15
それから二日後。
境世界のカフェに、私とナナとソラで訪れた。
中には、トモエさんともう一人大人の女性、それにカリンさんとスノウ――今は変身してないけど――、あと机の上のペロの、計四人と一匹が居る。
大人の女性とナナソラは知り合いだったようで、私に深々と頭を下げなから自己紹介してくれた。
「有間静香と申します。ギルドでは主に事後処理などを担当してます。ナナちゃんとソラちゃんの担当もしています。
……このたびは二人を助けてくれて、ありがとうございました」
「春日野トアです。とんでもございません。これからよろしくお願い致します」
席に案内され、私たち三人並んで座る。
テーブルを挟んだ対面にトモエさんとシズカさん、その横にカリンさんとスノウ。ペロがその周囲をふわふわと飛んでいる。
カリンさんが黙って席を立つ。カウンターの方へ向かっていった。
「皆さん、体調は大丈夫ですか?」
トモエさんがそう会話を始めた。
「はい。この二日で、バッチリです」
そう答えると、トモエさんがナナとソラに視線を向ける。
「……? え、はい、私たちも、問題ありません……」
まさか自分たちの体調を心配されていると思ってなかったのだろう。少し驚きながら、ソラが代表して答えた。
「それは良かったです。今日は来てくれてありがとう」
その答えに、トモエさんはにっこりと笑う。
「どうぞ、ウーロン茶ですが」
そこでカリンさんが私たちの前にコップを置く。
ナナとソラにウーロン茶、私の前にもウーロン茶だけど、もう一つオレンジジュースが入ったコップも置かれた。
「ありがとうございます。スォー」
すぐにスォーが顕現する。
「お呼びでしょうか主様」
「はい、オレンジジュース」
「…………」
スォーが周りを見渡して、最後に私が差し出したコップを見つめる。
「……僭越ながら、そのような場ではないのではないでしょうか……?」
「そんなことないよ。肩肘張っても仕方ない、リラックスしていきましょう。ですよね?」
最後はトモエさんシズカさんに向けて。
「ええ、もちろんです。気楽に行きましょう」
「ほら」
「は、はぁ……」
「まあ、とはいえ膝の上はやめておこうか。あっちのソファでくつろいでて」
「……御意に」
スォーがコップを受け取って、通路を挟んだ隣の席に座った。
「……トア、うちのも飲ませろ、ってうるさいんだけど……」
「私の方も……」
ナナとソラが小声で囁いてくる。
1号と2号――もとい、昨日二人の希望を受けて『チィ』と『ビィ』に改名させた――が駄々こねているようだ。
「いいんじゃない? スォー、少し分けてあげて」
「かしこまりました」
ナナとソラのポケットが光り出す。
「なんか分からんがズルいにゃ!」
「私らにも寄越すにゃ!」
……二匹が出てきた。
そのままスォーに殺到する。
「じゃあ、その子たちの分も持ってくるね」
そう言って、カリンさんが再びカウンターへ戻っていった。
「あ、いや、私がやります」
とソラが立ち上がるも、
「いいっていいって」
と手慣れた手つきでコップを用意し始める。プラスチックのコップにしてる辺り、気が利きすぎていた。
「……なんだか、すみません……」
それからオレンジジュースが配られて、最初は
「なんにゃこれ! 美味すぎるにゃ!」
「はああ、ほっぺがなんかむにゃむにゃってするにゃ……」
と騒がしかった。
が、二口、三口と飲む頃にはすっかり大人しくなっていく。
「ふふ、一所懸命飲んでるの、可愛いね」
カリンさんは座りながら、そんな二匹を見て笑う。
「うちのスォーの方が可愛いですよ」
なんとなく抵抗してしまう私。
「もちろんスォーちゃんも可愛いけどね」
と大人な回答のカリンさんだった。
†
「……すみません。話、進めましょう」
微笑みながらも、手持ち無沙汰気味だった大人達にむけて切り出す。
「ふふっ、そうですね。
……では、今日なんですが、議題は大きく二つです」
トモエさんが穏やかに話を進め始めた。
「一つは、一昨日の詳細を皆さんからお聞きしたい、ということ。もう一つは、ナナさんとソラさんの処遇についてです」
「はい。じゃあまずは……」
それから、一昨日の経緯を話し始めた。
イズミとホウセンを人質に取られたこと。
ナナとソラの過去を聞いたこと。
途中、ナナとソラの境遇についてはシズカさんからも補足される。
なんでも、シズカさんは昔、二人の母親の弟子のような立場だったという。去年、たまたま再会した師匠と会話する中で異常を察知。
紆余曲折を経て、14年前の話を聞き出し、二人の存在を知ったという。
ホムラ――この場では私も『シチビ』と呼んでる――が定期的に二人の家で過ごしていた、という話になった時、シズカさんは複雑な表情をしていた。
