5
~Interlude 【レク 5】~
お昼の12時50分。
ドアが開いて、トキアさんが帰ってきた。
「お帰りなさい」
お昼を作ってる最中の私。
「…………」
目が合うと、トキアさんが黙って固まった。
「黙って入られるのちょっと怖いんで、次から何か言ってくれます?」
「あ、ごめんなさい。ただいま……」
なんか様子がおかしい。
「もうすぐお昼できますけど……どうしました?」
「いや……」
「?」
「……誰かに出迎えられるの、いいなあ、って」
……またすぐそういう可愛いこと言う。
この人はもう存在自体があざとすぎる。まんまと私も嬉しくなっちゃうから、ほどほどにして欲しい。
「ちょっとガッカリしてたけど……レクちゃんのお陰で、元気出てきたよ」
「それなら良かったですけど。ガッカリって、人捜しダメだったんですか?」
「うん。ちょっとね……」
トキアさんが靴を脱いで上がる。
私の横で手を洗い始めた。
「今日のお昼なあに?」
「イワシのパスタです。イワシ安かったのと、魚捌いてみたいと思って」
「パスタ? どうやって茹でたの?」
「レンジで茹でられるのが売ってるんですよ」
「なるほど……、さっきから凄い良い匂い。お腹ペコペコだよ」
「ふふっ、もうちょっと良い子で待っててください」
「はーい」
トキアさんが部屋に行く。
「……? あれ?」
早速違和感を覚えた模様。
盛り付けながら、ニヤニヤしてきちゃう。
「どうかしました?」
努めて平静を装う。
「なんか……床が綺麗な気が……」
「気のせいじゃないですか?」
「え? いやでも、踏んだ感触もちょっと違うし、角の所もホコリたまってた気が……」
振り返るトキアさん。
ニヤニヤが抑えられないまま見返す私。
「優しい妖精さんがハンディクリーナー掛けてぞうきんで拭いてくれたのかもしれませんね」
また固まるトキアさんだった。
「……レクちゃんは天使じゃなくて妖精さんだった……?」
「……ジョークです。真面目に受け止めないでください」
「でもそんなのどこに……」
言って部屋を見渡すトキアさん。
すぐに私のカバンに目を付ける。
次に、窓の外、ベランダで干されてるぞうきんを見つけた。
「できましたよ。キレイになった部屋でお昼にしましょう」
両手にパスタの皿をそれぞれ持って、トキアさんを追い越す。
「……レクちゃん、それテーブルに置いて」
「? 言われなくても置くために持ってきたんですよ。なにか飲み物用意してく……」
パスタをテーブルに置いて、手を離した瞬間、横から攫うように抱きしめられた。
勢いそのまま、私たちは倒れ込む。
トキアさんは倒れながら器用に体を捻って、自分を下敷きにした。
「ちょっと! 危な……」
「レクちゃん、大好き!」
痛いくらいの力で抱きしめてくる。
「分かった、分かりましたから……」
「こんなにいっぱいしてくれて、恩返しのアテがないよ」
「……やりたくてやってるんで、別に要らないですって。それより早く離して……」
「まだ11歳なのに、謙虚で、可愛くて……私なんかに優しくしてくれる天使な妖精さんで……。
私、夢でも見てるみたい」
「夢じゃありませんから。パスタ冷めちゃいます。早く食べて欲しいんですけど」
「そうだ、それも楽しみだったんだ」
「でしょう、だから……」
「でも今はレクちゃんとぎゅーしてたい! 離れたくない!」
なんか琴線に触れすぎてしまったらしい。
……だとしても動物か、この人は。
「後でにしてください! 作りたて食べてもらいたくて、調節してたんですから!」
「健気! 可愛い! 好き!」
――だめだこりゃ。
「……すぐ食べてもらえないならもう作りに来ません」
即手が離れた。
ジト目でトキアさんを見上げて睨む。
「分かったら飲み物用意してください」
「……はい。分かりました」
そのまま冷蔵庫に行って、ペットボトルのお茶をコップにくみ始めるトキアさん。
――まだ私の心臓がバクバクして、うるさい。
†
「朝言ってた手がかりって、結局空振りだったんですか?」
ある程度、双方の心が落ち着いた頃。
一緒にお昼を食べながら、私はそう尋ねた。
「空振り、ではなかった。一応、ブレイドのこと知ってる人達には会えたの。けど、今は一緒に居ないらしくて。また振り出し」
そう言いながらイワシをフォークで切って、パスタと一緒に巻いて口に入れるトキアさん。
「……ブレイド?」
「あっ……」
露骨に『ヤベッ、言っちゃった!』って顔するトキアさん。
「……探してる人って、日本人ではないんですか?」
口に入れた物をもぐもぐするトキアさん。
飲み込みながら、なんと答えるか考えてる様子。
「……いや、渾名みたいなもの。日本人だとは思う。多分」
「多分って。そこすら曖昧なんですか?」
「まあ、確定ではないけど。それはほぼ間違いないと思うよ」
「……それで、そのブレイド? って人はどんな人なんです?」
「どんな……。聞いてどうするの?」
「西区画だったら私も住んでる所なので。もしかしたら何か協力できるかもしれないと思って」
しばらくの間、「うーん」と唸って考え出すトキアさん。
食べる速度も遅くなっている。
「……すみません。とりあえず食べてからにしましょうか」
「あ、うん。そうだね」
残り少ないパスタを二人無言で食べきった。
「……それで? まとまりました?」
「うーん。正直巻き込みたくなかったんだけど……西区画に住んでる人の情報は欲しいなあ、って悩んでる」
「なんかトキアさんっていっつも見当違いですよね」
「急にブラックレクちゃん……」
「巻き込みたくないとか、どの口が言うんです?」
「いやまあ、確かに、反論の余地ありませんけど……」
また「うーん」と悩み始める。
「そんなに悩みます? 別に新しい情報が出れば良し、私が知らなきゃそれまでじゃないですか?」
「……うん。まあ、そのとおりだね……。レクちゃん頭良いね……」
「トキアさんと比べたら、まあそうかもしれません」
「小生意気なとこも可愛い……」
予想外の角度で反撃されて、今度は私が黙ってしまった。
「うーん、まあ、それじゃ協力してもらって良いかな?
