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連絡先の交換は現実に帰った時にすることにして、レオは再び変化した。
「手を貸すにしても、今日は秘氷剣二回撃っちゃって、ほぼ戦えないよ」
「回数制なの?」
「回数というか、妖力の問題。私、新しいインピュアズたちより妖力が少ないから」
そんな情報をあっさり言っちゃう辺り、警戒心なさすぎて逆に心配になる。
いずれ敵に回るかもしれない同士なのに。
――それとも、この程度知られても構わない、という自信?
「……まあ、戦力面は気にしなくて良いよ。ピュアパラの位置情報の方が欲しいから。
それで、どこにいるか教えてくれる?」
「全員は分からない。ただ、さっきここのトップと話した時、1人だけピュアパラの服がいたから。気にはなってた」
「そのトップはどこに?」
「三階の奥、一番北側。案内するわ」
そう言って、レオはエスカレーターに向かって歩き出した。
凍って動かなくなったエスカレーターを、一段一段昇っていく。
その後ろを、私も付いて行った。
「そういえば、名前はなんていうの?」
レオが前を向きながら聞いてくる。
「私は怜緒。もう知ってるだろうけど」
「私はトア。ピュアネ……じゃなくてウィッチネームはブレイド」
「なに? そのウィッチネームって」
「変身後の名前のこと。インピュアズにもあるでしょう? セヴンスとかヘヴンズとかフィアーとか」
「ああ、そういうのね。私はないの。変身しようがしまいが、『レオ』って呼ばれてる」
「そうなの?」
「シチビ的に、私はインピュアズじゃないっぽいし。私も、別にそういうの興味ないから」
レオの衣装は他のインピュアズと違い、かなり質素だった。
あれは、そもそもインピュアズではないからだったのか……。
「じゃあ、レオって呼ばせてもらうね」
「うん。私もトアって呼ぶわ」
「早速だけど、レオ。聞きたいことがあるの」
「なに?」
「さっきは止めてくれたけど、普段から、ああやって敵を殺したりしてる?」
――もし、ピュアパラでもインピュアズでも手に掛けたことがあるのなら……
私も、覚悟を決めなくちゃいけない。
「んー……。まあ、トアなら言っていいか。
殺すくらいの気持ちは、持つようにしてる。ただ、基本的には言ってるだけ。
わざと強い言葉を口に出して言っておかないと、相手も緊張感持たない。平和ボケした子が多いから」
「……じゃあ、これまでピュアパラやインピュアズを殺したことは?」
二階に辿り着く。
「もし、ある、って答えたら?」
レオが流し目でそう聞き返してきた。
「さあ。本当に答えられないと、分からない」
「……ズル」
「仮の話を出す方がズルいでしょ」
「……そう言われると、それもそっか。
まあ、正直に言うと、無いよ。
なんなら戦ったピュアパラのうち、私に付いてくるようになった子も居るし」
「……今の私にみたいに?」
「トアとは違う。みんな、私が一方的にボコボコにしただけ」
――みんな、ということは、複数人居るのか……
複雑な気分。
レオの言葉を信じるなら、彼女は罪を犯してないし、私の感覚としても悪人ではない気はしている。
……が、ホムラの味方を公言していた。
ピュアパラが複数名、そんな彼女に付いて行っているなんて。
「あ、精霊が居るのにこんなこと言っちゃダメだったか。ネットワークで繋がってるんだよね?」
と、私の横に浮いてるペロを見る。
「そうね。友達に免じてここだけの秘密にしてあげたいところだけど……。
劣勢中の劣勢だし、ピュアパラ側にそんな余裕ないでしょう」
私も同じくペロを見る。ペロは何も言わず、漂っていた。
「まあでも、内通者がいるくらいは言っても平気でしょ。
誰か特定できる情報を言わなければ」
「それも聞きたいな♪」
「いくら可愛く言われても、ダメなものはダメ」
ふいっ、とそっぽを向くレオ。
だが「手は貸さない」と言っておいて翻したチョロさだ。
なんとかすれば、言わせられるかもしれない。
――まあ、流石に警戒されちゃってそうでもあるけど。
そんなことを考えながら、二階の回廊をぐるりと迂回して、三階に繋がるエスカレーターへ向かう。
†
回廊を進み、吹き抜けの周囲を半周。
三階へのエスカレーターが正面に見えてきた、その時だ。
私たちから見て左側にあるゲームセンター。そこから出てくる人影が見えた。
互いに目が合って、足を止める。
年齢は私と同じくらい。
ストラップ付きのチューブトップに、幅広のダメージジーンズ。
右手にリードを握っていて、その先には首輪があり……
