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「おはござー」
「おはよトアち」
翌朝の教室。
隣の席の竜川泉と、その前の席の金剛寺峯仙が二人で一つのスマホを眺めていた。
「おはよー。何見てたの?」
自分の席にカバンを置いて二人の横に立つ。
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました」
イズミが持っていたスマホ画面を数回スクロールして、私に見せる。
「この子知ってる?」
女の子が上目遣いで不敵に笑ってる画像だった。
なにかの雑誌のページか、それとも広告? 可愛い女の子がお洒落な服を着てポーズを取っている。
「いや、知らない……」
「だよねぇ。群青白羽ちゃんっていうんだけど、笑顔がめちゃくちゃ可愛いくてさあ!」
(……ん?)
言われて、もう一度良く見てみる。
化粧とレンズでピンと来なかったけど……、これ、シラハさんだ!
(……名前ほぼまんま……)
芸能の世界の人だったんだ……
言われてみれば、確かに、ってなる。
「読モだったんだけど、半年くらい前からネット活動とかもするようになってね。なんと、ひまわり地区に住んでるんだって!」
(ピュアパラのこと言えないしなぁ……)
――「会ったことある」なんて言おうものなら、根掘り葉掘り聞かれちゃうよね……。
根っからのファンみたいだし。
「でねでね、昨日新しい活動始めるって発表されてさ! なんだと思う? ホウセン、シーだからね!」
「はいはい」
朝からはしゃいでるイズミがとても可愛い。それに付き合ってあげるホウセンも尊い。
それだけで頬が緩んでしまうのは、私も年を取ったからか。
子供がイキイキとしている姿を見るのは、こっちまで幸せになる。
「……トアちゃん?」
「ああ、ごめんごめん。新しい活動だっけ? うーんそうだなぁ……」
――まさか『ピュアパラに転向ね!』と答えるわけにもいかない。
「なんだろ。雑誌以外の会社と契約とか、女優転向とか?」
とりあえず無難な回答をしておく。
「だよね、そういう方向だと思うよね? ブブー!」
両手で×を作るイズミ。テンション高いなあ。
「アイドルよ! アイドル!」
「……アイドル?」
「そう! もともとアイドルになりたかったんだって! 有料ファンクラブのライブ配信で言ってた。もう皆びっくりよ!」
……私からすると、シラハさんが有料ファンクラブを持ってることと、イズミがそれに入ってることの方が驚きだ。
イズミが女性モデルや女子アイドルが好きなのは知ってたけど、お金を払うほど熱心だったなんて。
「すごいよねえ。私たちと一歳しか違わないんだよ?
なのに、自分のやりたいことをちゃんと考えて、未来に向かって決断してさぁ……。
私だったら『モデルで成功しそうなんだからモデルで行こう』って絶対なっちゃうもん。
実際、周りの大人達から反対もあったみたいなんだよね。それでも自分の意思を持って、やりたいことに挑戦するの、本当に尊敬しちゃう。モデルからアイドルになるなんて、不安もいっぱいあるだろうに……」
「落ち着けって。トアち、あんまそういうの興味ないから……」
ホウセンはなぜか「ちゃん」を略して「ち」を付けて呼んでくる。「だったら呼び捨てで良くない?」という正論は彼女の耳を素通りしっぱなしだ。
「そんなことないよ。二人が興味あることなら私も知りたいもん」
「ふふんっ。トアはそういう子だって分かってるから。ホウセンは分かってないなあ~」
勝ち誇ったようにホウセンを見下ろすイズミ。
「ウザウザ! さっきまで聞いてやってたのに!」
二人とは小学校以来の親友だ。こういうやりとりも、仲良しのじゃれあい。
「ともかく! 二人もシロハちゃん応援してあげて! 今度、有名なアイドルオーディション番組に出るから! ネットで無料で見れるから! というかその日一緒に見よ! それで是非清き一票を!」
「分かったから、もうちょい声落とせって……」
周囲の視線が少しずつ集まる。
まあ皆「また竜川か……」とすぐに戻していくけれど。
(シラハさん、アイドル目指してるんだ……)
ピュアパラと二足のわらじなんて大変だろうに。
でも言われてみれば、モデルより、アイドルの方が向いてる気もしてきた。
初めて会った時の、屈託無い笑顔を思い出す。
巨大な敵という困難にも逃げずに立ち向かうひたむきさは、きっと多くの応援を集められるだろう。
――今度会った時、サイン貰えたりしないかな?
