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女魔王、転生先で魔法少女になる  作者: ツツミ キョウ
2章 レクちゃん、お姉さんを拾う
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2

Interlude(インタールード) 【レク 2】~



 トキアさんの部屋は、一人暮らし用の1Kだった。

 まるで生活感がなく、部屋の片隅に寝袋とスーツケースがあるだけ。他に私物らしいものも見当たらない。


 ちなみにアパート前で分かれようとしたけれど、「まあまあまあ」と半ば強引に中へ入れられた。

 ――ブザー鳴らしてやれば良かったかも。


「……ご家族はいらっしゃらないんですか?」

「昨日からここで寝泊まりしてるの。ちょっと、ひまわり地区に用があって、一人で」

「……家出?」

「違う違う。ちゃんと親にも言ってるよ。まあ、友達のところ、って嘘はついてきたけど」


 悪びれる様子もなく言って、スーツケースを開ける。


「何が良いかなー。っても大したもの持ってきてないんだけど」

「別に何も要らないですって」

「そうはいかないって。恩人なんだから」

「じゃあこれから朝昼夜ちゃんとご飯食べてください」

「お礼ではなくない?」

「またどこかで倒れてないか、って気にして生きなくて済むので。それで充分です」

「……レクちゃんって、天使?」

「行き倒れを最初に見つけちゃっただけの一般通行人です」


 ――スマホ持ってる人が見つけてたら、すぐ救急車なり警察なり通報して終わりだっただろうに。


「朝昼夜かー。まあ、レクちゃんに言われたら、頑張るか……」

「……頑張らなくても食べてくださいよ」


「あ、これ良いかも」

 トキアさんがスーツケースから何か取り出す。


 ……使いかけの消しゴムだった。


「これめっちゃキレイに消えるんだよ。あげる」

「要らない……」


 目を丸くするトキアさん。

 ……私は多分、冷めた目をしてたと思う。


 スーツケースの中を横目で見ると、ガラガラだった。なんでスーツケースにしたのか分からないくらい。


「あ、じゃあ、この中にあるのなんでも持ってて良いよ」

「……要らないです」


 下着とシャツ、スカートが一組ずつ入ってる以外は、筆記用具やこの部屋の契約書とおぼしき書類。

 とても一人旅の女性とは思えない質素さだ。というか、質素通り越して不足だと思う。


「ちょっと冷蔵庫見ていいですか?」

「食べ物が良かった? ごめん、なんも無いのよ」

「私じゃなくてトキアさんのです」


 一応キッチンに行って冷蔵庫の中を見てみる。

 一人用の小さな冷蔵庫には、本当に何もなかった。小さな冷凍室もあったけど、そっちも空の製氷皿があるだけ。


「……なにか目的があってここにきたんですよね?」

「うん」

「ちなみに何日くらいいる予定ですか?」

「一応この部屋は一ヶ月の契約、って聞いてる。その間に達成できれば、その前に帰るけど」

「やる気あるんですか?」

「怖いよう……」

「あまりに計画性がなさ過ぎます。目的の前にトキアさんが体壊しかねないじゃないですか」


 わざわざ学校も休んで、別の人に部屋の契約をさせる必要があるほど、大事な用件じゃないの?

 

「とにかく。夜はちゃんと食べてしっかり寝てください。そのためのお金でしょ多分。

 で、明日朝起きたら軽くでいいんで何か口に入れてください。ヨーグルトとかで良いですから。お昼もさっきくらいの量は最低限食べるように。

 それでお礼とか何も要りません」


「いやでもそれは一応年上として……」

「年齢は上でも生活力は私の方が上です。言うこと聞いてください」


 シュンとなるトキアさん。


「いいですね? 私もう帰りますから。これ以上留めるようならブザー鳴らしますよ」

「はい、分かりました……」


 ……少し可哀想だけれど、これくらい言っておかないと危なっかしくて仕方ない。

 そのまま私は玄関に戻り、靴を履いて部屋を出た。



   †



 その後、家に帰り、お母さんに行き倒れがいたことを話しながらいつも通り夕飯の準備を手伝う。


 ……お母さんが私の心配したのが分かったから、家まで行ったことは黙っておいた。なので私は、サンドイッチあげた後さっさと帰った、ということになっている。




 その晩。

 やっぱり予想通り、トキアさんがちゃんと食べて寝てるのか気になって仕方なかった。


 そのせいで寝付くのが少し遅れてしまう。

 改めて、なんであの時最初に通りがかったのが私だったのか、とベッドの中で毒づくのだった。


 

   † 



 翌朝。

 早起きしてしまったから、という理由で早めに学校に行く……

 フリをして、トキアさんのアパートに来てしまった。


(……何やってんだろ)


