19
(なにが……!?)
なんて思考はすぐ捨てて、咄嗟に体を捻って躱す。
が、完全には間に合わず。
右脇の下、あばらの上を服ごと斬られた。
斬った勢いでヒメはそのまま私の背後に抜けて、弧を描いて滑空。
「なんか、えっちな恰好になっちゃいましたね」
私を見下ろしてヒメが言う。
「今の……」
返事を遮るように、またヒメの左目が光る。
嫌な予感がして右に動いた瞬間、左肩を斬られた。
またもや、ヒメは背後に去って行く。
(……速いとかいうレベルじゃない。これは……)
空間移動。
そうとしか思えない。
――ありえない。現代の人間が、空間移動の妖術なんて。
これまで見たヒメの能力は3つ。
1つめは、視界内のものを拒絶する衝撃波。
2つめは、自身や仲間を強化する光。
そして3つめは、視界内のものに密着する空間移動――。
まず、1つめの時点で異常すぎる。
2つめは、1つめほどじゃないけどまあ強力だ。
が、それに加えて3つめを扱えるのは、流石に意味が分からない。
この子はちょっと、天才が過ぎる。
「……なんでこれも避けられるんです? 天才ですか、あなた」
天才な彼女は、不服そうに頬を膨らませて私に振り返った。
今はその目を閉じて。
「あなたほどじゃないけどね」
――攻撃が軽いから、まだ助かってる。
あれがランスや大剣だったら、この程度の傷じゃ済んでない。
ヒメの妖力を纏ってはいるけれど、剣自体は軽そうだ。
とはいえ、急所を貫く威力はある。空間移動があるから、それで充分という計算なんだろう。
……実際、充分だと思う。
「なら、お得意の読み合いといきましょうか」
「読み合い?」
ヒメが目を開く。
左目が輝いて、また急接近。
回避も防御もしきれず、右ふとももから血が吹き出す。
三度、ヒメは私の背後へ去って行く。
(落ち着け。この三発を見るに、術理は暗目と同じ。
視界内の対象物への、直線的な空間移動。だから、背後に現れることはない……!)
――ということは、事前にそこを攻撃すれば、当たるはず。
ヒメが四度、目を開く。
私は薙刀を構えて――
「暗目。――我が目に映る物は無し――」
――開かれた左目には、昏い魔法陣が描かれていた。
「うわぁっ!?」
衝撃に、床に叩き付けられた。
右脇下、左肩、右ふとももの傷口が衝撃で広がって、また血を大量に溢す。
「さあ、はじめましょう。今度の読み合いは、負けませんから」
吹き抜けにエコーするヒメの宣戦布告。
見上げると、ヒメは目を閉じつつも、私の方を真っ直ぐ見下ろしていた。
――明目か暗目かの読み合い……
床から離れて、私も空中へ。
……ヒメの瞼が、開く。
とにかく右に移動。
が、光る左目のヒメに、掬われるように右足首を斬られた。
「くっ!?」
空中を一回転させられる。
なんとか姿勢制御。
ヒメはまた目を閉じて、私に次を読ませない。
――明目は、見てから回避が間に合わない。
移動すれば致命傷は避けられるけれど、ダメージは確実に負ってしまう。
そしてそのダメージは、暗目を受けるとより深手に変わる。
今も右脇下と左肩、右ふとももは、治癒が間に合わず血を流し続けている。
――攻撃を当てるために留まったら、暗目が避けられない。
――深手を避けるために移動したら、明目が避けられない。
この読み合い、私が不利過ぎない?
考えれば考えるほど、泣きたくなってきた。
(……それでも、なんとかかいくぐって、勝機を見出すしかないんだけど)
(主様。私に案が)
(お?)
――それからのスォーの案は、とてもシンプルで。
絶対に有効だ、と確信を持てた。
(流石私のスォー。それでいきましょう!)
