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~Interlude 【ソラ 4】~
「さて。妖力も整ったところで、そろそろトアのところに戻るとしようか」
レオがユミさんから手を離して、モールの方へ視線を向ける。
「よくも、いけしゃあしゃあと言えたなコイツ……」
「トアちゃん、本当に友達になる気なのかな……」
「私はコイツと袂分かつんで! 今日お二人のファンになりましたんで!」
ユミさんが清々しいくらいの速度でレオを裏切った。
「あれでファンになられても嫌ですけどね……」
――レオの指揮で動くのは癪だけど、トアちゃんのところに行きたいのも間違いない。
本当に癪だけど!
私はカミソリを取り出した。
――さっき、キスしながら変化しちゃえば良かったかも。
とはいえ、わざわざここでまたキスするのも避けたい。今度こそ恥ずかしさで死ねるかもしれない。
「ナナ、お願い」
「おう」
ナナも一度変化を解く。
同じくカミソリを取り出して、お互い人差し指を切りつけた。
傷口と妖玉を合わせて、「「変化」」。
「それじゃユミ、ムツキの監視と、後詰めよろしく」
レオがユミさんに振り返って言う。
「えっ? 私まだ帰っちゃダメなの? もう夜遅いけど」
「ボスが戦いにいくのよ? この二人を見習いなよ」
「それは、お二人が素晴らしい人格者なのと、トアさんが素敵な人だからだろ。一緒にすんな、失礼だ」
「……まさか、本当に袂分かつ気じゃないわよね? あれはただの冗談よね?」
「さあ、どうだか」
「待て! 私も連れて行け!」
と、そこでムツキさんが叫んだ。
「……連れて行く? なんで?」
レオがムツキさんを見下ろす。
「お前たちの話を……ヒメの耳にも入れておく。
あんな話、信じてないけど……
そんなホラが出回ってる、ってことは、ヒメや皆も知っておくべきだから」
「却下に決まってる。なんで、あなたの都合で、私たちが邪魔者を連れて行かなきゃ行けないの?」
言いながら、レオはムツキさんに歩み寄る。
「連れて行かないなら、私はここで自害する。
あなたたち、私を保護しに来たんでしょ?
なら私が、人質だ」
そこで、レオがムツキさんの頭を鷲づかみにした。
――さっきまでの、おどけた雰囲気とは一転。
『敵』への態度は冷徹だった。
「図に乗るんじゃない。自害? やれるならやってみれば?」
「できないと思ってる?
……多分、そこの二人と同じ気持ちよ。
ヒメが居ない人生なんか、要らない。
あの子が幸せになるなら、命なんか惜しくない!」
レオとムツキさんが、しばし睨み合う。
ムツキさんは一瞬たりとも目を離さず、敵意をむき出しに見上げていた。
「……『すぐピュアパラを見下すのも悪い癖』、か……」
レオは小声で呟いて。
……うっすらと、笑った。
「ムツキさん」
そう、声を掛ける。
「……私は、トアちゃんと違って、約束なんてできない。断言なんて、できない。
でも、私達はトアちゃんのやりたいことを、命を賭してでも、成し遂げたい。その気持ちは、さっきも言ったとおりです。
だから、私たちはともかく、トアちゃんのことは、信じて欲しい。
『誰一人見捨てない』『一緒に、笑える未来を作りに来た』って言葉を。
私もナナも、命を懸けて、それを叶えに行ってくるから」
真っ直ぐに目を見て、そう言う。
……しばらくして、ぽろぽろと、ムツキさんは涙を流し始めてしまった。
「なんで、なんで……くそっ……」
涙が出てきた理由が自分でも良く分からないらしい。
袖で雑に目元を拭き始めた。
「目の周り傷付いちゃいますよ」
そっとムツキさんの両腕を押さえて、代わりに優しく、目元を拭ってあげた。
「なんで……。こんなことになるまで、そう言ってくれる人が、現れなかったんだよ……」
ムツキさんは悔しそうに……小さな声で、呟いた。
「もう、手遅れだよ……」
「……どういう、意味です?」
そう聞き返すと、バッ、と腕を振り払われた。
「ヒメはもう、見切りを付けたんだよ!
晴眼者の視力を奪おうとしてるんだ、ヒメは。
それが、シチビと約束した、報酬だから!
