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~Interlude 【レク 4】~
それからは、朝と放課後にトキアさんのアパートに通う毎日。
朝は流石に無理だけど、夕飯はすぐ私が作るのが日課になった。
トキアさんが「レクちゃんのご飯食べなきゃ熟睡できなくなっちゃった」とか言うから。
……その言葉が身震いするほど嬉しくて、調子に乗ってホイホイ作りに行く私も私だけど。
昨日は、学校行く直前、
「行ってらっしゃいのぎゅー、したいな」
とか、おねだりされるものだから、断れずにしてしまった。
――本当に依存しちゃいそうだから、もうする気なかったんだけど。
そんな決意は一瞬で吹き飛ばさてしまう。
「えへへ、レクちゃん可愛い」
咄嗟に「そういうあなたの方が可愛い」と返せる語彙がなくて、後で少し後悔。
出会って十日もしてくると、トキアさんのことについて色々と分かってきた。
本当に16歳の高校1年生であること。
家はここから新幹線で1時間半ほどであること。
依頼されて、ある人を探しにここに来たこと。
住まいや生活費は、その依頼人から用意してもらったこと。
依頼人は、以前トキアさんを救った人だということ。今回は、その恩返しもかねていること。
(過去に私みたいな人がいたのか……)
まあ、そこまでは理解できない話でもない。
ただ、そうだとしても女子高生に人捜しの依頼をするのは違和感がある。
けれどそこはどうやら、言いたくないようだった。
依頼人との関係性や事情があるのだろう。私も特にそれ以上は詮索しなかった。
†
トキアさんと出会って、二度目の土曜日。
いつもの時間、いつものようにトキアさんのアパートにやってきた。
先週の土曜日は家族と、日曜日は友達と、それぞれ過ごす約束をしていたから来られなかった。
だから、休日にトキアさんのアパートに来るのは今日が初めてだ。
「わーい朝からレクちゃんのご飯だー」
ドアを開けるや否や、私より年下の子みたいにはしゃぐトキアさん。
「昨日も言いましたけど、朝だしそんな大層なもの作れませんからね」
そんなトキアさんに、自然と私の頬も緩む。
カバンを部屋の隅に置かせて貰って、そこからエプロンを取り出して着る。
キッチンで手を洗ってから、朝食の準備を始めた。
冷蔵庫から食材――昨日トキアさんと二人で買い物した――を取り出す。
まずお皿にキッチンペーパーを敷いて、ベーコンを並べる。その上からまたキッチンペーパーを押しつけるようにして、レンジへ。
これでカリカリベーコンを作っておく。
チンしてる間、卵、牛乳、塩こしょう、それとケチャップを混ぜて、固形チーズを千切って加える。
フランパンにバターを入れて、それが溶けて全体に渡ったところでさっき混ぜた物を流し入れる。
菜箸でかき混ぜながら、良い具合に固まったところでお皿に盛り付けた。
「スクランブルエッグ? 先にケチャップ入れちゃうんだ」
と横で見てたトキアさん。
「私はそっちの方が好きなんです。オススメですよ」
「へえ、初めて。楽しみ」
「食パン出しておいてください」
「はーい」
粉末のコンソメをカップに入れ、冷凍しておいたタマネギスライス――一昨日作っておいた――の小さいヤツを三枚ほど投入。
お湯を沸かして、カップの中に注げば、即席オニオンスープのできあがり。
レンジからカリカリベーコンを取り出す。
スクランブルエッグに添えて、テーブル――私が料理するようになってからトキアさんが買ってきた、折りたたみの小さい物――に乗せた。
トキアさんが用意した食パン1枚とあわせて、これが今日のトキアさんの朝ご飯。
「美味しそう! いただきます」
「本当はトーストの方が合うとは思いますけど」
流石にトースターを買わせるのは無理があるし、しょうがない。
初対面の時に言ったことを気にしてか、律儀にコンソメスープから飲むトキアさん。
次にスクランブルエッグを一口。
「トロットロ……、焼き加減最高……」
カタコトのアニメキャラみたいになるトキアさん。
「え、美味しっ、……ケチャップ掛けるより好きかも」
「ありがとうございます」
次にベーコン。
「あー、なるほど、凄い合う。口の中幸せ……」