それから、スォーを川に捨てられ、結界の外まで流されたこと。
その後、結界を破って進軍してきたスノウたちに紛れて戻って来たこと。
二人と炎の中で戦い、なんとか撃破したこと。
ホムラが現れたこと。
なぜかホムラが撤退したこと――私とホムラの会話は二人も良く聞こえてなかったみたいで、『理由は良く分からないが、私の何かが苦手らしい』でゴリ押した――。
妖玉の自爆をなんとか止めたこと――これも苦しいけど、『スォーと協力してなんとかなった』でゴリ押した――。
それから、スノウやカリンさんと合流。その辺りのことは二人からも補足してもらった。
一通り話し終えたあとのナナとソラの表情は、暗い。
「……なるほど。良く分かりました。ありがとうございます」
トモエさんとシズカさんは、どちらもメモ帳とペンを持って思案していた。
――境世界だと電子機器が使えないから、紙とペンを使って記録している、と知ったのはつい先日だ。
「この流れで、二人の処遇についてですが……。
私の意見は一昨日から大きく変わりません。
身柄を渡すつもりもないし、協力してもらえれば最良だ、って思ってます」
私は決然と言い切る。
「……ええ。その話は聞いてたけど、私も一理あると思う」
トモエさんが言いながら、パラパラとメモ帳をめくる。
「ただ……。一度敵の息が掛かった相手を信頼するのも、なかなか難しい、とは思います」
「……それは、無理も無いとは思います」
二人のことを知らなければ……あの告白と戦いに直面していなければ、仕方ないだろう。
「これまで、大半の敵が少数だったし、言葉も分からないモンスターばかりでした。妖魔の幹部だって、ほとんど姿を見せて来なかった……。
それがここにきて、200体規模の大勢力が出現し、人間が敵になり、さらに妖魔の幹部が現実世界に頻繁に訪れていた……
15年無かった事態が起き過ぎて、正直、混乱しています。
ギルドもピュアパラも、こんなときどうしたら良いか、誰も分からないんですよ。二人をどう扱えば良いのか……。どうすれば、全員が良い結果になるのか……」
――まあ、間違いなく、こういう混沌とした状況に慣れてるのは私だろう。
指揮官としても、戦闘員としても、後方支援者としても、裁定者としても。
だがそんなこと言うわけにも行かないのが、もどかしい。
……言ったら言ったで、イタい子扱いされるだけだろうし。
なので、別の切り口でなんとか話を持って行くしかない。
「……でしたら、私に一つ案があります。
案があるんですが……その前に、ナナとソラに聞きたいことがあるの」
ナナとソラが私を見る。
向かいの四人も、ペロも、スォーもチィ&ビィも。
「まず大前提、私は二人がもう戦いたくないなら、それでいいって思ってる。そうなっても、私は二人を守る。
普通の女の子としての人生を今からでも謳歌して欲しい、って思ってる。
だから、正直に聞かせて欲しい。
二人は、これからどうしたいか」
二人を見比べる。
ナナもソラを私を見、次にお互いに目配せする。
「……私は」
先に口を開いたのは、ソラだった。
「私の一番は、ナナとトアちゃんと居ること。だけど……
……シチビさ……シチビが私たちみたいなインピュアズをすでに何人も作って、この世界を侵略しようとしてる。
それを見て見ぬふりして自分だけ人生を謳歌するなんて、そんなの、耐えられない。
もし私の力が役に立つなら、妖魔を倒して塔を破壊することで、贖罪をしたいって思ってる」
決意が固まったように、ソラは私の目を真っ直ぐに見返す。
そして、ナナに視線を移した。
「……私は、妖魔を倒すとか、贖罪とか、そんな立派なこと思えない」
ナナは言いづらそうに話し始める。
「本音の本音を言うなら、トアとソラ以外の人間は今も嫌いだし。
シチビにいいように利用された、自分自身も大っ嫌いだ。
……だけど、なにより一番許せないのは、やっぱりシチビだよ。
アイツは、ソラを泣かせた。
私たちを産んだ女よりタチが悪い。
ぶん殴ってやらなきゃ、気が済まない。
……だからもし、シチビをぶん殴るのがトアへの恩返しになるなら、願ったり叶ったりだよ」
ナナは少し前のめりになって、遠くを見るような目でそう言った。
「ナナ、カッコイイー♪」
そんなナナを横から小突く。
「……お前が真面目に聞くから、真面目に答えたんだんけど……?」
「分かってるよ? ありがと」
再びトモエさんとシズカさんの方を見る。
「では、私の案です。案というか、今の返答で私的にはもう決定なんですけど」
「お聞かせいただけますか?」
「私とナナとソラで、ピュアパラでも妖魔側でもない第三勢力を立ち上げます」
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