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~Interlude 【ヒメ】~
生まれた頃から、体のほとんどが悪かった。
聴覚と味覚は普通か、少し良いくらいらしいけど。
それ以外、目も、臓器も、筋肉も、普通の人より劣悪なのだそうだ。
生後間もない頃、『成人まではまず生きられない』と言われていたらしい。
何かを見ることはできないし。
自分で歩くなんてもってのほか。
毎日、体のどこかが痛い。
小さい頃の私は、ほとんど死んでるも同然だった。
『生きる』ということを、諦めていたから。
――けれど、さくら地区にある施設に入って。
『暗目の姫と明目の王子』に出会った。
最初は先生の読み聞かせの時間。
目が見えないお姫様が主人公、という時点で、まず惹かれた。
そんな物語、今まで出会ったことなかったから。
目が見えない中、それでも目が見える人と仲良くなったり、トラブルを乗り越えたり。
時に理不尽な目に遭うこともある。どうしようもないこともある。
それでも、暗目のお姫様は立ち上がる。
勉強したり、人と話したり、運動して体力を付けたり。
自分という存在の価値を高めて、世間の困難に立ち向かう……。
そんなお姫様に、心が、打ち震えた。
――今思い返せば、おおよそ昔話らしくない。
後に知ったことだけど、どうやらその施設――視覚障碍者が学ぶ場所を作った先生が書いた創作だったそうだ。
私はその物語に出会ってから、段々活気づいた。
お父さんからもお母さんからも、周りの子からも、口を揃えてそう言われるから、そうなんだろう。
自分一人の時にも読みたくて、点字を覚えた。
今の私の環境で、お姫様を見習えることはないか、と考えるようになった。
それまでほとんど通えなかったけれど、少しでも行けるように、体力を付けるための散歩をはじめた。
最初は家の中。徐々に、外へ。
――最初は、施設自体そんなに好きじゃなくて。
お隣のムツキちゃんと遊ぶ方が好きだったけど。
ムツキちゃんも自分の保育園がある。昼間は一緒にいてくれない。
――いつまでも、ムツキちゃんの優しさに甘えてばかりじゃいけないから。
そう思いながら、施設に行く日が増えていく。
すると、気付いたら友達ができるようになってきた。
最初は、アヤちゃん。
三歳年上で、よく構ってくれた。
同じくお姫様に勇気をもらった子で、すぐ意気投合。
出会ったばかりの頃は、私もアヤちゃんも『自分がお姫様になるんだ!』って譲らなくて。ちょっとケンカみたいになることもあった。
けどある時、本当に何気なく、『私、大人になる前に死んじゃうんだって』と教えたら、大泣きされてしまった。
びっくりして、なんとか泣き止んで欲しくて。
でも泣き止んでくれなくて、私まで一緒に泣いちゃった。
――それ以来、『自分の死期は他人に言わないようにしよう』って心に決めた。
私が、目だけじゃなく全部が悪い、と知って。
アヤちゃんは、ちょっと変わった。
「ヒメって名前だし。やっぱり、お姫様はヒメちゃんだ」って言い出して。
「だから私は、ヒメちゃんを守る騎士になるんだ!」
なんて、大真面目に言い切った。
「なんなりとお申し付けください、姫様」
と、物語の騎士長の真似もしてくれる。
その気持ちが嬉しくて、やっぱり、私は泣いちゃった。
そのせいで、アヤちゃんも泣き始めちゃって、収拾付かなくなったのも、良い思い出。
だって、その涙は、全然嫌じゃなくて。
こんな、嬉しくて、幸せな涙があるんだって知れたから。
その後に出会ったのは、アンジュちゃん。
二歳年上の、頭の良い子。
出会った最初のうちは、純粋に仲が良かった。
けど……。
段々、アンジュちゃんは態度が冷たくなっていった。
私が、テストの点数でずっと勝っちゃってたからだ。
二歳違うから、中身も違うのに。
でも先生に褒められるのは、いつも私で。
アンジュちゃんは、あんまり褒められてるのを見たことない。
だからアンジュちゃんは、それが気に入らなかったんだ。
なので、「アンジュちゃん、私、次のテストわざと間違えるね」と……当時は本当に純粋な気持ちで言った。
結果、めちゃくちゃ怒らせちゃった。
その時は本当に、「なんで怒るんだろう?」と分からなかった。今でも、実はちょっと分かってないんだけど。
――多分アンジュちゃん、大人に人気なかったんだろう。
頭が良いことを鼻に掛けてたところあったし。
……本当は、誰より大人から褒められることを欲していたのに。
そんなアンジュちゃんと仲直りしたのは、三学期。
私の大手術があって、長期間施設を休んだ後。
アヤちゃんや他の友達に誘われて、お見舞いに来てくれた。
