27
「とはいえ、その前にホム……シチビをなんとかしないとね」
赤く可愛いヒメを軽くポンポンして、仮眠室のドアを開ける。
と、休憩所にはレオ以外の全員揃っていた。
「お、トア。おはよう」
「おはようトアちゃん」
ナナとソラが挨拶する。
「おはよう」
「……トア、大丈夫か? 顔色あんま良くなさそうだけど」
「まあ、なんとかね。ナナとソラはちゃんと寝れた?」
「最初は交代で寝てたけど、すぐ二人とも寝こけてたからな。情けないけど体調はバッチリだ」
「寝れたなら良いことよ」
「おはようございます、殿下」
近付いてきたアキラが丁寧に頭を下げる。
――一瞬からかわれてるのかと思うけど、その表情は真面目だ。
「……殿下はやめて。普通に呼び捨てか、せめてさん付けでお願い」
「恐れ多くございます。私のような卑賤の者が呼び捨てなんて」
――からかわれて、ないよね? 本当に……。
「……今はあんまり時間無いからあとにするけど。
みんな、昨日は体調とか大丈夫だった?」
「はい。全員、かつてないほど絶好調です」
「他のみんなも?」
「かつてない、は言いすぎかもしれないが、体調は問題ない」
「私は、割とそう言って良い気してる」
「なんか、目の裏側や頭に感じた違和感みたいのがなくなった気はする」
アヤ、アンジュ、エルがそれぞれ言う。
「引き続き、痛みとか感じるようなら教えてね。
で、そろそろシチビが来ちゃうから。
ひとまず、急いでここから離れて」
妖眼の支配権は私のものにしたし、妖力も私が居れば封じられる。とはいえ、相手は最強格の妖怪だ。油断はできない。
「ナナ、ソラ、みんなを逃がすよ」
「……の前に、みんな言いたいことあるみたいだよ」
「言いたいこと?」
全員を見渡して、最後にソラを見る。と、ソラは私の後ろに視線を移した。
「実はさっき、ここでナナさんとソラさんを交えてお話ししてたんです」
仮眠室を出てきたヒメが切り出す。
「話?」
振り返って聞き返す。
「シチビさんが来た時、モールがもぬけの殻だったら、警戒されてしまう、と。
天井も大きな穴が空いてますし。
ここで何かあった、と悟られたら、引き返されてしまうかもしれません」
「それは、まあ、そうかもしれないけど」
「ですので、私たちは予定通り待機しておこうかと」
「ダメよ。十中八九戦闘になる。みんなはもう変化できないんだから、危険すぎる」
「もちろん、全員でなくても良いと思います。でも少なくとも、私は居た方が良いはずです」
「……ヒメ、無理しないで。もう、危険なことする必要も意味もないんだから」
「無理なんかじゃありません。……私だって。シチビさん……いえ、シチビには、腹立ってるんですから。一発、かましてやって欲しいんです!」
ヒメは慣れない仕草で、空中をパンチして見せた。
「私が何事もないように振る舞えば、警戒も解けるはず。そうすれば、トア様たちの奇襲が成功する確率は上がるじゃないですか」
「だからって、そんな囮みたいなことさせたくないよ……」
「囮というより、シチビが吠え面かくのを、一番間近で見たいだけです」
そこで、前に出てきたのは、アキラだった。
「なので、私も残ります」
「私も。右に同じ」
次いで、エルが。
「私も。……間近で見たいというか、シチビは本当に約束守る気なかったのか、問いただしたい」
三番手にアンジュ。
「同感。それに、姫様が残るなら、お供いたします」
アヤがきっぱりと言い切る。
「……私だけ居なくなるわけにいかない。一応ピュアパラの端くれ。みんなが逃げる時間くらい私が稼ぐわ」
ムツキは唇を引き結びつつ、私の目を見た。
「……と、いう話になりまして……」
ヒメはそう言って、苦笑して見せた。
「話になりまして、って……」
――大穴が空いたモールに、ヒメたちの姿も見えないとなれば、確かに最警戒されるだろう。
その状態で攻撃しても、避けられたり防がれたりする可能性は高い。
(……ここでホムラを仕留められれば、この戦争は勝ったも同然。
だけど、そのためにこの子たちを囮にするなんて……)
「いいんじゃないか? トアが居れば、シチビは妖力ほとんど使えなくなるみたいだし」
ナナがそんな彼女らを後押しする。
「トアが止める気持ちも分かるけど。……この子らの気持ちも、良く分かるよ」
「それは私もそうだけど。でも、変化できるならともかく、できなくなった今は、反対よ」
唯一、ソラだけが私に賛同してくれた。
「シチビが来た途端、レオが裏切る……というか剣を向けてくる可能性だってあると思う」
