29
ムツキが一人、私の前で立ち止まる。
「……エリンと、話をさせて欲しい」
じっ、と私の目を真っ直ぐ見るムツキ。
「あ、そうだ。忘れてた。
トア、ムツキからエリンに伝言があってな。
『ごめん』ってさ」
横からナナがそう言ってきた。
「……今言う、って、どういう了見よ」
ムツキがジト目でナナを睨む。
「それどころじゃなかったんだから、しゃーねえだろ」
「なら別に言わなくて良かった、って言ってんの」
「まあまあ」
私が制止する中、エリンが顕現。
「だってさ。エリン」
「…………」
エリンとムツキが、互いを見つめ合う。
「エリン。その、ごめんなさい。
私が、間違ってた。もう、奴隷みたいに扱わないって約束する。
……だから、戻ってきて、ほしい。私には、あなたが必要なの」
「それは、またヒメさんたちを守る必要が出てきたから?」
「それもある」
「……も?」
「これまで一緒に、幼なじみを守ってきてくれた親友と、仲直りがしたいだけ」
「……ムツキちゃん」
「あなたに見捨てられて、離ればなれになって。
……癪だけど、そこのマヌケな双子と話したあと、無性に、そう思ったの」
「マヌケっておい」
「……って言いたいけど、反論する資格無いわよ私たち……」
――私と離れている間に、何かあったんだろうか?
妖力移す時は、どこか物陰に隠れただろうし。
あれだけ嫌がってた二人が、まさかちゅーするところ見られるような真似するはずないもんね。
「今度は私が、首輪付けられる側になってもいい。……だから」
エリンが小さく笑う。
「そんなこと、しなくていい。
言ったでしょう?
首輪が嫌だったんじゃない。
乱暴にされるのが嫌だったんじゃない。
ムツキちゃんが、そう言ってくれるなら……私は、大歓迎だよ!」
心底嬉しそうにエリンはそう答えて、一歩ムツキに近付く。
……が、ムツキはその分、一歩下がった。
「……大歓迎なの?」
ムツキは驚きながら聞き返す。
「? もちろんだけど……」
不思議そうにエリンは小首をかしげた。
「……エリン、その……ああいうの、好きだった?」
「ムツキちゃん、1階で別れる時の話、聞いてた? 好きとかじゃなくて、私はそういう風に作られたんだよ」
「……なるほど」
ムツキが深刻に考え込む。
「じゃあ、その……あんまり首に食い込まない、柔らかめの首輪買っておくわ。あるか分かんないけど」
「……待って。なにか勘違いしてない?」
「言われてみれば、最初の頃はそれで強くなれたわけだし。
私はてっきり、エリンは嫌なんだと思ってた。でも、あの頃は大歓迎だったってことでしょ?
私が強くなれたのは、隷属ができたんじゃなくて、エリンの趣味に合ったからであって……」
……エリンが静かに、耳まで真っ赤になっていった。
「なわけないでしょ!!!」
「ううん、大丈夫よ。私、エリンがどんな趣味持ってても、エリンの友達だから」
「その優しい目やめて!」
「本来は隷属するように作られてるんだもんね。そういうの好きでも変じゃないよ」
「だから! 風評被害やめてってば!」
――地味に『好き』という点は否定しないエリンだった。
「……まあ、ムツキも反省してるみたいだし。エリン返すね。
ただ、やりすぎないように。あと、公の場では配慮するように」
「ええ」
「ブレイドもなんの話してるのかな?」
「エリン、昨日は力を貸してくれてありがとう。ムツキと末永く仲良くね」
「……いやまあ、仲良くはするつもりですけど」
「ムツキも、流石に腕が痙攣するレベルはやめてあげて」
「本人が良くても?」
「本人が良かったら……まあ、止められないかも」
「その辺は調整するから」
「そうね。今度は見限られないように」
「うん。分かってる」
「なんの調整よ! 私は無垢な戦士の武器であり防具なの! 変な扱いしないで!」
そんなエリンの訴えに、笑う子が過半数、気まずそうな子が数人。
――ちなみに私は、笑っちゃう方。
あと、ヒメはよく分かってない様子だった。一人だけ?を頭に浮かべてる。
変化ができなくなった子を、私たちが運んでゲートまで帰ることに。
ナナはエル、ソラはアキラ、ムツキがアンジュ、レオがアヤ。
「じゃ、ヒメは私とね」
「は、はいっ!」
ヒメをおんぶしようと近付く。
が、ヒメは私の正面に回って、両手を伸ばしてきた。
――前だと、だっこになる。
それだと、お互いの体格的に、飛んでる間不安定になっちゃいそう。
私は一瞬考えて……
お姫様だっこで抱き上げた。
「わっ!」
ヒメの足と頭が同じ高さになる。
「それじゃ行きましょうか、姫」
「は、はいっ!」
「飛んでる最中は危ないから、しっかり掴まってて」
「あ、ありがとうございます……」
私の首に両手を回すヒメ。
すぐ目の前に、ヒメの顔。
恥ずかしそうに、目をキョロキョロするヒメ。
「みんな居るから、ちゅーはまた今度ね」
ヒメの耳元に、囁いた。
「わ、分かってますからっ」
なんて、小声で振り絞るようなヒメが可愛い。
