表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/19

【番外編2】あまつかぜ 後編

「おうっ」

 と乃愛(のあ)に軽く左手を上げて、そのまま体育館に向かおうとした所を、

「お兄ちゃん――ちょうどよかった! こっち来て!」

 妹の(あん)に手招きされて、脇のスロープからベランダに上がって来た立花大雅(たいが)

「何だよ――あっ」

 家庭科室を窓から(のぞ)き込み、乃愛と杏の後ろに、咲花(はな)がいる事に気が付く。

 ぱっと口からストローを外し、ピンクのイチゴが描かれた可愛い紙パックごと、右手を後ろに隠した。


 気まずそうな兄の様子に、にまにましながら話しかける妹。

「ママが、『今夜は遅くなりそうだから、お夕飯は2人で食べて』って言ってたでしょ? ちょっと本屋さんに寄りたいから、わたしの分も買っといて! お兄ちゃんと同じのでいいから」

「じゃあ……牛カルビ丼とチキンカレーだったら、どっちがいい?」

「カレー!」

 ここ数年で『辛い物が苦手』を克服した杏が、元気よく答える。

「了解。あんま遅くなるなよ?」

 コンビニの新作カレーを脳内にメモした大雅が、心配そうな声で念を押した。


「はぁーい!」

 嬉しそうに返事をする妹の横で、

「タイガー……じゃなくて、タイガさんの、それ何? ソーキュート!」

『先輩呼び捨て、ノー!』と、杏に注意されたばかりの乃愛が、呼び方を修正しながら、ピンク色の紙パックを指さす。

「『いちごオ・レ』……今日は牛乳、売れ切れだったから」

『たまたまだ』と、憮然(ぶぜん)とした顔で言い張る大雅。


「お兄ちゃん結構、甘いドリンク好きなんだよねー? そうだ乃愛、中庭に自販機あるから、一緒に見に行く?」

 杏の誘いを受けて、

「行く行くー!」

 と勢いよく両手を上げる、新入部員。

「部長! ちよっとだけ、行って来ていいですか?」

「ちょっとだけ、だよ?」

「「はーい!!」」

 きゃっきゃと、子ウサギのような1年生たちが走り去った後、

 窓越しに向き合う3年生2人に、ぎこちない沈黙が落ちた。


「えっと――高木さん、久しぶり?」

「うん、久しぶり、立花くん! クラス違うと、中々会わないよね?」

 3年のクラス替えで初めて、別々の組になった2人。

 小学5年生の夏からこの春まで3年半、いつもどんな会話をして、どんな顔で笑い合っていたのか、もう良く思い出せない。


「えっと、乃愛ちゃんに『タイガー』って、呼ばれてるんだ? びっくりしちゃった」

 少しモヤモヤしている気持ちを、胸の奥にぎゅっと隠して、明るく(たず)ねると、

「あー、うん。この前、家に遊びに来た時から。『兄さんに似てる』って、何かなつかれた」

 右手を首の後ろに当てた大雅が、照れくさそうに答える。

「お兄さん?」

「オーストラリアのおじいさん家に、学校の都合で残ったんだって」

「そっか海外だと、兄妹でも『名前呼び』だよね?」

 うんうんと(うなず)ける説明を聞いて、なぜか自分がホッとした事に、咲花が心の中で首を傾げたとき。


「わっ――!」

 いきなり家庭科室に、びゅっと強い風が吹き込んだ。

 思わず顔を伏せて、肩までの黒髪を両手で押さえ込む。 

 窓の外の生垣がざわめく音に、続けて来る風に身構えていると。

 何故か自分を避けた強風が、脇に寄せたカーテンを大きくはためかせる。

「あれっ……?」

 顔を上げると、左手で横の窓枠をがっと掴み、こちらを(かば)うように、180近い長身を(かたむ)けた大雅の、ダークブルーの瞳と目が合った。

「大丈夫?」

 至近距離で低く(ささや)かれ、じわりと頬が熱くなる。


『ふわぁっ――私の幼馴染が何だか、ファンタジー小説に出て来る、騎士様みたいなんですけどっ!』

 まるでライトノベルのタイトルみたいな状況を、あわあわと心の中で口走ってから。

「うっ、うん……ありがと、立花くん」

「どういたしまして」

 平静を装い何とかお礼を言うと、少し照れたように答えて、さっと身体を離す幼馴染。


『さっすがお父さんが、イギリス人とのハーフだけあるなー!』

 身体に染み付いているらしい、『レディファースト』に感心しながら、

「えっと……あのね、さっきみたいの、『天津風(あまつかぜ)』っていうんだよ?」

 赤くなった頬を誤魔化すように、咲花が告げた。


「『あまつかぜ』?」

「そう! 空高く、吹き抜ける風のこと。この前、おばあちゃんに教わったんだ」

「へぇ――さっすが、ばあちゃん! 何でも良く知ってるなぁ」

 ははっと目を細めて嬉しそうに、大雅が笑う。

 久しぶりに見た、あんまりいい笑顔だったから。

「おばあちゃんも、立花くんに会いたがってたよ。そうだ! 今夜うちに、お夕飯食べに来ない? 杏ちゃんと一緒に」

 もっとずっと、見ていたくて。

『おばあちゃん』を言い訳に、思わず誘っていた。


「いやいや、急じゃ悪いだろ?」

「全然! 今夜のメニューは、おばあちゃんと作る『野菜たっぷりのキーマカレー』! コンビニのよりは、美味しいと思うよ?」

「……ホントに、ご迷惑じゃない?」

「ないないっ!」

 にかっと答えると、嬉しそうに照れた様に笑い返して来た。


「じゃあ、部活終わって一度帰ってから――6時半頃で大丈夫?」

「うんっ、大丈夫! バレー部、頑張って」

「そっちも」

 いちごオ・レをズッと飲み干しながら、体育館に向かおうとした幼馴染の背中に、

「また後でね――大雅くん!」

 初めて名前で、呼び掛けた。


 ぴたりと足を止めた、バレー部副部長。

 思わず力の入った右手で、空っぽの紙パックが、ぎゅっと握り潰される。

『あれって、ガッツポーズ? ――の訳無いか。つい勢いで、乃愛ちゃんの真似しちゃったけど。変じゃなかったかな?』


 ドキドキと様子を伺う家庭科部部長に、くるりと振り向き、まるで県大会の決勝に(おもむ)く様な、真剣な顔で目を合わせて、

「またあち、後で――はなさ、咲花ちゃん」

 噛みながらやっと、大雅が返した『名前呼び』。


 呼ばれた咲花は胸の奥に、強く甘い風が、吹き抜けた気がした。


読んでくださってありがとうございます!

番外編は4まで、引き続き更新しますので、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