そうしないと、視覚障碍者の気持ちを理解してもらえない、って……」
ムツキさんは一歩下がって、笑顔に……無理矢理口角を糸でつり上げたような、不格好な笑顔になった。
「正直、そんなのおかしい、って私だって分かってる!
だけど、それ以外にヒメが……あの子たちが、幸せになる道がないなら!
私は、それを叶える、って決めたんだ!
アンタたちと……世界と、分かり合うなんて、無理なんだよ!」
――目が見えない自分たちの居場所が欲しいから、全員目を見えなくさせる……
本当に、どこかで聞いた覚えがありすぎて。
私はナナに振り返ると、同時に笑い出してしまう。
急に笑い出した私たちに、目を丸くする全員。
「ふふっ、ごめんなさい。ああ、おかしい……」
口元を隠すけど、隠しきれてなかっただろう。
「いやもう、まさに、私とナナも、そんな発想だったなあ、って思い出しちゃって」
「……なにがよ?」
「この耳と目の色で捨てられるような世界なら。
私たちの方から、こんな世界捨ててやる、って。
……そう思って、シチビに協力してたの。
友達を昏倒させて、記憶を弄って。
――トアちゃんのこと、一時は本当に、殺そうとまでして」
「なんか懐かしいな。もう、ずいぶん昔のことみたいに感じる」
言いながら、私の隣にナナが立った。
「でもトアちゃんは、なんでも無い顔して、言うのよ。
『全部、許すに決まってる』――
私たちのために血を吐きながら、一切ぶれずに。
それで、私たちがどれだけ、救われたか……」
「あそこで戦ってるのは、そんな、超が付くくらいのお人好しだ。
その程度のことで、簡単に見限ってもらえると思うなよ?」
「その程度って……。とんでもない大犯罪じゃ……」
ムツキさんが、困惑したように言う。
「未遂は無罪、って思ってる節あるからな、トアは」
「確かに。もっと言うと、『私が止めればセーフ』くらい思ってるよね」
「ま、そんな人間なんだわ、私らのボスは」
ムツキさんが私たち二人を見る。
「変身できない状態じゃ、インピュアズの戦いに巻き込まれて怪我するだけだ。
そんなことになったら、怪我させた方も気に病むだろ?」
「だから、待っていてください。必ずヒメさんやお友達の皆、無事に連れて帰りますから」
ムツキさんはまだ無表情なまま……
ふいっ、と視線を下に逸らした。
「……人前でキスし始めるようなヤツの言うこと、信じられるわけないでしょ」
「あれは、ただの人工呼吸!」
「そうです! 聞いてたでしょう? 半分レオに騙されたようなものじゃないですか!」
「別に騙してはなくない?」
レオが小首かしげてくる。その仕草もムカつく。
「うるせえ! そんな便利な手袋あるなら先に言えや!」
「そうよ! なにが、『普通は唾液』よ!」
「……そんなのあろうがなかろうが、せめて物陰に行くとか、あったでしょ」
ムツキさんの正論に、私とナナの言葉は詰まった。
クスクスと笑うレオに、ポリポリと頬を掻くユミさん。
「……ともかく! 今信用できないのは、仕方ありません!
なので、ちゃんと無事に再会できるようにしますから!
その時、また評価してください!」
なんとかそう声を張る。
「……なんか、気を張ってるの、馬鹿馬鹿しくなってきた」
言って、ムツキさんは後ろに体ごと振り返る。
「……今の私が行っても役に立たないし、巻き込まれるだけなのも、分かってる。
これ以上抵抗しても、逃げられそうもないし。
待っててやるわよ」
「……ありがとう、ございます」
「また人前であんなことするようなレベルのヘマ、しないでよ」
「……それはもちろん、改善します」
「それと……
エリンに会ったら、ごめん、って伝えておいて」
そのままムツキさんは歩き出して、ベンチの方へ向かう。
「ユミ、見張っといて。絶対自害なんかさせたらダメよ」
レオがユミさんに指示する。
「また責任重大なことを……」
「私からもお願いします。あまり乱暴なことはせず……」
「もちろんです! 任せてください!」
「……露骨に態度変えすぎでしょ」
――正直、ここまで冗談を言い合える関係も素敵だな、って思っちゃうけど。
レオとしては不服らしい。
……この贅沢者め。
やっぱり、レオのことはとことん好きになれそうにない。
そうして。
私たち三人は、再びモールに向かって飛び立った。
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