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(主様。撤退を進言致します。核羽を全て砕いてしまわれました)
チャリオットから離れてエスカレーターに向かう途中、スォーが念話してきた。
(しかたない。なんとかするよ)
(レオによると、姫という者は今の騎士長と同等以上とのことです。流石に勝算が低すぎます)
(相性もある。騎士長は相性が最悪だったから、こうなっただけ。
姫って子がどんな戦い方するか分からないけど、今から悲観しても仕方ないよ)
(ですが……)
(あらためて言うけど、もう少しなの。
もう少しで、インピュアズに支配された地区を取り返すことができる。今を逃すわけにはいかないのよ)
(ここの敵の情報はかなり集まりました。それを元に態勢を立て直せば、それこそ勝率は上がります。後日であれば、トキア様含めて再度挑むことも可能です。
今のこの状態は、むしろ勝機が低いものと存じます。
……どうか、ご再考を)
(……どうしたの? やけに食い下がるじゃない)
ここまで反対するなんて、最近のスォーにしては珍しい。
(……レク様は、今も主様の帰りを待っておられます。
それがもし傷だらけであったら……よもや帰ることすらできなかったら。
主様が、レク様を深く傷付けることになります)
(……レクの名前出すのはズルいよ)
(申し訳ありません。ですが、撤回する気はございません)
――強くなっちゃって。
ちゃんと意見が言える従者を持てて鼻が高いよ、ホント。
……今ごろ、レクは寝ただろうか。
もしまだ、起きて私の帰りを待っていたとしたら……
ついそんなことを考えてしまったせいで、私の足取りは、少しだけ遅くなってしまう。
(……ごめんなさい。少しよろしいですか?)
と、そこでエリンが念話に入ってきた。
(撤退するというなら、それを止める権利は私にありません。
……ですが、核羽……スォーさんの魔力を回復するお手伝いなら、できると思います)
(本当?)
(人と人が魔力を受け渡せるように、タマハガネ同士もある程度可能ですから)
(エリン……)
余計なことを言うな、とばかりにスォーの思念が漏れて聞こえる。
(ごめんなさい、スォーさん。……でも、私も、ブレイドの意見に賛成です。
できるだけ早く、ここを制圧し返すべきだと考えています)
(エリンにとっては、ムツキのこともあるしね。
姫って子をなんとかしないと、仲直りもままならないでしょうし)
(それは……そうですが、そこはお気になさらず。
先ほども申したとおり、撤退するならお止めしません)
(いいのよ。正直にいきましょう。前に進むことで、エリンとムツキの問題も解決するかもしれない。
その理由が加われば、私もやる気になれるんだから)
(ブレイド……。ありがとう、ございます)
(早速魔力の譲渡してもらえる?)
(分かりました)
ポケットが光り、エリンが顕現する。
「スォーも顕現した方が良い?」
「いえ、武器に触れるだけで大丈夫です」
エリンが薙刀の背に触れる。
そこから魔力の光が溢れ出す。
光はやがて、三本目の核羽がある場所の少し下に結実して――
四本目の核羽になった。
他の核羽とは少し色が違い、黄色掛かった水晶みたいだった。
光が収まると、エリンは尻餅をついてしまう。
「大丈夫?」
「……ブレイド。どうか、この地区を……ムツキちゃんを……
ムツキちゃんの友達を、助けてあげてください」
僅かに潤んだ目で、エリンは私を見上げてきた。
「うん。任せて。ありがとうね」
「とんでも、ありません。よろしく、お願いします……」
そう言い残して、エリンはタマハガネに戻る。
床に転がるタマハガネを拾って、再びポケットに入れ直した。
(……スォー。
ごめんね、私は行くよ。
できることがあるのに、我が身可愛さで帰ったら……
きっと、レクと心の底からイチャイチャできなくなっちゃうから)
(……そう言われてしまっては、反論の余地ございません。
レク様とイチャイチャしていただくためにも、尽力いたします)
(ふふっ、よろしく)
(御心のままに)
心の中で笑い合いながら、二階へと昇っていく。
†
三階。北側の一番奥。
ひときわ広いジュエリーショップに、彼女は居た。
お店の物は左右にどかされ、中央には車椅子。
そこに座る、目を閉じた小さな女の子。
その横には、先ほど逃げられた二人のインピュアズと副騎士長が立っている。
「いらっしゃいませ。ようこそ、私の城へ」
車椅子に座りながら、女の子は私に向かって言った。
鈴のように可愛らしく通る声。
座っているのを差し引いても、とても小柄だ。八歳くらいに見える。
すっきりと整った顔立ちに、真っ黒で艶やかな美しい長髪。
