24
いろいろなものが決壊したように泣き続けるヒメ。
抱き返してあげると、徐々に勢いは弱まって。
やがて、眠ってしまったようだった。
――この子が背負ってきたものは、前世の私すら凌駕するものだったのかもしれない。
それを、こんな小さな体で運んできたこと、ただひたすらに敬意しかなかった。
やったことや、やろうとしたことは、無かったことにならないけれど。
(……今くらい、泣いて寝かせてあげたって、許されるでしょう)
というか、私が許す。
それはそれとして、さっきからずっと背後に気配を感じる。
私が妖眼を治した瞬間から感じてたから、それより前からそこに居たのだろう。
振り返ると、ナナとソラ、それにランスの子と大剣の子。
二人の聖騎士化は解けて、元の衣装に戻っていた。
「……今の話、本当なのか?」
ランス少女が尋ねてくる。
「ヒメっちは、助かったのか……?」
ヒメを抱えたまま、体を反転。
彼女達の方を向き、大きなクマのぬいぐるみにもたれかかるような体勢になった。
「嘘なんかつかない。今のヒメは、右目だけちょっと特殊だけど、ほとんど普通の人間と同じ状態よ」
――と言うけれど、証拠もない。
証言してくれるはずのヒメも、可愛い寝顔で寝ちゃってるし。
ヒメが私のこと両腕でがっしり固定してるから、いきなり襲われることはないだろうけど……
と、次の瞬間、ランスが地面に落ちた。
「よかっ……良かったぁ! ヒメっちの、さっきの悲鳴、マジでもうダメだとおもっ、……うああああああああっ……!」
堰を切ったようにランスの子は泣き出して、その場で崩れるようにうずくまる。
「ありがとう! ありがとう、ございますっ! 本当に、本当に……」
言いながら、両手を床に付こうとする。
「ちょ、なにしてるの!? そんなことしなくていいから!」
びっくりして、思わずヒメが寝てるのに大きな声を出しちゃった。
「アンタは恩人だ! ヒメっちの恩人は私の恩人だ! 本当にありがとう! ヒメっちを助けてくれて、本当に、うぅ……」
「誰か止めてあげて!」
ソラが前に回って肩を押し上げ、大剣の少女が傍らで膝を付く。
「アキラ、落ち着いて。そう言ってるだけかもしれないでしょ? 妖眼のせい、ってことにして、私たちを騙そうと……」
そこまで言った大剣の少女の胸ぐらを、アキラと呼ばれた子が凄い勢いで掴み上げた。
「ざっけんな! ヒメっち、叫びながら妖眼を抉り出したがってただろ! どう見たって、あれは妖眼のせいじゃねえか!」
「だ、だから、そう見せようとした、敵の作戦かもしれないって……」
「なんの作戦だよ! どうやったんだよ! 敵のボスが妖眼抉り捨てるなら放っておきゃ良いだろ! 私らに背中見せたまま、それを治す意味なんかねえだろうが!」
――ヒートアップしてるようで、意外と論理的に反論するアキラ。
根は頭の回転が速い子なのかもしれない。
「すんません。コイツ、髪とふとももに栄養持ってかれて、頭悪いんで……」
言って、アキラがまた私に頭を下げる。
「アンタね……#」
青筋立てる大剣の子。
「いや、あなたたちの立場なら、そう警戒するが普通よ。仲良くしてね、お願いだから」
「はい! ありがとうございます!」
腹の底からの大音声で返事するアキラ。
……やりにくいことこの上ない。
そこでレオがやってきた。
背中にチャリオットを背負っている。
「……どういう状況、これ?」
チャリオットを横たえて、戸惑ったようにレオが私たちを見渡した。
「いや、なんとなく声は聞こえてたけど」
「私が勝って、ヒメの妖眼を制御した、って状況よ」
とりあえず簡単に説明してあげた。
と、そこにさらにもう一人、着流しの子がやってくる。
その背中に、ムツキを背負って。
「あれ? 来たの?」
レオが尋ねた。
「いや、モールからものすごい音したから。
ムツキちゃんが、絶対行く、って走り出して。
んで、このまま暴れさせるくらいなら、って連れて来た」
着流しの子が答えながらムツキを下ろす。
ムツキはこちらに走って来た。
ヒメの寝顔を見て、アキラの横で立ち止まる。
「そちらは、お知り合い?」
レオに着流しの子のことを尋ねる。
「まあ一応仲間」
「初めまして、ユミって言います。ボスがお世話になってるっす」
「いえいえこちらこそ。ご丁寧にどうも」
