【番外編3】くものみね 前編
(※『あまつかぜ 後編』前半のシーンと繋がっています)
「そうだ乃愛、中庭に紙パックの自販機あるから、一緒に見に行く?」
「行く行くー!」
立花杏の誘いを受けて、即答を返す転入生、乃愛・ベネット。
「部長! ちょっとだけ、行って来ていいですか?」
「ちょっとだけ、だよ?」
「「はーい!!」」
家庭科部部長の咲花と兄の大雅を残して、乃愛と一緒に杏は、子ウサギが跳ねるように家庭科室を飛び出した。
『お兄ちゃん、ファイト!』
むんっ!と心の中でエールを送りながら、「こっちこっち」と乃愛を誘導して、廊下の奥に足を進める。
移動教室が配置された東棟の端から、一般教室のある西棟を繋ぐ渡り廊下。
そこを抜けた先にお目当ての、『紙パック飲料の自販機』はあった。
「乃愛、あれだよ!」
杏が指さした方向に、普通の自販機よりも小ぶりな、長方形の白い箱が見える。
もくもくと雲が浮かぶ、青い空の下。
花壇に咲く、小さなヒマワリに似たルドベキアに囲まれて、中庭の隅っこにちんまりと立っている姿は、まるで絵本に出て来そうだ。
「Wow! ソーキュート!」
思わす乃愛が叫んだ声に、自販機の前にいた制服姿の男子生徒が、驚いた顔で振り向いた。
170cm以上ありそうな、すらっとした長身。
毛先を少し遊ばせた黒髪に、小動物系のくりっとした瞳。
その視線がこちらを認識した途端、くしゃっと細められ。
バナナオ・レを持つ右手が、『よっ』と勢いよく上がった。
「杏――じゃなくて、立花妹じゃん!」
「あっ、陽――じゃなくて、佐々木先輩!」
兄大雅の、親友兼幼馴染兼、バレー部のチームメイトで部長。
東駅前商店街の鮮魚店次男坊、佐々木陽太だった。
「相変わらず、ちびっ子だなー! あれっ、そっちは……?」
153cmの杏をからかった後、10cm近く背の高い乃愛を見た陽太の目が、ワクワクと見開かれる。
「ひょっとしなくても、ウワサの転入生か!?」
「ハイ。乃愛・ベネットです」
アンバーグリーンの瞳でにっこり微笑む、ハーフ美少女。
「おぉっ、何か大人っぽい! こっちと同じ、1年だよな?」
「『こっち』って――言い方っ! どーせわたしは、ちびっ子ですよ!」
テンション上がったお調子者に指をさされて、杏はぷくっと頬を膨らませた。
「いやいや立花妹は、これからだって! 兄貴がもうすぐ180超えるから、充分伸びしろがあるっ! なっ、ベネットさん?」
「ハイ! ササ……先輩?」
早口について行けずに、口ごもった乃愛を見て、
「あっ、『佐々木』って呼び辛いか? じゃあ、『陽太先輩』でいーよ?」
口調を緩めた陽太が、にかっと笑顔でフォローした。
「『ヨータ先輩』?」
「おう!」
「わたしも『ノア』でイイデス」
「じゃあ、ノアちゃん!」
『いいな、名前呼び……』
にこにこ楽しそうに呼び合って、何だか『良い雰囲気』で『お似合い』に見える、幼馴染と転入生。
その横で、杏はこっそり唇を尖らせた。
「あっと、立花妹――えっとほら、優しい先輩が奢ってやるよ! 何がいい?」
ご機嫌斜めな気配を察して、子ウサギを宥めるように。
小銭を自販機に投入する、記憶の中よりも広い、白いシャツの背中。
「いいの? 乃愛、ドリンク買ってくれるって! どれにする!?」
思わず小学生に戻った様に、弾んだ声を上げてしまう。
「Well……タイガさんと同じ『いちごオ・レ』! アンは?」
「えっと――じゃあ『カフェオ・レ』で」
背伸びをしてわざと、大人っぽいドリンクを選んだのに。
ガコンッと音を立てて、取り出し口に落ちて来たのは、黄色い大文字で『ココア』と書かれた、カラフルな紙パック。
「えっ、何で?」
「だって、好きだろ? ココア」
「ひゃっ――!」
少し屈んで。
不満顔の杏の頬にピタッと、甘く冷たいドリンクを押し当てながら。
「3年前から、知ってるし?」
陽太は、にっかり笑いかけた。