†
それから現実世界に帰って、レオやヒメたちと連絡先を交換して。
両親にバレないよう二階から帰って。
すでに起きてたレクに出迎えられて。
不意打ち気味に抱きしめられ、ケガがないか心配されて。
「ちょっとしたけど、もう治った」と答えて。
眠気覚まし兼、戦いの汚れを落とすため、朝風呂に入ることにして。
そこにレクも付いてきて。
……着替えてる最中、「知らない女の人の匂いがする」とか言われて。
その後、なんとか学校に行って。
授業中に寝ちゃって。
イズミやホウセンから珍しがられてたけど、なんとか誤魔化した。
そんなこんなで、放課後。
さくら地区のピュアパラたちの都合が付いたというとこと、境世界のモール、その駐車場で待ち合わせ。
ペロに時間を聞くと、まだまだだ。
みんなを運ぶ必要があったとはいえ、少し早すぎたみたい。
待ってる間、ゆるやかな空気で雑談する。
「今日一日過ごして思ったけど、アキラの……『ペネトレイト』の人格と会えなくなったのが、ちょっとだけ寂しいわ」
エルがそう切り出した。
『ペネトレイト』はアキラの変化後の二つ名なんだろう。
「まあ、確かに。気持ちは分かるかも」
アンジュも同意する。
「本当のアキラちゃんは、大人しいけど、とっても優しい子だもんね」
ヒメがアキラに向き直る。
「アキラちゃん、あらためて、今までありがとう。……私のために、無理してくれて。感謝しかないよ」
ヒメがそう言って、アキラの右手を両手で掴んだ。
「ありのままのアキラちゃんで、これからもよろしくね」
「良かったな。もう戦う必要もなくなって」
続いてアヤがアキラに言う。
「ホント。見てて痛々しかったんだから」
ムツキもそんな二人の間から、アキラに笑いかけた。
「あ、う、うん……。みんな、心配掛けて、ごめんね」
目元は分からないけど、アキラはそう言う。
「いや、どっちかっていうと、あれが素でしょ?」
なにげなく私が言うと、アキラは驚いた……ような目をした気がした。
「何があったか分からないけど、どこかのタイミングで今の立ち振る舞いを覚えただけじゃない?」
「いや……それは、ない」
と答えたのはエル。
「初めて会った七歳の時から、こうだった。私、この子イジメてた頃もあったけど、あんな素振り、変化できるようになるまで微塵もなかったもん」
「七歳なら演技なんてできる。
……でも、みんなが違うと思うなら、私の勘違いかもしれないね」
――けれど私には、土下座しようとした時のアキラが嘘だったとは、どうしても思えない。
変化中の仲間たちとの掛け合いも楽しそうだったし。
全員がアキラを見る。
私の意見が即否定されないあたり、みんなも多かれ少なかれ、思い当たることがあるのかも。
しばし、沈黙。
みんながアキラの言葉を待っている。
「……さあ、どうなんでしょう」
そう呟いたアキラは、変化中の時と同じ目をしている……ような気がした(パート2)。
「自分でも正直、どっちが本当か、分からない」
「そう、なの……? アキラちゃん……」
「大人しくしてれば、目を付けられない。嫌なことされないで済む。一日を何事もなく過ごせる。……それを覚えてから、素なんか出したことなかったから」
「覚えてから、って、あなたそれ、七歳から……」
エルが、小さく戦慄きながら呟く。
「それに、これのおかげで、エルちゃんが構ってくれるようになったし。
……いまさら、これ以外の私になんて、戻れなければなれもしないよ」
「そっか。いつか変化とかしなくても、みんなの前で素を出せるといいね」
私がそう笑いかけると、睨み返された……ような気がした(パート3)。
「……みんなの前で変なこと言わないでもらえます? せっかく、五年近く猫かぶってこれたのに」
「お、意外と早めに素を出せるようになった?」
「……私、頭の回転速いですから」
「ちょっと!」
エルがそんなアキラの両肩を掴んで揺さぶる。
「なに、アンタあれ素だったの!? ヒメちゃんのためにメチャクチャな人格作ったこと、尊敬してたのに! 素なら全然凄くない! 私の尊敬返しなさいよ!」
「……ちっ。ごめんなさい、エルちゃん」
「ちっ、て聞こえたわよ!」
「うざっ。エルちゃん、ヒステリー女はもてないよ」
「うざって言ってんじゃねーか、このニセ二重人格!」
なおも言い合いながら、揉める(じゃれる)二人。
本当に仲良しで、微笑ましい。
そんな二人を見るヒメも、楽しそうに笑ってる。
――でも、どこか羨んでるようにも見えた。……気がした(パート4)。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
もし「面白い」、「続きを読みたい」などと思っていただけましたら、
↓にある星の評価とブックマークをポチッとしてください。
執筆・更新を続ける力になります。
何卒よろしくお願いいたします。
「もうしてるよ!」なんて方は同じく、いいね、感想、お待ちしております。