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~Interlude 【ヒメ 2】~
王子様は現れなかったけど……
妖魔は現れた。私たち五人の前に。
「私に協力してくれるなら、目が見えるようにしてあげる」
なんて、使い古された悪役みたいなセリフを言って。
すぐに、この存在は悪だと直感した。
けれど、他の皆は、そうではなかったみたい。
『目が見えるようになる』
その言葉に、取り憑かれてしまったようだった。
最初に手を挙げたのは、意外にもアキラちゃんだった。
「私が、実験体になる。……もし私が見えなかったら、みんなすぐに逃げて」
シチビと名乗ったその妖魔も、
「見えなかったら、もちろんこの話はなかったことにしてくれて良いよ」
と、アキラちゃんを後押しする。
――それから、アキラちゃんへの妖眼移植があって。
「……見える。本当に、目が、ちゃんと見える。世界って、こんななんだ……。あはは、あははっ!」
アキラちゃんは、そう言って笑い出した。
「目が見えるだけじゃない! 力が湧いてくる。こんな重そうな槍も、軽々持てる!
ヒメっち! 今度は私の番だ!
私が、助ける番だ!
やっと……恩返しできる時が来たんだ!」
それからは、もうこの子たちは止められない。
一人、また一人と妖眼を埋め込まれる中、私は覚悟を決めた。
――みんなが、この妖魔と行く未来を望むなら。
私も、一緒だ。
ずっとずっと……
みんなと、一緒だから。
――たとえその先に、破滅しかなかったとしても。
(……破滅しかないなら、私が救えば良い。
世界を救う、姫と王子に、私がなればいいだけだ)
私が死んだ後も、みんなが幸せに生きられる……
そんな世界を、作るんだ。
†
シチビさんが私たち五人に頼んできたのは、『拠点を作る』こと。
各地に散らばるインピュアズを一堂に会し、この世界を制するための、基地を作ることだった。
その時、ピュアパラたちとの戦闘は不可避。
ということで、模擬戦で戦闘経験を積むよう言われた。
お互いがお互いの技の性質を知り、時に成長させ合う。
三ヶ月もすると、他のインピュアズたちと試合が組まれるようになった。
――スポーツ系の部活の遠征みたいに。
その時知り合ったのが、レオと、彼女率いる0番台の妖玉を持つ人達。通称『ゼロナンバーズ』の五人だった。
最初は、1対1の団体戦。
先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の5人ずつ5試合。
結果は、1勝1分け3敗。
『ゼロナンバーズ』はとにかく、個々の戦闘力がズバ抜けていた。他のインピュアズチームよりも、圧倒的。
ただ、私たちにも収穫はあった。
大将戦、私がレオを完封しての一方的な勝利だったこと。
私の暗目に、レオは為す術なかった。
他のチームと試合をした時もそう。
1対1で暗目が破られたことなんて一度も無かった。
結果は私たちの惨敗だったけど。
『レオが完封負けした』というのは彼女達にとって衝撃だったみたい。
その次は集団戦。5対5の、なんでもありバトル。
私と一緒に戦う時だけなれる『聖騎士』のお陰で、みんなは団体戦の時よりずっと善戦してくれてた。
――が、集団戦では暗目があまり機能しない。仲間にも当たっちゃう。
明目メインで戦ったけれど、結果は敗戦。
最後は私1人と相手4人の構図になって、降参した。
自分たちの課題と長所が浮き彫りになった、良い試合だった。
――思えば、その頃からだ。
シチビさんが私たち五人を見る目が渋くなってきて。会話や扱いもぞんざいになってきたのは。
(見捨てられるほどの試合じゃなかったはずなのに、なんで?)
