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~Interlude 【ナナ 2】~
長さは持ち主の二倍以上。体積は四倍ありそうな大剣を、軽々振り上げる少女。
私は低い姿勢から横に振りかぶって、迎え撃つ。
「はああっ!」
斜め上から振り下ろされる大剣。
「うらぁ!」
その真横から、思い切り車輪をぶつけた。
――的が大きくて助かるぜ。
大剣は軌道を逸れて、真横の地面を斬り砕く。
「っ!?」
大剣少女の意外そうな呼気。
まさか、私なんかに往なされると思わなかったんだろう。
車輪を振り抜いた勢いのまま横に一回転。
一歩踏み込んで、大剣少女の肩めがけて車輪を振り下ろした。
「くっ!」
大剣少女は大きく飛んで、ペットショップの入り口近くまで下がる。
「ぐあぁっ!?」
ほぼ同時にランスの少女が、悲鳴を上げてショーウィンドウに叩き付けられた。
ランス少女はそのままずり落ちて、ショーウィンドウの下に倒れ込む。
横を見ると、ソラが振り抜いた斧を再び構えていた。
「大丈夫、委員長?」
私たちへの警戒は外さず、大剣少女は心配そうに声をかける。
「……変化前の呼び方すんなって言ってんだろ。エロふともも」
ゆっくり起き上がりながら、ランス少女が大剣少女を睨み上げた。
――角度的に下着見えてそう。
「んなこと今どうでも良いでしょ。それより、どうなってるの? あの二人、ピュアパラに負けたんじゃなかったの?」
「シチビも言ってたし、ムツキも言ってたよな……」
ランス少女が立ち上がり、埃を払いながら言う。
「偽の情報掴まされたってこと?」
「いいや? 事実だぜ」
そう訂正すると、二人は私に視線を移した。
「うちらのボスは私たち二人より強い、ってだけだよ」
私の言葉を黙って聞いた後、ランス少女と大剣少女が互いを見やる。
「……エロふともも。こうなりゃ出し惜しみなしだ。やるしかねえ」
「分かってるわよ、委員長」
「だから、変化したら別人格だ、っつってんだろ……」
二人がそれぞれ自分の眼帯に手を掛けた。
「……あなたたちが平均以上のインピュアズってのは、よく分かったわ」
「くっくっくっ。だが所詮、心臓に妖玉入れてる旧式ども! どうやったって私らには勝てねえんだよ!」
眼帯が二つ、放り捨てられる。
露わになったランス少女の右目と、大剣少女の左目は、それぞれ瞳の部分に幾何学模様が浮かんでいた。
――いや、瞳の部分以外も、人の目じゃない。
それはここ最近、見覚えがある球体。
チィとビィを顕現するようになってから、手に持ったこともある、それは……
「あーあ、開眼させちまったな」
ランス少女はランスを肩に担いで、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
「……その目は……」
小声で言うと、「待ってました」とばかりにランス少女は犬歯を剥き出した。
「私らのは妖玉じゃない、妖眼だ。視神経通じて、脳に直接妖力注ぎ込めるようにした最新型さ!」
「開眼すると手加減が難しいの。できれば五体満足で捕まえたいけど……まあ、多少はお許しいただきましょう」
示し合わせたように構える二人。
その妖眼から、黒くて禍々しい妖力が、大量に溢れ出している。
「仕切り直しだ! もう逃げても遅えからな!」
さっきと比べものにならない速度で、二人が同時に襲いかかってきた。
†
~Interlude 【ソラ 1】~
――妖眼……?
心臓ではなく、目に妖玉を埋め込んだ、インピュアズ……?
(それじゃあ、元の眼球は……?)
もし、インピュアズをやめたら、この子達の片目は、どうなっちゃうの……?
「……なんて、ことを……!」
気付けば無意識のうちに、歯が軋む音がした。
(シチビ……!)
――あなたがまさか、ここまで外道だったなんて。
斧を握る手が震える。
「……ピグ、トアちゃんにここに来るように言って」
「わ、分かったピグ!」
この前のお風呂会議で言われた。
インピュアズから妖玉を取り出せるのは、トアちゃんだけ。
――今この子達を救えるのは、トアちゃんしかいないんだ。
「ナナ」
「なんだ?」
「勝つわよ。あの子たちのためにも」
「……ああ、わーってるって」
――心臓じゃなく眼球の場合でも助けられるのかどうかは、分からない。
けど、トアちゃんなら。
それでも、トアちゃんならなんとかしてくれる、って信じるしかない。
だから今は、私たちにできることを、全力で。
「熱して浄め。――半妖の両刃斧――」
「廻して刻め。――ロジャーの車輪――」
「そのキレイな顔に風穴開けてやんぜ、ネコミミちゃんよぉ!」
ランスの先端が、すぐ目の前に。
でも直線的な攻撃は斧を使うまでもなく、横から掌で叩くだけで簡単に逸れていく。
「んなっ!?」
走ってきた速度そのまま、反対の壁際近くまで行っちゃうランスの子。
「……おいおい。開眼した私の槍だぞ? そんな、ハエ叩きみたいに……」
訝しげに振り返るランスの子は、私を見て目を見開いた。
「……おねーさん、めっちゃ燃えてますけど……?」
「感情が高ぶると、こうなっちゃうの」
斧は赤白く熱され、シュゥゥゥ……、と陽炎と湯気をたゆたせて。
周囲の床が、立て看板が、柱が、案内板が、ちらほらと燃え始める。
その中心にいる私の体には、最も激しい炎がまとわり付く。けれど、全部私自身の妖力。髪も服も、燃えたりはしない。
「あ、ありえねえ……なんだ、この妖力……? 本当に人間なのか?」
ランスの子がおののいたように後ずさる。
「……そっか。あなた、自分より強い相手と、戦ったことないんだ」
「んだと?」
「だから、見誤る。自分より弱いと、なめてかかる。
分かるよ。私もそうだったから。
……今日はあなたにとって、良い機会だったんでしょう。
反省したら、あなたが辱めた子達に誠心誠意謝りなさい」
言いながらランスの子に歩み寄る。
「……上から目線で言いやがって。
なにを勝った気でいやがる!