(お役に立てて光栄です)
(終わったらなんでもお礼してあげる。考えといて)
(お礼など不要でございます。主様なら、私が言わなくてもすぐに思い至ったでしょうから)
(私が思い付く前に言えたスォーは偉くて凄くて可愛いの)
(……可愛くはないかと)
(じゃあ命令。物理的かつ具体的にして欲しいこと考えて、後でちゃんと言いなさい)
(命とあらば。御意に)
†
それから、5回ほど読み合いを繰り返す。
暗目4回、明目1回。
ヒメはとにかく暗目の頻度を増やしてきた。
明目に反撃されるのが一番の負け筋だからだろう。
一方、私はそれに対して全部移動で対応。
それに業を煮やしたか、明目は最後の一回だけ。
左の首筋を斬られた。大きな血管は避けられたようで、出血は少なめ。
「…………」
ヒメの表情には余裕がない。
多分、私の考えが分からないから。
当たり前だけど、私が勝つためには、一回でも攻撃を当てなければいけない。
暗目は威力がそこまで高くないから、それを捨てて明目に反撃するのが普通だろう。
だから、回避に専念してる私の意図が、読めないのだ。
――やはりその辺は経験不足。
疑問や不安が、露骨に表情に出てしまっている。
もちろん、私はスォーの作戦を成功させるために、そうしている。
そして、その下準備は、すでに整った。
「逃げてばかりで、なんのつもりです? 『明目を撃った方が得』と私にすり込ませるためですか?」
「さあ、どうかな?」
「……まあ、敵に教えるわけありませんか」
ヒメが直剣を構える。
「もう真上は天井。逃げ道は少ない……。
……だからこその、こっちです!」
ヒメが目を開く。
私は薙刀を構えて、迎え撃つ――仕草。
ヒメの左目に浮かんでいたのは、魔法陣。
私の体は一瞬で天井に叩き付けられた。
全身の傷口が開いて、血が天井を放射状に塗りつける。
「ですよね? ふふっ、その手には乗りませんよ」
久しぶりに笑顔を見せるヒメ。……この期に及んでも可愛いのがズルい。
――正念場だと思った読み合い、それを当てた喜びが。
私とスォーの計算通りだからこそ、余計に愛くるしい。
目を閉じるヒメ。
暗目の効力も切れる。
暗目は自身や仲間にも影響があるのだろう。
そうでなければ、暗目を当てられたあと追撃されて終わってる。
――シチビから『ロイヤル』の名を与えられたヒメだ。
高貴の姫として君臨しつつ、集団戦を統べる彼女の技は、撃破より制圧に重きを置いている。
倒した相手を自分の仲間に取り込むためだろう。
だから暗目も明目も、相手に絶望を与える性能であり、破壊力は低い。
――でも、残念。他の人ならともかく。
(この私を、倒すんじゃなく絶望させようとしたのが、そもそもの間違いよ)
だからヒメは、自分ではなく、チャリオットを私にあてがうべきだった。
読み合い以前の、戦術ミス。
それが、ヒメの敗因だ。
「翔け。――恣肆の却法――」
私の四撃目の名は、スォーとエリンが念話で教えてくれた。
「えっ?」
ヒメが笑みをやめる。
4本目の核羽が砕けて、薙刀を黒光が覆う。
「この距離で? まさか、遠距離技……?」
身構えるヒメ。
私は薙刀を振りかぶって……
ぐるりと、180度旋回。
「しまっ……」
ヒメの愕然とした声。
――いまさら気付いても、もう遅い。
「はああっ!」
真上の天井を、斬り砕いた。
†
スォーの案はこうだ。
(最初の暗目は、瓦礫に隠れたことで効力を失いました。
それにより、『直接見られなければ効力は無い』ことが判明したわけです。
ここまで見る限り、明目も同じ仕組みでしょう。
ですので、最初と同じ状況を作り出すのはいかがでしょうか)
(……瓦礫で、ヒメの視界を塞ぐ?)
(瓦礫が崩れる音で、聴覚も機能しづらくなるはず。
問題は、視界を塞ぐほどの瓦礫をどう捻出するかですが……。
天井の下におびき寄せ、それを破壊してはどうでしょう)
(そうか。それなら、瓦礫に隠れながら接近できるし……
外から空気も入り込んで、さらに聴覚を妨害できる)
(懸念は、ヒメがかなり聡いこと。なんとか悟られずに、良い位置におびき寄せる必要がございます)
(オーケー、その辺は任せて。私がなんとかする)
(お願いします)
(流石私のスォー。それでいきましょう!)
――可愛いし、美人さんだし、賢いし、私を慕ってくれるし、武器のセンスも良いし、可愛いし。
やっぱり、私のスォーが最高のタマハガネなのよね。
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