大きなリボンに、フリルがたくさんあしらわれた、薄いブルーのワンピースドレスがよく似合っている。
まるでお人形のように、完璧な造形で。
思わず、目が奪われてしまった。
「私はヒメ。万丈院緋芽と申します」
「ご丁寧にどうも。春日野トアです」
「トア様。私の騎士達がすみません。お怪我などありませんか?」
親切に尋ねられて、キョトンとしちゃう。
「……怪我は、ないですよ」
「良かった♪」
満面の笑顔で、ポン、と両手を軽く叩く。
「本当にごめんなさい。……どうも、血の気の多い子が多くて。
副騎士長なんか、独断でレオさんに攻撃しちゃうし……。私はどうぞお帰りください、って言ったのに。
メッ、ですよ?」
唇を尖らせて、横の副騎士長を見る女の子。
「……ごめん、ヒメ」
再び私の方に顔を向ける。
「騎士長も、槍士も、剣士も。
みんな、私を守ろうとしてくれただけなんです。
許して、とは言いませんが、酌量いただければ幸いです」
深々と頭を下げるヒメ。
「酌量もなにも、最初から罪に問う気なんてありません」
「なんと、心の広い……」
「心が広いかは分かりませんけど。なんにしろ、話し合いで済むなら、それが一番です」
「全く同意見です。お優しい方で良かった。どうぞ、中へ」
――そう言われて、ズカズカと入り込むほど素人じゃない。
罠や奇襲を警戒しながら、ジュエリーショップの中へ入る。
中程まで進んでも、特になにも無かった。
「それで、こちらには何用で?」
ヒメが尋ねてくる。
「何用……。そうですね。ここから出て行って欲しいです」
「? それはまた、どうしてでしょう?」
――どうして?
そんなこと、分からないわけないでしょうに。
「この地区のピュアパラを捕らえて、シチビに渡すような真似しておいて、本気で聞いてるんですか?」
「シチビさんに渡すことの、なにが悪いんでしょう?」
「……人の心や体を改造して、自分の配下に仕立て上げようとするヤツだからよ」
「はい。それは知ってます。それの何が悪いんですか?」
本気で分からない様子で、小首を捻る。
そんな可愛らしい仕草でそれを尋ねること自体、空恐ろしい。
「世の中なんて、そんな人ばっかりじゃないですか。
力の弱い人間に暴力で言うこと聞かせたり。
……目が見えない人間に親切するフリをして、利用しようとしたり」
何か思い出したのか、一瞬悲しげな表情になり。
直後、儚げに微笑む健気さが、なぜか心に響く。
彼女の事情を知らない私の方が悪者なんじゃないか、とすら感じてしまうくらいに。
「その点、シチビさんはとても明快な方です。
この世界を支配する、という目的に真っ直ぐで。
その手伝いをした暁には、対価として私たちにも世界の一部をくれると仰ってくれました。
……だから私は、あの方を、信じることにしたんです」
「世界の一部。それが、あなたたちの目的?」
「一部と言うと語弊があるかもしれません。
私がシチビさんに望んだのは、『視覚障碍者も晴眼者も公平平等に暮らせる世界』です。
私の言う一部は、地域的な意味ではありません」
「それだけ聞くと応援したいくらいだけど……。
そんな世界を実現するために、ピュアパラを差し出す、っていうのは賛同できない」
「彼女達もシチビさんから力を与えられ、協力することで対価を得られます。
どのような世界を望むかまでは分かりませんが、それで全員がWinWinだと、そう考えています」
「……どうも、あなたの中でのシチビは理想化されてるみたいね。それとも、そう思い込もうとしてるだけ?」
「そうかもしれません。が、どちらでも良いことです。
私たちに希望をくれたのは、シチビさん以外に現れなかったんですから」
ちらりと三人を見る。
誰も彼も、私の方には目もくれず。
ただただ、話すヒメを見ていた。
「『暗目の姫と明目の王子』という昔話をご存じですか?」
「……申し訳ないけど、知らない」
「私たちが通っていた施設では、ポピュラーな物語なんです。
目が見えないお姫様が、世界を救うと言われる光の眼――明目を持つ王子様と出会うお話。
現代の常識からすると差別的だし、男尊女卑の描写も多いですが、それでも私は大好きです。
差別にも格差にも負けず、清く正しく、学ぶことを怠らず、したたかに生きて。
そして、その王子の心を射止めたお姫様が、今でも私の憧れなんです」
「……だから騎士を従えて、姫様、なんて呼ばせてるってこと?」
「それはアヤちゃん――騎士長だけですね。小さい頃の私のワガママを今でも聞いてくれている、優しい子です」
「私、その優しい子を放置して来ちゃった」
「それは仕方ありません。先に攻撃を仕掛けた方が悪いです」
にっこりと、イタズラっぽく笑った。
――屈託の無い、この笑顔にほだされちゃいそうになるけど……
どうしてだろう?
