25
四人の妖眼の設定を書き換える。
四人とも問題なく、ヒメと同じ状態になったみたいだ。
「あの、ありかとうございました」
深く頭を下げるのは、下ろした前髪で両目を隠した女の子。
小さい声で、おどおどしているけれど、物腰は丁寧。
「……どういたしまして」
そう返すけど、未だに違和感は強い。
――最初に妖眼の設定変えた後。目を開けたら知らない人が居て、びっくりした。
みんなが言うには、彼女は間違いなくアキラ本人らしい。
今のアキラはいきなり土下座しなそうだし、間違っても大剣の子のことエロももとか呼ばなそうだ。実際『エルちゃん』と呼んでる。
「そりゃ、驚かれるわよね」
私の反応を見て、エルと呼ばれる子がクスクスと笑う。
「これがアキラの素よ。……あの人格がもう見れないと思うと、少し寂しいかもね」
ムツキが説明する。
――これが素?
いや、どちらかというとむしろ……
「ん、うぅ……」
と、そこでヒメが目を開けた。
「ヒメっち」
アキラが髪で隠れた目でヒメに振り向く。
呼び方は変わらないらしい。
「……みんな……」
仲間たちを見渡す。
次に私を見上げて、僅かに頬を赤くした。
「……王子様」
「……王子様ではないけどね」
「すみません。……つい」
――ますます分からない。
けどまあ、まだ朦朧としてるみたいだし。
それより、夜ももう遅い。
「さて。それじゃ、用も済んだし。丁度ヒメも起きたし、解散しましょう。変化できなくなったみんなは、私たちが送るから」
次に、ヒメを見る。
「ヒメ、降りてくれる?」
「え、あ、申し訳ありません……」
恥ずかしそうにヒメが私の上からどいて、立ち上がった。
「謝らなくて大丈夫よ」
私も久しぶりに立ち上がる。
「レオたちも、この子たち送るの手伝ってくれる?」
「やらないとライン交換してくれないんでしょ? 頑張りますよ」
「ありがと」
と、そこでヒメが私の腕にしがみつく。
「? どうし……」
そのままヒメは、胸を押さえて倒れた。
「ヒメ!」
「貴様! やはり騙したのか!」
アヤが私に拳を振り上げる。
「やめて、アヤちゃん……」
ヒメが息も絶え絶えにアヤを止める。
「違うの……。これは、私の体が、ガラクタだから……」
妖眼が起因なら、胸を押さえているのは不自然だ。
――おそらく、妖眼を大幅に調整したことで、ヒメの体に負担が掛かりすぎてしまっているんだろう。
「ヒメ、大丈夫!?」
しゃがみ込んでヒメの様子を窺う。
「前から、ときどき、ありましたから……。
いつもなら、じっとしてれば妖眼が治してくれますので……」
――そうとは限らない。
今回は妖力の流れから何まで変更させたのだ。
実質、別物に作り変えたと言っても良い。
その変更部分が負担が大きいのかもしれないし、そもそも調整が足りていなかったのかもしれない。
「……ごめん、ヒメ。私の考えが足りなかった」
――システムメッセージを信じすぎたんだろう。
「い、いえ……私の体のせいですから。
夜も遅いですし、放っておいていただいて大丈夫ですので」
「今すぐ再調整する。直接私が全部確認するから、下手すると一晩かかるかもしれない。
ヒメ、今から親御さんへ連絡できそう? 今夜はここで泊まってもらうつもりだけど」
「これ以上、ご迷惑をおかけするわけには……」
「迷惑なんて1ミリも思ってない。お願い。私に、ヒメを助けさせて」
「そんな、私の方が、お願いする側なのに……」
「私たちはもともとここに泊まるつもりでした。明日の朝早くにシチビが来るから」
そこでアキラが教えてくれた。
「だからみんな、親には施設で友達と寝泊まりする、って言ってあります」
「なるほど。どこで寝る予定だった?」
「みんなバラバラです。休憩所の仮眠室とか、マッサージ店とか、家具屋の展示品とか」
「じゃあ、みんなも今夜はそうして。もしヒメみたいに具合が悪くなったらすぐに教えてほしい」
「分かりました。……私たちは大丈夫だと思いますけど」
「ペロ」
「はいペロ!」
いきなり呼ばれてちょっとびっくりした様子のペロ。
「もしレクが起きてたら、帰れなくてごめん、って伝えておいて。
あと、お父さんお母さんにバレたら、知らない、って言うように」
「分かったペロ」
「ナナとソラとレオと、あとユミさん。今日はありがとう。もう帰って大丈夫」
「いや、私たちも残るよ。妖玉にアクセス中は意識なくなるだろ」
「うん。もし他の子にも異変があった時、人手は多い方が良いでしょう?」
ナナとソラがそう答えた。
「……ごめん。ありがと、助かる!」
一瞬考えたけど、思いっきりその言葉に甘えることにした。
「私はトアとライン交換するまで居るつもりだよ」
とレオ。
「なら、ナナかソラ、教えてあげて?」
「トアが言ったんだよ? 『困った時にお互い助け合うのが、本当の友達だ』って。
居た方が良いなら、私も付き合う」
――一番悩む存在だ。
なにせ、ホムラ側の陣営なのだから。
彼女が回復したあと、敵対されたら、ナナとソラだけで止められるか分からない。
……でも、敵勢力のはずなのに、ここまで私たちを助けてくれたのは事実なわけで……
「……分かった。そう言ってくれるなら、もう聞き返さない」
「ええ。もちろん」
