13
変化したヒメは、ゆっくりと立ち上がった。
長い黒髪はハーフアップにして、頭の上には大きな平額。
おでこを出して、顔がよく見える。今は目を閉じていた。
肩と肩甲骨は露出させ、胸から下は豪奢な和洋折衷のドレス。
十二単のように幾重にも重ねた、色とりどりの服を胸元で結んで止めて。
大きく広がったスカート部分は、先端が床に付いている。後ろから出ている引き腰も、垂れて床に引かれていた。
赤を基調とした衣装は日本のお雛様のようで、西洋のお姫様のよう。
まさに彼女の呼び名に合わせてあつらえたみたい。
――正面から見る限り、武器らしい武器は見当たらない。
店内は戦うのに狭すぎる。
私は後ろに飛んで、回廊まで出た。
「助かります。せっかく、綺麗な宝石がたくさん並んでますから」
「どういたしまして。単に、狭いところが不得手ってだけだけど」
壁や商品を斬り裂きながら薙刀を振るうのは、ちょっとね。
ヒメの体が少し浮いて。
次の瞬間、一瞬で外に出た。
私の真横を掠めて、吹き抜けの上でドレスを翻す。
「もし私が勝ったら。先んじて、お友達になってください」
「……つまり、視力を失え、ってこと?」
「まあ、そういうことになります」
「それは、嫌」
「そうですか。仕方ありません……」
ゆっくりと両目を開くヒメ。
「暗目。――我が目に映る物は無し――」
その左目。光を映さないはずの黒い瞳に、幾何学的な魔法陣が浮かんでいた。
――ということに気付くとほぼ同時に、私の体は回廊に押しつけられる。
「がっ!?」
途轍もない圧力。
周囲がひしゃげて、回廊の形が歪む。
「なら、脅迫しますね」
圧力がさらに増す。
轟音を立てて、回廊が砕けた。
受け身も取れず、一階の回廊に全身を叩き付けられる。
肺から全ての空気が押し出されて、悲鳴も上げられない。
(なに!? 何が起きて……)
(主様、上です!)
回廊の瓦礫、中でもひときわ大きい物が、私の上に落ちてくる。
咄嗟に避けようとするけれど、やはり体は圧力に押さえつけられて動かない。
上から、冷たい目で私を見下ろすヒメが視界の端に映る。
その姿を、落ちてくる大きな瓦礫が隠した――
瞬間。
体が、自由になる。
手で勢いを付けて、真横に飛んだ。
そのまま近くの小物店に入って、棚の裏に姿を隠す。
ヒメが居た場所から死角になるように。
「……流石ですね。この一瞬で理解しましたか」
ヒメの声が反響して聞こえてくる。
――とにかく、ヒメの視界の中に居てはいけない、ということは分かった。
……だったら、取れる手はただ一つ。
ヒメの目に知覚されない速度で、動くのみ。
すぅ、と息を吸って。
妖力で棚を店外に押し出すと同時に、それを隠れ蓑にするように外へ出た。
――店外に出て、最高速で空を飛ぶ。それでもあの圧迫感は襲ってこない。
ということは、なんとか成功したみたいだ。
「凄いです。とっても、速い」
その声の方を見ると、ヒメはまた目を閉じていた。
直線的な動きにならないよう、旋回するようにヒメとの距離を詰める。
この速度に慣れていない内に、なんとか攻撃を――
「暗目。――我が目に映る物は無し――」
私の視界の中で、ヒメの左目が光った。
「きゃぁっ!?」
天井に叩き付けられる。
咄嗟に両腕で体を庇うけれど、関係なしに張り付けにされた。
(まさか、あの速度を知覚した……!?)
スォーの驚愕の思考が漏れて聞こえてくる。
「……私にとって、速度はほとんど意味がありません。
視覚障碍者は、聴力が発達する、と聞いたことありませんか?
この城はBGMを切ってるし、空調も最低限。エスカレーターも最遅で、とにかく騒音を抑えています。
妖力で強化された今の私には、あなたが空気を裂く音、良く聞こえましたよ。
外だったら風の音などに邪魔されて、上手く捉えられなかったかもしれませんけど。
この城の中で、私の視界から逃れるのは不可能です」
――だとしてもその音は、数瞬前に通り過ぎた時の音だったはずだ。
勘で撃ったのでなければ、その音から逆算して、私が居る位置を割り当てた、ということになる。
そして、私と目が合ったタイミング。
間違いなく、勘ではない。
……なんて戦闘センスと計算力、それに空間把握能力。
先ほどの会話の時もそうだったけれど、およそこの世界の11歳と思えない。
――と、不意に圧力が弱くなり、消えた。
次の瞬間、ヒメがまた目を閉じる。
「まだ戦いますか? 降参して、お友達になってくれるなら、許しますよ?
あんまり人殺しとか、したくありませんから。
……でも、必要なら、躊躇うつもりもありません。
どうされます?」
可愛らしい口で、可愛らしい声で、真っ直ぐに脅迫してくるヒメ。
――それが一番、悲しい。
誰だ。この子にこんなことを言わせるまで追い詰めたのは……!
