18
「……ここにきて援軍か。副騎士長のお陰でいけそうだったのに……なにもかも、上手くいかねえな」
炎柱を回避しきった後、ヒメの近くに寄ったランス少女が愚痴った。
「そもそも私たち、生まれた時から上手くいってないから」
ヒメはそう言って、直剣を目の前に真っ直ぐ掲げた。
「はっ、違いねえ」
「上手く行かないなんて慣れっこよ。ここは、そういう……私たち視覚障碍者に冷たい世界なんだから。
だから、私たちの手で壊すのよ」
「……分かってる。分かってるさ」
ランスの少女は一度目を閉じて。
勢い良く開き直した時には、また獰猛な獣のように、犬歯を剥き出しに笑った。
「妖眼を持つみなさん! 聞いてください!」
そこでソラが大きな声で、ゆっくりと飛んできた。
「先ほどレオと、レオの仲間の子から聞きました!
妖眼は、何度か使うと視神経と脳に大きな負荷を与えるんです。
だからシチビは明日、皆さんの命と共に、妖眼を取り出すつもりです!
そのまま所有者が死に至ったら、妖眼も使えなくなるから、って」
(……えっ?)
てっきり、ホムラは何か対策を取って埋め込んだものだとばかり思っていた。
いくらホムラでも、そんなの埋め込む前に分かるはず……。
――まさか。本当に、なんの対策も処置もせず、埋め込んだだけなの……?
「みなさん、これ以上妖眼を使ってはいけません!
これ以上は、脳や視神経を壊すだけです。
もう、止めにしましょう!
私は……私たちは、みなさんをシチビから守ると約束します」
「…………」
「…………」
沈黙する全員。
そこでヒメが前に出て、ソラと視線を合わせた。
「その話が本当だとしても。退く気はありません」
相変わらず11歳と思えない、重く冷たい口調でヒメは言う。
「……どうしてです?」
「今更、目も見えず変化もできない人生に戻るくらいなら……死んだ方がマシなので」
微笑みさえ浮かべて言うヒメに。
ソラも、私も、なにも言ってあげられない。
「目が見えるって、素敵なことです。初めてこのモールに来た時は、素敵すぎて、30分近く泣いてしまいました。
色とりどりのイルミネーション。
綺麗で可愛いファッションの数々。
見てるだけで楽しい食べ物やスイーツ。
楽しそうにデートをしているカップル。
笑顔でお店を選ぶお兄さんやお姉さん。
駆け回る子供たちと、優しく見守るご両親。
……その光景を、また奪われるくらいなら。
私に付いてきてくれる、この子たちから奪うと言うなら!
私は、あなたたちを排除します」
ヒメの言葉に、悲しそうに唇を噛み締めるソラ。
けれど、ナナとレオは、無表情のまま。
……多分、私もそうだっただろう。
――ヒメのその返事を、予想できていたから。
「夜も更けてきました。私、そろそろ寝る時間なんです。
もう、終わらせましょう。
勝って、ムツキちゃん返して貰います。
そして、明日はぽぷら地区を侵略するので」
「どうしても……戦わなければいけないんですか!」
悲鳴のように叫ぶソラ。
「ソラ。……その話は、私がもうしてる」
私は言って、薙刀を持ち直した。
「もう、し終わって……。どうしようもないことが、浮き彫りになって。
だから、私たちは、戦ってたんだよ」
「トアちゃん……」
今にも泣きそうな顔で、ソラは私に振り返る。
「この子たちは、もう言葉では止まらない。
だから、まず力を奪う。
これ以上の会話は、そうしないと成立しないから」
――往々にして、戦争の始まりもそんな理由なんだろう。魔界でも、この世界でも。
「一ヶ月前の私らもそうだったろ、ソラ。
言葉じゃ止まれない時ってのは、あるもんだ。
……だから、止めてやろうぜ。シチビ被害の先輩としてさ」
「……それしか、もう無いのね」
ナナの言葉に、ソラは斧を両手で持ち直す。
顔を上げた瞬間、一粒だけ、涙が流れた。
「レオ、そっち任せて良いか?」
ナナはレオの方を見ず、大剣少女を正面に見据えながら尋ねた。
「もち。私が一番相性いいと思うし」
レオは右手を柄に掛け、騎士長に向かって半身になる。
「この子は私が見る」
ランス少女を見上げて、ソラが宣言。
「みんな! 任せた!」
それだけ言って、私は真っ直ぐに、ヒメを見上げた。
「おう!」
「うん!」
「さっさと済ませちゃいましょ」
ナナの車輪が回り出す。
ソラの体を炎が覆い始める。
レオが鞘から刀を抜き放つ。
「あと一晩で一段落付いたってのに。……何度も何度も来やがって、うざってえんだよテメエら!」
「落ち着いて。私たちみたいに完全回復したわけじゃない。妖力量なら私たちの方が上よ!」
「ああ。完全治癒を受け、聖騎士に叙された私たちだ。恐るるに足らん。……圧殺するぞ」
ランスの周囲に渦巻くような妖力が纏われ。
大剣の放つ光が強くなり。
騎馬が味方を鼓舞するように、高らかに嘶いた。
「ナナちゃん、ソラちゃん。無理する必要はない。
無理して負けて、トアの方へ援軍に行かれるのが一番マズいわ。
