土曜日―後編―
「とりあえずほら、お茶飲んでレオ」
レオの分のお茶を渡す。
「そろそろ本題話さないと。暗くなっちゃう」
「……鬼かな?」
「あなたの友達よ」
レオがお茶を飲む。
半分ほど一気に飲み干して、サイドテーブルに置いた。
両足をベッドから下ろして、私を見上げる。
「……それで、なんだっけ?」
「レオがシチビと一致してる利害って、なに? って」
「私がトアを騙してる、ってのは?」
「それは、もう大丈夫。本音だ、って言ってくれたから。信じる」
「……そう」
そこで、レオがブラウスも脱いじゃった。ベッドの上に無造作に放り捨てる。
肌が仄かに紅潮していて、暑いみたい。
「まあ、約束だし、喋るけど」
レオは両肘を膝に付け、前屈みになった。
「私の目的は、『この戦いを終わらせない』で、『一人でも多くピュアパラにして巻き込む』こと」
キャミソール姿のレオは、そう言ってまたお茶を一口、二口と飲んだ。
「……その心は?」
「謎かけじゃないっての」
レオは笑って、再び私を見上げた。
「トアは、終わらせたいんでしょ?」
「それは、もちろん」
「だからトアと私は……私たち『ゼロナンバーズ』は、敵になるしかないのよ」
レオは立ち上がり、デスクの上からお菓子を摘まんで取る。
「どうして、終わらせたくないの?」
「この戦いは、この国にとって、必要だから」
レオは淀みなく答えて、ポリポリとお菓子を食べた。
「どうして必要なの?」
「……どうしてBOTになってる」
「分からないんだもん。レオのこと、もっと知りたいから」
「まだ、そんなこと言って」
レオはまたお菓子を取って、今度は私の口に運んできた。
そのままいただく。
「……かっわい。食べられたい」
「ふぉれより、こふぁえてよ」
レオは微笑んで、背中を向けた。
「もう二年近く前。ここ……ダリア地区で戦った時よ。
もちろん私の圧勝。
ピュアパラたちを完膚なきまでに叩きのめした。
そこに小学校の頃のクラスメイトが1人いてさ。
当時は、とにかくマウント取りたがるし、集団行動のときは面倒なことすぐ他の人にやらせるし、注意された相手は罵倒し返す、……とんでもない性格ブスだった。
だけど……
……気を失わせるまで、そいつ含めて4人全員、目から光を失ってなかった。
いくらボコボコにしても、次また立ち上がるの。
声かけし合って、この世界を守るんだ、って。何度も挑んできた。
最初は、バカな女ども、って笑ってたけど……。
……いつしかその姿に、心が、突き動かされた。
叶うわけない、って、内心分かってたくせに。
それでも、私たちを一人でも倒そうと、文字通り、命を懸けてきたのよ」
レオは再びベッドに腰掛けて、足を組んだ。サイドテーブルに頬杖を突いて……
――楽しそうに、笑った。
思わずドキッとするくらい、美しい笑顔だった。
「それは他の地区に攻め込んだ時も、同じだった。
全然別人なのに。同じ目をして。
そこで、気付いたの。
『この戦いは、彼女たちを成長させたんだ』って」
レオは私から視線を切って、窓の外を眺めた。
「この成長を、もっと多くの個人、多くの世代に味わわせれば、この国の女性は強くなれる。
他の国では、最早女が政治のトップになっても当然だし、世界的な半導体メーカーの社長にだって就任する。
トアは、想像できる?
