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~Interlude 【レオ】~
ナナちゃんはエル相手につかず離れずを保っている。
初戦は勝った相手のはずだけど、そこはヒメの聖騎士化。
かなり一方的な防戦を強いられている。
トアを庇った時は不意を突けたけれど、今は逸らさせてくれないだろう。
さっきの外での会話からも、瞬間火力に乏しいらしいし。
聖騎士となり、破壊力だけはこの場でトップクラスになったエルの大剣は、かなり相性が悪そうだ。
ソラちゃんは、ナナちゃんよりは善戦してる。
が、妖力保有量に不安があるソラちゃん。いつまで炎をまといながら戦えるか。
かといって、短期決着付けようにも大技は放てない。
アキラの直進速度は最早トアの域に達しつつある。
万が一、あの花火みたいな技を外したら、変化も解けて一瞬で負けるだけだ。
ソラちゃんも分かってるんだろう。苦しそうに歯を食いしばるのが見える。
「はぁ、はぁ……」
んで。
私の相手のアヤ――チャリオットは、かなり疲労困憊の様子。
「だいじょぶ? 妖力分けてあげようか?」
「……ふざけるな」
「確かに。手袋持ってきてないから、キスするしかなかったわ」
「……それも嫌だが、そういう意味ではない」
懲りずに突進してくる。
――チャリオットは多分、対集団戦用の駒なんだろう。
その質量で、大勢を踏み潰しながら走るのが本領のはず。
1対1をするなら、本人も武器を持たないと。
さすがにガントレットで殴るだけじゃ、ねえ。
「トアみたいに近接戦専門なら、辛いかもしれないけど」
あいにく私は、こんなもん真っ向から当たってあげない。
チャリオットを上に飛んで避ける。
と同時に、真下に氷剣を振るった。
凍気の煙。
チャリオットはそこに突っ込んで行き――
反対から出てくる頃には、鉄の鎧も、アヤの髪や服も、霜にまとわりつかれて凍っていた。
馬が苦しそうに鳴く。
「くっ……」
アヤ本人も、そのイケメン顔を歪めてる。
――涼舞・鈴瞞。
『煙』の秘氷剣。一定時間凍気のトラップを置く技だ。
周囲にはすでに10以上設置してある。
妖力の燃費も良いし、なによりチャリオットと相性が良い。
このままなら、いずれ倒せるだろう……けど。
「はぁ、はぁ……」
「く、うぅ……」
ナナちゃんとソラちゃんが、そろそろ限界だ。
初戦の疲労も残ってるだろうし、無理もない。
「どうした! さっきは遠慮無く打ち上げてくれたくせに! あの花火はもう撃たねえのかよ!」
「悪いわね。見逃してもらった恩はあるけど。だからって見逃し返してあげられない」
一方、体力も回復してるエルとアキラは元気いっぱいだ。
(うーん……。リトルウィッチィズは一応敵だし、あんまり手の内見せたくなかったんだけどなあ)
――でも、ナナちゃんソラちゃんを見捨てたら、トアに恨まれそう。ついでにユミにも。
……なにより、私が見捨てたくない。
二人はとても、将来有望だ。
絶望から這い上がった実績もある。
こんなところで潰えて良い子たちじゃない。
――ちゅーするところも見せてもらったし。
そもそも敵味方で言えば、チャリオットは本来味方だしね。
「ま、いっか」
なんとかなるでしょ。
「聖騎士の勲を戴いておきながら、簡単に負けるわけにはいかんのだ!」
チャリオットの咆哮。
「ああ、ごめん。簡単に負かすわ」
チャリオットの突進。
これまでより、なんか気迫とか妖力とか込められてる……気がする。
けどまあ、五十歩百歩。大差ない。
――私を突進で倒したければ、せめてトアの倍は速くないと。
「塒巻け。――秘氷剣、戯恋・廉邪――」
チャリオットに向かって刀を空振る。
まだまだ距離は遠く、もちろん刀身は届かない。
でも、この技はそれでいい。
そのままチャリオットを回避。
翻って追ってくるけど、それも難なく躱す。
「くっ……」
武器が馬である以上、三度も四度も追撃するのは難しいようで、チャリオットはそのまま距離を空けた。
と、そこで急に馬が前足を折る。
「どうした!?」
アヤが驚いて尋ねた。
馬はなんとか立ち上がろうと、足をプルプルさせて力弱く鳴く。
「何をし……くっ!?」
そこで、アヤも気付く。
全身を這い上る、絶対零度の冷気に。
「鉄の鎧は冷気を良く通してくれるわ。
一度凍らせれば、冷気の触媒にもなってくれるし。
パージした方が良いんじゃない? できるか知らないけど」
今頃、鎧に触れている場所の体温が奪われ続けているだろう。
その熱は私の『塒』が奪い、それを栄養に冷気を生成し続ける。
投げつけた先の熱を全て奪うまで止まないのが、『塒』。
私も見えないし触れられないけど、多分大きな蛇のような形をしている……気がする。多分。おそらく。
馬やアヤの表面を這いずり回り、ひたすらに熱を貪り喰らう。
これも、効果時間のわりに燃費が良い。
格下相手には、便利な技だ。
「剥がれろ!」
鎧が一斉に外れた。
ガランガラン、と大きな音を立てて、馬とチャリオット本人の素肌が露わになる。