私たちがすべきなのは、この三人の注目を貰いつつ、トアが勝つまでの時間を稼ぐこと。
ヒメを倒せば、向こうの強化術も消える」
「分かった」
「……分かったわ」
レオの言葉に頷くナナとソラ。
「向こうが言ってたとおり、私たちは万全じゃない。私は技撃てて一発だし、ナナちゃんも妖力4割くらいだったよね。
……ソラちゃんは、愛の力で万全かもだけど」
「姉妹愛ね、姉妹愛」
「無理も深追いも禁物。嫌かもだけど、今は私を信じて」
「大丈夫だ。アンタが強いのはなんとなく分かってる」
「……癪だけど、参考にしてやるわよ」
「ありがとソラちゃん、ナナちゃんも」
レオは嬉しそうに笑って、刀身に冷気を纏わせる。
「それじゃ、『私たち時間稼ぎ要員が耐えてる間にトアに勝ってもらおう』作戦、開始!」
「長いしバレバレ過ぎるだろ、その作戦名」
「そもそも思いっきり聞かれてるでしょ」
「舐めやがって。なら私らも『さっさとモブども倒してヒメっち援護するぞ』作戦開始だコラ!」
「ノらなくていいから、そんなの」
「そもそもお前が仕切るな、騎士長は私だ」
「足並み揃ってなさそうだけど大丈夫そ?」
「癪に思われてるお前が言うんじゃねえ!」
三騎士が同時に仕掛ける。
――最後の戦いが、始まった。
†
三人と三騎士の戦いが始まっても、私とヒメは互いに牽制し合っている。
私は、剣の能力を警戒して。
「……お姫様だと思ったら、剣を召喚するなんてね。似合ってるけど」
ヒメの持つ剣は形こそ直剣だけど、かなり小ぶり。大人が持ったら短剣に見えそう。
「……私の元には、とうとう王子様は現れませんでした。
だから私は、暗目だけじゃなく、明目を同時に持つことにしたんです。
その両方が揃えられないと、誰も救えないから」
「……とうとう?」
不思議な言い回しだ。
まず、『王子様』が何を指すのか分からない。
まさか『明目の王子』が実在するとは思ってないはず。
もし仮に実在を信じてたとしても、11歳の子が、まるで間に合わなかったかのように言うのは変だ。
「あなたには関係の無いことです」
直剣の先端をこちらに向ける。
「暗明が揃った時、悪の魔女は滅びるのですから」
「私たち、魔女じゃなくて魔法少女だから」
「似たようなものでしょう」
ぞんざいに言い返して、私を見下ろすように顎を上げる。
「……私の称号は『英雄姫』、字は『ロイヤル』」
言いながら、ヒメは剣を真上に真っ直ぐ掲げた。
「高貴の姫して、集団戦の長。
私はこの力で、冷徹な世界を優しい世界に作り変えるんです」
「優しい世界、ね。大多数の視力を奪うのが、優しい世界?」
「無論です」
「……あなたほど賢い子が、気付かないわけ無いでしょう?
多くの人から視力が奪われた世界は、奪った者……ヒメへの憎しみに満ちた世界になる。
そんな世界の、どこが優しいの?」
「そうですね。それも、素敵な未来です。
……あと11年生きて友達が増える、次くらいには」
「……? あなた、なにを考えて……」
――言いかけて。ふと、その可能性に辿り着く。
降って湧いたように、閃いてしまった。
(……もしそうだとしたら、辻褄が合う。……合ってしまう。さっきの、『とうとう』と合わせて)
ヒメの剣が妖力を帯びる。
黒い靄のような残滓と、白い星のような粒子が、刀身から舞い上がった。
それを構えるヒメの姿は、どこか神秘的で、儚い。
「ヒメ。あなた、まさか……」
「さあ、どうでしょうね。ご想像にお任せします」
続きは言わせてくれず、ヒメは会話を断ち切る。
――文字通り、その手の剣を私に振り下ろすことで。
それを回避しながら、思う。
『この子は寿命が長くないのでは?』と。
脳裏によぎった、その可能性。
そう考えれば、全て納得できてしまうんだ。
11歳とは思えないほど成熟している理由も。
騎士たちの異様な忠誠心と献身の理由も。
――『全員同じ境遇に陥れる』なんて強引な方法を選ぶ理由も。
自分に時間が無いから、時間が掛かる方法を選べなかっただけ。
無理矢理でも、短時間で効果を見込める方法を選んだだけ。
妖眼を得ても、長寿を得られる保証なんて無い。
晴眼者の憎悪を全て背負ってでも。
たとえ、仲間たちから恨まれても。
(……それでもこの子は、仲間が幸せになれる世界を、作ろうとしてるのか……)
「まあ、暗目を躱せるんですから。私の剣なんて簡単に避けますよね」
剣を振った勢いのまま空中を流れつつ、ヒメは独り言を呟いている。
「ヒメ。確認させて、あなた……」
「断ります。お喋り時間は、もうとっくに終わったんですよ」
止まって、体を真っ直ぐに。
直剣を正眼に構える。
ヒメの左目が、眩いほどの白い光を帯び始めた。
「明目。――未来を照らす勇気の祝光――」
――次の瞬間。
5メートル以上離れていたヒメが、キスできるくらい間近に現れた。
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