21
鼓膜が裂けそうな轟音を上げて、天井が崩落する。
戦ってた皆も、声を掛け合いながら避難しはじめた。
「……やって、くれましたね」
ヒメのそんな声が聞こえた気がする。
落ちてくる瓦礫に紛れて、ヒメに近付く。
この状況なら、ヒメは目視で瓦礫や私を見なければいけない。
目が開いてる状態なら、明目なのか暗目なのか判断付く。
事前に明目か暗目か分かるから、もし見られてもそんなに怖くない。
が、この時間は決して長くない。
――瓦礫が落ちきる前に、決着を付ける。
瓦礫から瓦礫への移動中、暗目が私を捉えた。
すぐに加速して、衝撃を回避。
再び私を見失ったヒメに、瓦礫を蹴って接近する。
「くっ!」
私を見るのを諦め、ヒメは南に向かって加速した。
瓦礫が振ってこない場所まで逃げようとしてるのだろう。
思考の切り替えが早い。
――でも、残念。
もともとの速度は私の方が早いし。
障害物がある場所を飛ぶのも、私の方が慣れている。
ヒメに追い付く。
私の薙刀が届く距離まで。
気付いたヒメが振り返って、暗目。
それを回避すると、音に頼れないヒメは、また私を見失う。
「誰か……誰か助けて! アヤちゃん、アンジュ、アキラちゃん、エルちゃん……ムツキちゃぁん!」
ヒメの、悲鳴のような叫び。
――小さい子の悲痛な声は、やっぱり、心が痛い。
「……とはいえ、あなたがやろうとしてることを、止めないわけにはいかないのよ」
自分に言い聞かすように、呟いて。
こちらに気付いて振り返ったヒメの、その胴体を撃ち付けた。
「うわああっ!!」
涙の線を引きながら、ヒメの体はぬいぐるみショップの中に吹き飛んでいった。
――落ちる瓦礫が直撃しない場所。もちろん、狙って飛ばした。
とか言って自分が瓦礫に当たったら世話ない。
回避しながら、ヒメの方へ向かう。
(まだ瓦礫の音が鳴り響いてるうちに、追撃を……)
と思ってぬいぐるみショップを覗く。
「あ、う、ひぐ、痛い、いたいぃ……」
ヒメはお腹を押さえて、蹲っていた。
(……そんなにダメージあるわけない。演技よね)
衣装の上からだったし、必殺技も乗っていない。
――でも、溢す涙は、とても演技と思えないくらい迫真のものだった。
と、そこでバッと顔を上げたヒメと、目が合う。
(しまった!? やっぱり不意打ち狙い……)
急いで壁裏に隠れる。けれど、ヒメ相手にはすでに間に合わない……
……はずだったが、暗目も明目も飛んでこなかった。
「いやあああ!」
瓦礫の音にも負けない悲鳴が聞こえただけ。
次いで、ヒメのいた方向からぬいぐるみが投げられてくる。
どうやらここはクマのぬいぐるみの専門店らしい。
「くるな、くるなぁ!」
震える涙声でヒメが叫ぶ。
(……取り乱してる。あのヒメが……)
(主様。もしやヒメは、防御が弱いのでは……)
スォーに言われて……
心当たりが、あった。
一撃目だ。同じく必殺技が乗っていない攻撃にもかかわらず、ヒメは大きく吹き飛んで、しばらく姿を現さなかった。
――副騎士長の完全治癒の妖術があるまで。
(……必殺技が強力な分、防御が薄い、ってことなのかな……)
防御分の妖力を技にあてがったと考えれば、確かに、あの性能もギリギリ理解でき……
いや、やっぱできない。だとしても飛び抜けすぎてる。
とはいえだけど、そう考えるのが一番自然な気がした。
ぐす、ぐす、とぐずる声。
再び壁から姿を出してみるけれど、やはり攻撃は来ず。
その代わり、クマのぬいぐるみが投げつけられる。
「いやだ、いやだ! 誰か、誰かぁ……」
蹲って、本格的に泣き始めてしまう。
「どうして、誰も、助けに来てくれないのぉ……」
――戸惑う、というレベルじゃない。
さっき話したヒメと別人なんじゃないか、と思う。
完全に、何がどうなってるのか分からない。
ヒメの涙に、思わずもらい泣きしちゃいそうだ。
それくらい、今のヒメはか弱くて、年相応だった。
本人が痛みに弱いから、その傾向が変化後の能力に反映されている……のかもしれない。
瓦礫の音が止んでくる。
照明が無くなったモールは、穴から降り注ぐ月明かりだけになった。
ショップ内の照明はまだ生きているけれど。
――なにはともあれ、ヒメに近付く。
すると私の足音を聞いて、またヒメが泣き出した。
「いや、いやです、いたいこと、しないでください……、おねがいですから、あやまりますから……なんでもしますから……」
「大丈夫。ヒメが攻撃してこないなら、私も痛いことなんてしないから」
「ほんとう……?」
ヒメの前で膝を付く。
大粒の涙を流しながら、ヒメは私を見上げる。
――あまりに隙だらけ。
騙そうとしている可能性は、もはや考えなくていいだろう。
「その代わり、他の人を全員盲目にするの、やめて」
ヒメは泣きながら、唇をぎゅっ、と強く噛み締める。
堪えるように。
……勇気を、振り絞るように。
痛いことをされても、言わなければならないことが、あるかのように。
「でも、それをやめたら、みんなが……みんなが、またひどいことされる! また、いじめられちゃう!