「大げさな気しますけど、お口に合ったなら良かったです」
「大げさじゃないって。天才だって」
それから、無言で食べ進めるトキアさん。
――お世辞じゃなかったみたいで、私も嬉しい。
美味しく食べてくれる人が居ると、料理がドンドン好きになっていく。
最初は『お姉ちゃんの不得意なこと』なんて不純な理由で選んだ趣味だけど。
今では、料理を選んで良かった、と思える毎日だ。
†
「今日はこれから例の人捜しするんですよね?」
食後。
キッチンでお皿を洗うトキアさんに確認する。
「うん。西区画の方でちょっとした手がかり見つかったから。そっちの方に行ってみる」
「西区画……」
私が住んでるのも西区画だ。
「お昼には一度戻ってくるから」
「何時頃か分かります?」
「そうだなあ。1時には帰るようにするよ」
「分かりました。じゃあそこに合わせてお昼作っておきますんで」
「やったー」
「なにか食べたい物あります?」
「レクちゃんのご飯なら、なんでもいい」
「なんでもいい、が一番困るんですってば」
「えー? 本当なんだもん」
普段からこの調子だ。
……まあ、『なにが出てくるか分からない』というサプライズ要素も楽しみの一つにしてるんだろう。
そんなエンタメも求められるのが、趣味料理人か。
――いいでしょう。やってやりますよ。
「……分かりました。なんか考えときます」
「お昼が楽しみだなー」
洗い終えたトキアさんが手を拭きながら部屋に戻ってくる。
「って言っておいてなんだけど、本当にお留守番お願いしちゃって良いの?」
「散々言ったじゃないですか。家だと家族居るし、姉が友達連れて来たりするかもしれないから、静かな場所が欲しかった、って」
言いながら、私はテーブルの上に勉強道具を用意している。
「でも中学受験目指してるなら、親御さんに言って塾行かせてもらえば良いのに」
「……言えると思います? 『姉と同じ中学に行きたくない』なんて、そんな自分勝手な理由」
お姉ちゃんはひまわり地区内の公立中学に通っている。どれだけ名門から誘われても、離れる気は無いらしい。
私も、このままならその中学に行くことになるだろう。
そうなると、一年同じ学校に通うことになる。
――今年からやっと、小中で別れられたのに。
「別に良いと思うけどなあ。どんな理由でも」
「……姉と比べられたくない、なんてワガママで、無駄なお金使わせられませんよ」
「レクちゃんは一度お父さんお母さんと話してみるべきだと思うな。あとお姉さんも」
「親に嘘ついて家出てきた人に言われたくありません」
「それ言われちゃうと弱いけど……」
ペンケースをテーブルに置いて、トキアさんに正面から向き直る。
「ともかく。静かに勉強できる場所をくれてありがとうございます。お礼にご飯作りますから、どうかお願いします」
「そんな卑屈にならなくても。こっちこそお願いしますだよ」
「なら良いじゃないですか。WinWinでいきましょう」
「分かったよ。……それじゃ、そろそろ行ってくるね」
「また行き倒れないでくださいね」
「あはは、大丈夫。誰かさんのお陰で最低でも一日二食はとれてますから」
財布から五千円札を取り出して、テーブルの上に置く。お昼の食費のつもりだろう。……こんなに要らないけど。
「それじゃ行ってきまーす」
「行ってらっしゃい」
それからこれといった準備もなく、トキアさんは部屋を出て行った。
バタン、とドアが閉まる音。
十秒……、二十秒……、三十秒……、四十秒……、五十秒……
「……よしっ」
心の中で六十秒を数えて、私は再びカバンを開く。
中から小型のハンディクリーナー、ぞうきん、スプレー型の住宅用洗剤を取り出した。
この部屋に来るようになって10日ほど。
こまめに掃除してるとはいえ、そろそろ汚れが無視できないレベルになってきている。
――まあ、住んでる本人は全く気にしてないみたいだけど。
物も少ないから、大した労力も掛からないだろう。
――ふふん。サプライズをご所望なら、徹底的にやってやろうじゃない。
ということで、まずはハンディクリーナーの電源を入れた。
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