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秋も深まり、冬の気配が近づいてきたある日の夜。
私とレクはいつものように一緒にお風呂に入ろうと、二人でバスルームに向かっていた。
「二人とも、すっかり仲良しに戻って良かったわね」
と、夕飯の片付けをしている母に声を掛けられた。
「まあ、色々あって……」
思わず言葉を濁す私。
「お姉ちゃんへの反抗期は終わったっぽい」
レクは妙に他人事みたいに言った。
「お母さんたちへもそのうち終わると思うから、今は様子見しといて」
ポカンとするお母さんと私を尻目に、レクはスタスタとバスルームに歩いて行く。
「……反抗期の子はそんなこと言わないと思う……」
私の遅れたツッコミに、お母さんも「確かに」と小さく笑った。
子供の情緒は不安定、という知識を自分に当てはめて考えられるのだ、この子は。
確かに反抗期の子っぽくはないけれど……、レクらしい言葉だとは思った。
それからレクの後を追って、更衣室兼洗面所へ。
「今日は怪我しなかった?」
下着を脱いだレクが、そう尋ねてきた。
「怪我? うん。特になかったけど」
シャツに手を掛けながら答える。
今日の放課後はひまわり地区から2地区離れた、あじさい地区へ応援に行ってきた。ナナとソラの三人で、『零れ』を討伐に。
レクは黙って、私のお腹……左の脇腹付近を見つめる。
「どうかした?」
いつもだったら、服を脱いだらすぐお風呂に行っちゃうのに。
「今朝、お姉ちゃんがトキアさんに殺される夢見て」
言いながら、次にレクは私の目を見る。
「……あの時、突き刺した脇腹から……」
「ああ、あれね。あの時は、本当に死を覚悟したなぁ」
左脇腹を突き刺された瞬間、『お姉ちゃん』と悲鳴のように呼ばれたことを思い出す。
レクにとって、あの光景はトラウマなのかもしれない。
「レクにとって、私が死んだらトキアさんも死ねるようになっちゃうもんね」
「……そういうんじゃなくて。普通に、悲しいよ」
「え、あ、ごめん……」
どうも、軽口を言える雰囲気ではないらしい。
「今日一緒に寝よ」
「そりゃもう喜んで」
「……ん」
それから私が準備を終えるまで、そばで待ってくれたレクだった。
――あれ以来、お風呂場ではすごく素直になってくれるけど。
今日は夢のせいか、入る前からちょっとセンチメンタルみたいだ。
†
体を洗い終えて、二人で湯船に。
私にもたれかかってくるレクは、ほぼ毎日なのにやっぱり可愛くて。ときめいちゃう。
「……ごめんね」
「なにが?」
優しくレクを抱き留めながら、謝罪の真意を問う。
「本当は、私も戦えるようになって、お姉ちゃんの役に立ちたいけど……。
……あんな戦い見た後だと、怖くて」
「無理しなくて良い。っていうか、レクに戦って欲しくない。
戦いなんて、しないで済むならそれでいい」
「……お姉ちゃん、やっぱり凄いね」
「今日のレク、可愛いー♪」
バシャバシャ、とお湯の跳ねる音が響き渡る。
「どうせ、いつもは可愛くありませんよ」
「そんなことないってばー。今日はとびきり可愛いってことー」
「私的には割と真剣な悩みなんだけど……」
「真剣に悩んでくれるのが可愛いものなのよ、姉としては」
「……あっそ」
――一度は諦めた、姉妹水入らずのお風呂時間。
今日は特に、心配される幸せも相まって。
このまま出たくない、今日は長風呂しちゃおう、なんて決意した……
その時だった。
いつかのように、バスルームの中央が光り始める。
「ペロー!」
聞き覚えのある鳴き声。
レクは見えないし聞こえてないから、光の方向に見向きもしない。
「トアちゃん! こんな時間にごめんペロ、大変なこペギュィ!?」
近付いてきたペロの頭を掴んで、バスタブの縁に叩き付けた。
「な、なに!?」
レクがびっくりして振り返る。
「ごめん、前に言った精霊が今ここに出てきた」
優しくレクに言って、次にペロを見下ろす。
「大丈夫。ここ数秒の記憶全部飛ばしておくから」
――一度ならず二度までも。私のみならずレクの裸までも見やがって。
この覗き見ウサギは、記憶どころか存在を抹消しておいた方がいいかもしれない。
「この変態野郎。私とレクのお風呂時間を邪魔しておいて、無事で帰れると思うなよ」
「ごめ……本当に、ごめんペロ……、ボクもまさかまたここに出るなんて思わな……やめて! 目玉だけは許して!」
†
ペロと初めて会った時と同じく、私の部屋へ。今回はレクも一緒だ。
レクにも姿が見えるように調節させる。
ペロを見たレクは、「可愛い」と呟いた。
「心許しちゃダメよレク。本当にメスかどうかも怪しいんだから」
「本当に女の子だペロ! というか今それどころじゃギュムッ!?」
「レクの裸見ておいて、それどころ、とか言った? アンタ」
粉々にする勢いでその顔面を握りつぶす。
「トアちゃ゛、……息、い゛ぎ、でぎな゛……」
ペロの顔が段々と青ざめてきた。
「私はそんな気にしてないから。謝ってるし、もういいじゃん。
それより、話聞いてあげよ? なんか重大そうだし」
「レクは優しすぎる……」
手を離してやる。
「レクに感謝しなさい」
「ほ、ホントにありがとうペロ……。あと初めまして」
