15
~Interlude 【ソラ 3】~
「まあ、私もシチビがここのインピュアズを処分する、って考えは知ってたから。
話し合いで決裂しても敵対はせず、そのまま撤退してあげることにしたの」
首を押さえながらレオが立ち上がった。
「でも状況が変わったし、私の気も変わったわ。
どうせシチビが捨てた連中。敵対したって構わない。
それより、トアの無事が最優先よ。
だから、ヘッドロックじゃなくて妖力ちょうだい」
「……てめーにやるの癪だわ」
白い目でレオを見るユミさん。
――気持ちは分かる。すごく良く分かる。
(だけど……)
一人で副騎士長に圧勝して、トアちゃんの必殺技も真っ向から受け止めたというレオだ。
戦力になってくれるなら、こんなに心強い増援はない。
「気持ちは、分かります。そりゃもう、私がユミさんの立場だったら、絶対分けてあげたくないです」
ユミさんを見る。
「ですが……どうか、お願いします。
正直、私もレオのことは信頼できないし、こんなこと頼むの嫌だけど……
今は、トアちゃんのために戦ってくれる人が、一人でも多く欲しい。
だから、お願いします」
頭を下げる。
「いやそんな、頭あげてくださいって。
99%敵同士なのに……」
「……確かに。そちらがシチビに協力する限り、私たちは敵同士。
でも、レオが本当にトアちゃんと友達になるって言うなら、それはそれ。これはこれです」
「はー。いやぁ、すげえっすね……。
トアって人、愛されてるんすね」
「彼女は、私達にとっての、全てです。
この体も、命も、全て捧げると誓いました。……本人には内緒ですけど」
「ああ」
ナナが頷く。
「トアが居なきゃ、シチビに殺されて終わってた。私らの命くらい懸けなきゃ、釣り合わない」
――トアちゃんは『自分を大事にしろ!』って怒るだろうけど。
こっちが心で思っておく分には勝手だもんね。
「……なるほど。そりゃ、シチビと連んでるウチらと仲良くしたくはないっすよね」
「いえ、そんなことはありません。これはトアちゃんの方針ですけど……
悪いのはシチビだけで。それに巻き込まれた人に罪はない。むしろ、助けてあげたい……。
だからトアちゃんは、モールを制圧しに行ったんです。
きっとレオのことも、そう思ってるハズ。
……私がレオを嫌いなのは、単に個人的感情です」
「えっ? 嫌いまで言われちゃう私?」
意外そうに目を丸くするレオ。
「あっはっは! 分かるわぁ。気が合いそうですね私ら」
豪快に笑うユミさん。
「はい。仲良くしてくれたら嬉しいです」
「トアに比べて人望ないなあ……」
「自業自得じゃね? 詳しく知らんけど」
嘆くレオに、ナナがぽつりと呟いた。
「ともかく。分かったっす。
んじゃまあ、まず先にソラさんに分けますよ」
「……えっ?」
――そういえば、そんな話になってたんだった……。
「その後、ついでにレオにも分けてやるよ。ソラさんに感謝しとけ」
「うん。ありがと、ソラちゃん」
ユミさんに言われ、素直に感謝を言うレオ。
「さて。んじゃ早速始めますか」
大股でズカズカ歩いてくるユミさん。足長いから歩くのも早い。
――本気?
本気で、今ここで、初対面なのに、口付けする気……?
