エピローグI
数日後。
トキアさんが家に帰ることになった、当日。
私とレクは、神恵邸のチャイムを押していた。
あれ以降、トキアさんはずっとここで寝泊まりしている。
「おお、いらっしゃい。どうぞ」
「「お邪魔します」」
出迎えてくれたナナに招かれて、中に入った。
「い、いらっしゃいませトゥア……じゃない、トア様。レク様」
廊下で私を見た瞬間、ビクッ、と身を震わせた小ホムラ――今は『リィ』とトキアさん他みんなで名付けて、私が改名させた――が深々と頭を下げた。
「こんにちは、リィ」
あの後、アバター顕現を経てすでに何日か一緒に過ごしているけれど、私への恐怖心はなくならない様子。
初対面の時よりは大分マシになったけど。
リビングに行くと、良い匂いがしてくる。
お菓子を作ってるみたい。
「ソラちゃんもう一個ー!」
「私にも寄越すにゃー!」
「そうにゃ! 泣いて庇護欲かき立てるぞこらー!」
ソラがクッキーの入ったバスケットを両手に、ハーレムを形成していた。
「チィとビィはもうダメ!
トキアさんも、これで最後ですよ」
ソラがクッキーを一つ取って、トキアさんに渡そうとする。
「ソラちゃん食べさせてくれなきゃやだー!」
「……この人はもう……」
渋々といった様子で、ソラがクッキーをトキアさんに食べさせてあげた。
「わーい! ソラちゃん好きー!」
(……あっ)
私とナナの目が合う。
(……ホント、この最年長はさあ……)
視線だけで会話する私たち。
もぐもぐ。
「ソラちゃん隙ありー!」
「ちょ、危ないですってば!」
テーブルにバスケットを置くソラを、背後からトキアさんが抱きしめた。
そこで、気付いたソラがこちらを見る。
続いてトキアさんも、私たちと……
というか、レクと視線が合った。
「あ、い、いらっしゃいトアちゃんレクちゃん……」
マズいところを見られたことを一瞬で察したソラ。
「いらっしゃーい。私の家じゃないけど」
なんにも分かってない様子のトキアさん。
「トア様ー!」
「トア様にゃ!」
真っ直ぐに私に抱き付いてくるチィビィ。
対照的に、ソラに抱き付いたままのトキアさん。
「ちょ、ちょっとトキアさん! レクちゃんのところに、早く……」
ソラが小声でトキアさんに耳打ちするが、割と丸聞こえだ。
バァン、と大きな音を立てて、レクがカバンを床に置いた……というか叩き付けた。
「変なのに懐かれて大変ですねソラさん。そのクズ、甘やかしてくれる人間なら誰でもいい寄生虫ですから。騙されないようにしてください」
「ブラックレクちゃん今日も辛辣ー」
よりによってきゃっきゃと笑いながら言うトキアさん。
やべえよやべえよ、と視線を交わす私とナナとソラ。
――ここ数日、稀に良くある光景である。
三日ほど前にこのメンバーで居た時も、「ソラちゃんと離れたくなーい」とか言い出して、場が凍ったかと思った。
料理やお菓子作りが上手いソラと同じ屋根の下に住まわせたのが、そもそもの間違いだったのか……
「……お姉ちゃん」
「ん?」
レクが上目遣いで両手を伸ばしてきた。
一瞬考えて、横目でトキアさんを見てから、そんなレクを抱きしめた。
「えへへ」
悶えるくらい可愛いレクのイタズラ声。
「いつも仲いいねー。前はあんな仲悪いみたいなこと言ってたのに」
トキアさんが言う。
「ええ。あれから毎日一緒にお風呂入ってるし。最近は夜も一緒に寝るようになったし。ね、お姉ちゃん」
「う、うん。まあそうね……」
「優しくて、頼りになって、頭も良くて、なんでもできる、理想の姉なので。どこかの寄生虫みたいなダメ人間と違って、気を遣ってくれるし褒めてくれるしデリカシー……は時々なくなるけど、基本あるし」
「……うん。そうだよねー、あはは……」
若干ぎこちなくなってくるトキアさん。
露骨に当て馬に使われて、悲しいような、嬉しいような。複雑な姉心。
