エピローグII
そろそろ夕方になろうとする頃。
新幹線のプラットフォーム。
トキアさんの乗る新幹線がやってきて、止まり、ドアが開く。
スーツケース一つだけのトキアさんが、ベンチから立ち上がった。
「……生きて帰りの新幹線を迎えるなんて、来る時は思って無かったよ」
そう言って、私たちに振り返る。
「また死にたいと思ったらいらっしゃい。返り討ちにしてあげるから」
「あはは、怖いなあ、お姉さん」
ずいぶん可愛く笑うようになったトキアさんだ。
徐々に笑顔を収めて、トキアさんが順番に皆を眺める。
「ナナちゃん。この数日、洗濯物してくれたり、寝る場所とか色々準備してくれてありがとう。お姉さんを傷付けたのに、笑って迎えてくれてありがとう。チィちゃんにもよろしくね」
「……大したことしてないですよ。お元気で」
「ソラちゃん。美味しいご飯やお菓子作ってくれてありがとう。最初は結構、お姉さんを殺しに来たこと恨んでたのに。『これから本気で生きるなら許してあげる』って言われたこと、忘れないよ。ビィちゃんにもよろしく」
「あれでまさか懐かれると思ってませんでした。トアちゃんとレクちゃんのためにもお願いしますね」
「お姉さん。……命を繋げるとか、何考えてんだ、って最初思ったけど。
今は、死ぬって選択肢を奪われて、どこかスッキリした気がする。選択肢って、少ない方が良いこともあるんだって知ったよ」
「悪手ばっかり見えちゃう人は、少なくした方が良いでしょうね」
「あなたは命の恩人です。……ありがとう。レクちゃんと仲直りしてくれて、私も嬉しい」
「こちらこそ、トキアさんのお陰よ。ありがとうございました」
「レクちゃん」
ずっと俯いたままのレクの体が、僅かに震える。
「……レクちゃんには、いくら言っても言い足りないくらい、いっぱいいっぱい、恩をもらっちゃった。これからの人生で、少しずつ、恩返ししてくね。
レシピノートもありがとう。自分で作ったり、お母さんに作ってもらって、って言ってくれたけど……。
でも、レクちゃんの料理は、やっぱりレクちゃんに作って欲しいから。
また来た時は、食べさせてね」
レクは黙って、両手を伸ばす。
トキアさんの右手を掴んだ。
「……私が作らなくなっても、ちゃんとご飯、食べてくださいね」
「うん。頑張る」
「……また道で倒れないでください」
「大丈夫……。多分」
「こんな時くらい断言してください、バカ……」
「ごめんね。つい、叱って欲しくて言っちゃう。ダメなとこだね」
「ホントです。無駄な心配させないでください……」
「大丈夫。レクちゃんに拾ってもらえない場所じゃ、二度と倒れない」
「……風邪引いたりしないでください」
「気を付ける」
「お母さんお父さんと、ちゃんと話してくださいね」
「うん。レクちゃんとお姉さん見て、私も勇気出てきたよ」
「二度と、死ぬとか言わないで」
「善処する」
「それと、それと……」
……言うことが思い浮かばなくなって、レクはそのまま黙ってしまう。
「私からも、いいかな?」
そこでトキアさんが切り出した。
「……どうぞ」
「『私の人生、終わりまで見せてやる』ってヤツさ。
……あれ、プロポーズって思って、合ってる?」
「……はぁっ!?」
顔から湯気が出んばかりに、真っ赤になるレク。
「いや、見るだけなら、別にただの友達でも見られるし。あの時のレクちゃん、どういうつもりで言ってたんだろう、ってずっと気になってて……」
「う、うるさいうるさい!」
一気に年相応の少女になって、トキアさんを新幹線の中に押し込むレク。
「さっさと帰れこのダメ人間! 鈍感! デリカシー0!」
「な、なんで急にそんな怒るの!? 私あの言葉凄い感動したから、真意を知りたくて……」
「うっさい! 黙れ! よりによってこんなとこで聞くな! どんだけ精神年齢低いんだ!」
