26
色々確認した結果、一晩中とは言わないまでも、かなり深い時間までかかりそうだった。
やろうと思えば、明日以降に分割することはできる。
けれど、その間、ヒメは苦しむことになる。
なるべく今日中に解決してあげたい。
とはいえ、ヒメの体に負荷を掛けすぎては元も子もない。
ということで、大体30分に一回くらい現実に意識を戻して、ヒメの状態を確認することにした。
最初の30分後。
「どう? 大丈夫?」
「は、はい。大丈夫です」
「眠かったら寝ちゃって良いからね」
「……それはちょっと、無理かもしれません……」
「そう?」
「あ、いえ、分かりました。寝られそうなら、寝ます……」
「うん。じゃ、もっかいいくね」
「は、はい」
ちゅっ。
さらに30分後。
「ごめん、ちょっと体勢辛いから、私もベッド入っていい?」
「も、もちろんですっ」
ということで同じ布団の中に潜る。
お互いに自然と、抱き合う恰好になった。
「体調はどう?」
「今はかなり楽です。……さっきまでは、ちょっと辛かったですけど」
「体勢変えたかったら、口離していいからね」
「分かりました」
ちゅっ。
そんな感じで、二人きり、ベッドの上で過ごしていく。
4回目が終わり、2時間ほど経った時。
私が口を離すと、ヒメはうつらうつらとしていた。
目もとろんとして、半分以上寝てるみたい。
さっき、「そろそろ寝る時間」って言ってたし、むしろ保った方だ。
最初は緊張してたかもだけど、2時間も続ければ口付けに慣れて来ただろうし。
「……トア、様……」
焦点の合わない目で私を見上げるヒメ。
「寝てて良いからね」
小声で囁くように言う。
「……私、本当に、悪い子なんです」
「そんなことない」
「トア様と、ちゅーするの、気持ちよくて。
……この体に生まれて良かった、って、本気で、思っちゃって……。
トア様は、私のこと、心配してくれてるのに……」
「そうなんだ。なら、やっぱり悪い子じゃないね」
優しく頭を撫でてあげる。
極限に眠いんだろう。少し汗ばんで、体温も高くなっていた。
眠るのは良いけど……妙に罪悪感を覚えてるみたいだから。
それだけ、寝付く前に払拭してあげなくちゃ。悪夢の原因になりかねない。
「私とちゅーするの、好きになって来ちゃったんだ?」
「はい。……好き、です」
「よし。どうせなら、ちゅーするの込みで楽しんじゃおう」
「トア様……」
「私もヒメとちゅーできて嬉しいし。ヒメの体が弱くて、感謝だね」
そう微笑みかけると、ヒメは少しだけ涙を流して、私に抱き付いてきた。
優しく、あまり刺激しすぎないように、抱き返す。
「私、今一番、幸せです」
「なら、私も鼻が高いよ」
「……いっそ、治らなければ、いいのに、って。思っちゃいます……」
「それは困るなぁ。元気になっても、ちゅーしてあげるから。そんなこと言わないで」
「ほんとう、ですか?」
「うん。だから、早く良くなりましょう」
「よろしく、おねがいします……」
「まだもうちょっと掛かるから。また、ちゅーしちゃうね」
「とあさま……、だいすき……」
ヒメはじっ、と私を見て。
初めて、ヒメの方から口付けをされた。
ヒメの小さい心音が、とくん、とくん、と私の胸に響いてくる。
――うーん、これは、困ったな……
明日以降、ヒメが良くなったら、迷惑掛けた人たちに謝るよう言うつもりなんだけど……
さっきからヒメが可愛いすぎて、ちゃんと怒れるか、今から心配になってきた。
――最初会った時は、どこか嘘っぽい、と思っていたけど。
私に負けてからのヒメは、全然そんなことなくて。
今思えば、どこか無理してたんだろう。
――ついばむように私の唇を求めるヒメに、そう思った。
次に意識を戻した時、ヒメは完全に眠りについていた。
以降は起きる気配もなく。
――無抵抗な子にちゅーし続けるの、なんとなく罪悪感もあったけど……
とにかくそんな中で何度か調整を続け、およそ6時間。
なんとか、調整を完了させた。
本当に大丈夫かは、またヒメが起きた時に確認しなきゃだけど。
(お疲れ様でございました、主様)
(ひとまずね、お疲れ様)
ヒメに肩から布団を掛けてあげて――
意識を失った。