確かに。ソラの言うとおりレオの存在も気になる。
「……トア様」
ヒメが真っ直ぐな、左右異なる綺麗な両眼で私を見上げた。
「今、この15年続いた戦いに終止符を打つ好機と存じます。
ただでさえ、多大なご迷惑をおかけした身。
自分にできることがあるのに、我が身可愛さで逃げ出すような真似、したくないんですっ!」
――その言葉は、聞き覚えがある。
『できることがあるのに、誰かを見捨てるようなこと、したくないから』
昨日、私がレクに言った言葉と、そっくりなんだ。
本心では私を止めたがっていたレクを、振り払ったその言葉が。
(まさかここで、返ってくるなんてね……)
思わず、苦笑いが零れた。
これが、因果応報というヤツか。
「……ちゅーするから言うこと聞いて、って言ったら、聞いてくれる?」
「な、そ、き、……き、聞きません!」
瞬間湯沸かし器みたいに顔を赤くしつつも、ヒメはきっぱり言い切った。
――それは、そうだよね。
だって、昨夜の私と、同じ気持ちなんだから。
(元魔王の私に、口で勝つなんて……)
やっぱり、このモードのヒメは、好きになれなさそうだ。
「……戦闘になったら、すぐに逃げるのよ。私やソラ、ナナの言うことちゃんと聞くように」
「はい!」
「……良い声で返事してくれちゃって」
――さっきから、苦笑いするしかないじゃない。まったく……
(……あとは私が、覚悟するだけか)
なにがあってもこの子たちを守り切るという、覚悟を。
言い負かされた自分にできるのは、行動以外にないんだから。
†
「おはよー、朝ご飯はー?」
と、そこにレオが目をこすりながら入って来た。
「……お店入って自分で作ったら?」
ソラが目を細めて返事する。
「んにゅう……コーヒーも淹れて……缶じゃなくて豆から挽くヤツ」
「それどころじゃないのよ今」
レオに近付く。
寝ぼけ眼に、制服のボタンも掛け違ってる。
朝が弱いみたいだ。
「レオ、もうすぐシチビが来るの」
「ん、あぁ……そういえばそうだっけ。なら私は隠れ……」
「戦闘になったら、みんなを逃がすの手伝って」
レオの目が若干起きた。
「……私は昨日、ヒメとケンカ別れしたあと、誰にも会わず、まっすぐ帰った……ということになってる。
シチビの前に姿を見せる気は無いし、シチビの邪魔をする気も無いわ」
「ならなんで昨日、私が妖眼を治すの放っておいたの?」
「それは、私に戦闘力残ってなかったし……」
「そもそもなんで残ってなかったの?」
「……トアを助けたからですけど?」
「だよね。じゃあ、また助けて♪」
「あのさ、昨日からトアってホント……」
「信じてるから」
私より頭半分くらい背の高いレオを見上げて、真っ直ぐ目を見て言った。
「……なんで、信じられるの? 現にソラちゃんとか、私のこと大嫌いじゃん」
「私のために戦ってくれた。瓦礫に巻き込まれそうなアヤを、助けてくれた。みんなの妖眼治すの放置してくれたし、昨夜みんなを襲ったりもしなかった。信じるには充分過ぎるよ」
「あー、言われてみると、私いろいろやりすぎだわね……」
「あなたが何を理由にシチビに付いてるか分からないけど、悪人じゃない。あなたなりの矜恃や信念がある、と感じてる。
……まあ今は、私ってエサに釣られてるだけかもしれないけど」
「まあねぇ。釣られた私は、ピチピチ跳ねるだけですか」
まっすぐ立って、天井を見上げた。
――ブラウスの隙間から下着が思いっきり見える。
勝手にボタンを締めたり、掛け違ってるところを直す私。
「しゃーねー、やったるかー」
レオが決心したように言い放った。
「そうそう、その意気よ」
「……なんでボタン締められてるの私?」
「変化前も変化後も、前を締めるの下手すぎでしょ。ちゃんと締めなって。女の子なんだから」
「……急に近付かれると、キスしたくなっちゃうから」
「また今度ね。じゃあみんな、そろそろ準備しましょうか」
「え? ちょっと待って、今、また今度って……えっ? してくれるの? ホントに?」
「ほら、レオも。最初はみんなで隠れて待機ね」
「いやそれよりいま、また今度ね、って……」
「時間がないって言ってるでしょ、そんなのあとよ」
「いやいや私にとってはシチビなんかよりよっぽど重大な案件だから……」
なおも喋り続けるレオを尻目に、従業員通路へのドアを開いた。
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