って、ずっと疑問だったけど。
――あのインピュアズの言葉で、疑問は氷解した。
(私たち自身が弱いから、じゃなくて。『妖眼の埋め込み方ミスった』って、その時気付いた、ってことね)
……それでも。いまさら、後に退けない。
彼女らの言う言葉は、嘘か勘違いで。
シチビさんに雑に扱われてる、っていうのも私の自意識過剰なだけ。
そう、信じるしか、無いんだから。
†
(……いやだなあ)
こういう、過去のことを連続で思い出すの、走馬灯って言うんだよね。
人が死ぬ間際に思い出す、って言われてる。
(私、死ぬんだ)
まだ、なにも成し遂げられてないのに。
まだ、世界を変えられてないのに。
――このままじゃ、みんながまた、暗い世界に逆戻りしちゃう……
死ぬ前に、それだけは、私がなんとかしなきゃダメなのに……
と、思ったところで、気付く。
(……なんか、口が、柔らかい。暖かくて、ちょっと気持ちいい……)
目を開く。
まず、開けられたこと自体に驚いた。
てっきり死んだと思ったのに、普通に意識がある。
右目の痛みも消えてる。
お腹はまだジンジンするけど。
次に、状況にびっくりだった。
――ちゅー、されてる……?
(……どういうこと?)
戸惑っていると、その人が顔を離した。
トアさんだった。
「良かった! 間に合って……」
トアさんは、涙目で笑って。
その後、安心しきったように、脱力して私に覆い被さってきた。
「なっ……え、なにが……?」
私が呟くと、またトアさんは体を起こした。勢い良く私の両肩に手を置く。忙しい人だ。
「ヒメの妖眼は、私の支配下に置いた。妖力の流れを調整して、視神経や脳のダメージがなくなるよう設定してきたの。
だからもう、大丈夫よ」
――大丈夫? なにが?
私が大丈夫だったことなんて、人生で一度も無いけど。
「妖眼が原因で死ぬことは無くなった。
でも、妖力の流れを制限したおかげで、もう変化はできないはず」
――変化できない? でも、今、目が見えてるけど……?
「システムが言うには、妖眼はヒメの悪いところを治したり強化してるみたい。
その機能が変化と結びつけられてたから、それは切ってある。
だから変化できなくなっても、目は見えるし歩いたり立ったりできるよ。普段からね」
自分の体を見下ろす。
――お気に入りの、ワンピースドレス。こんな色だったんだ……
形的に、間違いないはずだけど。
どこか違うものみたいに、脳が錯覚しちゃいそうだった。
「その目のまま普通に生きるのは難しいと思って、妖眼の見た目を変えるように指示したけど……。まだちょっと、違和感あるね。また今度、変えさせるから」
――普通に、生きる……?
無理だ、だって、私は……
「わたしは、もうすぐ、しんじゃうのに……」
「死なないよ」
即座の断言。
「要約すると、妖眼の悪いところは全部設定切って、良いところだけ残した、ってこと。
……あなたを死なせる原因は、全部、治ってる。もちろん、目もね。
妖眼のおかげっていうのが癪だけど。今の私の力じゃ、そこまでの治癒はできない。だからこの際、使えるものは使わせてもらいましょう」
体も目も、全部治っている……?
――それじゃ、私は……
「……まだ生きてて、良いの?」
「当たり前よ!」
力強くそう言って、私に笑いかけるトアさんが。
美しくて、可愛らしくて、
――格好良い。
ただただ、そんな彼女に、見入ってしまった。
(……ああ、なんで、気付かなかったんだろう)
キスで女の子を救う存在なんて、昔から決まっているのに。
(この人が、私の……)
「……王子様……」
――まさか、こんな可愛い王子様だったなんて。
予想外だったけど、これはこれで、とても嬉しい。
「……王子様?」
「あなたを、傷付けたのに。
あなたを、殺そうと思ったのに。
それでもあなたは、私を、救ってくれんですね……」
「言ってるでしょ? あなたたちを罪に問う気なんて、最初からない」
「そう、でしたね。本当に、私、バカみたい……。
……王子様。
ずっとずっと、お会いしたかったです……!」
「……その、王子様、ってなに……?」
なんて尋ねる王子様の姿が歪む。
気付けば涙が、溢れて。
しがみつくように……もう、手放さないように、抱き縋る。
そんな私を、トア様は優しく、抱き返してくれた。
それが嬉しくて、暖かくて、心地良くて。
夢のような幸せが、全身を包んでくれてるみたいだった。
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