いつの間にかすぐ横にいた、同じ年位の女子が声を上げた。
「はいはい、いいですよー!」
にっこり白いマスク越しに笑いながら、その子のカゴに入った弁当にシールをペタリ。
「ありがとうございますっ!」
肩までのまっすぐな黒髪を揺らしてお礼を言いながら、大きな瞳がちらっと、こちらを見る。
その視線に背中を押されて、
「あのっ、こっちにもお願いします……!」
大雅はカゴを差し出しながら、勇気を振り絞ってお願いした。