土曜日―前編―
土曜日。午前11時、の15分前。
目的の駅で電車を降りる。
構内を進み、待ち合わせ場所のインフォメーション横。
一瞬分からなかったけど、レオはそこに立っていた。
オーバーサイズ気味でボタンを全部外したブレザー。その袖から覗く白い指は、あの日、刀を握っていたのと同じ。
サラシから伸びてた細いふとももが、今はわりと常識的な丈のスカートから見えている。
ということで、今日はレオとデートの日だ。
「レオ」
目が合った瞬間、パァ、と笑顔が咲く。
「トア!」
お互いに近寄る。
「早いね。まだ15分前だよ?」
「トアに早く会いたくて」
ニコニコと言われるから、腹の探り合いをするのも馬鹿らしくなる。
「制服、セーラーなんだ。可愛いー♪」
「レオも萌え袖可愛いね」
「でしょでしょ、……って言いたいけど。
『まだ成長するから』って言われて大きめにしたのに、あんま成長しなかっただけ」
「そう? 私よりは大きいけど……」
「それはトアが小さいだけ」
「レオって今何年生? てか中学生?」
「そう。中学三年」
「じゃあもう受験だ」
「いや、うちは中高一貫。受験は小六の時にしたから」
「進学できるの?」
「……失礼な。これでもトップ10から落ちたことないわよ」
「すごっ、頭良いんだ」
「尊敬しなさい」
「わー、そんけー」
「トアも相当頭良いでしょ?」
「まあ、地理と英語以外はいいかも」
「あー、じゃあどっちかというと理系なんだ」
「どうだろ、どっちかと言えばそう……なのかな?」
ただ、この世界の成り立ちや仕組みには興味あるから、社会科全体むしろ得意な方だ。
地形は、空からこの目で見ないと頭に入らないだけで。
「んじゃま、まずはお昼食べちゃおうか」
「うん」
12時前後は混むから早めに食べちゃおう、と昨日ラインで話した。
「しかし、太陽の下で見るトアは、また格別だなあ。間近で見ればそりゃ、ヒメも堕ちるわ」
「そう言ってくれるけど……そんなにかな? そこまで言われるほど美人じゃないと思うんだけど」
「は? それ、他の女子の前で言わない方が良いよ? 刺されても文句言えない」
「そんな大げさな……」
――単にレオの審美眼が特殊なだけだと思うんだけどな……
†
「それで、レオはなんで、シチビに付いてるの?」
店で注文した後。料理を待つ間、そう聞いてみた。
「まあまあ。クライマックスは後半にとっておきましょう」
「クライマックス……?」
「それより、トアのこともっと知りたいな」
「私もレオのこと知りたいから、質問したんだけど」
「じゃあ、その質問以外で」
「そんなこと言われても……」
それが最大の関心であり、一番気になってるんですが。
「本名とか、趣味とか、好きなものとか、そういう定番から攻めようよ」
「いや、そんな興味ない……」
「持て。持たなきゃ今日帰してあげない」
「それじゃ、レオが私のこと可愛いって言うの、実際本音なの?」
「本音ですけど。え? そんな変?」
「私から見たら、レオが騙そうとしてる可能性もある。
人間、褒められたら悪い気はしないから。そこに付け入ろうとしてるんじゃないか、って」
「……トアは午前中からクライマックスだなあ」
「だからなんなの……」
「まず、トアは滅茶苦茶に、破壊的に、神的に可愛い」
「……え? あ、はあ……」
「ただ『絶世の美人』とか言うと、それは違うと思う。そう、『可愛い』……これに尽きる。
笑顔が可愛い子は居る。普段の顔とか、アンニュイな顔が可愛い子もたくさん居る。
でも、真剣な顔とか、刃迫り合いの顔まで可愛い子はなかなか居ない。なのに、トアは、むっちゃくちゃに可愛い。
カッコイイのに、可愛い。
最高にタイプ。
好き。
キスしたい。
お持ち帰りしたい。
お姉ちゃん、って呼ばせたい」
「どうしよう、段々頭悪くなってきた……」
あと、普通に店内だからやめてほしい。
せめて声のボリューム落としてほしい。
「そもそもさ。それ以外、私があの日手伝うような理由ないじゃない」
ショッピングモールでの戦いのことだろう。
「信用を得るためとか。いくらでもあると思うよ」
と、そこで料理が運ばれてきた。
「……続きはまた後にしようか」
「そうね」
「あ、すみません、料理の写真って撮っても良いですか?
