8
振り下ろされた血鎌を横に跳んで躱す。
コンクリートの床を豆腐のように斬り裂いて、中に埋まって行った。
床に注目。
次の瞬間、私の真下から血鎌が飛び出してくる。
後ろに跳んで回避……
直後、血鎌が私の目の前で弾けた。
無数の血の針に形を変えて、迫り来る。
「くっ!?」
薙刀で防ごうとしても、空中で形と軌道を変えてスルスルと掻い潜ってくる。
それでもなんとか回避と防御。
前からの猛攻。左右からの挟撃。背後から奇襲。
多種多様で変幻自在な針たちに対処が間に合わず、服の端や皮膚に切り傷ができていく。二つ、三つ、四つ五つ六つ……
私が防戦に徹する中、フィアーが跳んだ。
血の鎌を生成して、そのまま左手に握るのが視界の端に見える。
前後左右の血の針群に合わせて、頭上からの強襲。
「輝け。――原初の衝撃――!」
「!?」
発動の衝撃で針を吹き飛ばして。
フィアーの鎌に、薙刀をぶつけた。
刃迫り合い。
そのまま、鎌を砕いてフィアーに届かせようとする。
けれど……
「くぅ……っ!」
鎌を砕くどころか、少しも前に押し出せる気がしなかった。
とても血でできているとは思えない。
鉄塊相手にナイフで斬り付けているかのようだ。
(そんな……、まさか傷一つ付けられないなんて……)
スォーの絶望の思念。
「……これは、ちょっと押し切れないな」
フィアーが呟いて、後ろに飛んだ。
誰も居なくなった空中を薙刀が通り過ぎる。
(あの血の鎌、というか、血の武器……)
(現実にあり得ないほどの高密度で圧縮されています。これが、フィアーの魔法なのでしょう。
……申し訳ありません。今の私では、太刀打ちできません)
鋼鉄すら遥かに凌駕する硬度と威力。
しかもそれが、鎌にも針にも縄にも、自由に変形するんだから嫌になっちゃう――。
フィアーは針を戻して、再び大鎌を形成し始める。
それは、先ほどまでより禍々しく表面を蠢かせて、色濃く、巨大に成長していった。
――その威容に、私の体が、本能的に立ちすくむ。
二つ名の『死』を具現化した、その象徴に。
「もう分かっただろうけど、私の武器は血。傷口から血が出れば出るほど、量も密度も増していく。
今はまだその薙刀に敵わないけど、すぐに真っ向から叩き斬ってあげる」
(ならば主様。時間掛けて失血を狙……)
「ちなみに、今最高に血多いから。早々枯れないよ。
レクちゃんが毎日美味しいご飯食べさせてくれたお陰でね」
禍々しい、赤黒い巨大鎌が、その先端を私に向けた。
(……主様。相手は殺しに来た相手。今回ばかりは、殺傷を辞さないことを具申致します)
(……フィアーを、殺す?)
(はい。……信念に反するとは存じます。ですがもう、フィアーまで救おうとしていては、主様もレク様も助かりません)
――人を殺す……? 私が?
まだ10代だろう、この子を。
レクも懐いてる、この少女を。
ホムラに利用されているだけの、彼女を……。
(主様。どうか、お覚悟を。この戦いは最早、命のやりとりに他なりません)
……確かに、スォーの言うとおりだ。
ナナやソラより、圧倒的に強い相手。手加減なんてしていられない。
レクか、フィアーか、どちらかを選ぶしかないのなら。
(……迷う余地なんて、あるわけない)
(……お辛い思いをさせ、申し訳ございません)
――でも。
(本当に?)
――思い出す。
前世、戦争の日々を。
殺意を持って、挑んだ戦を。
死と隣り合わせだった、毎日を。
人間殲滅を叫ぶ先代魔王を、この手で弑した時のことを。
――殺し殺されの日々が嫌で、前世では平和のために奔走した。
なのに、転生した先で、まだこんな幼さすら残る少女を、殺さなければいけないのか。
(……いや、違う)
もしこの戦いが戦争ならば。
目の前の少女は、それに巻き込まれただけ。
その彼女を敵として殺めるのは、違う。
――絶対、違う。
(主様。お気持ちは分かります。ですが、このままでは……)
(ふふ。ありがとうスォー。あらためて、相棒があなたで良かった)
(……もったいないお言葉です)
(初めてガーゴイルと戦った時、あなたは知覚できない、って言ってくれたわね)
(え? は、はい。左様ですが……)
(ナナとソラの時は、どうだった?)