 我ながら自分で自分に苦笑い。


 こんな時間に流石に迷惑かもしれない。

 ――が、先に迷惑掛けた上、気にさせたのはあっちなんだから。


 そう開き直って、トキアさんの部屋のチャイムを押した。


 ドアの向こうでピンポンと鳴る音。

 しばらくの沈黙の後、ガチャ、とドアが開いた。


「……ちょっ!?」

「あれ? レクちゃんだ、おはよ。どうしたの? 忘れ物でもした?」

「何考えてんですか! 早く中に……」


 トキアさんはシャツ一枚の姿で豪快にドアを開けて出てきた。


 トキアさんを押し込むように、二人でドアの中に入る。


「なんて恰好でドア開けるんですか! バカですかあなた!」

「いや、さっきまで裸で寝てたから、何か着なきゃ、って」


 ――いったいどんな環境で生きてきたんだこの人……


 かろうじて本当に極限の部分は隠れてるけど、胸元はボタン掛け違えててあとちょっとだし、ふとももはほぼ付け根まで見えている。


「全部隠れてるし大丈夫でしょ?」

「……大丈夫なわけ無いです。前の道を男の人が通り掛かったらどうするつもりだったんですか」

「こんなガリガリ女見ても楽しくないでしょ」

「そういう問題じゃなくて……」


 そもそもガリガリというほどでもない。スレンダーではあるけど。


「……はあ。もういいです……」

 私の話術では言いくるめられない、と悟って諦めた。


 当初の目的を達成することにする。冷蔵庫を開けた。

 昨日と状態は何も変わっていない。


「……それで、あれから何か食べましたか?」

「うん。今朝ヨーグルト食べたよ。小さいヤツ」

「昨夜は?」

「…………」


 返事が返ってこない。

 睨み返すと、トキアさんの両目が泳ぎに泳いでいた。


「あ、いや、なんか食べたような……食べては、無いような……」


 腕時計を見る。去年買ってもらった、私の好きなアニメのグッズ。

(……今からだと、ギリギリだな……)


「お金」

 右掌を差し出す。

「……えっ?」


「時間が無いの。早く」


「は、はい……」


 トキアさんが財布を取り出して、おずおずと千円札を私の掌に載せる。


「千円で足りますでしょうか……」

「すぐ戻ってくるから。ちゃんと服着ておくように」

「分かりました……」


 早足で玄関に戻り、靴を履いて外に出た。


 


 近くのコンビニで買い物をして、アパートに戻ってチャイムを押す。


 ――今更ながら、なにやってんだろ、と呆れる。自分にもトキアさんにも。


 もともと、ちゃんと食べたか確認だけしようと思ってたのに。

 考えが浅かった。

 あれだけ言っても食べないナマケモノだったとは……

 そして、そんなナマケモノだと予想できなかったとは…… 


「あ、おかえりなさいませ……」

「私の家じゃないですけど」


 出迎えたトキアさんの横を通り抜ける。


 廊下の途中にある小さなキッチン、そのIHコンロに冷凍の鍋焼きうどんを乗せた。封を剥がして、スイッチを押す。


 加熱してる間、レジ袋を持ってトキアさんの前に。


「お昼の分のおにぎりとか入ってますから。ちゃんと食べたか、放課後また確認に来ますからね」


 レジ袋をトキアさんに持たせる。


「ありがとう。だけど……別に放っておいていいよ? 私がどうなろうが、別に関係ないだろうし……」


 イラッ#


「見知った人がまた倒れてないか、とか、死んじゃってないか、って心配しない人いるわけ無いでしょ!

 放っておいてほしければ、自分でちゃんとご飯食べてください!」


「す、すみません……」


 ……素直に謝るトキアさん。

 その姿に、少しずつ、冷静さを取り戻す。


「……いえ、こちらこそ、ごめんなさい。

 確かに、私がしてるのはプライバシーの侵害かもしれません。

 トキアさんがうっとうしがるのも、もっともだと思います……」


「ああ、いや、そんなまさか。うっとうしいなんて全然」

 少し慌てた様子で否定するトキアさん。


 ――そんな反応が、少しだけ、嬉しい。

 

「私なんかに時間使わないで欲しい、って思ってたんだけど……

 言われてみれば、そっか……。

 レクちゃんの気持ち、全然、考えてなかった」


「私も、トキアさんの気持ち考えてませんでした。

 迷惑だったら、追い返してください」


「そんなことない」

 そういうトキアさんは微かに笑った。


 少し大人びたそんな笑顔に、ドキリとしてしまう。


 ――私はどうも、この人の不意の笑顔に弱いらしい。


「心配してくれたの、すごく嬉しい。親以外から心配されたのなんて、記憶にある限り初めてだし」

「……初めて、ってことはないでしょう」


「初めてだよ」

 思いがけず、強い口調で即答。


「世の中には、レクちゃんが予想も付かないような人生が、実際にあるんだよ」

 微笑が満面の笑みに変わる。

「だから、本当に嬉しい。昨日もだけど、今日来てくれたのは、もっともっと嬉しい」


 あまりにも真っ直ぐな言葉が。

 私の心臓を貫いて。

 思わず頬が熱くなるのが、自分でも分かった。


 ぐつぐつ、と煮立つ音で視線を背けることができて、助かった、と思う。


 ――私がしたくてしたことが。

 トキアさんに嬉しいと感じてもらって。

 それをまた、私が嬉しく思う――


 なんだこれ、『嬉しい』の無限ループじゃん……




 それからコンロからうどんを下ろして、テーブルに置いたところで私は学校に向かった。


 食べるところは見られなかったけど、あの様子なら大丈夫……と思いたい。


 ――これで食べてなかったら、今朝感じたありとあらゆる感情が全部怒りに切り替わりそうだ。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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