この国のトップに女が何代も続いて立つ未来が。
世界的な国産車メーカーの社長に女が就任する日が」
レオは流し目で、再び私を視界に入れる。
「……この国の女は、弱い。
『将来は専業主婦になりたい』なんて、海外だったら袋だたきに遭うようなこと、平気で思ってる女ばっかり。
それは、心が醸成される幼少期を、甘やかされて育つから。
地獄を見ずに、蝶よ花よと育てられるから。
男女平等とはほど遠い価値観の中で育てられるから。
だから、女しか戦えないこの戦争が、必要なの。女が死に物狂いになる場所がね」
言って、レオはまた窓の外を見る。
「実際、元ピュアパラの大人たちは優秀でしょう。
まあ、ナナちゃんソラちゃんの母親みたいなのも出てくるけど。
大事の前の小事。全員が全員強くなれるわけじゃないのも、承知の上。
それでも、女の平均値は、一気に上げられるはず。
この戦争は、始まってまだ15年。
これをこの先、何十年も続ける。
血を流して、苦痛を乗り越えて、敵と戦う経験を、全世代が積むことが、この国のためになる。
……それが、私の『正義』よ」
レオは拳を握り込んで、すぐにそれを解いた。
「……だから、アンジュと戦った後に、殺すようなことを示唆したのね。『地獄』を味わわすために」
「そう。実際に殺したりしないのも事実。殺したら、せっかくの芽がもったいないから」
「その、小学校のクラスメイトだった子は、今どうしてるの?」
「私の下で、元気にスパイやってくれてる。ピュアパラ組の筆頭として。
性格ブスだった頃の話も、今では笑ってできる関係よ」
「そう……」
「どう? トア、手伝ってくれる気になった?」
「……ううん。まさか」
「だよね」
「レオは、根本的に間違えてる」
「そう思うなら、仕方ない」
レオはまた笑って、ゆっくり立ち上がる。
――それは、朝から見せてくれたような、愛らしい笑顔ではなく。
敵に向けてする、冷ややかな笑みだった。
その笑顔が、胸が締め付けられるくらい、寂しくて悲しい。
「外も暗くなってきた。話は終わりよ。もう帰りなさい。
……次に会う時は、敵同士ね」
「? それじゃ明日のデートどうするの?」
沈黙。
……レオが変な顔になった。
「……なに言ってるの?」
「いや、レオが言ったんじゃない。『土日は朝から晩まで制服デート』って」
「いや、どっちも、って意味じゃないけど……」
「そうなの?」
「私、明日用事入れちゃったし」
「やっとレオのこと知れたのに。これで終わりなんていやよ」
「……終わりでしょ。私は戦争を終わらせない。トアは戦争を終わらせたい。
すごくシンプルで原始的な、敵同士なんだから」
「敵かもしれないけど。友達でもあるもん」
「……頭痛くなってきたな。トア、もしかして、ちょっと残念な子?」
「あばらがチャームポイントって言う子に言われたくないな……」
「あばらがチャームポイントはアリでしょ!」
「いや、変だって」
レオがまだ何か言おうとして……
やめた。
はあ、と大きくため息をつく。
「ともかく。私はこれからもシチビのこと利用して、一人でも多くこの戦争に巻き込む。
私たち『ゼロナンバーズ』は、その子らの敵として立ち塞がる。
止められるものなら止めてみなさい」
「それも気になってた。なんでギルドや精霊たちは、あなたたちの存在を認知してないの?」
「……じゃあ、友達サービスはこれが最後ね。
まず1つめ、シンプルに私たちがあんまり表に出てない。
今でこそインピュアズが全面的に動き出したけど、それまではお互い試合してたくらいだった。
私がダリア地区で戦うことになったのは、その元クラスメイトに正体を知られて、やむなくだし」
「正体を知られた? 変化するところでも見られたの?」
「そ。遅刻しそうだったから、路地裏でこっそり変化したら、よりによってその子が居た」
「迂闊すぎる……。仮にもボスでしょ……」
「その話は今いいの!
ともかく、2つめ。
あんまり表に出てないとはいえ、そのダリア地区の戦いや、他にも2回くらいピュアパラと戦闘はあった。
その戦いは、認知されていないわけじゃない。ただし、私たちは幹部クラスだと認識されている。
さらに言うと、私たちが幹部クラスと認識させている」
「させている? ……そうか、認識阻害……」
『顔を見ているはずなのに、ぼんやりとしか覚えていない』
『話したはずなのに、内容が朧気』
『戦ったはずなのに、使ってた武器や技が曖昧』
などなど。
文字通り、自身もしくは対象の物への認識を妨害する術。
「で、3つめ。私たちが負かしたピュアパラが言わないでくれている。