――が、『塒』はそれでも彼女達から熱を奪うのをやめない。
「残念。パージしても無駄でした♪」
「どうなってる!? なにか、なにかが……いるのか?」
「さあ。私も分かんない」
「なんだと!?」
「なにかは居ると思う。でも生き物ではない気するわ。私の妖力から生まれた何かなんだろうけど、良く分かんない」
「なんだ、それは……」
「でも、私らの技ってそんなものじゃない? そもそも妖力がなんなのか未だに良く分かってないし」
「こんな、ところで……」
チャリオットの唇が紫色になってくる。
霜が首筋まで昇り、妖眼から光が消えていく。
「……一日で二敗、か……。
一体、なんなんだ。貴様も、ブレイドも、理不尽すぎる……」
「少なくとも、私とは相性でしょう。
逆にトアはあなたに苦戦したはず。近接戦専門っぽいし。
……と思ってたんだけど、それでもあなたが負けたのね……。本当トア、バケモノ過ぎて好き」
「情けない……。
姫様に次ぐ戦力を持ってるはずなのに……。
騎士長の座を戴いた、のに……この為体」
霜は頬を染め、口と目に及ぼうとしている。
「降参って言えば解除してあげるけど?」
「……姫様、私は……」
「聞いてる? もしもーし」
「……いつまでも、愛して、おります……」
「あ、これ聞こえてない?」
「――先に、逝って参ります。いらっしゃった時は、私が、お迎えに……」
「ちょ、バカ死ぬな! 死んだら私がトアに殺されちゃう! 解除解除!」
『塒』が消える。
馬が倒れた。
チャリオットは覚束ない足取りで、吹き抜け……ヒメがいる方に歩き出す。
一歩、二歩……三歩目で、力尽きたように倒れた。
慌てて駆け寄る。
とりあえずは、スゥスゥ、と規則正しく呼吸してる。
意識はまだあるらしく、変化は解けてない。
倒れた衝撃で霜や氷も剥がれたし、ひとまずは大丈夫だろう。
――ソラちゃんの火で暖めてもらおう。
そう考えて、すぐにナナちゃんとソラちゃんの方を見た。
†
「もらったぁ!」
アキラの突き。
ソラちゃんの反応が一瞬、遅れた。
――当たる。
(私がいなかったら)
アキラの前に出て、刀でランスを受け止めた。
「なにぃっ!?」
「レオ……」
弾き飛ばす。
「うおおっ!」
蹈鞴を踏んでアキラが後退していく。
「ソラちゃん大丈夫?」
振り返らずに問い掛けた。
「……まだ、全然平気よ」
掠れた、全然平気じゃなさそうな声で言う。
いじっぱり可愛い。
「なら邪魔しちゃったわね。ごめんなさい」
「別に、謝るようなことじゃないけど」
「実はお願いがあって」
「なに、こんな時に……」
「あっちの子、暖めてあげて欲しいの。やりすぎちゃって」
ソラちゃんの視線がアヤに向く。
「……えっ?」
信じられないものを見たかのように、ソラちゃんが固まった。
「こっちは私が見とくから。お願い」
「アヤぽん!? おい、嘘だろ……?」
アキラも同様にアヤを見て叫ぶ。
「アヤ!」
ナナちゃんとの戦いを切り上げて、エルがアヤの元へ飛んでいった。
「……『私たち時間稼ぎ要員が耐えてる間にトアに勝ってもらおう』作戦だったんじゃねえのか? なに普通に勝ってんだよ」
ナナちゃんが少し離れたところから抗議じみて言ってくる。
「あれは二人に言っただけ。勝つのが一番時間稼げるでしょ?」
「技撃つ妖力残ってるのか?」
「いや、流石にもうないわ」
『煙』と『塒』どっちも燃費良いとはいえ、二発撃っちゃったし。ユミからもらった妖力はもう尽きている。
「だったら無理すんな。あとは私らがやる」
「いやでも、この二人なら素で余裕よ」
そう答えると、エルとアキラの目の色が変わった。
「……おい、今なんつった?」
アキラが大股で一歩、私に歩いてくる。
「アキラとエルなら、聖騎士? だろうがなんだろうが、妖力0でも余裕、って言った。
所詮、ヒラの騎士だもん。アヤやアンジュは技使わないときついけど」
「言ってくれるわね」
「上等だエロサラシ。その下のさらに下まで抉ってやるよ」
「どこ見てんの、えっち」
「……それは隠さない方が悪いだろ」
ナナちゃんが小声でツッコんだ。
――それにしても、意外だ。
この二人自身が実力差を理解できないのはまだしも、アヤとかアンジュあたりがこの二人に教えてあげてないのが。
(とりあえず、殺しちゃわないように注意しないと)
こういうとき、いつも困る。
かすり傷くらいは負う可能性がある相手が、一番手加減しづらいから。
そう考えながら刀を構えた……
瞬間。
立ってられないくらいの地震。
太鼓の中に放り込まれたかのような、衝撃と轟音。
上を見ると、モール北側の天井が、全部崩れ落ちてきた。
その中心では、トアが薙刀で天井を攻撃しているのが見える。
「トア、何してんの!?」
そんな叫びは、瓦礫と地鳴りで掻き消えてしまう。
ナナちゃんとソラちゃんの無事が最優先! 二人と合流して、避難することにした。
――あ、アヤも連れてかないと!
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