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~Interlude 【ソラ 2】~
ムツキさん以外のさくら地区のピュアパラが三人。
ぽぷら地区から応援に来てくれたピュアパラも、三人。
話し合いの結果、まずは意識の無い三人をギルドまで連れて行く、ということになった。
一人ずつ背負って飛んでいくピュアパラたちを見送る。
ゲートとは反対方向だったので、私は彼女達に付いていかなかった。
ここは、後詰めに待機してもらっていた広場。
今、残されたのは私とナナ、それにレオとムツキさん。
レオはムツキさんの近くに立っている。警戒はしているようだけど、拘束は解いていた。
「さて。んじゃソラも送るよ」
と、ナナが私に近付く。
けれど私はそれに応えられず……つい、モールの方に視線が行ってしまう。
「……トアのことは、信じるしかないだろ。ソラはどっちみち妖力不足なんだから」
「……そう、だけどさ……」
後悔する。
後先考えず、思い付くまま必殺技を放ったことを。
――どう考えても、あんな威力要らなかったのに。
(……ごめんにゃ。出し惜しんでたら危ないかも、って思っちゃったにゃ)
ビィが謝ってくる。
(ううん。ビィは何にも悪くない。謝らないで)
私の無意識にあの技を浮上させたのはビィらしい。
けれどもちろん、この子を責められるわけがない。
私もビィも、初のインピュアズ戦で必死だったし、ランスの子のスピードに手加減できなかったんだから。
「……あなたたち、もしかして知らないの?」
と、それまで傍観してたレオが口を開いた。
「主語のない会話すんなよ」
「ごめんごめん。いや、妖力って人から人に移せるのよ。
てっきりナナちゃんを優先する作戦なのかな、って思ってたけど。聞いてたら、そういう発想すらない感じだったから」
「妖力を移す……。そっか、そういえばそ……」
そこまで言って、ナナが固まる。
――私も、全く同じ。
なんで忘れてたんだろう、って思った次の瞬間、あの時のことを思い出して、すぐに頬が熱くなる。
……トアちゃんが、血を吐きながら、キスし続けてくれた時のことを。
ナナの脳裏に浮かんだのも、その光景だろう。
ナナと目が合う。
「……あー、でもあれ、血でも良いんだっけ……?」
ナナが頬を掻きながら言った。
「できなくはないけど、血だと効率が悪いわ。だから、普通は唾液」
沈黙。
どちらからともなく、視線を逸らす。
――ナナと目が合わせられない。
「? 双子の姉妹でしょ? キスなんて10回でも100回でもしてきたんじゃないの?」
「んなわけねえだろ!」
「双子をなんだと思ってるのよ!」
同時に叫んだ。
「……全く、トアちゃんもレオも変なこと言わないでよ」
「なるほど。いや、姉妹揃って初心なのは、とっても萌えるんだけど……。
でも真面目な話、変化できる程度に妖力を分ければ、ソラちゃん飛んで帰れるでしょ?
そうすれば、その分ナナちゃんも早くトアの援護に行ける。
そっちの方が良いと思うけどな。
口を付けるって言っても、人工呼吸みたいなものじゃない? 女の子同士なんだし。
まあ、無理にとは言わないけど」
「……いや、ぐうの音も出ないくらい正論だけどさ……」
――恥ずかしい、ってのもあるけど。
なにより、レオの言うとおりになるのが癪だ。
……シチビが悪だと分かっていて、それでもそちらに付くような女の言うとおりになるのが。
(いや、分かってる。これは、ただの感情論だ)
――でも、そう自覚していても、割り切れないことだってある。
「トアは多分、分かってて言わなかったよな」
「……私たち揃って、あれだけ拒否したしね……」
――そう考えると、ますます自分が情けない。
一人で戦いにいくトアちゃんに、気を遣われたことが。
……『キスなんか我慢して、付いてきて欲しい』と言われない程度の、自分達が。
「まだここに居たのね、レオ」
と、そこで空から女の子が降りてきた。
レオと似た着流し姿のインピュアズ。ただし紐はちゃんと結んでいる。
ポニーテールに結った、凜々しい印象の美人さんだ。
「やっと来た、妖力タンク」
「は? 刺すよ?」
レオの軽口に、刀の切っ先を向ける着流し少女。
「……てか、こんなとこでなにやってんの?」
「新しい友達と一緒に帰ろうと思って」
「友達? ここの連中と? 気が合うヤツいたんだ」
「ううん。リトルウィッチィズだって」
「なにそれ?」
「最近できた、ピュアパラ陣営でもインピュアズ陣営でもない、第三勢力。この子たちもその仲間よ」
言って、レオが私たちの方に視線を移した。
それにつられて、着流し少女もこちらを見回す。
「紹介するわね。私の仲間、ユミ」
「ども。お揃いのネコミミ、イカしてるっすね」
軽く会釈するユミさん。
「ありがとうございます。私はソラで、こっちがナナといいます」
「……どうも」
礼をする私と、少しだけ頭を下げるナナ。
「なんか、二人ともシチビに似てる……?」
「聞いたことあるでしょ? 胎児の頃、シチビの妖力を浴びたインピュアズ。あれが、この子達よ」
ユミさんの疑問に、レオが説明を入れた。
「え? ああ、そういえばなんか聞いた覚えある気がする。双子のインピュアズと、めちゃくちゃ強いピュアパラが手を組んだ、って」
「そう。その子達。で、まだモールの中で一人戦ってる子が居るの。
助けに行きたいから、妖力分けて」
「え? ここで? いいけど……ちょっと恥ずかしいな……」
――人前でキスするのが、『ちょっと恥ずかしい』程度なんだ……
私達が意識しすぎなんだろうか?
