7
翌朝、8時50分。公園の前でレクを待つ。
昨日メイプルとタンザナイトが襲撃された、公園の入り口で。
5分ほどして、レクが来た。
目が合うとレクはなにも言わず、背中を向けて歩き出す。
私もそれに付いて行く。
無言で歩きながら、
『どうすれば、レクを救えるか』
そればっかり、ずっと考えていた。
(主様。ナナ様とソラ様に連絡しておいた方が……)
(……レク伝手だけど、『誰にも言うな』と言われてる。それは、トキアってヤツの指示かもしれない。もしバレたら、レクが何されるか分からない。そんな危険なこと、できない)
(ですが……)
――何が言いたいかは、察しが付く。
『このままレクが人質取られたら、私は負ける』
他ならぬこの子を見捨てるなんて、する気も無いしできる気もしない。
私とスォーの間に言葉にしない絶望感が漂う中、朝の道路を二人で進む。
†
「ここ」
レクが言う。
二階建てのアパートの前だった。
そのままアパートの敷地内に入っていく。
レクが106号室の前で立ち止まり、インターホンを鳴らした。
ガチャッ……
「わーい2日連続レクちゃんの朝ご飯だー」
底抜けに脳天気な声と共に、一人の女性が現れた。
「食べるの面倒とか言ってた人と思えないセリフですね」
言いながら、レクも穏やかに笑って軽口を言う。
「あはは、お陰で太っちゃったかも」
「じゃあ今日はヘルシーな感じにしましょう」
「よろしくお願いしまーす」
そこでレクが私に振り返る。
やっとその女性も私に気付いたようだった。
「それで、あの、今日は連れが居るんですが……」
「……えっ?」
むちゃくちゃびっくりした様子の女性。
「さ、先に言ってよ……レクちゃんしかいないと思ってはしゃいじゃったじゃん……」
「ちゃんと覗き窓見てからドア開けてください。一応女の子なんですから」
「はい、すみません……」
――なに、これ?
めっちゃ和気藹々(わきあいあい)してる……
というかレクの方が立場上っぽい……?
「えっと、私の姉です。探し人の話したら、自分が直接話す、ってことだったので」
「どうも初めまして。真塔トキアです。妹さんにはいつもお世話になっています」
「……こちらこそ、お世話になっています。姉の春日野トアです」
「今日は来てくださってありがとうございます。どうぞ中へ。狭い部屋ですが……」
「……トキアさん、そういう社交辞令言えたんですね」
「いや私も人生で初めて言ったけどさ……」
レクが中に入ろうとして、トキアさんに近づいていく。
「レク。私から離れないで」
とっさにレクの手を掴む。
「ちょっ!?」
視線はトキアさんから離さない。
一挙手一投足に、注視する。
僅かな睨み合い。
「……なるほど。お姉さん、ピュアパラだったんですね」
「なにすんの、離して!」
レクが勢い良く私の手を振り払う。
私の手が離れた反動で、レクの体がよろけた。
そんなレクを、トキアさんが抱き留める。
歯噛みする。
状況は、最悪だ。
「場所、変えましょうか」
トキアさんは敬語のまま、そう提案する。
「空は飛べますか?」
尋ねながら、トキアさんはレクを抱き上げて、お姫様だっこした。
「レクちゃん。お姉さんとの話し合いの間、大人しくしててね」
「は、はあ……」
僅かに頬を赤くして、レクは一心に、トキアさんを見上げていた。
「――変化――」
次の瞬間には、フリル和装に変身していた。
裾が短いのはナナやソラと一緒。上半身の右半分は普通の和服と同じデザイン。
左側だけ肩口から大きくスリットが入っていて、脇の下からあばらの側面が丸見えだ。
「『死』のフィアー。なんでも、インピュアズの中で一番殺人性能に優れた個体らしいです」
まるで工業製品を評価するかのように、トキアさん……フィアーは、あらためて自己紹介した。
「……はっ?」
レクが目を見開いて、トキアさんを見る。
「――変身――」
私もピュアパラ……じゃない、リトルウィッチに変身する。
「…………」
私を見て、再びフィアーを見て、最早言葉にならない様子のレク。
「その薙刀……」
フィアーもどこか驚いて、私の右手に握られた得物を見た。
「……あなたが、ブレイドでしたか」
「分かっててレクに手を出したんじゃないの?」
「まさか。ターゲットの妹の前で行き倒れられるほど、器用じゃありません」
くすくすと笑うフィアー。
そしてチラリと背後に視線を配って見せた。
「あっちです。遅れないようにしてくださいね。
……レクちゃん、歯を食いしばって。舌噛まないように」
言うや否や、フィアーが跳躍。
そのまま空を飛んでいった。
レクの悲鳴が遠くなっていく。
罠と分かっていても、レクが連れられた以上追わないわけにはいかない。
現実世界で初めて空を飛んで、二人の後を追った。
†
5分は飛んだだろうか。
ひまわり地区の北。工業地帯の外れにある廃ビル。
その屋上に、フィアーは降り立った。
フィアーはレクを座らせる。
屋上の際、欄干にもたれ掛けさせるように。
その後、右袖から小さな匕首を取り出して鞘から抜いた。右手に持ち、自分の左人差し指の先端を切る。
じわりと浮かんだ血は、けれど垂れることなく。
空を這ってレクの両手首を縛り付けた。
血の縄はそのまま欄干まで伸びて、レクの両手首と錆びた欄干を結び付ける。
「窮屈だろうけどごめんね。すぐ済むから」
「…………」
黙ってフィアーを見上げるレク。
「……私を探してたらしいけど。一体なんの用?」
遅れて屋上に降りながら、私は尋ねた。
「……依頼されたのは、暗殺です。さっきも言いましたけど、私、人殺しの才能あるらしいですよ」
フィアーが振り返る。
そして次の瞬間、ためらいもなく、匕首で左手首の内側を深く斬り付けた。
「なっ!?」
レクの悲鳴に似た驚き。――それは多分、心配も含まれて。
フィアーの左手首から吹き出す血は、けれど一滴も下に落ちることはなく。
空中にたゆたって、少しずつ広がっていく。
「……レクを離せ」
薙刀を構える。
「そんなに心配なら、もっと普段からコミュニケーションとってあげれば良かったのに」
空中を漂う血越しに、フィアーが私を見下ろしていた。
「自分のせいで妹がどれだけ寂しい思いをしてるか、見て見ぬ振りして。自分だけ親の愛を独り占めして。
それなのに、いざ事が起きたら妹を守る姉の演技?
レクちゃんが私みたいな悪党に簡単に騙されちゃったのは、あなたのせいよ。
人としては天才かもしれないけど、姉としては劣等だった、あなたのね」
――聞く耳持つことない。
冷静な部分では、そう思いつつ……
……フィアーの、どこか真に迫った物言いが。
いくら無視しようとしても、私の心に突き刺さってくる。
「この子はあなたなんかに返してあげない。
心臓に妖玉埋め込んで、その権限は私がもらって、愛玩奴隷として一生こき使うの。
自我も記憶も無くさせて、ただ私だけを愛してくれる、都合の良い女の子。
――それが嫌なら、私を殺してみろ。ブレイド!」
まるでその言葉に呼応するように、血が圧縮、収束していく。
「斬刑。――命狩の血鎌――」
巨大な血の大鎌が空中に形成された。本人の身長の二倍はあるだろう。
血というのは、魔力や妖力の媒介としての性質を持つ。
ナナとソラが変身に使ったように。
私が二人の妖玉にアクセスしたように。
であるならば。
魔法や妖術を血に直接掛けるのは、理論上、最高効率に間違いない。
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