6
地面に降りる途中、ガーゴイルの死体が霧になって消えていくのが見えた。それは送還の証で、やはり召喚獣の類いだったことが分かる。
元いた公園に降りた。カリンさんとシラハさん以外にも二人、他のピュアパラが集まっている。加勢に駆けつけたみたいだ。
「助けてくれてありがとう、春日野さん……だったよね」
カリンさんが声を掛けてきた。
「はい。怪我は大丈夫ですか?」
「うん。ピュアパラには自然回復能力があるから。少しの間じっとしていれば」
「そうですか。良かったです」
続いて、他の二人も私の元へ来て、「ありがとう」と「めちゃくちゃ強いじゃん! すげえなぁ……」と声を掛けてきた。
「それ、タマハガネよね? 乗っ取られてなさそうだし、その年齢で親友ランクなんて凄いわ!」
と、カリンさんが薙刀の刀身に視線を沿わせる。
「いや、これは今だけです。それに、私は魂が少々特殊ですから。褒められるようなことじゃありません」
「……そう、なの?」
先ほどのペロと同様、キョトンとするカリン。
(訂正させてください、我が主)
そこでスォーが語りかけてきた。
「訂正?」
心中会話に慣れず、つい声で答えてしまう。
(アバター顕現の許可をいただけますでしょうか?)
「いいけど……」
一人で話し出した私を訝しむ視線の中、服と薙刀が光り出す。
光が収まると、私の右横に精神世界で見た少女が現れた。
私の服はパジャマとジャケットに戻っている。
「あ、アバター顕現!?」
誰かの驚く声。
「私は識別名『スォー』と申します。ピュアパラディンの皆さん、精霊達、以後お見知りおきを」
スォーが皆に向かって一礼する。
「皆さん、そして主様。私は一時的に隷属しているわけではありません。『完全隷属』のランク名の通り、以後生涯に渡り主様と共にあり続ける存在です」
私を含め誰もがポカン、とスォーの話を聞いていた。
「皆さんの違和感は正しく、所有権を一時的にする仕組みは魂鋼にありません。
主様は、意思と指向性を込めた魔力を私に注ぎ込むという方法で支配権の上書きを果たされたのです。前任の支配者、つまり救世の女神よりも良質で膨大な魔力によって!」
前半は静かな語り口調だったが、後半は少し胸を反って自慢するかのようなスォー。
「……つまり私が言った『今は』の部分は無効、ってこと?」
横からそう確認する。
「その通りです主様。救世の女神を大きく上回られる魔力と、この世界を守ろうとするお気持ちが、私を根底から作り替えられたのです!」
段々スォーはその興奮を隠しきれないようになってきた。
私を見上げる目は、キラキラしてる。
「……それなら、またすぐ変身することはできる?」
ふと思い立って、そう尋ねた。
「今からでございますか? もちろん可能です」
「オーケー、じゃ行こうか」
スォーの肩に触れる。
変身、と唱えて、再びピュアパラになった。
「もう夜ですから、皆さんはお帰りください。私はもう少し調べていきます」
「調べる?」
カリンさんが聞き返してきた。
「はい。あの塔を」
黒い塔を見上げる。
「今から塔に行くの?」
「そうです」
あわよくば、なるべく早く壊してしまいたい。
「それは多分無理ペロ」
と、私の前に飛んできたペロが言った。
「塔の周囲には強力な結界が張り巡らされてるし、どんなに早く飛んでも一時間以上掛かるペロ。
それに、トアちゃんはまだピュアパラ初日ペロ。
知らず知らずのうちに、体や心は大きい負荷が掛かってるはずペロ。とにかく、今日はもう帰って休むペロ」
真剣なまなざしのペロを、じっと見返す。
睨んで見せても、ペロは少しも動じない。
――反論が、思い付かなかった。
語尾がキモい、くらいしか。
実際、体の疲れは自覚してる。
(前世の妖魔達の関わりが気になって、気が逸ってたかもね……)
思い直せば、十五年も戦ってきたのなら他の者から塔の情報も聞けるかもしれないし。
「……分かった。私の負け。今日は撤退するよ」
「ありがとう、トアちゃん」
