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「くぅ~♪」
湯船に浸かると、思わず声が出てしまう。
誰もいない家でお風呂に入るなんて、こんな贅沢、そうそう無いからね。
家族のことは好きだが、それはそれとして、子供に自由がないのもまた事実なのである。
「主様、私は、どのようにしたらよいでしょうか……?」
まず体を洗うと思っていたのか、スォーが戸惑ったように体を縮こまらせていた。
「お風呂というのは、まず最初に湯船に入るのが礼儀だったの。先に体を洗うというのは、もともとローカルルールに過ぎないのよ」
※諸説あります。
「そう……なのですか?」
「つまり、まずは湯船に入りなさい」
「ですが、今は主様が……」
「一緒に入ればいいでしょ」
スォーの手を引いて、半ば無理矢理湯船に入れさせる。
一般家庭のバスタブだ。私とスォーは密着する形になる。
「主様お一人でのびのびと入られた方がよろしいのでは……?」
「誰かと入るのも楽しいよ」
昔は妹の恋久とよく一緒に入った。最近はもう入ってくれなくなったけど。
「で、スォー。早速本題だけど」
「はっ」
「その戦国武将に仕える家臣みたいな態度、やめて」
「態度ですか? 具体的には、どのように……」
「跪いたりとか、敬語とか」
「それは、主様に仕える道具として……」
「まあ、私も前世だったら気にしなかったけど。人間はね、子供に傅かれるなんてあんまり良く思わないの」
「そう、でございましたか……」
「あなたくらいの年齢の子は、ちやほやされて、可愛がられて、ワガママも許される、守られる存在だから。
あんまり謙られるのは、本能的に忌避しちゃうんだよ」
「この見た目は、あくまで同年代のピュアパラ達との会話をスムーズにするためのインターフェイスでございます。本当の意味での年齢などございません。どうかお気になさらず……」
「気にするなって言われてもね……。あなたくらいの子を侍らせるのは、やっぱり思うところあるよ」
――っていうか、よく考えたら、命令してお風呂に入れてる時点で犯罪では……?
魔力の感覚を取り戻したと同時に、前世の感性が少し戻ってきてるかもしれない。現代人の感性をトレースするのも大変だ。
「ご心労おかけし申し訳ございません。かしこまりました、なんとしてでも態度を改めたく存じます」
「そういう言い方がすでにズレてるって言いたいんだけど……。スォー自身はどうなの?」
「……どう、と申しますと?」
「敬語とかめんどくさくない?」
「滅相もございません。魂鋼は道具です。人に行使され、世界を救うために使い捨てられる無機物です。
然るべき主君に使っていただくことが幸福であり、世界のために役立つことが至上でございます」
「それで、あなたは私を『然るべき主君』だと思っている、と」
「はい。主様の、この世界を愛する思いと、救世の女神を簡単に凌駕する強大で凶暴な……けれどとても優しい魔力に貫いていただいてから、私の思いは変わりません」
そう言うスォーの目は、熱を帯びて真っ直ぐに私を見つめてくる。
「先ほどの戦いでは、背筋が粟立つほど感動いたしました。この方の武具たるが、私の生まれた意味なのだと。確信に打ち震えたばかりでございます」
「そ、そう……」
あまりに熱心に語られて、引いてしまう半分、なんだか微笑ましい半分。
前世で一番私に心酔してたのはリディオだったけど、彼女よりも深度で言えば深いかもしれない。
(道具とか無機物とか言っておきながら、めちゃくちゃ感情あるなこの子……)
慕われて悪い気はしないけどね。
「……分かった。さっきの話は撤回する」
「いえそんな! 主様がお気に召さないのでしたら、なんとか改善を……」
「いいから。スォーは、心の底から私にそうしたい、って思ってるってことでしょ?」
「それは、その通りでございます。ですが、主様が少しでも精神的な負荷を覚えられるのでしたら……」