私の理念に共感してくれて、自主的にしてくれる子も居るし……
『私の理念に共感させられている』子も居る」
「……記憶操作と人格操作」
「そう。こっちには認識阻害や記憶操作、人格操作の術を使えるのが何人か居る。
シチビの得意な妖術が、記憶や人格を操ることらしいから。シチビの影響が最も強い0番台の妖玉は、そっち方向の術が得意な子も多いのよ」
記憶操作の術は、ソラもイズミとホウセンに使っていた。
前世から、他者も妖魔も妖怪も問わず、自分だけの奴隷を作ることに躍起になっていたホムラだ。
その理屈は、頷ける。
――幹部クラスの見た目の情報すら曖昧なのは、そういうことだったのね。
「人格操作をかけた子たちは、ピュアパラの内部に潜り込んでもらう。
そうしてピュアパラたちを逃げられなくしてから、私たちでその地区を襲うつもり。ムツキがやったみたいにね」
「……その後、人格操作を解いて、記憶を戻すつもり?」
「そう。察しが良いね。
その子たちには、『自分のせいで味方が全滅した』っていう後悔の地獄に堕ちてもらう」
ポケットから妖玉を取り出して、親指と人差し指で挟んで、私に見せる。
「……これで本当に、話は終わりよ。
明日もデート、って誤解させたなら、それはごめんなさい。
明日になったら、私たちは敵の、ボス同士よ」
「つまりレオは、『地獄を続ける』ことが目的で、妖魔に世界を侵略させるつもりはないってこと?」
「最初はそう考えてたけど……よく考えたら、別に、侵略させても問題ない。
戦場が境世界から現実に移るだけ。
現代兵器の方はシチビたちがなんとかしてくれるし」
「……そんなに甘くないよ」
「その心は?」
「シチビや他の妖怪が現実に来たら、それで終わり。今のピュアパラを支えてる家族や保護者、ギルドや、国そのものが、一気に崩壊させられる。
それはもう、戦いにはならない」
「それは私も思った。でも、それでもいい。要は、『地獄』が必要なんだから。
人間が妖魔の奴隷になり、世界が妖魔の植民地になるなら、これ以上の地獄もないでしょう」
「そうなったら、女首相も女社長も現れない」
「その代わり、首相とか社長なんて目じゃない、文字通り世界の英雄が現れるかもしれない。
いや、必ず現れる。
少なくとも、トアはその一人になるでしょう」
「……それで、本当にいいの?」
「全然あり。
……昔、日本の女性が世界中で大活躍したことがあるの、知ってる?」
「……さあ。分からない」
「東洋の魔女。
1950年台から1960年台に活躍した、女子バレーボールチームの異名。
アメリカで『オリエンタル・ウィッチ』って呼ばれたことから、その異名が付いた。
当然、日本人だからフィジカルは世界最弱レベル。
にもかかわらず鬼神めいた強さで世界大会を総なめして、女子バレー界に日本一強時代を作った人たち。
……何が言いたいか、もう分かるでしょ?
かつて世界を震撼させた日本の女性は、全員、子供の頃に戦争と敗北を体験してるのよ」
レオはまた一口、静かにお茶を飲んだ。
パタパタとキャミソールを扇いで、風を体に送り込む。
「敗戦から得る強さがあることは、歴史が証明してくれた。特にこの国は。
だから、私が一番阻止したいのはピュアパラ……人間側が勝利して、この戦争が終わること。
そうなるくらいなら、侵略される方が全然良い」
「それは、人間同士の戦争で、お互いの思惑もあったから。
妖怪たちがもたらす被害は、人類根絶すらありうるのよ」
「いや、少なくともシチビは人間を生かして、社会の構造もそのままにするつもりよ。
いつの間にか、食べ物とか娯楽に触れたことあるらしくて。凄く気に入ってたからね」
――ナナとソラの家に入り浸っていた時だ。
「……反論はそれだけ?」
「レオ……」
「……ね? 私たち、敵対するしかないでしょ?」
そう言って、レオは小さく笑う。
「だから、今日は最初で最後のデートを楽しみたかったの。まさか、あばらを……その、あんなにされて締めくくるとは思ってなかったけど」
「レオは、どうしてそこまでできるの?
なんで、他人や国のために、そこまで強い意志を持ち続けられるの?」
「そうねぇ……。
多分、この国の『普通』の女が、全員嫌いだから。
ソラちゃんナナちゃんみたいに、這い上がって来た子は好き。
ピュアパラたちみたいに、這い上がろうとする最中の子も好き。
トアみたいに、死線なんかくぐり切ってきましたよ、って涼しい顔できる子が、ぶっちぎりで一番好き。
トア、私なんか想像もできないくらい、壮絶な過去持ってるでしょ?
