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~Interlude 【レク 3】~
――あの人は、一体何者なんだろう?
学校にいる間、ずっとそのことばっかり考えてしまう。
まず状況が意味分からない。
学校休んでマンスリーアパート借りて、なにしてるの?
そのためのお金と契約者は? 未成年って多分そういう契約できないよね……?
あるいは、そもそも学生じゃない?
学生時代のスカートを穿いてるだけ?
後で聞いてみようか、とも思うけど……
最長で一ヶ月で別れる相手。そこまで深入りして、別れが辛くなるのもイヤだし。
それに、これ以上プライバシー侵害すると、本当に嫌われちゃうかもしれない。食事と違って、100%私の興味本位でしかないんだから。
そんな考えで、結局私は、トキアさんがなぜここにいるのか、どんな人生を歩んできたのか……
などなど、深く聞くことができないまま、四日が過ぎようとしていた。
†
トキアさんと出会って四日目の放課後。
私は一度家に帰ってから、トキアさんのアパートにやってきた。
「いらっしゃーい」
あれ以来、ちゃんと服を着て出迎えるようになったトキアさんである。
「お邪魔します」
「? なあにそれ?」
手に提げてるトートバッグを見て、トキアさんが尋ねる。
昨日一昨日背負っていたランドセルは家に置いてきた。
「子供用の包丁とまな板とフライパンです」
中に入りながら答える。
「去年買ってもらったんですけど、最近埃かぶってたので。引っ張り出してきました」
「……なんで?」
「コンビニばっかりだと栄養偏ったり胃が荒れるって聞きますし。なにか作りますよ。毎日は無理かもですけど」
「いやいや、流石にそんなことさせられないって」
「トキアさんが倒れないか心配なのは私の勝手。トキアさんの栄養を気にするのも私の勝手。イヤなら追い出してください」
「イヤなわけないけど……」
「家族だけじゃなく、もっと料理する機会が欲しかったんです。
……ダメですか?」
「くっ、上目遣いでおねだりするレクちゃん可愛い……!」
――キモ。
やっぱやめようかな。
「ダメじゃない、ダメじゃないけど……
小学生にそんなことさせて、いよいよ私クズ過ぎない?」
「今更なんで気にしなくて良いですよ」
「……ぐうの音もでません……」
落ち込むトキアさんに、クスッ、と笑みが零れた。
「半分冗談です。トキアさんにもっと喜んで欲しい、っていう自分勝手ですよ。本当にイヤだったら言ってください。喜んでもらうのが第一なので」
黙って、私を見下ろすトキアさん。
感極まったように、頬が赤くなっていく。
――どこか、このままだと泣いちゃいそうな顔で。
「まず一回お試ししてみます? それでマズかったらやめますから」
言いながら、トートバッグから小さなフライパンとまな板、それにプラスチックとゴムでできた包丁をキッチンに置く。
その背中から、トキアさんが抱き付いてきた。
「……どうしてレクちゃんは、いっつも私の感情ぐちゃぐちゃにしてくるかな……」
そんなのお互い様ですけどね。
――まさに今とか。
「もう、その気持ちだけで、お腹いっぱいになるくらい嬉しい。
大好き」
――なに? 感情ぐちゃぐちゃ合戦する気この人?
だとしたら私の完敗でいいから、勘弁して欲しい。
「……トキアさん、プラスチックとはいえ、一応刃物持ってますから……」
なんとかそれだけ言うことができた自分を、褒めてやりたい。
ゆっくりとトキアさんが体を離す。
「……本当に良いの? お母さんに怒られたりしない?」
顔だけ振り返る。
トキアさんは両目を潤ませて、私を見つめていた。
「……そもそもここに通ってること自体、内緒なので。料理しようがしまいがバレたら怒られるとは思います。
ただこの三つは私の部屋にしまってたので、無くなっても気付かれません」
「そんな、そこまでしてどうして……」
「……お母さんもお父さんも、私にそんな関心ありませんから。怒るって言っても、本気で怒ることありません」
「……そうなの?」
「おねえ……姉が一番なので。うちの家は」
――言わなくて良い。
そう頭の冷静な部分では思ったけれど、一度言ってしまった口は、もう止まらなかった。
「おばあちゃんに習ってる薙刀は入賞するくらいスポーツ万能で、そのくせ頭も良くて、海外の学校から勧誘が来るくらいで。
友達も多くて、優しくて、天才で、なんでもできる姉なんです。
そりゃ、親からしたらそんな子、可愛くて仕方ないでしょうから」
自然と拳を握り込む。
――今からおよそ一年前。一緒にお風呂に入るのを断った時、お姉ちゃんのがっかりした顔を思い出した。
その時抱いた、罪悪感と共に。
「唯一、料理だけは興味ないみたいで。食べる方は好きみたいですけど。
だから、私は料理を選んだんです。
『私は料理が好き』じゃなきゃ、生きてる価値ない、って思ったんで」
……沈黙。
なんとなく、気まずい空気。そりゃそうか。
「……ごめんなさい。つまんない話して」
「ううん」
また抱きしめられる。
……けれど今度は、さっきとは少し違う。
私を包むような。優しい抱擁。
「この前、人生がどうのこうの言ったけど……私こそ、全然分かってなかったね」
「いえ……」
「……私がレクちゃんのご飯食べたら、レクちゃんは、少しは救われる?」
「はい。それはもう」
「それじゃ、お願いしちゃおうかな」
「……ありがとうございます。優しいですね」
「レクちゃんよりは優しく無いよ」
私を抱きしめる力が強まる。
少し骨張ったその感触が、心地良い。
生まれて初めて、家族以外に、こんな深く抱きしめられた。
思わず、私も抱き返す。
さっきより幸せがより強く、全身を包み込む。
そんな初体験は、涙が出るくらいに、優しくて暖かかった。
『共依存』
最近ネットか何かで見た、そんな言葉をふと思い付く。
詳しく知らないから厳密には違うかもしれないけど……
今の私とトキアさんが、もしそうなのだとしたら?
――それでこんな幸せなら、まあ別に、それでいいや。
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