フラフラと宙を浮かんで、私から逃げるようにレクの方へ移動した。
「初めまして。お姉ちゃんが『私のところに来たのがペロじゃなかったら、今頃現世は侵略されてたかもしれない』って言ってた。
私からも、ありがとう」
レクが言いながらペロを抱えた。
「レクちゃん……」
レクの胸の中に収まり、真っ直ぐに見上げるペロ。
(……堕ちたな)
ということは、ペロが女というのも信じていいのかもしれない。
「で、お姉ちゃんに話って?」
「あ、うん。実は……」
レクに抱えられながら私に振り向いて、ペロは話し始めた。
ひまわり地区から電車で約1時間ほどのところにある、さくら地区。
今日の夕方、そこのピュアパラたち、および担当の精霊と連絡が付かなくなったという。
遠隔視のピュアパラ――以前、ナナとソラの姿を絵に描いてくれた子――が見てみたところ、複数のインピュアズに侵攻されたところと、敗北したシーンが見えたという。
さくら地区のピュアパラ達は、そのまま捕虜にされた可能性が高い、とのこと。
侵攻したインピュアズたちは、そのまま今もさくら地区に陣取っているという。
「他にもインピュアズに侵攻された地区はあるけど、ピュアパラが捕らえられたのは初めてペロ。
みんなには、インピュアズを見た瞬間逃走してもらってるはずなんだペロ。
でも今回、さくら地区の子たちは応戦したらしいペロ。
その理由は、遠隔の過去視でも分からなかったらしいペロ」
「なるほど。それで、私たちに救出して欲しい、ってことね」
「……そうだペロ。今のピュアパラじゃ、何人居てもインピュアズに勝てないペロ。ごめんペロ……」
「謝る必要ないってば。それに関しては」
――まったく。お風呂場に入ってこなければもっと早く話が進んだものを。
私はスマホを取り出して、ソラに通話を掛けた。
「……あ、ソラ? ごめんねこんな時間に。
実は今ペロが来て、さくら地区のピュアパラがインピュアズたちに捕らえられた、って聞いてさ。
今から助けに行くんだけど……どうする? 動ける? 無理はしなくて良いから」
「ま、待つペロ。もう時間も遅いペロ。今夜は寝て体調を整えてからでも……」
「そんな悠長なことしてる暇、無いかもしれないでしょ」
――ナナとソラは以前、スカーレットたちを『シチビにあげる』と話していた。
おそらくピュアパラを実験体に――自分の手駒に、しようとしてるのだろう。
もしかしたら、すでに堕ちた者もいるかもしれない。
「……あ、二人とも大丈夫? ありがとう。なら一度、合流しましょう。
ペロ、さくら地区に行けるゲートある?」
「直通はないけど、その隣のぽぷら地区なら行けるペロ。いつもの公園で大丈夫ペロ」
「オッケ。ソラ聞いてた? 私の家の近くにある公園分かる? ……そうそう。そこで落ち合いましょう」
通話を切る。
「レクごめん、今日は一緒に寝れなくなっちゃった。
悪いんだけど、もしお父さんお母さん来たら誤魔化しておいて」
「それは良いけど……」
歯切れの悪いレクを見る。
レクはペロを離して、私のお腹付近を……左脇腹に、視線を移した。
「……怪我、しないでね」
そう言って俯くレク。
その頭を、そっと撫でた。
嫌がる素振りもなく、レクはされるがまま。
「気を付ける。明日は一緒に寝ようね」
「……うん」
それからペロを部屋から追い出して、私服に着替えた。
勝手知ったるペロはその間に私の靴を窓の外、一階の屋根の上に持ってくる。
「……私もやっぱり、ペロのことキライかも」
私が窓を開けたところで、レクが言った。
「ぺ!? 急になんでペロ!?」
「お風呂邪魔した上、連れて行くんだもん」
「それは、ごめんなさいペロ……」
「私の気持ち、ちょっと分かってくれた?」
「うん。私が間違ってたわ。やっぱソイツ許しちゃダメ」
「ふふっ、レクのと意見が合って嬉しい」
「ボクとこの姉妹の相性悪いペロ……」
「あのさ。今私が泣いて駄々こねて、『行かないで』って言ったら、お姉ちゃん、行かないでくれる?」
――どこか冗談のような、真剣なような、レクの問い。
「……いや。それは、多分無理。なんとか説得しようとする。
レクがどうでもいいとかじゃなくて。
できることがあるのに、誰かを見捨てるようなこと、したくないから」
「……そうだよね。そういう人だよね、お姉ちゃん」
「ごめんね」
「ううん、別に。ただのたとえ話だし」
一歩、レクが私に歩み寄る。
「ただ、私が心配して待ってる、ってこと、忘れたら許さないから」
「うん。もちろんよ」
どちらからともなく、ぎゅっ、とお互い抱き合った。
「……いってらっしゃい。気を付けて」
「ありがとう。いってきます」
レクの言葉と体温が、嬉しい。
さっきも思ったけど、今日のレクは異様に可愛くていじらしい。
――もしかしたら、反抗期の反動で甘え期みたいなのが来てるのかもしれない。
トキアさんが居なくなったこととも、無関係ではないだろう。
(……そう考えると、トキアさんが居ないうちに寝取る間女みたいだな……)
いやいや。素直に『姉に甘えたい期』が来てくれた、と考えよう。うんうん。
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