「気が変わった」
「……左様でございますか?」
「無理矢理させてるかも、って心配してたけど。単に『やりたいからやってる!』ってのが分かったから。もう止めないよ」
なんと答えて良いか考えている様子のスォー。
そんなスォーに、くすりと微笑んで見せる。
「でも、あなたがそう来るなら、私もやりたいようにやらせてもらうから」
「は、はい。それはもう、私にできることでしたらなんでも」
「こっちに来なさい」
「はっ」
スォーが前に出て、私に密着する。
「背中を向けて、私のふとももの上に座るように」
「……? こ、こうですか?」
言われたとおり私の上に座るスォー。
「これから一緒にお風呂に入る時は、基本この体勢になること。命令ね」
「は、はい、かしこまりました……」
落ち着かない様子のスォーに、私の口元はまた緩んでしまう。
そんなスォーの頭に右手を置いて、優しく撫でてやる。
「今日はあなたのお陰で、皆を助けることが出来た。ありがとう」
「あ、主様……?」
いよいよ戸惑いはピークの様子で、スォーは私を伺うように、どこか助けを求めるような横目で見てきた。
「初対面の時は、思い切り頭掴んじゃったね。ごめんなさい。もう痛くない?」
最初に私が掴んだところを重点的になで回す。
「謝られる必要などございません! 痛みなど感じませんし……」
「そう。なら良かった」
「主様、このような扱いは身に余ります。どうか私の事は、ただの一道具として……」
「まだ口答えする?」
「い、いえ、そのような意図は決して……」
「あなたがやりたいようにやるなら、私だってやりたいようにやるって言ったでしょ?」
「……これが、やりたいことなのでございますか……?」
「そう。ちやほやして、可愛がる。ワガママも聞いてあげたし」
「ですが、私は……」
「敬語や態度は変えたくない、ってワガママ聞いてあげたでしょ? それ以上求めるなら、今度はそっちが私のやりたいことを聞いてからね」
「ですがこれでは、その……私ばかりが、幸せなだけでございます……」
(それ赤面して流し目で言われるの、なかなか破壊力ある)
「それ赤面して流し目で言われるの、なかなか破壊力あるね」
おっと。つい頭と口とリンクしてしまった。
「は、破壊力ですか……」
「可愛いって意味よ」
左腕でぎゅっ、とスォーを抱き寄せた。
そして耳元に口を近づける。
「これからよろしくね、相棒」
「はっ……」
スォーは目に見えるくらい耳まで赤くして、
「はいっ! 全身全霊で、お仕え申し上げましゅっ!」
語尾を盛大に噛んでいた。
†
それから、スォーに体を洗ってもらったり、逃げ惑うスォーを隈無く洗ってあげたり(ボディソープやシャンプーもあった)、のぼせたスォーに夜風を浴びせてあげたりした。
久しぶりの二人風呂はとても楽しかったが、スォーはかなりグロッキーな様子。
でもまあお風呂を出て一緒に服を着てる時、ニコッと笑ってくれたから、それなりに楽しんでくれたはず。
「ずいぶんお楽しみだったみたいペロね……」
脱衣所を出ると、廊下でペロが浮いていた。
「うん。めちゃくちゃ楽しかったよ。ね?」
「は、はい。幸せな一時でございました」
「言わせてる感すごいペロ……」
「ひゃっ、そ! そのようなことは決して!」
「明らかに動揺してるペロ」
「まあ最初は緊張してたからね。次からはちゃんと楽しめるようになるから」
「そういうものペロ?」
「あ、いえ、私は本当に幸せで……」
と小声で言うスォーをよそに、ダイニングからキッチンに入る。
コップを二つ並べ、冷蔵庫からペットボトルのお茶を出して注いだ。
「……トアちゃん、その、ボクの正体についてなんだけど……」
「はいスォー」
「え、あ、申し訳ございません、気付きませんで……」
「無視……?」
腰に手を当ててお茶を飲み干した。
「かぁ~、たまらん!」
お風呂後の一杯も、これまた最高だ!
