日曜日―前編―
レオとデートした翌朝。
レクは友達と遊びに。
お父さんとお母さんは、お父さんの同僚の結婚式。
私は今日もデート……
のつもりだったけどキャンセルされたので、家に一人だけ取り残された。
これからソラとナナの家に行く予定だけど、流石にまだ朝早い。
「ということで、朝のお風呂ターイム!」
スォーを顕現して、そう宣言した。
「……御意に」
スォーが一瞬遅れて礼。
あの朝帰りの日以来、すっかりハマっちゃった朝お風呂。
今朝は誰もいないので、スォーと二人っきりで楽しむことにした。
†
私が湯船に浸かると、スォーが横で立ち止まる。
「? どうしたの?」
「……いえ、今はもう、レク様の特等席ではないか、と。ふと思いまして」
「……スォーが膝の上に乗ったら、私が怒って突き飛ばすとでも?」
「そこまでは申しませんが」
「そんな気遣い、私もレクも喜ぶと思う?」
「……主様は、確実に喜ばれないかと」
「でしょ? 早く入りな。前と同じようにね」
「失礼、いたします」
私に背を向けて入ってきたスォーを、後ろから抱きしめた。
「はぁ~♪ 久しぶりのスォーの肌、プニプニで気持ちいい♪」
「……お気に召していただいたなら、なによりです」
「にしても、裸で触れ合うの久しぶりだね。本当はもっと親交して、絆を強めなきゃなのに。ごめんね」
「恐れながら主様。タマハガネとの親交は、裸である必要ございません」
「裸じゃダメでもないんでしょ?」
「それは、無論です」
「スォーはどっちが好き?」
スォーは一瞬黙って。
「……あらためて聞かれますと……お風呂の方が、好きかもしれません」
「素直でよろしい」
なでなで。
「お風呂だと、主様が上機嫌でいらっしゃいますから」
「そりゃね。お風呂は人類最高の発明だもの」
それからしばらく、黙ってスォーとのお風呂を楽しんだ。
「……主様」
「んー?」
「先日は、申し訳ございませんでした」
「……んー?」
本気で何に謝られてるか分からない。
「私が至らないばかりに、多大なるご負担をおかけして。
エリンが居なかったら、私はただの足手まといでした。
本当に、自分が情けなくて……」
言いながら、まさか泣き出しちゃった。
「私は、主様のタマハガネに、ふさわしくないのではと……」
「ちょっと待って! え? どうしたの急に? レオじゃないけど、いきなりクライマックス過ぎてついて行けてないよ」
「申し訳、ありません……。主様の、優しい感触、私などには、ふさわしくないのでは、と……」
涙を拭き始めるスォー。
――温度差がものすごい。こんなに密着してるのに。
いきなりすぎて、まだ驚きは抜け切らない。
……けど、スォーはここ数日、ずっと苛まれていたのだろう。
とりあえず、すぐにでも私がやらなければならないことは――
「……ごめんねスォー、気付いてあげられなくて」
ぎゅっ、と抱きしめる。スォーとの間に、少しの隙間もなくなるくらい、強く。
「ずっと悩んでたんだね」
――謝ること。
「いえ、私の悩みなど……
そんなもので、主様を煩わすなんて、それこそ悩ましくてしかたありません」
「そんなの、どうしようもないじゃん」
「申し訳ありません、まさか、泣くつもりなど、無かったんですが……申し訳ありません、申し訳……」
「とりあえず、謝んないで。ちゃんと、気持ち聞かせてくれる?」
「……はい、少々、お待ちを……」
それから再び沈黙。スォーが落ち着くのを待つ。
スォーを抱く力は緩めず。私の体温を彼女に移すくらいの気持ちで。
多分1分くらい経って。
スォーがぽつりぽつりと話し出した。
「私はあの時、レク様を言い訳に使いました。
……自分には、もう戦う力が無い、と。
ですが主様は、前に行かれる御方です。
あの後、気付いたのです。
私は、自分の力不足を棚に上げて、主様のしたいことをお手伝いするどころか、邪魔したのだ、と……」
「うん。めちゃめちゃ考えすぎ」
「……主様はお優しいですから。そう仰ってくれます。
ですが、それに甘えていてはいけない。主様の魂が持つ本来の能力の、100……いえ、1000分の1も、私では発揮できていないのですから」
「それ全部発揮できたら、この体が保たないよ」
「本当に発揮しなくとも、それを調整できるくらいにならなければいけないと考えております。
にもかかわらず、今の私は、主様に使われるだけで精一杯で。
これなら、タマハガネである意味などないと、そう思うのです」
「スォーは十二分過ぎるくらい頑張ってくれてる。そんなに自分を責める必要ない」
「……あの後も、主様は仰ってくれましたね。
『私のスォーが最高のタマハガネ』だと」
「言ったし、戦いながらも思ってたよ」
「そのお言葉、本当に嬉しくて……もっともっと、主様に相応しいタマハガネになろうと、誓いを強く強く、あらためたのです」
「それ自体はありがたいけど……」
――真面目すぎるんだよなあ、スォーは。
でもまあ、それがスォーの良いところでもあるんだけど。
「まあ、スォーの気持ちは分かった。でもそれって、引き続き仲を深めていくしかないね、って話に落ち着かない?」