私は脱力……
するフリをして、また店の壁裏に飛んで隠れた。
「……まだ、お分かりいただけませんか」
落胆したような、沈んだヒメの声が響く。
――インピュアズもピュアパラも、必殺技には時間制限がある。
撃ちっぱなしで永続させることはできない。
先ほど、ヒメが目を閉じる前に効力が切れたのも、そうだ。
――当たっても永遠に動きを止められないのなら、勝機はある。
「見ただけで相手を遠ざけ、制圧する。
暴力が嫌いだから、こういう技にしたの?」
私は大きな声でそう話しかけてみた。
「そうかもしれません。故意じゃありませんが。
変化後の武器や技は、本人の資質や性格に合わせたものになる、と聞いたことあります」
「ピュアパラも同じよ。
……だからこそ、あなたの技は威力に乏しい。
二回直撃しても、私はまだ元気だし」
「二回でダメなら、三回でも四回でも、十回でも二十回でも当てて差し上げます。
この城の中で私に近付けるわけないんですから」
(……さあ、それはどうかな?)
あなたが戦闘センスの塊なら。
こっちもそれにアジャストするだけよ。
†
再び店内の物を放り出しながら、一緒に外へ出る。もちろん、なるべく大きな音を立てて。
ヒメの周りを旋回しながら、距離を詰めに行く。
「……だから、空気の音で分かるんですってば」
少しだけ苛立たしそうな、ヒメの声。
ヒメの瞼が動く。
「暗目。――我が目に映る物は無し――」
私の目の前の空間が押しつぶされて真空になる。すぐに空気が補充されていく音がした。
「……えっ?」
驚くヒメに構わず、またすぐに私は動き出す。
「そんな、なんで……」
言いながら、ヒメは一度目を閉じて……
「暗目。――我が目に映る物は無し――」
またも、誰もいない空間が押しつぶされた。
「っ! そうか、私の瞼が開く瞬間、動きを止めて……」
ご名答。
……喋ると詳しい位置がバレちゃいそうだから、言わないけど。
ヒメは再び目を閉じる。
どうやら、目を開いた瞬間しかあの技は撃てないらしい。
ならば私は、瞼の動きを注視しておけば良い。
「そこだ!
暗目。――我が目に映る物は無し――!」
今度は止まらず、そのまま真っ直ぐ飛んで行く。
止まっていたら私が居たであろう場所の空気が潰れた。
「止まったり動いたり! そんなの、いつか絶対当たります!」
――さあ、読み合いの時間だ。
目を開く瞬間、私は止まってるのか、動いてるのか?
と、ヒメが少し動いた。
私が止まってても動いてても、視界に入るような位置を取る。
「暗目。――我が目に映る物は無し――」
が、私は真上に飛んでいる。
またも外して、ヒメは忌々しげに私が居る方向を見上げた。
「……そのパターンもあるんですね。覚えました。どうせいつか、当ててあげますよ」
†
それから、ヒメは退いたり、前に出たり、下に行ったり、上に行ったりしながら、私の居る場所を視界に収めようとする。
と同時に、距離を離そうとしていた。
けれど、目を開く時は止まる。その隙に私は距離を詰めに行く。
徐々に、私とヒメの距離は、縮まっていった。
「くっ、11回目、いつまで続けるつもりですか……!」
「あなたに届くまで」
近くなればなるほど、私が不利になる。
単純に、遠近の関係で私という的が大きくなるから。
「当たれ当たれ当たれ、当たれぇっ!」
12回目。
詠唱無しの暗目も、けれど私の服を少し掠めただけ。
「なんで、なんで……!」
――心理戦で私に勝てるとでも?
止まる、そのまま動く、上に動く、下に動く、後ろに戻る……
ただでさえ、私に有利な読み合いだ。
いくらセンスがあると言っても、まだ11歳。
外すたびに徐々に追い詰められる――そんな状況、慣れているわけがない。
焦った彼女と、仮に当てられても致命傷にならないと分かってる私。
この構図になった時点で、有利なのは私だ。
「ありえない。この試行回数で、当てられないなんて……」
ただの運負けではない、とヒメも薄々気付いてきた様子。
けれど、ならどうすれば当たるか? の答えには、まだまだ辿り着けなさそうだ。
「負けない! 私は、負けられないんだから――!」
13回目。
やはり、当たらず。
「くっ!?」
再び目を閉じた――
瞬間。
一気に距離を詰めに行く。真っ直ぐ、直線的に。
「えっ!?」
これまで、弧を描くような動きをしてきた中の、直進だ。
――ヒメは、まだ思い至らなかったのだろう。
相手の思い至らない手を打つのが、読み合いの必勝法だ。
「いやだ、こっちこないでっ!」
14回目。
とにかく前に来て欲しくないヒメは、そのまま直線距離で発動した。
――もちろん、そこまでちゃんと、読んでいる。
上に回避すると同時に、ヒメに向かって薙刀を構えた。
ヒメが急いで目を閉じる。
上を向いて。
瞼を開……
「届いた」
く前に、薙刀を振り下ろした。
――レクと同い年で、スォーに似た体格の女の子に、こんなもの振り下ろす拒否感はあったけど……。
そんなこと言ってる場合でもない。
なるべく生身の部分と急所も避けた一撃に、ヒメは吹き抜けを真っ直ぐ落ちていった。
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