「そうだね、私もそれが良いと思う」
そこでカリンさんも微笑んで私に言ってくれた。
「色々話したいこともあるけど、春日野さんの言うとおり時間も時間だし……。また明日にでも時間もらえるかな?」
「はい、分かりました」
「ありがとう。それじゃ帰ろうか」
ペロがゲートを開けた。
皆がそちらに向かうのを、最後尾で付いていく……
と、ゲートの前でふと思い付いて、私は立ち止まった。
「そうだ!」
「どうしたペロ?」
「こっちの世界は電気が通ってるよね」
街灯やビルの明かりが付いていることから自明である。
「通ってるペロね」
「水道も通ってる?」
「え? 多分通ってるはずペロ」
「よしっ」
思わず小さくガッツポーズが出てしまった。
――電気も水道も通ってるが、人が居ないこの境世界という空間はなんなのか、という疑問は一旦置いておいて。
ゲートの前、カリンさんだけがまだ中に入らず私を待っていた。
「すみませんカリンさん、少しこちらの世界でやりたいことができまして」
「やりたいこと? こっちで?」
「気にせず帰ってください」
「そう? あんまり長居しないようにね?」
「はい。用が済んだらすぐ帰りますから」
「分かった。今日は本当にありがとう。またね」
カリンさんは小さく手を振って、ゲートの中へ入っていった。
境世界の公園に、私とペロだけが残される。
「……こっちでやりたいことって、なにペロ?」
ペロが不思議そうに尋ねてくる。
「お風呂よ!」
グッ、と拳を握る。
どうしても口角が上がってしまう。ニヤニヤ。
「……お風呂……?」
「土煙や空の埃で汚れちゃったし、体も疲れてるから」
「なんでわざわざこっちで入るペロ?」
「元の世界でまたお風呂入ったら、家族に不審がられちゃう」
「ああ、なるほどペロ」
思い立ったが吉日。この時間に家族が誰もいないお風呂というのが、なによりワクワクする。
というわけで、境世界の私の家に向かって飛び上がった。
†
空を飛んで家に向かう。
一階の屋根の上に乗って、自室の窓から中に。
変身を解くと、右手にタマハガネが握られていた。スォーが顕現しないとタマハガネのままらしい。
一旦胸ポケットにそれを入れて、一階に降りる。
バスルームで湯沸かし器をセット。現実世界と同じように起動した。
しばらくして、ピーッという音がして風呂の準備が完了。
脱衣所に入って、ポケットからタマハガネをどこかに置こうとし……
(……いや、丁度良い機会かも)
たけれど、気が変わった。
「スォー。顕現して」
タマハガネが光って、再度スォーが顕現した。
姿を見せるや否や、少女は拝跪する。
「お呼びいただき光栄です、我が主」
頭を下げるスォーのつむじを見下ろす。
「スォー」
「はっ」
「服を脱ぎなさい」
「……はっ?」
「お風呂に入るよ」
「湯浴みでございますか……。かしこまりました、お背中お流しいたします」
うろたえていたが、そう言って立ち上がり羽衣を脱ぎ始める。
「いいペロね、ボクも一緒に入るペロ~」
ふわふわと浮かんで脱衣所に入ってくるペロ……もとい変質物体。
「あなたはダメ」
「なんでペロ! トアちゃん見てたらボクも入りたくなったペロ! 洗面器にお湯張ってくれるだけで良いから……」
「精霊に擬態されたままじゃ、本当に女か確証ないから」
一瞬の間。
「な、なななななんのことぺぺぺぺロロロロ」
目が泳ぎまくり、全身が軽く震え出していた。
「本当の姿を見せて証明したなら、一緒に入れてあげる。それまでは二度と入れさせない」
ペロをデコピンして脱衣所から追い出す。
「ペェィッ!?」
そのまま戸を閉めて鍵を掛けた。
「さて」
パジャマのボタンに手を掛ける。
「主様、私がお脱がせいたします」
と、そこで裸になったスォーが手を伸ばしてきた。
「別に要らないって。すぐ脱げる」
所在なさげにするスォーを横目に、着ていた物を全て脱ぎ終えた。
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