その首輪を付けられた女の子は、四つん這いになっている。
首輪の子はスォーとよく似た年格好で、服も同じ。
髪の色や目の色が少し違うくらいで、スォーにそっくりだった。
「……なに? 帰るって言ってたのに、手下引き連れて戻ってきたの?」
少女はレオを見ながら言った。
「帰るって言ったのに、手下差し向けられたからね。そうしたいのは山々だったけど、違うわ。今の私はただの案内人」
レオは言って、私を横目で見る。
「あの子が、私が見たピュアパラ。良かったね、行き違いにならなくて」
一歩前に出て、その少女を見る。
「初めまして。私は、リトルウィッチィズのブレイド、って言えば分かるかな?」
「リトルウィッチィズ……、ギルドから聞いてる。へえ、あなたがそうなんだ。
で? 第三勢力の人がここに何の用?」
「あなた含め、この地区のピュアパラを救助に来たの」
言って、四つん這いの女の子を見る。
――恐らく、彼女のタマハガネなんだろう。
「……あなたはこんなところでアバター引きずって、何をしてるの?」
「何って。散歩の時間だから連れてってやってるだけ」
「なんで、そんな酷いこと……」
アバターの女の子が顔を上げる。
助けを求めるように私を見る目は、ひどく暗い。
「アンタからの情報でしょ? タマハガネは、隷属させる方が強くなる、って。
実際、私は他の連中より強くなった。この地区はもう、私抜きじゃ立ち行かなくなるくらいに」
(……そんなことあり得るの?)
スォーに尋ねてみた。
(あり得る……かもしれません。タマハガネ側が、その扱いを受け入れたら、あるいは)
(受け入れた……というより、あの目は心折れちゃった、って感じするけど)
(そうかもしれません。タマハガネは、一度決められた所有者を拒否することはできません。所有者本人が放棄するか、支配者が上書きしない限りは。
もし親友ランクだったなら、親友と思っていたのでしょう。こうなる前まで……)
――なんて、むごい……
少女の方は少女の方で、そこまでして力を手に入れたいと思うなにかがあったのだろうか。
いや、たとえ、そうだったとしても……
「そして味方を裏切って、敵のインピュアズをこの地区に招き入れた、ってわけ?」
レオがつまらなそうに言った。
「裏切ったとは思ってない。他のピュアパラとは別に仲良しじゃないし。
でも、ヒメとは昔からの親友でね。
――ずっと、暗い世界で生きてた親友が、やっと自分の足で進めるようになったんだから。そっちを応援したくなっただけよ」
「それで、味方もこの地区も全部くれてやった、と」
なおもレオが敵意を込めて続ける。
「まあ、そういう風に言えば、そうかもね」
と、そこでずっと突っ張っていた女の子の両肘が、かくん、と折れた。
女の子が床に額をぶつけて、ゴン、と鈍い音。
「またなの? 飼い主が散歩してやってるんだから、ちゃんと四足歩行覚えなさいよ」
「ご、ごめん、なさい……、ムツキちゃん……」
少女は屈んで、女の子の髪の毛を掴んで持ち上げた。
「あうぅっ……」
女の子の小さなうめき声。
「ごめんなさいじゃなくてすみませんでしょ?
ちゃんじゃなくて様だって、何回言えば分かるの? この不良品」
「ご……す、すみません、ムツキ様……」
女の子の両腕は、ここからでも分かるくらいに痙攣している。
――一体、どれだけの時間と距離を四つん這いで歩かせてきたのか……
「まあ、いいわ。戦うわよ」
「は、はい……」
「変身」
次の瞬間、女の子の姿は消え、ムツキと呼ばれた少女はピュアパラになる。
青を基調とした、フリルが少なめのスポーティーな衣装。
スカートの下にスパッツを穿いているのも珍しい。
手に持ったステッキは、シラハさんが持っていたものとデザインは似ている。が、長さはムツキの身長と同じくらいで、シラハさんのよりずっと大きかった。
「……というわけだから、ブレイドさん。黙って帰ってくれる?
私は別に、あなたに救われたくないから」
私は薙刀を構える。
「ピュアパラとしては、もしかしたらあなたが正しいのかもしれない。
天界は、あなたみたいに使うことを想定してタマハガネを作ったのかもしれない。
でもね、私は絶対に許せない。
いくら力が必要だったとしても。あんな扱いする人を、許す気にならない。
……だから、見せてあげるよ。
タマハガネを隷属させる、っていうのは、こういうことだ、って」
――救われたくなかろうが、知ったことじゃない。
私が救うと決めたんだ。あなたが救われるのは決定事項。
エゴ? 結構よ。
私は正義の味方じゃなく、魔法少女の王なので!