どうしよう。
善意の行動、しかもトアちゃんのために役立つことを、拒否もしづらい……
――と、色々考えてフリーズしてる最中……
ナナに、強く抱き寄せられた。
右腕が私の肩に回されて、ぴったりくっつく。
「ナナは私がやる」
強い口調で断言するナナ。
「あ、そっすか?」
「私はまだ6、7割は残ってるし。変化する程度なら、全然問題ない」
「りょっす。……じゃあいきなりレオか、しゃあねえなあ」
「露骨に嫌な顔しないでよ。私も傷付く時は傷付くのよ?」
「嘘こけ。この程度で傷付いてたら、今こんな関係になってねえだろ」
「そんなことないと思うけどなあ……」
ユミさんは踵を返して、レオの方に歩いて行った。
ナナに振り向く。
後ろから抱きしめられたまま、気付けば、ナナの顔はすぐ目の前。
「……いきなり、どうしたのよ」
小声でそう尋ねた。
――あれだけ嫌がってたのに。私もだけど。
ナナは私と目を合わさず、反対を見ている。
「……ソラが、嫌そうだと思ったから」
ナナがぼそぼそと答えた。
「否定はしないけど……。でも、効率で言えば、ナナに貰うより良いと思うよ……?」
「……効率で、初対面のヤツと、その、そういうこと、できるのかよ、ソラは」
「そりゃ嫌だよ! ……だけど、トアちゃんのためだもの」
「……っ、ああもう!」
ナナが顔を真っ赤にして、私に振り返る。
耳元に口を寄せて、
「私が、そんなの見るの嫌だったからだよっ」
小声だけど、はっきりと、そう言い切った。
「ソラが別の女と、その、そんなことするの見るくらいなら、私が自分でやる。そう決めた! ……これでいいか?」
「ば、バカッ、なに言ってるの……」
今度は私の顔が熱くなってきた。
耳どころか、後頭部やうなじまで真っ赤になったのが、自分でも分かる。
「……うっさいな。さっさと顔あげろや」
口調は乱暴だけど、ナナは優しく、私の頬と顎を持って固定した。
「ソラが言ったとおり、トアのためだ。我慢するし、我慢しろ」
「わ、分かったわよ……」
視線は、ナナの唇から離れてくれなくて。
みるみるうちに、それが近付く……
私とナナの唇の距離は、すぐにゼロになった。
†
――どれくらい経っただろう?
体感では1時間以上経った気がするけど、実際は1分も経ってない気もする。
段々、体の芯から、不思議な暖かさが込み上げてきた。
力が湧いてくるようで、今なら変化できそう、となんとなく分かる。
ナナが顔を上げて、唇が離れた。
そこで(体感)久しぶりに、呼吸を思い出す。
「……どうだ? 変化、できそうか」
ナナが人差し指の付け根で乱暴に唇を拭って、そう聞いてきた。
「多分、出来ると思う」
「そうか。なら……」
――このまま、帰る――
ナナが言おうとしてるのは、そういうことだろう。
ぐっ、とナナの肩を掴む手に力がこもった。
――そこで初めて、自分がナナの肩を掴んでいたことに気付く。
「私も、連れて行って」
真っ直ぐにナナを見上げて言う。
今はもう気恥ずかしさは――なくはないけど、大分薄れた。
「……言うと思った」
「私だけ帰って、トアちゃん……と、ナナに、もし何かあったら、後悔してもしきれない」
「そんなの私らも一緒だぞ? ギリギリ変化できる程度のソラを連れてって、ソラが危険な目に遭ったら、トアが一番悲しむだろ」
「……だから、もうちょっと頂戴」
「…………」
「…………」
はあ、と小さくため息をつくナナ。
「一回しちゃったんだから。二回も三回も変わんないでしょ!
ほら、ナナ、早く!」
「……適応早すぎだろ」
「しょうがないじゃない! 私だって、そりゃ、恥ずかしいわよ……」
「……まあでも、私も正直、妖力は全部ソラが持ってる方が良いと思ってた」
「全部とは言わないけど」
「じゃあ、良いんだな? もっかいいくぞ」
「ちょっと待って、ナナは自分の分ちゃんと残しておいてね?」
「分かったよ」
二回目。
今度は、さっきより少しだけ乱暴だった。
――ナナも、ちょっと自棄だったのかも。
さっきより込み上げてくる暖かさが、大きい。段々、熱いくらいになってくる。
それは、全身に駆け巡って。
(凄い。段々、気持ちよくなってきたかも……)
妖力が満たされる感触が、心地良い。
それは、睡眠の気持ちよさと似ている。
寝てる間に妖力が回復しているという、間接的な証明かもしれない。
(……でも、くれすぎじゃない? もう、ほぼ満タンになってきた気がするけど……?)