「誰かが言ってたみたいに、私、お姉ちゃんに幸せにしてもらうので。トキアさんも、さっさと帰って家族とお幸せに」
「…………」
「トキアさん、今なら間に合うから!」
「そうだよ、流石にやらかしたこと分かってきただろ?」
「……やらかし?」
分かってない様子だった。
――天性の魔性をもってしても。
天然の幼児魂には、そう簡単に通用しないようだった。
†
「第二回、魔法少女軍会議ー!」
「「いえーい!!」」
私のタイトルコールとチィビィのファンファーレで、第二回が始まった。
開催場所は前回に引き続き、神恵邸の大浴場。
参加者は前回からレク、トキアさん、それにリィが加わって、全9人。
「というか、なんでお風呂場?」
トキアさんが尋ねる。
「前回の踏襲です。あと、リラックスして話し合いや意見が出せるように」
「ふうん……」
「……私は魔法少女陣営ってことでいいの?」
言いながらレクが私の隣に入ってくる。
「私もトキアさんもそうだし、良いんじゃない?
それともピュアパラになってみたいとかある?」
「いや、そもそも戦うのとか向いてないし……」
「こういうのは前線で戦うだけじゃないから」
「それならいいけど……」
チィビィとリィがひとかたまりになって、そのチィビィに引っ張られたスォー。
今回は人間と人外で分かれるような形になっていた。
「今回の議題は、トキアさんの件。
まず戦力としての換算はナシ。緊急事態以外は。
連絡方法は普通にスマホで、レクからの場合は私経由。もしかしたら、ペロっていう精霊のスパイを使うこともあるかもしれない」
「精霊なんて居るんだ」
レクが呟く。
「今度見せてあげる。普通は見えないらしいけど、なんとかできるでしょ」
「……すっかり物扱いだな……」
「なのでトキアさん、もし向こうでインピュアズや妖魔を見たら、戦わずにすぐ連絡して」
「分かった。……そっちも、何かあったら、連絡頂戴。みんなには、たくさん恩をもらっちゃったから」
「気持ちは嬉しいけど、あの危険な戦い方が変わらない限り、戦闘はさせたくない。かといって、指先や掌を切るくらいじゃ、大した血量を稼げないだろうし……」
「うーん。その辺、ちょっといろいろ考えてみるよ」
「お願いね。リィも頼んだわ」
「は、はい。かしこまりました」
「で、次の議題。どうもホム……シチビは、敗北後に妖玉を自爆させるように設定を変更した可能性があること」
「……むごい話ね」
ナナとソラからしたら、とても他人事じゃないだろう。
「今後、第二、第三の暗殺者が来るかもしれない。
私以外の、みんなのところにも行くかもしれない。
その時はとにかく、私を呼んで欲しい。
みんなの安全もそうだけど、撃破した後の自爆を止められるのが、私しか居ないから」
――まあ、正確には、妖力を吸い出す応急処置までならみんなにもできるだろう。
けれど、あれはあまりに危険すぎる。
ナナとソラにした時は、スォーの機転があったからなんとかなったようなもの。チィビィリィに同じことができるとも限らない。
そこまでさせるくらいなら、まだ見ぬ誰かより、私は今のみんなを優先する。
「……呼んで欲しい、ね。それでいえば、私らも今回呼んで欲しかったけど?」
「本当よね」
「……何度も謝ったじゃん。過ぎた話は良いの!」
レクに呼び出されて、連絡無しでトキアさんに会いに行ったことを未だに二人からはネチネチ言われる。
「ともかく! インピュアズが見えなくても、妖魔の背後に居るかもしれない。敵が見えた時点ですぐに私に教えて。いいね?」
「分かったよ」
「トアちゃんも次から私たちに教えてね」
「……分かったから。分かりましたから」
そう答えると、やっと二人は笑ってくれた。
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