【番外編5】待降節 前編
『待降節』とは、アドベントカレンダー等で使われる、『アドベント』の和訳です。
12月14日。クリスマスイヴを10日後に控えた、良く晴れた土曜日。
立花大雅と佐々木陽太は、自宅のある有川駅からJRに揺られ、2駅先に降り立った。
改札を通るとすぐ目の前に、7階建てのファッションビルが現れる。
入口前に鎮座するのは、高さ5メートル以上ありそうな、白と銀色、ブルーを基調にしたクリスマスツリー。
その周囲は、キラキラした指先で楽しそうにスマホを構える、女子たちで溢れていた。
「いくぞ、陽太」
「おうっ!」
後ずさりしたくなる気持ちを奮い立たせて、自動ドアから足を踏み入れれば。
『クリスマスコフレ』を展開するコスメショップから、ふわわんと甘やかな香りが誘う様に漂って来て。
男子中学生2人は慌ててエスカレーターに飛び乗った。
『あのさ――クリスマスプレゼントとか、よくね?』
『プレゼント? ……って、お前が俺にか?』
数日前の放課後、図書室で受験勉強をしている最中、陽太に小声で尋ねられた大雅は、きょとんと首を傾げた。
『ちげーよっ! 俺ら2人でプレゼント交換って、どこの幼馴染BLだよ!? うっかりボケてると、薄い本のモデルにされっぞ!』
『は? 「薄い本」?』
『そこはいいから! そうじゃなくて――お前と俺が、咲花ちゃんと杏ちゃんにだよ!』
きっぱり言い切った陽太に、杏の兄でもある大雅が眉根を寄せる。
『陽太、おまえ……まさか、まだ中一の杏に「指輪」とか?』
『贈んねぇしっ! そーゆー重いんじゃなくて、ちょっとだけ……』
「杏ちゃんの笑顔という、潤いが欲しいんだよー!」と、連日必死に詰め込んでいる、英単語やら方程式やら溶解度曲線やらが飛び出さないように、両手で耳を押さえながら、泣き言をこぼす限界受験生。
元男子バレー部キャプテンの魂の叫びに、元副キャプテンはうっかり「分かる」と頷いてしまった。
というわけで、高木咲花と立花杏――幼馴染兼、彼女未満――の女子それぞれに、クリスマスプレゼントを買う為に。
2駅分首都圏に近い、学生から大人女子にまで人気らしい駅ビルまで、やって来たわけだが。
「何階で降りたらいいんだ?」
フロアガイドを見上げながら、デニムカーゴパンツとロゴ入りスウェットに、ベージュのフード付きコートを合わせた大雅が首を傾げ、
「えーっと――あっ! この階、スリ〇があるぞ!」
グレーのジョガーパンツとカラフルなバックプリント入りパーカーに、黒のダウンジャケットを羽織った陽太が、弾んだ声を上げる。
「いやいやス〇コなら、有川の駅ビルにもあるし。『地元、特にうちの商店街界隈でプレゼント買うのは、ぜってーイヤだ! 一瞬でウワサになって、永遠にいじられる』って、お前が拒否ったんだろ、陽太!?」
「……ですよねー?」
大雅にぴしりと返されて、東駅前商店街鮮魚店の次男坊は、『てへっ』と首をすくめた。
服やバッグを選ぶ女子やカップル達で賑わうフロアで、2人が恐る恐る覗いたアクセサリーショップ。
「こんにちはーっ! 彼女さんにプレゼント!?」
「うわっ、どっちもイケメンじゃん!」
「高校生? えっ、中学生なの!? 背ぇ高ーい!」
「予算は!? これとかこっち、オススメだよ!」
笑顔でぐいぐい来る、店員さん達に囲まれて、
「えっと――すいませんっ!」
「また後で来ますっ!」
男子中学生たちは早々に、戦線離脱した。
ぐったりと、上の階までエスカレーターを昇り、
「やった、本屋だ!」
「すげぇ静か――!」
階下の喧騒が嘘のような。
数人の客がひっそりと、書棚を眺めている店舗に辿り着いた2人は、ほっと息を吐いた。
「あっ、これ――杏が好きな作家さん!」
「どれどれ……へぇ面白そう! 発売日が今日って事は、まだ買ってない?」
「だよな! この人の本、確か咲花ちゃんもハマってるって言ってたし」
「よしっ! プレゼントは、これで決まりだな?」
ライトノベルの新刊コーナーで、王子か騎士みたいなイケメンヒーローと、ドレス姿の可愛いヒロインが寄り添う表紙の文庫本を手に、安堵の笑みを浮かべる男子たち。
弾む足取りで、レジに向かおうとした2人の背中を、
「チョット待ったぁーっ!」
どこか聞き覚えのある声が、まるでバックアタックのように、勢い良く呼び止めた。