(知覚できない、というほどではありませんでした。……が、私が単に見慣れたからでございます。決して主様が弱くなったとか、そういうことでは……)
(ううん。事実、ナナとソラと戦った時の方が、弱かったよ私)
(そう……でしたか? あまりそうは感じませんでしたが……)
(あの時は、ナナとソラに刃を向けるのが正しいのか、内心迷ってた。
……だから、教えてあげるわ)
「砕け。――再来の撃滅――」
「……っ、なに……?」
周囲に広がる黒光に、フィアーが戸惑った声を出す。
「みんなを救うためだったから、私はアイツに勝てた」
――私の前の魔王、ギデルリオン。間違いなく、私が戦ってきた中で最強だった。
「弱きを助けたいと思うとき、私は誰より、強くなれた――!」
憎しみや殺意が、私に力をくれたことなんかない。
――そもそも、嫌いだから。そんな感情。
「『これは殺し合いだ』って気付かせてくれてありがとう。
だったら、私の勝利は『この場の誰も死なせない』以外にあり得ない」
フィアーを見る。
……良く見ると、凄い美人さんだ。どこか暖かい雰囲気で、愛嬌もある。
大人になったら、きっともっと、綺麗で素敵な人になるだろう。
「時間が経ったら失血しちゃうわ。早めに終わらせなくっちゃね」
薙刀が放つ黒光は、これまでより激しく波打って。
これまでよりずっと、明るさを増している。
フィアーが眉を顰めた。
「……この状況で、まだ私を殺す決意できないの?
負けたら自分がどうなるか、妹がどうなるか、本当に理解できてる?」
「うん。もちろん理解できてる。
だから、私は、負けない」
薙刀を構える。
黒光が、朝空を黒く照らす。
「『負けない』って言って勝てるなら、誰も苦労しない」
「普通の人ならね。でも、私だから」
「……嫌でも殺し合いせざるを得なくしてあげるよ」
巨大鎌がその首を伸ばして、振り下ろされた。
(主様! 殺さない場合、武器の方をなんとかしないと)
(分かってる)
私に触れる瞬間、巨大鎌が中央から断ち斬られた。
手首とのつながりを斬られた鎌の前部が、ただの血になって私の背後にびしゃりと落ちる。
「……えっ?」
(なっ……!?)
私は駆け出して、返す刀でフィアーに襲いかかった。
フィアーはすぐに残った血を分散させ、無数の針に変えて私を迎え撃つ。
――でもそれは、さっき見た。
しかもさっきより少なくなっている。
受け、避け、躱し、弾き、逸らし……
全てを回避して、フィアーの懐に。
「み、見えな……」
(ち、知覚、できない……っ!)
左手首の傷口から伸びる血の根元を、斬り落とした。
「くっ、こんな、なんで……!」
「あなたが言ったのよ。血はいくらでも湧いてくる、って。
つまり、妖玉の本体とは通じてないって事。
だったら、武器破壊しても命に別状無いでしょ?」
(あ、ありえません……あの血の鎌も針も、今の私より数段強かったハズなのに……)
(私の込めた魔力が、あなたより数段弱いわけないでしょう?)
魔力は、意思の力。
魔法は、想像の具現化。
百年来『救う』ことに研ぎ澄ませた私の意思と想像が、十数歳の子供の意思と想像に負けるはずない。
「このっ!」
少なくなった血で何とかしようと左腕を振るうフィアー。
薙刀を真上に投げ、空いた両手でその左腕を取る。
そのまま足を掛けて背中を潜り込ませ、背負い投げの要領で投げた。
……もちろん、頭をコンクリート床にぶつけないよう、角度調整して。
「がはっ……!」
背中を打ち付けて、フィアーが鈍い悲鳴を零した。
――変化状態だし、これくらいなら大丈夫よね……?
落ちてきた薙刀を掴む。
「あなたの負けよ。今、妖玉取り出してあげるから」
そう言って、フィアーの横に膝を付く。
「……ふふ、本当に甘いのね。性格も、詰めも」
フィアーが匕首を持つ。
「斬首。――愚かに漁れ、好奇の秘密――」
一切のためらいなく、自分の左首筋を真横に斬り裂いた。
「トキアさん、もうやめて……!」
レクの悲痛な呼び声が、響き渡る。
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