頭を下げられて、こちらも礼を返す。
そこで最後に、副騎士長と呼ばれていた子が、フラフラと今にも堕ちそうな速度で飛んで来た。
「アンジュ! 無理しないで」
大剣の子が彼女に気付いて回廊まで出迎える。
「いや、無理しない方が無理でしょ。こんなことになって……」
崩落したモールを振り返って言うアンジュ。
――それは、ごめんなさい。
もうちょっと勝ち方考えないとね……。
こうして――ほぼ私が天井崩したせいだけど――今回の騒動の当事者全員(被害者側除く)(+ユミさん)が、ぬいぐるみショップに勢揃いした。
†
「姫様……」
目を覚ましたチャリオットが、ゆっくりと立ち上がった。
覚束ない足取りでこちらに近付いてくる。
一歩ごとにパキパキッ、と体中の霜と氷が落ちる音がした。
「アヤ、見てみろよ」
アキラが視線でヒメを示す。
「こんな穏やかな寝顔のヒメッち、いつぶりだ?」
アキラとムツキに並んで、チャリオット――アヤも、ヒメをしばらく見下ろしていた。
「……さあ。少なくとも、妖眼を得てから見覚えがない」
「だよなあ」
「ずっと、気を張り詰めておられたからな」
そんな会話の間に、アンジュと呼ばれた子も近付いてヒメを見る。
「丁度良かった。みんな、聞いて」
私はこの場の全員、特に妖眼を持ってる子たちに向かって切り出した。
「ソラが言っていた、妖眼を使い続けたら死に至る、という話。あれは、事実だったの。
ヒメが、そうなりかけたから。
さっきヒメの妖眼は治したけど、みんなの分はいつ限界が来るか分からない。
だから、今すぐこの場で、全員分の妖眼を治させて」
「私たちのを、治す? ヒメっちみたいに?」
「そう。ただ、ヒメの妖眼を治して分かったんだけど……。
妖眼は、普通の妖玉とかなり構造が違う。
まず、本来居るはずの魂……レオにとってのゼロ、って言えば伝わるでしょう。そういう存在が居ない。
あと、視神経を通して変化するシステムになってるから、その影響を抑えると二度と変化できなくなる。
それは、最初に謝っておく」
「変化が、できなくなる……」
誰かがオウム返しに呟いた。
「変化できる状態だと、いつ死ぬか分からない。
変化できなくなれば、この世界は変えられない。
――土台、はじめから詰んでいたということか」
チャリオット……アヤが、天井に向かって独り言のように言った。
「変化しなくても、目が見えるようにはなる。
でも、世界中の人を盲目にする、なんてことは無理になるでしょう。
まあ、拒否権なんかあげないけど」
そう宣言すると、みんなが私を見る目が変わる。
「戦って死にたい、って喚かれようが。
夢を叶えたい、って暴れられようが。
シチビの方を信じる、って抵抗されようが。
私は誰一人として、あなたたちの妖眼をこのままにするつもりはない」
「……私たちの夢を摘む、と」
「今あなたが言ったとおりよ。どのみち、詰んでたの」
「そういえば、言われたわね」
大剣の少女がナナを見た。
「『その明るい未来がまやかしだった』って」
「まあ、まやかされた先輩だからな」
「……国語の点数低そう」
「うるせー」
「いや、それはダメです、ブレイドさん!」
アキラが両腕を広げて、みんなを後ろに下げさせようとする。
「拒否権なんかあげないってば。ナナ、カミソリ貸してくれる?」
「あいよ」
横に来たナナからカミソリを受け取る。
「……なんですかそれ?」
両腕を広げながらアキラが尋ねた。
「妖眼にアクセスするために、ちょっとだけ傷を付けさせてもらう。血を媒介にする必要があるから」
「……さっきヒメっちと、ちゅー、してませんでした?」
「あれは、ヒメが暴れるから。こういうカミソリもなかったし。唾液を媒介にしたの」
「じゃあ、私らはちゅーする必要ない、ってことですか」
「うん。……え? もしかしてキスの方が良い?」
「んなわけねえです!」
思いっきり首を左右に振られた。
――それはそれで、ちょっと傷付く。ちょっとね。
「なあんだ、傷で良いなら言ってくださいよ」
「……だから今言ったけど……」
「ならどうぞどうぞ! ガンガン治しちゃってください!」
「あなた、情緒大丈夫?」
「そりゃもう。ヒメっちの王子様の貞操守れるなら、全然オーケーですよ」
――また出た王子様。
この子たちの中での共通言語なのだろうか?