これ以上同情したくないし、深く聞かないけど。
……そんな、私の好きな子たちしかいない世界が見てみたい、ってだけ。
根本を突き詰めれば、私もヒメと大差ない、自己満足だよ」
自嘲気味に。けれど、どこか凜然と。
爽やかさすら覚える微笑で、私を真っ直ぐに見つめていた。
――反論の余地は、ある。
論破できる自信もある。
レオは、間違ってる。
けれど……
今の彼女には、響かないだろう。
あまりにも彼女の夢――本人曰く自己満足――とかけ離れてしまっている。
――私が持つこの言葉を、その心に響かせるには。
今のレオの夢を、完膚なきまで打ち砕くしかない。
「……もう真っ暗になってきた。そろそろ親も帰ってくる時間だし。
トア、駅まで送っていくよ」
反論はないとみたか、レオはそう言ってブラウスを手に取った。
「しかし、今日のデートは楽しかったね。ますます、次会う時が楽しみになれたわ」
まるで本当の友達との別れ際のように言って、レオはブラウスを着始める。
「私が勝ったら、トアは毎日この部屋に通うの。身の回りのお世話してもらう。
お風呂とかも一緒に入っちゃったりして。
土日とかは、お泊まりしてもらう。
大丈夫。ずっとずっと、愛してあげるからね」
「最後までキモいこと言わなくても」
「……その時は、『キモい』は禁句にさせようかな」
そんな話をしながら、レオの家を出た。
玄関を出て、しばらく無言で駅に向かう私たち。
「宣言する」
小さく、レオだけに聞こえるくらいの声で沈黙を破る。
「ん?」
「私が勝つ。あなたのその歪んだ夢と自己満足、粉々にしてあげる」
「……言うじゃん。流石私のトア」
「あなたのじゃないけど」
「できるならやってみてよ。『勝ったらトアを好きにできる』が乗った今の私のモチベ、舐めない方が良いよ?」
「……待って。それについては、もし万が一負けた時、ちゃんと話させて」
「ダメに決まってるでしょ。一生ペットにするって決めたんだから」
「……まあ、いいや。負けないから」
「良いなあ、ますます屈服させたくなってきた」
――だから、公共の場ででかい声で言うなっての。
こっちは声量落としてるんだから。
レオの家は駅に近い。すぐに辿り着いた。
「それじゃね。再会する時まで、他のゼロナンバーズやインピュアズに負けないで」
「レオの方こそ。ここまで焚き付けておいて、『トアのただの友達になるのも幸せそう』とか言わないでよ」
「…………」
微妙な顔で固まるレオ。
「……ちなみに、ただの友達でもお風呂とか全然入るけど」
「マジ!?」
「ナナやソラとも入ってるし」
「な、まさか、そんな……」
「一緒に寝るのだって、友達なら別にしていい。
でももちろん、敵のままならしない」
「……どうしよう。揺らいできた……」
「嘘でしょ!? ……いや、それならそれでいいんだけど……」
だったらここまでの会話なんだったのよ。
「ふふっ、冗談冗談。やっぱ友達のままだと、トアに拒否権あるし。最低でも人権は奪っておきたい」
「ここ公共交通機関なんですけど」
あと、最低でも、ってなに?
「真面目に言うと、私の目的はトアだけじゃないから。その程度のエサで私が釣られるわけ……釣られ、ないわよ。当然」
「分かったから。……最後までおどけてくれて、ありがとね」
そう言うと、レオは一瞬びっくりしたようになって。
……やっぱり綺麗に、微笑んだ。
「レオ、一つ忘れないで」
「……なに?」
「私たちは、敵同士だけど。もう、友達同士でもある、ってこと」
「トアがそう言ってくれるなら、ライン消さないでおく」
「普通にラインするから」
「オーケー、私も写真とか送るわ」
「それじゃね」
「うん。また。……今度は、多分境世界で」
「ボコボコにしてあげる」
「私が勝つわ、絶対に」
お互いに笑って、手を振り合って。
最大の敵勢力、『ゼロナンバーズ』の首魁と別れた。
†
帰りの電車の中で、ぐるぐると考える。
――私の反論。
本当に、今言わないのが正解だったのか。
言ったら間違いなく拒否されるし、勝った後にもう一回言っても効力がなくなる、と思って黙ったけど……
――たとえ拒否されても、頭の片隅に残って、ジワジワと効力を発揮してくれてたんじゃないか――
今になって、そんな可能性を想像をしてしまう。
言葉選びって、難しい。
立ち回りって、難しい。
それでも。もう後戻りできない。電車は進み続けてるし、それに……
――『次に会う時は、敵同士ね』
これが正解だったと信じて、前に行くしかないのだ。
(……すごく寂しいし、悲しいけど)
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