それは、それだけは……
わたしを、いっぱいまもってくれた、みんなだけは!
こんどはわたしが、まもるんだ!」
「……みんな、いじめられたの?」
「『目が見えないくせに、普通の学校に来るな』って。
『私はあなたたちの召使いじゃない』っていわれた、って……
かいごなんて、たのんでないのに!」
ヒメの涙がさらに増える。
「せんせいも!
『やっぱり普通の学校は難しいのかもしれない』とか!
さいしょは、いい、っていったくせに……
さべつしないがっこうだから、って、いってたくせに。うそばっかりだ!」
――後悔する。
ひたすらに、猛省しかない。
安易に『今が一番生きやすいはず』とか言った自分を、殺してやりたい。
「……ごめんなさい。軽々しく色々言って、本当に」
思わず、本当に涙が出てきた。
ヒメの言葉が、あまりにも、心に響きすぎて。
そっと、ヒメの手の甲に触れる。
「約束する。あなたも、あなたの友達も。
全員、私が守る。
……だから、お願い。もう……」
私の手を、ヒメは振り払った。
勢い余って、後ろの大きなクマに寄りかかるくらいに。
「うそだ! もうだれもしんじない!
どうせ、みんなわるいやつなんだ。
だったらせめて、シチビさんにかけるしかないんだ!」
ヒメの妖眼に光が戻ってきた。
――痛みが治まってきたのか、心なしか、左目にも段々理性が灯ってきたように見える。
「ヒメ! 信じて! 私は、絶対あなたを裏切らない!
私は、ここに来る前、『今行かなくちゃいけない』って強く思ったの! 妹が心配して止めるのも振り切って。
それはきっと、ヒメたちを助けられるのが今だけだ、って直感してたんだよ!」
「綺麗事ばっかりだ! どいつもこいつも!
耳触りの良いこと言うヤツは、どうせ裏切るかいなくなる、って
もう分かってるんだから!」
「ヒメ……」
ヒメの左目に昏い魔法陣が灯る。
――この距離と狭い店内。もう、避けられない……
「暗目。――我が目に映る物は……」
目を閉じて、衝撃に備えるけれど……
詠唱は途中で止まり、私も特になんともない。
再び目を開くと、ヒメはクマのぬいぐるみのお腹の上で、自分の右目を押さえていた。
「あ……あ? なに、これ……い、痛い? いたい、いた、い、いた……い……」
「……ヒメ?」
明らかに尋常じゃない。
両目を見開いて、体をピンッと伸ばしてる。
「あ、いやだ……いたい、いたい、いやあああああああああああああああ!」
「ヒメ!」
暴れ出すヒメを、反射的に押さえる。
さっきまでの、胴体の痛みに呻いていたのとは違う。
妖玉が自爆する時とも異なる。
(……もしかして)
さっきソラが言っていた。
『妖眼は、何度か使うと視神経と脳に大きな負荷を与える』
『そのまま所有者が死に至ったら……』
「あ、ああ、あああああああ!」
絶叫しながら、ヒメの変化が解けた。
最初に会った時の、ライトブルーのワンピースドレス。
その恰好のまま、バタバタとさらに暴れ出す。
ヒメは妖眼に指を入れて、表面を爪で削るように掻いている。
――まるで、妖眼をえぐり出したいように。
このままだと、指を奥まで突き入れて掻き出そうとするかもしれない。
「ダメ! 取り出したら確実に死んじゃう!」
私は、なんとかその両腕を掴んで押さえる。
ヒメはそんな私のお腹を蹴って、手を振り回して、喉が壊れそうなくらい絶叫を吐き出し続けていた。
(スォー、妖眼にアクセスするよ!)
(はっ!)
――が、ヒメはどこにそんな力があるのか、ってくらい、ものすごい力で暴れ続けている。
「ヒメ、少しで良いから、大人しくして……」
なんとかしてヒメの額か、せめて頬あたりに傷を付けたい。
けれど、今手元にある刃物は薙刀だけ。
この状態のヒメに、こんなもので傷を付けようとしたら、最悪どこに刺さるか分かったものじゃない。
けれど、もたもたしてる猶予もない。
次の瞬間には、ヒメが死んでしまうかもしれないのに……!
(考えろ私、なんとか妖玉にアクセスする方法を……)
――妖玉にアクセスするには、魔力を介して、私の魂を彼女に入れる必要がある。
魔力は、基本的に体液を用いて移動させられる。
だけど今、血液を介するのは現実的じゃない。
と、すれば……
――ある。今回の妖眼は心臓じゃなくて、目なんだから。
(目の近くには、そもそも傷なんかつけなくてアクセスできる場所がある!)
――ただ、唯一懸念があるとするならば。
ナナとソラにした時もそうだったけど……
これが初めてだったら、申し訳ない。
けれど、そんなこと言ってる場合でもない。
逡巡は一瞬。
私は暴れるヒメの頭を両手で固定して。
彼女の唇を、自分の唇で、奪った。
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