私は牛乳があんまり好きじゃないので、水かお茶派。炭酸飲料もいいけど、一気に飲み切れないのがネック。
「スォーも飲みな」
「いえ、私はタマハガネに戻れば体調等リセットされますので……」
「だったらリセット前に飲んでみなさい」
「御意……」
両手でコップを持って、ちまちまと舐めるようにお茶を飲む。
明らかに飲むという動作になれていないスォーは、なんだかリスみたいだ。
「ほぅ……」
美味しそうに息を吐くスォー。
「ね?」
「はい。とても、美味しゅうございます」
「うんうん」
再びクピクピとお茶を飲むスォー。
「……で、ボクの正体の話なんだけど」
ペロがなんか言い出す。
「ああ、なに?」
「まだ言えないんだペロ。ごめんなさいペロ……」
「まあ割とどうでもいいや。スォー、一度ちょっと降りてくれる?」
「ど、どどどうでもいい!?」
スォーを下ろして椅子に座り、彼女の脇の下に手を入れる。
そのまま持ち上げて、私の膝の上に座らせた。
「言ってくだされば自分で乗りますので、次からは……」
「どうでもいいはおかしいペロ! 今トアちゃんの目の前にある最大の謎ペロ! もっと気にするペロ!」
スォーの言葉を遮って、ペロが机の上をバンバン叩きながら叫んでいる。
「んなこと言われてもなあ……」
引き続きお茶を飲むスォーを両手で抱えて、滑稽な変態を眺めた。
「精霊じゃなくて天使が擬態してるんじゃないか、とか! 実は全部嘘で騙そうとしてるんじゃないか、とか! もしかして敵のスパイかも、とか! 本当の正体は美人なんじゃないか、とか! あれこれ想像膨らませるべきペロ!」
「おかわり要る?」
「いえ、大丈夫です。要るとしても自分で用意しますので……」
「うおおぉい!」
ペロは小さい体で机の上で大立ち回りだ。
「なんで気になんないペロ! どう考えてもありえないペロ! ボクがキミを騙してたらどうする気ペロ!」
「まあ、その時はその時考えるよ」
「そんな悠長な……」
「正体なんて言い出したら、私だって隠してることあるし。お互い様だから」
そう言うと、ペロが上げた拳を止める。
「あの時、ペロは私を信じてくれた。後で怒られるのを覚悟でタマハガネ、スォーを渡してくれた。私とあなたは目指す方向が同じ、って理解し合えたんだもの。それで充分よ」
スォーが窺うような……どこか心配そうな目で振り返るから、私はその頭をそっと撫でてあげた。
「……そう言われたら、これ以上言いにくいペロ……。ずるいペロ」
「ま、正体なんて言いたくなったら言えばいい、ってことにしておきましょ。お互いに」
「……そう、ペロね」
「その変な語尾も、やめたくなったらやめていいよ。キャラ付け滑ってるし」
「滑ってないペロ! 他の皆には好評ペロ!」
両手を挙げて吼えるペロ。
くるくる表情が変わって、見てて面白い生き物である。
それからスォーがお茶を飲み終えるのを待って、私たちは元の世界に戻った。
まさか自分待ちと思っていなかったらしいスォーはしきりに謝るけれど、「あなたを可愛がるって決めたのは私。私の意思に逆らうの?」と言ったら静かになった。
「申し訳ないと思うのは勝手だけど、今謝罪するのはただの自己満足よ」
と続けたら涙目になってしまった。
慌てて、
「うそうそ! 強い言い方してごめんね♪」
ってフォローしたら、
「……未熟で申し訳ありません……ご指導、ありがとうございます……」
ってマジ泣きされた。
そんなスォーをお姫様だっこして元の世界に戻る。
「……主様」
「なあに?」
「今謝るのも、違いますよね?」
「そうね」
「では……ありがとうございます、主様」
って涙目で微笑まれた。
笑っちゃうくらい、可愛かった。
「うん、ちゃんとお礼言えて偉い!」
そうして、二人でしばし、笑い合う。
「……タマハガネとこんな親子みたいな関係築くの、初めて見たペロ……」
「そこはせめて姉妹って言いなさいよ」
やっぱりこの毛玉は一言余計なのである。
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