一応、分かってる情報としては……
『多分13歳の女の子』
『ひまわり地区に住んでいると思われる』
『色味の薄い髪っぽい』
『身長は低めらしい』
『近所に中学生の友達がいる』
……くらい」
「……ろくな情報ないじゃないですか」
不確定情報が多すぎる。多分、とか、思われる、とか、っぽい、とか、らしい、とか。
13歳が中学生の友達居るなんて当たり前だし。
「あ、あと柄が長い刃物を持ってる。けど、普段は持ち歩いてないはず」
「……そりゃそうでしょうね」
そんなの持ち歩いてる人間どこにいるのか。本当だったら即警察に捕まるだろう。
というか………
「……もしかして、マンガかアニメの見過ぎじゃないですか?」
「いやまあ、そう思われても無理ないんだけどさ……。一応、本当の情報なのよ」
……まあ、妄想にしては家を借りたりお金を持ってたり、行動力がありすぎる。
世の中そういう人も居ないとは限らないけど。
「ともかく。ブレイドって渾名の、13歳の女性ですね?
姉が13歳ですし、なにか知ってるかもしれません。今夜にでも聞いてみますよ」
「本当? なにからなにまで、ありがとう」
「なにも手がかり出てこない可能性の方が高いですから。あんまり期待しないでください」
「とにかくなんでもいいから情報が欲しい状況だもの。聞いてくれるだけでありがたいよ」
それからトキアさんが朝と同様にお皿とコップを洗ってくれる。
「少しお昼寝してから、また探しに行こうと思うんだけど……」
「分かりました」
――昼寝する猶予あるの? と心配にならないでもない。
「ちなみに帰るの何時頃で……どうしたんです?」
なんか、もじもじし始めるトキアさん。
「……レクちゃんと、お昼寝したくて」
「…………」
「……なんか言ってよ……」
「……じゃあ、私もリフレッシュがてら寝ます」
ぱあっ、と表情が明るくなるトキアさん。
「やったー!」
とはしゃぐトキアさんは、そりゃまあ、可愛いんだけど……
――なんか段々、子供みたいになってきてない?
まあ、私相手に素を出せるようになってきた、ってことなんだろう。素直に喜んでおくとしよう。
それから少しして、水の音がやむ。
「洗い物終わったし、お昼寝タイムだー」
と言うや否や、おもむろに服を脱ぎだしたトキアさん。
――そういえば、前に全裸で寝るとか言ってたな。
「……今日の昼寝くらいは服着ません?」
「服着てると安眠できなくて。レクちゃんも裸で寝てみる? 気持ちいいよ」
「できるわけないでしょ!」
そう反射的に怒鳴りつけたものの……
この分だと来週……いや、もしかしたら明日にでも、裸になって眠りたい衝動に駆られそうで、怖い。
いやだって、流石にそれは、その……なんというか、あんまり良くないと思うから……
でも、私が怒鳴った理由が心の底から分かってない様子のトキアさんに、多分すぐに感化されちゃうんだろう、と予想できてしまった。
それくらい、裸のトキアさんに抱きしめられる昼寝は、心地良かった。
――いやでも、幸せそうに眠りにつく間抜け顔に段々腹立ってきたから、やっぱり大丈夫かも。
寝られるわけもない私に構わず。トキアさんの鼓動は一つ、また一つと、規則的に私の耳を打つ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
もし「面白い」、「続きを読みたい」などと思っていただけましたら、
↓にある星の評価とブックマークをポチッとしてください。
執筆・更新を続ける力になります。
何卒よろしくお願いいたします。
「もうしてるよ!」なんて方は同じく、いいね、感想、お待ちしております。