――と思った、次の瞬間。
込み上げる熱は止まらず、さらにドンドン膨らんできて、破裂しそうなくらいに圧迫してくる。
急いで、突き飛ばすようにナナを離した。
「ちょっと! なにやってるの! こんなにくれたら、ナナの分なくなっちゃうでしょ!」
……が、ナナはキョトンとして私を見ている。
「? こんなにって、まだ大して入れてないだろ」
「え?」
「ん?」
沈黙の間。
「……私、多分これ以上無理。入らない」
「マジか。こっちはまだ4~5割は残ってるけど」
「ホント? ……なら、ナナは妖力の量が凄いんだ」
「……そうみたいだな。質のソラと、量の私か」
「てことは、ナナはまだ全然戦える?」
「ああ。技も10発は余裕だと思う」
「嘘ついてないでしょうね?」
「つかねえよ、そんな嘘」
――ナナの意外な才能が見えて、なんだか嬉しくなってくる。
ナナ、私やトアちゃんより弱い、って気にしてたから。
長期戦なら、私よりもずっとずっと、貴重な戦力だ!
「そっか。良かった、ナナはやっぱり天才だったんだ!」
「……妖力多いだけで、使い方が下手って気もするけどな」
「またすぐ卑下する。今回みたいに敵が多い時とかは、私より貴重な戦力じゃない!」
「なんでソラの方が嬉しそうなんだよ」
「そりゃあ、嬉しいもん!」
ナナは苦笑いするけれど。
徐々に、何か希望を得たように、ちゃんと微笑んでくれた。
「ともかく、だ。ソラも問題ないなら、そろそろ戻るか」
「だね」
「おいレオ、そっちも大丈夫そうなら行……」
ナナがレオの方を見て、固まった。
「? どうし……」
私もレオに視線を向けて……まったく同じリアクションになる。
――レオとユミさんは、なんか握手してた。
それぞれの手に、見覚えのない手袋して。
なんか、みょんみょん、て効果音立てながら、黒いオーラみたいなのがユミさんからレオの方に流れていくのが見える。
「あ、いや、すんません……。その、お二人が、そういうご関係だったなんて、つゆ知らず……」
この場の誰より顔を赤くして、ユミさんが目を泳がせていた。
「凄かったっす。お二人、なんていうか、その、神々しいというか。可愛らしくもあり、美しくもあり、神秘的であり、芸術的といいますか。
なんか、凄いもの見せて貰っちゃったな、って……」
「……その手袋、なんです?」
自分でも声のトーンが低いことに気付いた。
「あ、これっすか? いや、妖力交換したり渡したりする道具なんすけど。もう、効率悪くって。
すみません、お二人ほど、まだ妖力渡せてないっす……」
「……さっき、恥ずかしい、って……」
ナナも私と似たような声だった。
「いや、人前で握手とか、この年になって恥ずかしいな、って。……本当、未熟でした。精進します」
私とナナ、ユミさんと、どこか気まずい空気が流れる中……
唯一、ニヤニヤしてるのがレオだった。
「いやあ、良いもの見せて貰ったわぁ。ありがと♪」
「笑ってんじゃないわよこの外道!」
「っざけんなこの○△×#$%&‘《=――!」
ナナは最早なに言ってるのか聞き取れない。
「いやいや、ごめんごめん! まさか、本当にここでキスすると思ってなくて。
二人のトアへの思いを舐めてたわ。盗み見するつもりじゃなかったのよ?」
「じゃあなに!? 『双子ならキスして当然』みたいな態度もわざとだったってこと!?」
「いやまあ、わざとかわざとじゃないか、って聞かれたら、わざとだけど」
――いちいち回答が回りくどいのも腹立つ。
「テメエ、今日が終わったら覚えとけよ……」
ナナが昔のヤンキーマンガみたいなセリフ言い出した。
「私、やっぱりあなたのこと嫌い。大っ嫌い!」
……言ってから、自分でも少女マンガみたいなセリフだと思った。
「……なんか分からんけど、アンタが99%から100%敵になったのは良く分かったわ」
同陣営のはずのユミさんが、どこか引いてレオに言っていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
もし「面白い」、「続きを読みたい」などと思っていただけましたら、
↓にある星の評価とブックマークをポチッとしてください。
執筆・更新を続ける力になります。
何卒よろしくお願いいたします。
「もうしてるよ!」なんて方は同じく、いいね、感想、お待ちしております。