気付いたら、ヒメの隣に倒れている自分。
「主様、大丈夫ですか?」
アバター顕現したスォーが小声で話しかけてきた。
「……どれくらい落ちてた?」
「いえ、ほんの一瞬です」
「そっか……」
当たり前だけど変身も解けている。
……よく考えなくても、今日は放課後に『零れ』と戦っているのだ。
そこからさらに連戦の上、必殺技を四発も撃ってきた。
レオの冷気、チャリオットの突進。
暗目と明目のダメージに、五人の妖眼の調整。
そして、ヒメの最終調整。
――この体は、もはや限界に近いらしい。
お風呂に入りたかったけれど、溺れる自信しかなかった。
そもそもお風呂なんかここにないだろうし。
「今はお休みください。あと数時間でホムラが来るはずです。その時になったら起こしますので」
「……うん。お願い」
鉛のように重い体と瞼に抗えず、そのまま私は意識を手放す。
†
「……様。トア様……」
そう呼ぶ声で、目を覚ます。
ヒメがベッドの横に立っていた。
「おはようございます、トア様」
ふわりと微笑むヒメ。
「おはよう……今何時?」
「5時30分を過ぎたところです。6時にシチビさんがくる約束ですので……」
「もうそんな時間……ありがと」
体を起こす。
――まだ、どんよりとした重さと倦怠感は残っている。
が、言ってても仕方ない。
「そうだ、ヒメ、体大丈夫?」
「はい!」
元気よく返事が返ってきた。
「昨日までより、ずっと元気です。妖眼をもらった時も、感動しましたけど……体って、こんなに軽かったんだ、ってびっくりしてます」
「良かった。また異常があったらすぐ言ってね」
「はい。ありがとう、ございます」
深々と頭を下げるヒメ。
ベッドを降りて、体の動きを確かめる。
――体調は、およそ元気な時の3割くらい。
ホムラの攻撃は私に通じないから、本人の方はどうにでもなる。けど、インピュアズを連れてこられたら、勝てないかもしれない。
――最悪なのは、レオが敵に回ることだけど……
「それと……昨日は、本当に、申し訳ありませんでした。
止めていただいて……その上、命まで助けていただいて。
みんなの妖眼まで、害がないようにしてもらって。
……頭が上がりません」
あ、『11歳と思えないモード』のヒメだ。
「ヒメ。まず、謝る相手が違う。私たちは、謝って欲しいと思ってない」
「……相手が、違う……?」
「ヒメたちが今回、一番迷惑を掛けた相手は誰?」
少し考えて、ヒメは気付いたように顔を上げる。
「……ピュアパラの方々、です」
「そう。あの子たちに謝らないとね」
「それは、もちろんですが……」
「それと、こっちのヒメ、私ちょっと苦手なの」
「……こっちの、私?」
「昨日の寝る直前のヒメは大好きだけど」
「寝る直前……ですか? されるがままだったと思いますが、それが?」
「覚えてない? ちゅーするの好きになった、って言ってくれたの」
「あ、えっ!? わ、私がですか!?」
バタバタし出すヒメ。
「うん。キスしてくれるなら、体が弱くて良かった、って」
「えっ!? いえ、正直、思っちゃいましたけど……絶対言わないように、って思ってたのに……」
「最後は『とあさま、だいすき』って言いながら、ヒメの方からキスしてくれたもん」
「うぇぃ!? 私から!? そ、そんな……私、そんなこと、しましたか……?」
「こんなことで嘘なんかつかないよ」
ヒメの顔が、ゆでエビみたいにみるみる真っ赤になっていった。
「最初に会った時、わかり合えないんだ、って感じたせいかも。
もちろん、どっちもヒメなのは分かってるけどさ」
「そ、その、昨夜のことは、忘れてください……。もう、私、なんてことを……」
「そんな悔いなくて良いって」
ポンと肩を叩いて、可愛い方のヒメを肯定してあげる。
「落ち着いたら、治すとか関係なく、ちゅーしようね」
「と、トア様……」
「あ、ヒメの方からちゅーしてくれてもいいよ」
「どうしよう……もう、感情、ぐちゃぐちゃです……」
両手で顔を覆って俯くヒメは、耳まで真っ赤にして。
昨夜のヒメに負けないくらい、可愛かった。
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