エピローグI
翌々日。休日。
ナナのテスト勉強ラストスパートもかねて、私は二人の家に招かれた。
「すご……」
立派な一軒家だった。
とても女の子二人暮らしの家とは思えない。最低でも二世帯住宅レベル。
「住んでる方としちゃ、掃除大変なんだけどな」
愚痴りながら、ナナが門の鍵を開ける。
――これが、二人の親が用意したという、ナナとソラの牢獄。
それは、内に隠れた二人への愛情の表れなのか。
それとも、外部の人間に『閉じ込められてる』ではなく『贅沢させてもらえてる』と思わせる策略なのか……
中に入ると、これまた綺麗な玄関。
廊下を行くと、広大なリビングに突き当たる。
リビングのテレビの前。チィとビィがぎゃいぎゃい騒ぎながらゲームしてた。
「あ! トア様!」
「トア様にゃ!」
二匹がコントローラーを置いて駆け寄ってくる。
その勢いのままタックル。
軽い二つの体を、両腕で受け止めた。
「トア様ウマリカやるにゃ!」
「その後ウマブラにゃ!」
目をキラキラさせて私を見上げる二匹。
それぞれ頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細める。
「いつかやりたいけど、ごめんね。今日は遊びに来たんじゃないのよ」
テスト勉強がメインだけど、魔法少女の話し合いにも来たのだ。だからイズミとホウセンはいない。
「えー! つまんないにゃ!」
「トア様と遊びたいにゃー!」
「ふふっ、私は遊べないけど……スォー」
ポケットの中のタマハガネが光って、スォーが顕現する。
「ここに」
「大事な任務を任せるわ」
「はっ! 光栄です」
「今日一日、チィとビィと遊び倒しなさい」
「はっ! ……はっ?」
「よっしゃ遊びに遊び倒してやるにゃ!」
「こっち来るにゃ!」
「ちょ、引っ張らないで……」
小さな人さらいたちに引きずられて、スォーがゲーム機の前に連れられていった。
「まずはどうする? 話し合いしちゃう?」
キッチンの中で飲み物を用意しているソラが尋ねてくる。
「いえ、勉強優先しましょう。話し合いの方は、最悪今日じゃなくてもできるし」
「休み明けすぐテストだもんね」
「……お手柔らかに頼むぜ」
それから私たちは隣の部屋……勉強用の部屋に移った。
玄関やリビングと異なり、木目調のシックな部屋だ。本棚が左右に並んで、娯楽品の類いはない。
勉強道具を広げる。
一応私とソラも自分の勉強をするけれど、大体終わってるのでほぼ復習のみ。
今日はナナの監督が、私たちの主な役目だ。
†
「うん、できてるじゃん! 凄い凄い!」
夕方。
終えた課題をナナから見せてもらったけど、思った以上にできていた。
「どうしたの? 午前もだったけど、こんなできる人間じゃなかったでしょあなた」
「……失礼な妹だな本当」
もともとは、赤点対策を今日一日掛けてやる予定だった。
けれどそのための課題をナナが午前中に片付けてしまったから、追加で出したのがこの課題だ。
各教科これだけ理解できていれば、どれも50~60点は狙えるかもしれない。
「なんていうか……まあ、あの学校に通い続ける、って決めたから。もうちょっと、頑張らなきゃな、って」
――そうか。ナナは元々、早くホムラの所に行きたい、って思ってたから。
(だから、勉強もこれまでやる気も起きなかっただけなんだ)
「それじゃ、これからはもうこんな勉強会要らなくなっちゃうね」
ナナの心の変化が嬉しいような、寂しいような。
「いや、自分だけだとまたすぐ怠けちまう。小学校の勉強もまだ分かってないとこ一杯あるし……」
と、どこか言い訳するようにナナが横目で私を見る。
「そっか。それじゃ、これからも時々やろうか? イズミとホウセンも一緒に」
「……ああ、よろしく」
――ただ、勉強の危機感が薄まった今、その会は遊びの場になっちゃいそうだけど。
でもそれもそれで、とっても楽しそう!
「トアちゃん、そろそろ帰る時間だよね? 送っていくよ」
メガネを掛けたままのソラがそう言って立ち上がる。勉強のときソラはメガネなのだ。メガネ姿も似合ってる。
「もうそんな時間か。今日はありがとな。
私が送るから、ソラはいいよ。夕飯の準備あるだろ?」
「疲れたし、今日はなにか頼んじゃダメ?」
「ん? いや、全然良いよ。まだ仕送り余裕あるし」
「やった」
――完全に夫婦のやりとりじゃん……
横で見ててニヤニヤしちゃう。
「……どうかしたかトア?」
「ううん、なんでもない」
口元を隠してごまかす。
「……そういえば、話し合いの方できてないしなぁ、って」
ごまかしついでに思い出して、スマホを見た。
16時40分。家の門限は17時だ。
「明日もまだあるし。テスト終わりでもいいんじゃね?」
「まあ、最悪遅くても、とは言ったけど……でも早ければ早いほうが良いと思うのよ。ホムラたちの動きも分からないし」
「それはまあ、そうかもしれんけど……」
と、そこでノックの音。
「主様、ナナ様ソラ様、よろしいでしょうか?」
「入っていいよ」
ドアが開く。
スォーと二匹が立っていた。
「主様、この二匹が、その……」
「汗掻いたからお風呂入るにゃ!」
「トア様とスォーと一緒に入るにゃ!」
「お風呂?」
「なんでも、この家のお風呂は大きいから、みんなで一緒に入ろう、とのことで……」
――大きい、みんなで入れる、お風呂……
「こら。トアちゃんはもう帰らないとダメなのよ。ワガママ言っちゃダメ」
「そんなイヤにゃ! せっかくトア様来たのに、全然一緒に居れなかったにゃ!」
「そうにゃ! ナナとソラばっかり独占してずるいにゃ!」
「……そう言われると、ごめん、ってなっちゃうけど……」
ソラがたじたじになって語尾を掠れさせる。
「これ以上遅れたらトアがお母さんに叱られちゃうんだ。だから、また今度にしよう。な?」
ナナが二人の前で膝に手を当て、視線を合わせた。
「ううっ……」
「そんにゃあ……」
涙目になる二匹。
……そんな顔見せられて、帰る、と言えるほど私は悪魔になれない。妖魔ではあるけど。
「大丈夫。さっき丁度言おうとしてたけど、ちゃんと理由を言えば二時間まで延長してもらえるから」
その言葉に全員が私を見る。
「みんなで入れるお風呂、っていうのも気になるし! 話し合いもしたいしね」
「やったあああああああああああ!」
「トア様あああああああああああ!」
二匹がまた抱き付いてくる。
「いえーい!」
そんな二匹を受け止め、お尻を抱えて持ち上げた。
足が床から離れた二匹は、一瞬びっくりした顔をして……
満面の笑みで、私に抱き付いてきた。
少しだけ汗ばんだ高い体温が、私を左右から挟み込んで離さない。
「……まあ、そういうことならお風呂用意してくるよ」
「ふふっ、そうね。四人が入ってる内に片付けしておくから」
と、なぜか他人事な二人。
「……二人も一緒でしょ? 違うの?」
と二匹に確認する。
「違わないにゃ!」
「みんなって言ったにゃ!」
今度は私たちがナナとソラを見る。
「だよね。話し合いする、って言ったでしょ? 二時間しか無いんだから、二人も一緒に入るのよ」
二人は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、互いに目を見合わせた。
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