……ありがとうこざいます」
レオは店員に確認を取って、スマホを取り出した。
「トア、こっちこっち」
「え? 私も?」
「そりゃそうでしょ」
「そりゃそうなんだ……」
レオの写真に付き合わされた後、お昼ご飯を食べた。
「トアはパスタなにが好き?」
「なんだろ。やっぱりナポリタンかな」
「ナポリタンとか、もう可愛いって言わせに来てるでしょ。あざといなあ。そういうとこも可愛いんだから」
「違うってば! 本当に一番好きなの! お母さんのナポリタン、凄い美味しいんだから!」
そんな感じで、食べてる間はあたりさわりない会話を交わした。
†
食後。
「で、さっきの続きだけど。おべっかで私に取り入ろうとしてる、って可能性を考えちゃう、って話」
「こんな空気暖まったのに、冷まし返す?」
「冷めないでしょ別に」
「……あのさトア。相談なんだけど」
「なに?」
「夕方……そうだな、16時過ぎるくらいまで、そっち方向の話やめない?」
「? なんで?」
「まず前提として、取り入るとか、油断させようとか、そういう意図はない。本当に好みなだけ。
でも、それを証明するには、私がシチビに付いてる理由の話になる。
それをしたら、私たちは敵同士だ、って再認識するでしょう。
……まだ、敵味方が曖昧なうちに、トアとの思い出を作りたい」
――別に、なに言われても敵にはならないけど。
まあ、それを言っても、それこそレオも信じられないんだろう。
「……ダメ?」
レオが上目遣いで尋ねる。
――そんな捨てられた子犬みたいな目されちゃったら、ダメ、なんて言い返せない。
「……分かったよ。レオがそうしたいなら、そうしましょ。
今日は、あの時手伝ってくれたお礼もかねてるわけだしね」
「ホント!? ありがと、トア」
安心したように笑うレオ。
――なんか、変化中より素直で可愛いな、レオ。
年上なのにそう思っちゃうのは、私の精神年齢が上というだけなのか。それがレオの人柄なのか。
それから私たちは店を出て、デートを楽しんだ。
お互い親からもらった交友費の範囲で、行けるところに行ってみる。
ゲームセンターでパンチ力競ったり。銃で敵を倒しながら進んだり。太鼓をしたり。
卓球やボウリングしたり。
バッティングセンターで周りのお兄さんお姉さんからちょっと注目浴びたり。
お揃いのアクセサリーを買ったり。
ドンキにある物で、お互いがお互いにプレゼントを買い合ったり。
とても、楽しい半日だった。
†
「あ、満室ですか。分かりました」
時刻は16時過ぎ。
最後に、話をするために寄ろうとした駅前のカラオケボックス。
……だったけど、入ることはできず。私たちはすぐ店の外に引き返した。
「どうしようか。この辺のカラオケ、他はちょっと遠いのよね。あと値段もここより高い」
レオがスマホで地図を見ながら言う。
「レオの家は隣の駅だっけ?」
「ん? そうだけど」
「駅から遠い?」
「ううん、歩いてすぐだけど……それがどうかした?」
ちなみに私は3駅離れてる。別の路線だけど。
そう、私たちの家は意外と近かったのだ。地区も隣だ。
「ここからそのカラオケ屋さんとレオの家、どっちが早く着く?」
「まあ、私の家……だと思う」
「今日、私行っても大丈夫?」
「……パパもママも仕事で居ない」
――一人っ子という情報は、卓球とボウリングの合間に得ている。
「じゃ、行こうか」
「ちょいちょい! えっ、本気? 私の家来るの?」
「ダメなら遠慮するけど」
「そりゃ、ダメじゃないし、私はむしろ歓迎だけど!
でも、もっと、自分の体大事にしなきゃダメでしょ!」
「体? ……なに? レオの家、体がどうにかなるの?」
「……どうしよう、鼻血出そう……」
右掌で鼻の下を覆うレオ。
「急になんで!?」
駅前で流血はやめてほしい。
「トア、冷静になろう。私は嬉しいけど……」
「ならいいじゃん。行こうよ」
「いや、でもさ……」
「嫌なら嫌、って言って。変に遠回りに断ろうとしなくていいから」
「いや、嫌じゃない。本当に、嫌じゃないんだけど……」
「あ、もう決めた。絶対レオの家行く。行かないなら今日帰してあげない」
「私のセリフ……」
「私が決めたんだから、それは絶対よ。ほら、レオ!」
レオの手を掴んで。
新しい友達の家に行くことに興奮しつつ、駅に向かって歩き出した。
†
レオの家は三階建ての一軒家。かなり大きい。
控えめに言って、裕福な家の子みたいだ。
私はレオの部屋に通されて、椅子に座らせてもらっていた。
スマホを見ながらレオを待っていると、ドアが開く。
「お待たせ。はいどうぞ」
レオが手に持ったトレイから飲み物を渡してくれる。冷たいお茶だ。
他にもお皿に開けたお菓子類が載っている。
「ありがと」
「……トア、写真撮って良い?」
「え? いいけど……」
「トアが私の部屋に居る感動を、残しておきたくて」
なにかの名セリフっぽい口調で言われた。
それから軽く撮影会。
ワンショットの写真を、「まだ撮るの?」って聞いちゃうくらい撮られる。
レオとのツーショットも何枚か。が、そっちは割とあっさり終わった。
「あー、熱くなってきた……。夢中で上着脱ぐの忘れてたよ」
「なんか段々キモくなってない?」
「トアが部屋に居たらキモくなるでしょ!」
――イズミもホウセンもナナもソラもならないけどなあ。
チィとビィは可愛くなるし。
レオがブレザーを脱いでハンガーに掛ける。
そのままブラウスの前のボタンも全部外した。
薄手のキャミソールが露わになる。
「前開けるの好きなの?」
ベッドに腰掛けるレオに聞いてみた。
「え? ……ああ、言われてみれば、そうなのかも」
自分の格好を見下ろして言うレオ。
「普段もすぐボタン外すこと多い。体の前だけスースーする感じ、好きなんだろうね」
「変化の時はもうちょっと隠してよ。境世界には女の子しかいないとはいえ」
「前閉じるとダサいんだもん、あの衣装。
それに私って、やせすぎのようでやせすぎじゃない、でも少しやせすぎなのが良いところじゃん?」
「食べるラー油みたいに言われても」
そこでレオは立ち上がった。
キャミソールに手を掛けて、胸元まで捲り上げる。
「ほらこのへん。あばらがちょっと浮いてるところ、私のチャームポイントだから」
一歩近付いてきて、私にあばら部分を見せつけてきた。
(チャームポイント……?)