私と連絡先を交換したい、という言葉を信じることにした。
「……どうしよう。めっちゃ帰りにくい……」
困ったようなユミさん。
「良いんじゃない帰って? ユミは別に友達じゃないんだし」
「いやまあそうだけど」
「敵陣営が二人も居たら、みんな安心できないでしょ。さっさと帰れって」
「それ言ったらアンタはそのボスだろ」
「私は、トアの連絡先、って人質があるからいいの」
レオがユミさんに目配せする。
それを受けて、ユミさんはポリポリと頭を掻いた。
「……コイツと一晩過ごすのも癪だしなぁ」
「こっちのセリフよ」
「そんじゃみなさん、すんません。お先に失礼します」
なんて掛け合いをしつつ、ユミさんは一人、モールから去って行った。
――おそらく、レオはここの見張り。ユミさんは連絡役として、ホムラに情報を伝える気なんだろう。
そのやりとりを、さっきの目配せでしたんだと思う。
だとしても仕方ない。
今はそんなことより、ヒメが何より優先だ。
「アキラ、一番大きいベッドか布団がある場所教えてくれる?」
ヒメをお姫様だっこで抱き上げて、アキラに近付く。
「こっちです」
アキラの後ろについて回廊を進む。
「……申し訳ありません、トア様……」
熱に浮かされたような、ヒメのうわごと。
――王子様を否定したら、トア様になっちゃった……
……今は気にしてもしょうがない。
治ったあとじっくり、話をするとしよう。
†
従業員用の通路の先、入り口に『リフレッシュルーム』と書かれた大きな休憩所。その奥にある、仮眠用の個室。
アキラが開けてくれたドアを通って、中に入った。
「私、今日は休憩所のソファで寝ます。ここにはなるべく誰も入れないようにするので」
と言ってアキラは仮眠室のドアを閉める。
――出て行く瞬間、『がんばれヒメっち』なんて聞こえた気もした。
『別に全然入ってくれて良いけど』
なんて反論する隙は与えてくれない。
ともかく。ヒメをベッドに横たえる。
断続的に、浅い呼吸を繰り返していた。
途中でお店から拝借したカッターナイフ。そのパッケージを開ける。
「……それは……?」
ヒメが焦点の合わない目でこちらを見た。
「少しだけ傷を付ける。血を媒介にアクセスするから」
「……血でも、良いんですか?」
「そう。他のみんなは血でアクセスし……」
そこまで言って、気付いた。
「そうだ! さっきはごめんなさい。あの時は、こんな道具もなかったし、他に手が思い浮かばなくて……。
大事にしてたなら、本当にごめんなさい」
「そんな、謝られることありません! それに……」
ヒメは思い出したように唇に手を当てた。
みるみる顔が真っ赤になっていく。
「……あれが初めてで、本当に、良かったと思ってます」
「そう? 無理してない?」
「無理なんてしてません! ……心からの、本音です」
「なら良いんだけど……」
「……他のみんなは傷だった、っていうのも、良かったと思ってます……」
パキッ、ガサガサ!
「? ごめん、封を開ける音でよく聞こえなかった」
「いえ、なんでもありません。なんでも……」
ナイフを取り出す。
とりあえず、これで準備はできた。
ベッドの横にしゃがみ込む。
「ちょっとじっとしててね」
刃先をヒメの額に向ける。
ヒメは体を縮こまらせて、その先端を見つめていた。
「……あの、トア様」
「ん?」
――用件より、様付けの方に『ん?』だけど。とりあえず気にしない。
「本当に、差し支えなければで良いんですが……
傷じゃなくて、その、先ほどのじゃ、ダメでしょうか……?」
言われて、ハッ、と気付く。
人より体の弱いヒメだ。傷の治りが遅いとか、あるのかもしれない。
「そうか。ごめんね、気が回らなくて」
「え? いえ、そんな……」
「確かに。かなりの長時間、傷に触れっぱなしになるもんね。
ごめんなさい。どうしても私、根がガサツで」
「あ、いや……」
そこでまたヒメの顔が赤くなった。
「その……私こそ、申し訳ありません。そういうんじゃなくて、私……」
「でも、平気?」
「……は、えっ? は、はい。私は、もちろんですけど……。トア様は、お嫌じゃありませんか?」
「私? 嫌なわけないよ」
笑ってあげる。
できるだけ、誤解を与えないように。少しでもヒメが気楽になれるように。
実際、本音だし。
「こんな可愛い子相手に、むしろ嬉しいくらいだよ」
ヒメは目を潤ませて、両手で顔を覆った。
「はぅぅ……」
と小さく呼吸している。
――苦しくなってきたみたい。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です。多分……」
「手、どかすね」
ゆっくりヒメの手をどかす。
耳まで真っ赤になっていた。
「途中で異変があったら、私の体を叩いたり揺すって。少しでも辛かったら、我慢なんか絶対しないで。約束よ」
「は、はい……」
右手でヒメの頬を支えて、左手で少しだけ、抱き寄せる。
顔を近付けると、ヒメはゆっくり目を閉じた。
僅かに顎を前に出すヒメ。
その唇と、二度目の口付け。
――ヒメの呼吸が口と鼻に掛かって、少しだけくすぐったい。
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