10
左腕の鎌と針を掻い潜る。
右腕の鉤爪は逆らわずに往なす。
反撃の薙刀は、けれどその身体能力と動体視力で回避される。
お互い当たらず。
一触即発の拮抗状態。
(……主様、お体が……)
普段より多くの魔力を使い、ソラ戦よりも多くの血を流し、体はもう限界が近い。
「はあ、はあ……っ」
一方、フィアーの方も段々、呼吸が荒くなってきた。
いよいよ失血量が危ういのだろう。
妖力も使いすぎだ。
――早く、終わらせなければいけない。
(攻撃しても、避けられちゃうなら……)
(……主様?)
(スォー。防御全力でお願い)
フィアーが右腕を振りかぶる。
五指をまとめて、突き刺すその一撃を――
防ぎも避けもせず、そのまま胸の中心で受け止めた。
丁度、リボンのある場所で。
ナナと戦った時、帯の上からぶつけて良い具合にダメージ軽減できた。だから、私も装飾の上から受けて軽減を狙う。
ただ、それでも爆撃を多段で受けたような、とてつもない衝撃。
……意識が飛びそうになる。
歯を食いしばって踏ん張る。
ここで意識を失えば、全て水泡に帰す。
爆撃なんて、前世で二度か三度、直撃した経験ある!
――だからお願い、耐えて、私の体……!
「なっ!?」
フィアーが驚いてその手を止めた。
――普通だったら、当たって喜ぶところだろうに。
(……この人が本気で殺す気だったら、私、完敗だったな……)
なんて、そんなこと考えられるくらいには、なんとか意識を保つことができたらしい。
スォーのダメージが心配だけど……
変身が解けてないなら、私はやるべきことをやるだけだ。
フィアーの右腕を左脇で抱えるように掴む。
「正気……!? まさか、こんな……」
右腕一本で、真横に薙刀を構えた。
「ナナの時より強めに行くよ。あなたなら死にはしないでしょ」
「くっ、離せ!」
「燦け。――轟参の滅却――!」
薙刀がフィアーの左脇腹に直撃。
血鎧を砕いて、斬り裂いた。
†
纏っていた血が全て散り散りになって、ただの血として床に落ちる。
フィアーは膝を付いて、しばらく私を見上げるけれど……
力尽きたように、仰向けになって倒れた。
遅れて私も、膝の力が抜けてしまう。
なんとか薙刀を杖にして体を支えた。
「はあ、はあ……」
「あ、ぐ、うぅ……」
ほとんど相打ちのような形。
――でもまだ、私にはやるべきことが残ってる。
ここで気なんて失ってられない。
なんとかフィアーの横に行く。
胸元にアクセスできる場所で片膝立ちに。
「あなた、妖玉は心臓? 違うところにあるとかない?」
フィアーは一瞬横目で私を見ると、真上に視線を逸らした。
「……殺して」
私の質問を無視して、それだけ言う。
「私は、あなたを殺しに来た。あなたは勝ったんだから。私を殺す権利がある」
「興味ない、そんな権利。いいから答えて。妖玉はどこ?」
「……あなたの妹を、騙して、奴隷にする気だった。とどめを刺さないなら、また何度でも、狙ってやる」
「いや、全部嘘ですよね?」
そう言ったのは、手首をさすりながらやってきたレクだった。
私がフィアーを倒したことで、レクを繋いでた血の縄も壊れたらしい。
「私の料理食べて泣いた人が。
掃除しただけで、感極まって抱き付いてくるような人が。
私を奴隷にしたいなんて、思うわけない」
「そんなことない。私は、私は……」
「嘘が下手すぎて見てられません。お姉ちゃんと会ってから、全部嘘ばっかりじゃないですか。
……良いから、早く傷口塞がないと」
「嘘なんかじゃない……。私は、本当に殺しに来たし、あなたなんか、別に、なんと、も……」
「はいはい。……って、なんか傷口塞がってきてる……?」
レクが不思議そうにフィアーの首元を見た。
「変身した状態で付いた傷は、少しずつ治るの。だから見た目ほど危なくはない。とはいえ、それでも血を流しすぎだとは思うけど」
私からレクに説明する。
「……ふぅん」
「それより、まず妖玉っていうのをなんとかしないといけない。
妖玉は変化の源で、多分体の中に埋め込まれてる。放っておくと最悪自爆するかもしれない」
「そんなのなんとかできるの?」
「私なら、多分」
「とどめを刺せ!」
フィアーが吼えた。
「今殺さないなら何度でも殺しに来る!
レクちゃ……レクももらいに来る!