その時、私はリハビリをしていた。
絶対に、なんとしてでも、施設に戻りたくて。
泣いちゃうくらい辛くて、でも歯を食いしばって頑張っていた。丁度そこを見られてしまった。
その時、アヤちゃんは全部話しちゃった。
……それまで内緒にしてたのに、私の体や寿命の話を、全て。
――後に、アンジュちゃんに言われた。
「私はこの子の100分の1も努力してなかったのに。何を、偉そうに言ってたんだろう……って、あの時打ちのめされたの」と。
それ以来、私たち三人は、親友になった。
†
次に出会ったのは、一歳年上のアキラちゃんとエルちゃん。
二人は別の盲学校から転入してきた。
その頃から友達同士だそうで。
ガキ大将なエルちゃんと、その子分なアキラちゃん、みたいな印象だった。
引っ込み思案で、声も小さくて、意思をあまり表に出さない……そんなアキラちゃんを、エルちゃんが顎でこき使ってた。
私はそんな関係をやめさせたくて、仲介に入る。
けど、アキラちゃんは、「エルちゃんに構ってもらえなくなったら、私、本当にひとりぼっちになっちゃうから」と、やんわり私を拒絶した。
「だったら、私がアキラちゃんの友達になる! 私が守ってあげる!」
――と、今思えば残酷な反論をして。
アキラちゃんは、首を縦に振らなかった。
最初は不思議だったけれど、段々、二人と付き合っていって知っていく。
まず結論から言うと、エルちゃんは孤児だった。
そして、過去に家族から暴力を受けていた。
アキラちゃんも、ネグレクト気味の家だった。
だからエルちゃんは、自分に暴力を振るう心配のないアキラちゃんを側に置く――フリをして、側に居てもらって。
だからアキラちゃんは、そんな風に自分に構ってくれるエルちゃんの近くが心地良いようだった。
そんな関係が、私は衝撃で。
こんな信頼――もしくは依存――が、あるんだと知った。
まず、私は二人に謝った。
エルちゃん一人を悪者のように思っていたことを、心から謝った。
そして、できれば私も、そんな二人の輪の中に加えて欲しい、と頼んだ。
信頼でも依存でも、どっちでも良い。
信頼なら、二人より三人、三人より四人より、五人になればいいし。
依存なら、依存先を増やしておいた方が、リスクヘッジにもなるじゃん! ってプレゼンした。
……めっちゃ変な目で見られた。
でも、私は諦めない。
二人の関係が、ちょっと危うかった、って言う大義名分もあるけど。
本音はきっと、羨ましかっただけ。
それから、少しずつ二人は仲良くしてくれるようになり。
いつの間にか、エルちゃんはアキラちゃんをあんまりイジメなくなっていった。
エルちゃんが、施設生活で心を回復してきたからだろう。
……自意識過剰じゃなければ、私という友達が増えた影響も、ほんのちょびっと、あったかもしれない。
その後、私の事情を知ったアキラちゃんは、言った。
「……あなたみたいな人が幸せになれないなんて、嘘だ。この世界は、間違ってる」
その時の暗い声が、今でも時々夢で聞こえてくる。
†
その翌年。
10歳になった時だから、今から一年前。
お医者さんが言った。
『保って、あと1、2年でしょう』
……お父さんとお母さんにそう言ってるのを、盗み聞きした。
お母さんの泣き崩れる声。
「今から安静にし続ければ、その限りではありません。
ですが、毎日のように施設に行って、友達と遊んで、トレーニングも欠かさない……。そんな生活を続ける限りは、そう言うほかありません」
『安静』とはつまり、一日中ベッドで寝ている、という意味だ。
――そんなの、絶対いやで。
お父さんとお母さんも、理解してくれているようだった。
「……あの子の、好きなように生きさせます」
その、振り絞るようなお母さんの声。
そのせいで、私は泣いてしまって。
盗み聞きしてるのがバレた。
――その夜、思う。
(私には、暗目のお姫様と違って、王子様は現れなかった)
暗目のお姫様が、どうしようもなくなった時。
ふと通りがかった明目の王子様が、助けてくれるのだ。
それが、二人の馴れ初め。
――けれど、そんな奇跡の出会い、私にはとうとう訪れなかった。
仕方ない。
暗目のお姫様は、女友達なんてほとんどいなかったけど。
私には、たくさんできた。
だから――これは、そういうこと。
バランスを取るように、できてるのだ。
今の友達との出会いに、後悔なんて一つもない。
もし、今の友達を全部捨てて王子様が来てくれるとしても。そんな王子様、要らない。
そうだ。
だから私は『王子様に来て欲しかった』なんて、そんな欲張りなこと、死んでも口に出しちゃいけないのだ。
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