あばらをチャームポイントって思ったことないからなあ……。
「トアには分からないか。
浮きすぎず、うっすら見えてる感じ。これぐらいが、丁度良い女子のあばらなのよ」
「丁度良いあばらとかあったんだ……」
「私が思ってるだけだけど」
「まあ、あの格好で変化する理由はなんとなく分かった」
「それは確かに。前開けるの好きだったみたいだし。
好みの格好で、自信あるとこ見せたがりなのかも」
「どれどれ」
両手を伸ばして、左右のあばらに触れた。
「きゃあっ!?」
レオが後ろに飛び退く。
背中からベッドに倒れ込んだ。
「い、いきなりなにすんの!?」
「どうしたの? 自信あるチャームポイントなんでしょ?」
立ち上がり、私はゆっくりと歩き出す。
「え、いや、そう、だけど……」
「なら逃げちゃダメでしょ? 目の前でひけらかしておいて」
「いや、だからって触らせようとしたんじゃなくて……」
「キャミソール下ろさないで♪」
「あの、トア? なにを……?」
「今から、本当にそのあばらがチャームポイントなのか、私が確かめてあげる」
「いや、あくまで見た目の話で……」
「見た目じゃあんまり分からなかったんだもん」
「それならそれでいいの。
あと実は『あばらとブラをちょっと見せたら、トアどんな反応するかなー』って、ほんの出来心で……」
「ん? だったら、反応してる最中よ? 最後まで確かめないとじゃない?」
「どうしたの……? なんかちょっと、怖い……」
「怖くない。大丈夫よ。すぐ終わるから。そうね……天井のシミでも数えてて」
「今の時代、そんなのほぼ無い……」
レオの目の前に辿り着き。
キャミソールの下から両手を潜り込ませた。
レオの悲鳴。
構わず、あばらに触れる。
「あ、そんな、肋間を順番にぐりぐりするの、ぞくぞくするからぁ……」
「ふむふむ」
レオは身をよじって逃げようとする。
逃がさないよう、レオの上にまたがった。
「そんな、嘘、家に連れ込んだのは、私の方なのに……このままじゃ私……いやあ! お願い、トア!
右上から三番目の先端、こねこねしないで!」
「ほうほう。こうしたらどうかな?」
「あ、うぅっ!? そんな、下から優しく擦り上げて……
ダメェ! 胸骨との付け根、そんなにしちゃダメッ……」
「ちょっと弱すぎない? チャームポイントじゃなかったの?」
「ど、どういう理屈……
ああっ! そこ、やめっ……!
トア、謝るから! ごめんなさい、もう許して!」
「別に謝られるようなことされてないよ?」
「お、お願い、トア、そう、話!
話をしよ! お昼ご飯の時の続き! なんでも喋るから!
だから、あ、そこ、やめて、逆らえなくなっちゃう、あ、ああああああああ!」
――なんだろう。
生まれて初めての感覚。前世でも、感じたことがない。
なんか分からないけど、これ、すっごく楽しいかも!
†
レオが私の写真撮ってる時間と同じくらい、そうしていた。
反応が鈍くなり楽しくなくなってきたので、椅子に戻ることにする。
「あばら触ってる間のレオ、可愛かった。確かに、チャームポイントだったね」
「……絶対、違う、チャームポイントって、そういうんじゃない……」
息も絶え絶えなレオ。
ぐったりとして、起き上がる気配はない。
「ごめん、私も楽しくなってきちゃって。
嫌だった?」
そう尋ねると、しばらく間を開けて。
「……これはこれで、良かった、かも」
と、良く分からない返事が返ってきた。
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