私は負けらんねーんだよ!
まだまだ、これからなんだ!
ヒメッちは、誰より幸せにならなきゃいけないんだ! だから私は、戦って勝たなきゃいけねーんだよ!」
(――さっき、ボクって言ってたけど……)
それはやっと垣間見えた、この子の本音のようで。
必死に自分を鼓舞する、呪文のようだった。
「勝ちたいのは別にいいけど。負かした相手に値札なんか貼るな、って言ってるの」
「うるせえぇぇぇぇぇ!」
ランスの子の特攻。
妖力で推進力を上げて突撃してくる。
とはいえ、やはり奇をてらわない真っ直ぐ。難なく躱せた。
それでもランスの子は床を滑りながら反転。再び私に向かって来る。
「騎槍。――お前のことが大嫌い――」
さっきよりも速い。
――けれど、それは呆れるくらいに愚直。
技の威力は、もしかしたら私より強いのかもしれないけど……
「そんなんじゃ、当たってあげない」
――負けられないのは、私だって同じなんだから。
斧でランスの側面を叩く。
その斥力を利用して、反転。
そのままランスの子は後ろのカバンショップに突っ込んだ。
轟音と地響きを立てて、高そうなカバンやマネキンを盛大にまき散らす。
「くっ……、なんでだ。なんで、当たんねぇ……」
肩に引っかかったカバンの紐を苛立たしそうに千切って、ショップから出てくるランスの子。
「さっきから攻撃が真っ直ぐすぎる。あなた、暴力に慣れてないでしょう?」
「……慣れてる方が珍しいだろ」
「いやまあ、それはそうなんだけど……」
急に正論言われて、ちょっとびっくり。
「アンタは慣れてるってのか? カワイイ顔して、えげつねえな」
「慣れてなんかないよ。暴力なんか、変化できるようになるまで一回も振るったことない。
そのせいで、トアちゃんに手も足も出なかったんだから」
「……私もだよ」
呟くように言って、ランスの子はぐっ、と強くランスを握りしめた。
「ついこの前まで、コイツは暴力なんか見るのもキライだった。血を見るのも無理とか言う軟弱で……自己愛の強いガキだった」
言いながら、ランスの子はどこか目に光を宿す。
妖眼の纏う妖力が、心なしか、明るい色に変わってきたように見えた。
「……でも、世界はこんなに残酷じゃねえか。
暴力でしか、あの子は幸せになれないじゃないか。
だったら、いくらだって振るってやる。
暴力が嫌だなんて言う人格、捨ててきた。
今の私は暴力が大好きで、敵をいたぶるのが大好きで、人を人とも思わない!
あの子のためなら、インピュアズだろうが悪魔だろうがなってやる!
あの子が笑って生きられるなら、あんたみたいなバケモノとだって戦ってやる! そういう人格に、生まれ変わったんだよ!」
ランスの子が飛び上がる。
最初に私に仕掛けてきたような、上からの攻撃。
――つまりこの子は、ヒメって子のために、もう一つの人格を作り出したのか。
……だいぶ元の人格漏れてるけど。
委員長って呼ばれてたし。根は真面目な子なんだろう。
――どうしよう。
この子のこと、好きになっちゃいそう。
誰かのために自分を歪められる、その信念と勇気。
素直に敬意を覚える。
――惜しむらくは、付いていく人、または妖魔を、間違えたこと。
「でも、大丈夫」
私だってやり直せたんだ。
「あなただって、遅くない」
「しゃあああ!」
「噴きて爆ぜ。――陸を照らして焔える星――」
落ちてくるランスを、斧で焼き溶かしながら往なして。
巻き上げた炎塊が、ランスの子に正面から直撃した。
「があああああああああああああっ!?」
敵を捕らえた私の星は、そのまま吹き抜けを舞い上がっていく。
三階近くまで到達すると、モールのどの照明よりも明るい光を放って、爆発した。
音が遅れて聞こえてくる。
自分で自分の耳を塞ぎたくなるくらいの爆音。
店の商品や観葉植物は吹き飛び、壁や柱の一部が剥がれ、モール内を嵐のように飛び交った。
ランスの子は意識を失ったようで、ランスを手放す。
その後、重力に従って落ち始めた。
――まあ、あの子なら大怪我はしてないでしょう。
「……してない、よね……?」
……段々心配になってくる。
私自身、たった今「できるかも」って思い付いただけの必殺技。まさか、ここまでの威力が出るなんて思って無かったし……
私は早足で、ランスの子の落下点に駆け出した。
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