後悔しても、遅いんだから!」
「……だって。レク、本当言ってると思う?」
「いや、200%嘘」
「今のは私もそんな気した」
「なんなのよ、もう!」
フィアーはまた叫んで、目尻に涙を浮かべた。
両腕で目元を覆う。
「もうやだ……この姉妹キライ……。全然話聞かないし、心読んでくるし……」
……本格的に泣き始めちゃった。
「殺してよ! なんでこんなクズに構うの! こんなやつ生きてたってあなたたちになんの得もないでしょ!」
「……それが、本当の目的?」
私が聞くと、フィアーは「ひっく、ひっく」と嗚咽を零す。
「私に殺されようとして、この地区に来たの?」
それからしばらく、フィアーは黙った。
やがて嗚咽が落ち着いて、フィアーが腕を下げる。
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、ぼんやりと朝の青空を見上げていた。
「……ずっと、死にたかった。でも、自殺する勇気も無くて。
一度カミソリを手首に当てみたら、ものすごく怖くて。手が自分のじゃないみたいに震えて、涙が出てきて……
お母さんに見つかって、二度とするなって怒られたけど、そんなこと言われなくても絶対無理で……」
そこでまた涙を拭う。
「それでも死にたくて、自殺の名所みたいなところ回ってたら……シチビに出会った。
私はすごく才能があるって。だから手伝って欲しい、って言われて。
話を聞いてたら、人間の世界を侵略しに来たって。
だから……シチビを手伝うフリして悪いことすれば、正義の味方に殺してもらえるかな、って」
フィアーはそこで、泣き笑いのようになる。
「悪の手先として死ねるなら、それはそれでいいな、って。お母さんも、悲しまなくて済むかな、って。だから……」
「……だから、私を煽って『殺し合い』だと思わせて、自分を殺させよう、って?」
「そう。お姉さんが悪い人だったら、ちょっと悩んだかもしれないけど。
でもやっぱりいい人だったし。レクちゃんもきっと、このお姉さんとなら、幸せになれる、って確信できたから。だから……」
パン、と乾いた音。
レクがフィアー……トキアさんの頬を平手で叩いた。
「バカじゃないですか! 今あなたに死なれたら私一生引きずる、って散々言ったでしょ!
なのになんにも考えずに死にたい死にたいって……
なにがあったか知りませんけどね!
人の迷惑考えろこのバカ!
あなたに出会えて幸せだった私の気持ちもちょっとは汲み取れこのバカ!
あなたの命を一生背負う羽目になるお姉ちゃんのこと考えろバカ!
バカだバカだと思ってましたけど、ここまでバカとは思いませんでしたよ! この大バカ!」
大粒の涙をこぼして、今度はレクが嗚咽に溺れる。
「……レクちゃん……」
頬を押さえてレクを見上げるトキアさん。
レクの頭を撫でて、涙をそっと拭いてあげる。
「ちなみに、なんで死にたいと思ったの?」
レクの代わりに、そう尋ねた。
「……私は、頭悪いし。せっかく通わせてもらってるのに、小学校からずっと不登校の、社会不適合者だし。
時々食べるの忘れたりして、お母さんとお父さんに迷惑掛けてばっかりだし。私みたいなヤツ生まれてこなかったら、二人はもっと幸せな人生だったはずだから。
だから、死んじゃえば良い、って……」
「くっだらな! 理由ダッサ!」
レクが吼える。
「よく私に『親や姉と話してみろ』とか偉そうに言えましたね! あなたこそ親と全然喋ってないでしょ!
まず親がどう思ってるかちゃんと聞いてから出直してこい!
『自分が生まれて不幸な人生だったか』って真っ正面から聞いてこい!
それでもし仮に『不幸だった』とか『死んで欲しい』とか言われたら、私のところに来ればいい!
私があなたのこと養ってやる!
私の人生、終わりまで見せてやるから、黙って私に付いてこい!」
私もトキアさんも、似たような驚きの表情でレクを見ていた。
酸欠気味になったレクが、肩で息をしながら涙を拭う。
「……あなたが好きです。死なないでください」
絞り出すような、真っ直ぐな告白。
その言葉に、トキアさんは再び、涙と共に声を上げ始めた。
(……申し訳ございません、主様)
(なにが?)
(私が全面的に間違っていました。フィアーを殺せ、などと……)
(別に謝ることない。私が負けてたら、こうはならなかったんだし)
(……私が主様の負けを考えるなど、あってはならないことでした)
(あなたもあなたで真面目すぎ。そういう視点も必要よ。これからもよろしくね)
(はっ……。ありがとうございます)
(それよりダメージは平気?)
(……おそらく修復に三日はかかるかと。その間、核羽も回復しなくなります)
(分かった。それくらいで済んだなら良かったわ)
(無論、その前に主様の回復に努めさせていただきます)
(ええ、悪いけど、お願い)
ここまでお読みいただきありがとうございます。
もし「面白い」、「続きを読みたい」などと思っていただけましたら、
↓にある星の評価とブックマークをポチッとしてください。
執筆・更新を続ける力になります。
何卒よろしくお願いいたします。
「もうしてるよ!」なんて方は同じく、いいね、感想、お待ちしております。