女の場合、王子と呼ばず王女になるはず。
まあ、王子も間違いでは無いんだろうけど……。
「よっしゃ。そんじゃ私から頼んます」
とアキラが私に近付いてきた。
「……よく、そうあっさり切り替えられるな。
私はもう、誰を信じていいのか分からない」
アヤは虚空を見つめながら、苦しそうに吐き捨てる。
「私の切り替えが速いんじゃない。みんなが遅いだけだ。
なに悩む必要がある?」
「シチビが私たちを使い捨てようとしていた……、それは分かった。
だったらブレイドも、裏があるのかもしれん」
しん、と静まりかえるぬいぐるみショップ内。
はっ、と呼気のようにアキラが笑った。
「なあ、アヤぽん。さっき言ってたろ。ヒメっち、シチビと会ってから、ずっと気を張り詰めてたって」
「……それがどうした」
「ヒメっちは、嫌だったはずなんだ。辛かったはずなんだ。
シチビの下に付いたのが。妖眼を得たのが。
ずっと、私たちの……いや、私のせいで、ずっと……
我慢、させてたんだよ」
「……? 妖眼を得たのは、全員の総意でしょう? なんでアキラだけのせいなのよ」
と、大剣の少女が聞き返す。
「総意なんかじゃねえ。ヒメっちは、私らに付き合ってくれてただけだ」
静まりかえるインピュアズたち。
――私たちには、正直良く分からない話だ。
「暗目のお姫様は、最後まで目が見えるようになんてならない。目が見えないことを、一つの個性として、明目の王子が受け入れる話じゃねえか。
だから、ヒメっちが、『目が見えるようになる』なんて話に食いつくわけねーんだよ。
……まあ私も、気付いたのついさっきだけど」
「ついさっき?」
「ヒメっちが、ブレイドさん……いや、ブレイド様に、幸せそうに笑ったの見た時に、やっと、気付けたんだよ。
ああ、私は、間違ってたんだ、って……」
「……そんな、それじゃ、さっきまでの戦いは……」
「私らのために決まってんだろ」
みんながヒメを見る。
ヒメはなおも、すぅすぅと気持ちよさそうな寝息を立てて、私のことを離さない。
そこでアキラは、一人だけ一歩下がって様子を見ていたムツキに振り返った。
「ムツキは、気付いてたんだろ?
『ヒメがやろうとしてることは、暗目のお姫様なら絶対しない』ってヒメっちに言ってるの、盗み聞きしたことある。
その時は、何言ってんだコイツ、って思ったけど……」
「……ずっと、違和感はあった。『そんなの、ヒメらしくない』って。でもその時、ヒメは世界を見限ったんだ、って思ったの。
……それで、私も付いて行こう、って」
互いに互いを見合う騎士たち。
誰も、アキラの理論に反論できなそうだった。
「……シチビの話に、真っ先に人柱になったのは私だ。
あんたたちを引きずり込んで、ヒメっちを後に退かせなくしたのは、私なんだから。
今度こそ、間違えない」
言って、私に振り返る。丁度、他の四人に背を向けるように。
と、そんなアキラの肩を叩く手が一つ。
大剣の少女だ。
「あなたとヒメちゃんが行くなら私も行く」
「……行くも何も、ブレイド様が言ってるんだから強制だ。これだからエロももは」
「うっさい。委員長、『私』言いまくってるわよ。キャラブレブレすぎ」
「……TPOに合わせられるタイプの新しい二重人格なんだよ、ボクは」
そこで二人が振り返る。
その先にいるのはもちろん、アンジュとアヤ。
「……拒否権などない、か……」
「だねえ。二重の意味で」
アヤとアンジュはそう言って、二人視線を交わらせた。
「すんません。よろしくお願いします、ブレイド様」
アキラの真っ直ぐな視線。
「……様はやめて」
「分かりました! ブレイド殿下!」
――なに? 殿下って?
今世で人の口から聞いたのは初めてかもしれない。
色々諦めのため息をついて、カミソリの刃を展開した。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
もし「面白い」、「続きを読みたい」などと思っていただけましたら、
↓にある星の評価とブックマークをポチッとしてください。
執筆・更新を続ける力になります。
何卒よろしくお願いいたします。
「もうしてるよ!」なんて方は同じく、いいね、感想、お待ちしております。