レオと違って、仲良くなれる気がしないのは。
――なにか、根本的に、嘘をついてる。
根拠のない、そんな疑いが拭えない感じ。
「……なんとなく、ヒメさんの背景とか目的は分かった。
『視覚障碍者も晴眼者も公平平等に暮らせる世界』というのは、私も大いに賛成。
協力は惜しまない。
……だから、シチビとの協力を解除してくれる可能性はない?」
「うーん、まあ、ありえませんね」
まるで明日の天気でも語るようなヒメ。
「世界が今のままなら、絶対に訪れない未来ですから」
「そんなことはないでしょう?
今も、そんな世界の実現に向けて動いてる人が、現実でもたくさん居るはず」
「たくさん居ますね。
今だけじゃ無く、歴史上、大勢いらっしゃいました。
にもかかわらず、実現できてない。
……つまり、そういうことです。実現なんて、土台不可能なんですよ。
今の世界は、『視覚障碍者なんてどうでもいい』。
そういうルールが、すでに敷かれている世界なんです」
「それは、主語を大きくしすぎ」
「では何百年、もしかしたら何千年と、多くの人が尽力してきたはずなのに、それでも実現できてない理由はなんだと思いますか?」
「そもそも、実現できていないというのが主観でしょう。
客観的に見て、過去に比べたら現代の方が確実に生きやすくなってるはず」
「ええ。主観です。
でも、多くの主観が集まって、客観になるわけですから。
『歴史的に見たら今が一番良い環境だ』、というのは否定しません。
ですが、私も、仲間のみんなも、誰一人『今のままで良い』とまでは思えません。
視覚障碍者たちの主観の総意が、すなわち、『この世界は良くない』という客観的な結論です」
――とてもじゃないけど、小さな女の子と話してる気がしない。
その見た目と発言のギャップに、目眩がしそう。
これが、いわゆるカリスマというやつか。
これが、騎士たちやムツキが付いていこうと決めた、ヒメという女の子か……。
「……じゃあ、具体的にヒメさんはどう世界を変えるつもりなの?」
「はい。まず私が思うに、お互いがお互いを知らないから、距離も縮まらないと思うんですよ。
だって晴眼者からしたら、目が見えない人って、不気味でしょう?
まず、話題選びが難しい。うっかり視覚をもとにした話をしてしまったら、傷付けてしまうかもしれない。
だから話題もとても慎重に選ぶし、神経をすり減らして気を遣う」
「……まあ、そういう気持ちは、あるかもしれないね」
「ですよね?
実際、晴眼者の方と話すと、目が見えないことを異様に重い話と捉えられてしまいます。
キャラとしてイジってくれるくらいがいいのに、っていつも思うんです。
目が見えないというのを、ただの一要素として捉えて欲しい。
たとえばメガネを掛けてる人に、メガネの話題を避けたりしないですよね。でも、レンズに触れないようにしよう、くらいは気を遣うはず。
それくらいでいいんです。
でも、『メガネ』じゃなくて『盲目』となると、途端にそういう風にならない。
相手のことを知らないから、踏み込んで良いラインが不透明になる。
だから、まずは晴眼者のみなさんが、私たちのことを知れば良いんです」
――言いたいことは、分からないでもない。
今、私は彼女に罪悪感に近い、漠然とした感情を抱いている。
この感情はきっと、正常に私の目が見えることと、無関係では無いのだろう。
「なので、まず最初に、晴眼者全員の視力を奪います」
――そんな、漠然と抱いていた罪悪感が……
その言葉で、吹き飛んだ気がした。
「もちろん永劫とは言いません。
今はまだ予定ですが、私が盲目に生きた年月と同じ、11年くらいかなって考えてます。
その頃、私は22歳。
お互いがお互いを理解し合える、素晴らしい世界になってるはずです。
その時はきっと、多くの人とお友達になれるに違いありません。
今から、11年後が楽しみです!」
屈託無く笑うヒメ。
――全ての晴眼者の11年を踏みにじる……それを正義と信じている笑みだった。
『視覚障碍者なんてどうでもいい』と、世界に言われた気になって。
『晴眼者なんてどうでもいい』という世界を作ろうとしている。
それはよくある、子供特有の思い込み。
年を取ったら枕を叩きたくなる、そんな黒歴史の一つかもしれない。
けれど、実現できる力を得た今、微笑ましく見守ってあげるのは無理だ。
誰かが止めてあげないといけない。
誰かが正してあげないといけない。
「……なるほど。確かに、それは話し合いの余地ないかもね」
「はい。そう思います。……悲しいですけど」
薙刀を構える。
「あなたの夢は……野望は、ここで食い止める」
「残念です。……あなたも、私に暴力を振るうんですね」
「あなたがしようとしている暴力に比べたら、可愛いものだからね」
「私は暴力なんて振るいません。私はただ……」
ゆっくりと、ヒメの瞼が開く。
「……晴眼者の皆とも、仲良くなりたいだけです」
細かく緻密な陣が描かれた、輝く右の妖眼と。
涙に濡れた、昏い左目。
「変化――開眼」
妖眼の輝きが強くなり、光が彼女を包み込む。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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