「れ、レクちゃん、周り人居るから……」
後ろからレクを止めに入る。触れた肩と腕がめっちゃ熱い。
周囲の人にペコペコと頭を下げた。ソラとナナも謝ってくれる。
発車のベルが鳴り響く。
「……あれ? 答え合わせは?」
新幹線の中で目を丸くしてレクを見下ろすトキアさん。
「……黙れ。してやるかそんなもん」
「え、ちょっ……本当に? もうこれで結構長い期間お別れになると思うんだけど?」
「一生モヤモヤしてろ、このバーカ!」
ドアが閉まる。
窓の向こうでびっくりしてるトキアさんの顔が、ゆっくりと左側に流れていった。
そのまま車両は速度を増し、激しい風を巻き起こして、やがて完全に駅から離れていく。
「……ホント、最初から最後まで、わけわかんない、あの人……」
言って、ついに零れた涙を乱暴に拭うレク。
私が拭いてあげようと手を伸ばすと、弾けるように、レクが私の胸の中に飛び込んできた。
私を強く強く抱きしめて。
声をかみ殺して、静かにレクは大泣きする。
左腕で、ぎゅっ、とそんな彼女を受け入れ、右手で頭を優しく撫でてあげた。
†
~Interlude 【トキア】~
久しぶりに帰ってきた家。
ポケットから鍵を取り出して、ドアを開けて玄関に入った。
「……ただいま」
電気が付いてる。誰かいるみたい。
「おかえり。ちょっと早かったのね」
靴を脱いでると、お母さんがリビングから出てきた。
「うん」
框を上がる。
お母さんと目が合った。
「……あら? 少し顔色良くなった?」
「そう? ……まあ、そうかも」
「お友達とのお泊まり、楽しかったのね」
「……うん。楽しかった」
歩き出そうとして……
レクちゃんとの約束を、思い出す。
――けど、なんて切り出して良いか分からなくて。
しばらく、口も足も止まってしまう。
立ったままの私を、お母さんは不思議そうに見ていた。
「お母さん」
「なに?」
「私、友達が出来たよ」
お母さんは、何も言わず。
ただ黙って、小さく頷いて見せてくれた。
「ぶっきらぼうだけど優しいお兄さんみたいな女の子と。
料理やお菓子作りが上手な、お母さんみたいな女の子。
あと、私なんかのために、本当の意味で命かけてくれたお姉さんと……
賢くて、可愛くて、私を叱ってくれる妹の、とんでもないお人好し姉妹。
みんな、私を嫌がらず、受け入れてくれた」
「……そう。良かったね」
お母さんが私の頬に触れた。
「お母さん。私、もう少しだけ、生きたい」
目頭が急に熱くなってきた。
ポロポロと、ほとんど自動的に、涙が溢れてくる。
「生きてて、良いかな……? 私、お母さんたちの邪魔じゃ、ないかな……?」
「邪魔なわけないでしょう!」
気付いたら、私以上に、お母さんの方が泣いてた。
「当たり前でしょ……。私たちより先に死んだら許さない、って、何回言えば分かるの……」
「そっか……。そう、だったね……。ごめんね、バカで……」
気付いたら、私たちは抱き合ったまま、廊下で泣き崩れていた。
――後で思い返せば。
『友達のところに泊まりに行く』って言って出てきたのに『友達ができた』はおかしい。
なにも言わないでくれたということは、『嘘かもしれない』くらいは思われていたんだろう。
(……流石レクちゃん。レクちゃんの言うとおりだったよ)
どうして、『自分が邪魔だと思われてる』なんて勘違いしてたのか、今となっては不思議なくらいだ。
ただ、惜しむらくは。
お母さんがこう言ってくれた以上、レクちゃんの『私のところに来ればいい!』ができなくなっちゃったこと。
――それでも、どうか。
いつか、少し遅れてでも、あなたのすぐ隣に置いてやってください。
そして、その人生を最後まで見届けさせてください。
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