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二人の涙が、少し落ち着いてきた頃だった。
「うわああああああああああああ!」
突然、トキアさんが悲鳴を上げた。
胸……丁度心臓の上をかきむしるように、海老反りになる。
「……トキアさん?」
呆然と名を呼ぶレク。
「まさか……!」
トキアさんに触れる。
(この苦しみ方……ナナとソラの妖玉が自爆しようとした時とそっくり……)
(ですが、周囲にホムラの気配はありません)
(あの時は、ホムラが指をさしてから自爆が始まったわよね? ならどうして……)
(……もしや、あの時のことを経て、妖玉を改造……というか命令内容を変えたのでは……?)
――自分がいなくても、失敗したら自爆するように?
一度の敗北すら許さなくなった、ということ……?
「あ、ああ……なんだ、良かった……
これで、やっと、死ねる……
最初から、ここで、死ねる運命だったんだ……」
トキアさんはそう言って、レクのことを見た。
「……レクちゃん。ありがとう。叱ってくれて、嬉しかった……。
でも、やっぱり、こんなクズにホイホイ連れ込まれちゃ、ダメだよ。
私は、もう消えるから。
大丈夫。レクちゃんまだ若いし、数年すれば、忘れられるよ。
お姉さんと、幸せにね……」
「なに言ってるんですか……
イヤです……イヤだ!」
(スォー! まずは妖力吸引するよ!)
(いえ、それには及びません)
(え?)
(ナナ様ソラ様の時に妖玉の構造は理解しました。すぐに妖玉を止めに参りましょう)
(流石! ナイス!)
トキアさんの右手の近くに落ちてた匕首を拾う。
そのまま彼女のお腹にまたがって、手をどけさせた。
襟を掴んで、左右に思い切り開く。ここを抑えてたんだから、妖玉もここにあるんだろう。
「動かないで。ちょっと切るよ」
トキアさんの胸の中心、胸骨のくぼみに沿うよう縦に切り傷を付けた。
「な、なに……?」
戸惑うトキアさん。
「言ったでしょ?」
次に自分の右親指を小さく切る。
「全員救って、私の勝ちよ!」
右親指の傷と胸の傷を触れ合わせ、血を交換した。
†
(妖玉へのアクセス、完了しました)
(ありがと)
目を開ける。
広大な白い世界。
裸の私とスォー。
「……誰にゃ?」
目の前に、今回も小さなホムラが居た。
ただ、チィとビィに比べると少しお姉さん。8、9歳くらいに見える。
「んじゃ、ちゃちゃっと作業済ませますか」
小ホムラの頭に手を乗せる。
「なんにゃ無礼にゃなにするにゃにゃにゃにゃにゃにゃ……」
================
【システムメッセージ】
『支配権の上書き』の命令を承りました。
前任者の支配権の剥奪と、支配権の上書きに成功しました。
以後、妖玉――識別名『4号』の支配権は『トゥアイセン・オーフニル』およびその転生体『春日野トア』が有します。
引き続き所有を希望される場合……
================
「トゥ、トゥアイセン・オーフニル……?」
目を見開いてメッセージを見上げる小ホムラ。
それから、ナナソラの時と同じ要領で自爆解除させ、スォーと同機能に変更させた。
それらを終えると、小ホムラが離れたところで体を縮こまらせて震えていた。
「嘘にゃなんでトゥアイセンがこんなところにいるにゃやっと死んだと思ったのにどういうことにゃイヤにゃ怖いにゃ痛くしないでくださいにゃ……」
「……怯え過ぎて話もできそうにありませんね」
「チィビィの時はそうでもなかったのに……」
「この個体は、前世のトア様への恐怖をかなり濃く引き継いだのでしょう」
「まあ、ホムラの妖力からできてるし無理もないけど」
――そう考えるとチィビィは逆に恐怖心なさすぎだし、それどころか懐きすぎな気もする。
(まあ、個体差があって当然か……)
あの二匹は初期作だし、その辺も関係してるのかもしれない。
「まあいいわ。とにかくやること済んだし……」
「はい。一旦戻りましょう」
と、そこで気付く。
「……やっぱ待った」
「いかがなさいました?」
「一応、トキアさんの魂に会っておきたい」
「と、申しますと?」
「念のためね。特になにもなければ、それでいいの」
「御意に」
というわけで、精神世界を進んで魂に会いに行く。
†
しばらく進むと、小さく丸まっている少女が見えた。
けれど……その姿が、さっきまで見ていたトキアさんと異なる。
あまりに幼い。さっきの小ホムラと同じ8、9歳くらいに見える。
私が前に立つと、少女はゆっくり顔を上げた。
「……お姉さん、誰?」
顔はトキアさんをそのまま幼くしたものだ。
間違いなく、本人の魂……のはず。
「私はトア。春日野トア。……あなたは、真塔トキアさんで間違いない?」
「そうだけど」
(この見た目はどういうことでしょう?)