なんて、それはピュアパラの職権乱用(?)か。
「トア!」
左肩に衝撃。
「うきゃぁっ!?」
思わず悲鳴が猿みたいになってしまった。
振り返ると、私の肩に右手を置いた神恵奈々がいる。
すうぅっ、と大きく息を吸って、
「数学の宿題見せてくださいお願いします!」
腰を綺麗に九十度曲げて頭を下げていた。
「……ああ、なんか久しぶりね。あとおはよう」
前回は二週間前だったか。その時は世界史だったハズ。
わりとよくいる、お勉強が残念な子である。
本気を出せばもっと出来るだろうに。
「おはよ。んでさあ! ソラが今朝になっていきなり『見せない』とか言ってきてさあ!」
「その『見せて当たり前』みたいな態度がイラッとくるの」
後ろから悠然とやってきたのがナナの妹、神恵宗良。
異国の血が入っているらしい、美貌の双子。
この中学に入ってから仲良くなった友達だ。
「お願いトア! 今回よりによって数学なのよ! あのヒゲこのご時世に普通に叱ってくるじゃん! モンペ怖く無いのかってくらい詰めてくるじゃん!」
「……理不尽じゃないし、親御さんからも信頼されてるからじゃないかな」
「今そんな正論は良いの! なんとか五限目までに宿題写させてって!」
必死な美人は迫力がすごい。
「相手しなくて良いよトアちゃん。こんな舐めきったヤツ、たまには懲りた方が良い」
落ち着いた所作で私の席の後ろに座るソラ。
「うう……、お願いトア……」
目をウルウルさせて祈られた。
咄嗟に涙を出したなら、今すぐ女優になった方が良いと思う。
「うーん……。でも、この前見せちゃったからなあ」
「この前はこの前! 今は今! そうでしょう? 人間は過去にとらわれて生きてはダメなの! 常に今! たった今、この瞬間に最善を尽くさないと!」
(昨日の今に最善を尽くさなかったのはナナなのでは?)
涙目で上目遣いのナナは美人可愛い。
可哀想は可哀想だけど……
「……やっぱり、今回はダメ」
「なっ……!?」
この世の終わりみたいに崩れ落ちるナナ。
――本当に名演が過ぎる……
「前はナナの好感度上げたけど、ソラの好感度下げちゃったから。今回はバランス取ろうかなって」
「馬鹿! まんべんなく好感度ばら撒いたらどのエンディングにも行けないでしょ!」
「だからって、これ以上ソラに嫌われたくない」
「くっ、まさかのハーレムエンド狙い……」
(……失礼だなコイツ#)
元魔王を一瞬でもイラつかせたのだから大したものだ。
トボトボと自分の席に歩いて行くナナ。私たちの中でナナだけ席が離れている。
それを見送って私も席に着く。
「……本当、ごめんねトアちゃん。帰ったら言い聞かせておくから」
後ろから小声でソラが耳打ちしてきた。
「……あんまり、そう思って無い?」
「え?」
私の言葉に、びっくりした様子のソラ。
「ソラ、嘘つく時髪をいじるから」
ソラは静かに右手を前髪から下ろす。
「……なんで……」
「ふふっ。どれだけの付き合いだと思ってるの?」
「……まだ半年くらいだけど……」
「もしかして、ナナだけじゃ無くソラの好感度も落とした?」
「いや、別にそんなことは……」
また右手を上げようとして、途中で気付いたように下ろした。
(……素直に宿題見せるのも癪だけど、お姉ちゃんが困るのも可哀想、ってとこかな)
可愛すぎて笑えてくる。
「確かに、『見せない』って言った手前、今更見せちゃったらますます甘えられちゃうしね」
「……なんの、ことだか……」
手を挙げないようにしているけれど、ソラの声は少し震えていた。
「ただ、まあ……。正直私も、トアちゃんなら見せてくれると思ってたかも……」
「じゃあ、ソラが決めて良いよ」
「え?」
「私がナナにノート見せるかどうか。今日はソラの好感度上げるって決めたからね」
「…………」
少しの沈黙の後、ソラは言った。
「……まあ、流石に少しは懲りただろうし……」
「だろうし?」
「……今回限り、って言っておけば、まあ、見せてもいい……のかも……」
「うん。分かった」
ということで私は数学のノート片手に、ナナの席に向かう。
「神様仏様トア様!」とナナに傅かれた。
「ソラに感謝しなさいね」
キョトンとして、ソラの方を見るナナ。
顔を赤くして、ナナから視線を逸らすソラ。
そんな二人に、笑い合う私とイズミとホウセン。
そこで、朝の予鈴が鳴った。
私がピュアパラになろうがなるまいが、世界には関係なく。
朝はいつもどおり優しく、穏やかに始まる。
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