前にトアちゃんも、人工呼吸みたいなもの、って言ってたし……。
「なんなら、あっちの変化解けてる子にも分けてあげて。変化できる程度で良いから」
レオが私を目で示す。
「マジで妖力タンク扱いじゃんか。まあ別に良いけど」
「別に良いの!?」
思わず叫んじゃった。
ビクッ、と驚いてユミさんが私を見る。
「いや、妖力全部あげるのは無理だけど、変化する分くらいなら……」
――いやいや! 流石にこの子達の方がおかしい! 私たちの感覚が正常なはず!
(なんで、見ず知らずの他人と、いきなり言われて口付けできちゃうの!? 絶対変!)
……とは、流石に初対面相手に言えないけど。
「でも、リトルウィッチィズの子が戦ってるのって、ここの連中でしょ? えっと……姫様と騎士達」
「うん。そうよ」
「なら、別にわざわざ戦う必要なくね?」
「……まあ、そうなんだけど」
レオが遠い目でモールの方を見る。
「放っておいても明日には全員死ぬんだから」
――その何気ない一言で、場は静まりかえった。
「……何言ってんの、アンタ」
そこでムツキが、モール外に出て初めて口を開く。
「んにゅ? なに? 説明してないの、レオ?」
「まあ……なんとなく、切り出しづらくて」
(『んにゅ?』って言った……?)
なんて聞き返す空気じゃないのがもどかしい。
ユミさんが私達三人に向き直る。
「シチビが言ってた。ここの連中、目に妖玉埋めてるんだけど……。
視神経や脳への負荷がヤバいらしくて。何回か変化や技を繰り返したら、廃人か、最悪死ぬんだって。
完全に失敗したにゃー、とか唸ってたわ。
で、そうなったら妖玉もダメになるから、その前に取り出しておくんだと。目に埋めたのは失敗だったけど、出来自体はこれまでで一番だから、廃棄するのもったいない、ってさ。
今日ここを制圧した時点で全員用済みだから、明日の朝一で処分に行くって言ってたよ」
「……ごめんユミ。言い忘れてたわ」
「なに?」
「リトルウィッチィズは、99%ピュアパラ側の勢力だから」
「はっ?」
「99%、私達の敵だから」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
見合う私たち四人。
「いやいや! アンタが友達の第三勢力とか言うから! じゃあ私もお近づきの印に情報共有しとこっかな、って……」
「だから悪かったって。まさか、そんなペラペラ喋っちゃうと思わなかったんだもん」
「え、なに? じゃあ私、敵にタダで情報漏らしたってこと?」
「まあ、そういうこと」
「『そういうこと』じゃねえよ! さっさと止めろやこのボンクラがぁ!!!」
「やめて! 暴力反対! 痛い痛い!」
レオをヘッドロックするユミさん。
私とナナは、顔を見合わせて……
同時に、ムツキの方を見た。
「……騙されないわよ」
私達が見る中、ムツキが絞り出すように口を開いた。
「そんなわけない。私も見てる前で、シチビはヒメに約束してた!
この世界を乗っ取った後、協力の報酬に、世界の一部を望むままにあげる、って……」
ヘッドロック掛けたままのユミさんと、掛けられたままのレオが、ムツキを見る。
「……ユミ。ちなみにこの子はリトルウィッチィズじゃなくて、姫側だから」
「……お前、リトルウィッチィズだ、つって紹介したじゃねえか」
「いや、それはこっちの二人のこと」
「紛らわしいし訂正が遅えんだよ! 最強なら何しても良いと思ってのかああっ!?」
「ぎ、ギブ、ユミ、ギブ……ホントに落ちちゃう……」
ギリギリ、とレオの首の骨が軋む音が聞こえてきた。
――まあ、止めてあげる気にはならない。
「……漫才までして騙そうなんて、手が込んでるわね。
そんな情報操作して、一体何が狙いなの?」
睨むムツキの視線を平然と受け止めて……
そのままユミさんは、レオをゴミのように放り捨てた。
軽く服を叩いて整える。
「……まあ、言っちゃったからにはしょうがないや。
悪いけど、全部事実だよ」
「言うだけならなんとでも言える。私はこの目で見たの!
シチビとヒメが、約束を交わすところを」
「その時のシチビ、語尾付いてた?」
「……語尾?」
「アイツ、語尾に『にゃ』を付けてない時は、感情がちゃんと制御できてる証拠だから。
そういう時の発言は9割がた、人間を騙すための嘘よ」
「わけわかんない。でたらめ言うにもほどがある」
「……ムツキさん。それは、私たちも証言できます」
そこで二人の話に入っていった。
「普通の口調のシチビが言ってることは、信じちゃダメ。それだけは、断言できる」
――あの頃の、時々シチビが遊びに来た日々を、思い出す。
一緒に未来を語り合った、あの頃を……。
不意に、無意識で、少しだけ涙が零れてしまった。
「……あなたたち全員、何言ってるの?
いちいち『にゃ』とか付けて喋るヤツ、現実に居るわけないでしょ」
ごもっともすぎて、涙を拭きながらちょっと笑っちゃった。
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