(……魂の成長が止まっている、ということよ)
しゃがんで右手を伸ばす。
少女の左手を、私の右手でそっと触れた。
「外の世界で起きたことは分かる? あなたが今、どういう状況なのか」
「分かるよ」
「そう? なら……」
「私を産んだせいでお母さんは子供産めない体になったの。
私が学校に行けないことでノイローゼになったの。
私のせいでお父さんが仕事をいっぱい休まなきゃいけなくて、会社で居場所がなくなったの。
私にいっぱいお金を使ったから、借金しなきゃいけなくなったの。
だから、私なんてさっさと捨てた方が良いゴミなの」
スォーが後ろで息を呑む。
「……誰からそんなこと聞いたの?」
私は視線の高さを合わせて、ゆっくりと尋ねた。
「お母さんのスマホに書いてた。友達とのやりとりで。
……盗み見したの。ゲーム、やりたくて。やっちゃいけない、って言われてた時間なのに。
だから私は悪い子なの。だから死んだ方が良いの。だから……」
――だからこの子は、この年齢の時に、自分で自分の魂を殺したのだ。
でも、体を殺すのは怖くて、できなかった。
……当たり前だ。
この年齢で自殺できる精神を持ってる方が稀だろう。
「……じゃあ、死にたい?」
「死にたい」
即答だった。
――良く、ここまで自分の魂を傷つけられたものだ、と思う。
(そこまで、自分が嫌いだったのか……)
「……主様……」
スォーの、か細い声。
それは、『救えないのか?』と。
すっかり彼女を救いたい側になった、スォーの小さな訴えだった。
――だが、ここまで痛んだ魂を救うのは、一朝一夕では無理だ。
それに……。
彼女を救うのは、きっと、私じゃない。
もっとふさわしい人が、すでに居る。
「ごめんね。私じゃ、あなたを救えない」
少女の右手を、両手で握りしめた。
「あなたを救うには、きっと、長い時間が掛かる。
……でも、今の状態だと、その長い時間のうちに、また死にたい、って欲に負けちゃいそうだから。
だから、これだけ送るね」
私の両手が光る。
「魂魔法、『オルグレイの命綱』」
私の手から、少女の手にも光が移って、やがてどちらの光も収束して消えていった。
「……あったかい……」
自分の右手を眺めて少女が呟く。
「主様、今の魔法は……?」
「後で説明するよ」
スォーに言って、再び少女と目を合わせた。
「もし良ければ、『その時の』事じゃなくて、『今の』外の世界を見てみて。
……ちょっと厭世的だけど、料理が得意で、優しい女の子が、きっとあなたを救いに来てくれるから」
「……別に、要らない。もう外なんて見たくない」
「ふふっ。多分すぐに、そんなこと言えなくなるよ」
立ち上がる。
どこか寂しそうな目で、少女は私を見上げた。
「うん。意外と、もう良い方向に進んでるのかもね」
「……?」
にっこり笑って見せる。
「それじゃ私、そろそろ帰らないと。
次に会う時は、私もお友達にしてね」
「…………」
世界を光が覆う。
精神世界から現実に戻る光。
そんなまばゆい別れ際、
「ありがとう」
少女の声が、聞こえた気がした。
†
「……ちゃん。お姉ちゃん!」
現実に戻るや否や、そんな声で揺さぶられた。
レクが私の肩に手を掛けている。
「……ああ、ただいま」
まだ少し眩しさを覚えたまま、レクに答える。
「……なにか、してたの?」
「うん」
またがっていたトキアさんを見る。
「妖玉が自爆するのを止めて、あとちょっとね」
トキアさんから降りて、横に座り込んだ。
(あー、相変わらず、精神世界から帰ると体重い……)
(お疲れ様でございました)
「……余計なことして」
トキアさんがゆっくりと立ち上がる。
「これ以上生きてたら、レクちゃんの時間すら無駄にするかもしれない……。やっと、死ねると思ったのに……」
「あなたの自殺願望の根幹は、『他人に迷惑掛けたくない』みたいね。親も含めて」
「……そうかもしれないけど。理由なんて自由でしょ」
「だとしたら、これからレクと居ると、ずっと心のどこかで『迷惑掛けてる』が取れないかもしれない。
そのうち、レクを自殺の理由に使いかねない」
「理由に使う、って言うか、ただの事実で……」
「だからあなた、もう死ねなくしたから」
「……は?」
沈黙。
「あなたの魂と私の魂の間に、魔法を掛けてきた。
『オルグレイの命綱』
施術者――つまり私が存命な限り、被術者――つまりあなたは、不死身になったの」
「……なに言ってるの……?」
――うーん、伝わりづらかったかな?
「もしまた死にたい、って思ったら、あなたはまず、私を殺さなきゃ死ねない。
『ある日レクがあなたに会いに行ったら、無断で死んじゃってました』なんてありえなくなった、ってことよ」
「本当!?」
レクがまず食いついた。
「嘘なんかつかないよ。まあ、怪我とか病気はしちゃうけどね」
「いや全然良い。ナイスお姉ちゃん!」
いえーい、と手を挙げると、レクも察してハイタッチしてくれた。
次の瞬間、はっ、と気付いたように、レクが視線を逸らしてハイタッチした右手を左手で押さえる。
再び、呆然としているトキアさんを見る。
「分かった? 死にたかったら、私より強くなれってこと」
「お姉ちゃん、絶対トキアさんより弱くなっちゃダメよ! 私もできることあれば手伝うから!」
息せき切って言うレクに驚く。
けれど、そんな現金なところも可愛いものだ。
「なんで……」
トキアさんが呟く。
「なんで、あなたたち姉妹は、私なんかに構うのよ……」
「「なんで、って……」」
レクとハモって、互いに見合う。
二人で笑い合って、また同時にトキアさんを見、
「「私がそうしたいからよ」」
朝の廃ビルの屋上で、自己満足を説いた。
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