「それは、はい。その通りと存じます。……これまでであれば」
「……これまでであれば?」
「主様。提案がございます」
スォーが振り返る。
一度私から離れると、体ごと翻して、再び膝立ちのような形で相対した。
「エリンは、従属のフリだけで『魂鋼従属』ランクの手前まで行きました。ムツキさんとは親友ランクだったにもかかわらず。
であれば、自分たちも普段の振る舞いから隷属させれば、強くなれるかもしれません」
よく考えたら初めて見る、裸のスォーの正面姿。
少しだけ私より高い位置から、真剣に私を見下ろすスォー。
「……エリンは内心では従属してなかった。だから、形だけ真似するのも効果があったかもしれない。
けど、スォーみたいに心から隷属してるなら、形は関係ない気がするな。
主従関係なんて、古今東西あり方は様々だし。
前世では、従者の方が立場が上な主従なんて何組も見たことある」
「はい。それも、仰るとおりと存じます。
そういう考えも充分に理解できますし、主様が私を大切にしたい、というお気持ちも分かっているつもりです。
ですので、無理にとは申しません。
申しませんが……短期間だけでも試す価値はあるのではないか、と愚考いたします」
「……スォーは、首輪付けてみたいの?」
「付けてみたい、というと語弊がありますが……。とりあえず試してみるのは良いかと思っております」
「イエスかノーなら?」
「……イエスです」
「じゃあ、やってみようか」
「えっ!?」
「それでスォーの気が済むなら。
そんなに言うなら、スォーの無意識下でなにか確信があるのかもしれないし」
「……ありがとう、ございます!」
深々と頭を下げられる。
「とはいえ、外を散歩させたりはしないよ?
あとなんか、イヌミミのカチューシャと首輪付けてるスォー想像したら、可愛いなあ、って」
「……イヌミミ、ですか……?」
「スォーどっちかというと犬っぽいし。ドンキでそういうの売ってるかな?」
「……意外でございます。乗り気になっていただけるとは」
「強さとかじゃなくて、純粋にスォーのコーディネートが楽しみなだけだけどね」
「いえ、それでもありがたき幸せ。
識別名スォー、より主様のお役に立てるよう、引き続き邁進して参ります!」
「堅いなあ」
くすりと笑って。
スォーの首の後ろに両腕を回し、強く抱き寄せた。
「スォーが私のために一所懸命に悩んでくれてるの、凄く嬉しいよ」
「い、いえ、私こそ。主様のご寵愛、誠に嬉しく存じます」
「でも、一人で悩みすぎるところが、スォーのちょっと嫌いなところ」
「はっ……、それは、申し訳ございません……」
「あと、謝りすぎるところも」
「え、あ……そ、それは、は、いえ……」
『申し訳ございません』が言えなくて、挙動不審になるスォー。
そんなスォーが可愛くて、やっぱり笑っちゃう。
「これからは、もっと楽に相談して。
チィビィじゃないけど、『首輪付けてくれなきゃ泣くぞ』くらいの言い方で良いのよ」
「それは流石に……真似できません」
「まああれは極端だけど。でも、本当にそれくらいでいいから。
……もっともっと、スォーを好きにならせて」
「……かしこまりました。嫌いと言われたところは、速やかに改善させていただきます」
「よろしくね」
体を離して、肩に両手を置く。
コツン、と額に額を当てて笑うと、スォーもぎこちなく、笑い返してくれた。
†
ちなみに後日談。
お小遣いをもらった、翌日。
学校帰りに早速ドンキに行った私だったが……
調達できたのは、フードが付いた犬のパジャマだった。
一目見た瞬間、あまりに可愛すぎて、衝動的にレジに持って行った。
首輪と鈴もデザインされてるヤツだから、ギリギリ約束違反じゃない……ということにしておく。
帰って、お父さんとお母さんが帰る前にスォー着せると、想像通り……いや、想像以上に、可愛すぎた。
あやうく、レオみたいにキモくなるところだった。
いや、なってたかもしれない。
とにかく異様に壮絶に盛大に可愛いかったので、スマホカメラで撮影会。
「……主様。これでは意味がありませんが……」
とジト目で睨まれる。
それもまた可愛い。
そんな目を私にしてくれるようになってくれた、という付加価値込みで、愛おしすぎた。
「そう言われても、今月のお小遣いなくなっちゃったんだもん。本物はまた来月にね」
「……かしこまりました。今月は、主様から愛でていただいたということで、この幸福を受け止めさせていただきます」
全然かしこまってない顔で、スォーは一礼した。
……にしても。そんなに首輪されたがるなんて。
エリンもだけど、タマハガネはみんなそうなんだろうか。
試してみるのも、別に良いんだけど……
レオのチャームポイントを堪能していた時に一瞬感じた、あの、暴力的なまでの『楽しさ』……。
――あれがまた襲ってきそうで、ちょっと怖いのよね。
なにか、変なモノに目覚めちゃいそうで。
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