14
それから五分ほどして、ロープを調達しに行ったピュアパラが帰ってきた。
四人が二人を拘束しに、土手を降りていく。
――仕方ない、のか。
拘束後に事情を話せば分かってくれる、と信じるほか、ないのか……
「な、なんにゃ? なにごとにゃ!」
「なにする気にゃ! 泣いて駄々こねるぞ! 母性本能くすぐられて耐えられなくしてやるぞ!」
牙を見せ、爪を立てて威嚇する二匹。
「……アバター、だよな? 初めて見るけど……」
「ねえ、この子たちタマハガネに戻してくれない?」
「ああ、えっと……戻れ! ……でいいのか?」
ナナが言うと、ポンッ、と一瞬光って、一匹だけ妖玉に戻った。
「お、本当に戻った」
「えっと、あなたも戻って」
ソラが言うと、同じようにもう一匹も妖玉になる。
それからナナとソラの背後にそれぞれ一人周り込んで、後ろ手に両手を縛り始めた。
「……スノウ」
ナナの手を縛っていた子が、手を動かしながらスノウを呼ぶ。
「なんです?」
「……こんなロープだけで大丈夫ですかね」
「と言うと……?」
「もし変身されたら、こんなの意味ないんじゃないですか?」
「でも、何もしないわけに行かないわ」
「ブレイドが消耗させてくれたお陰で、変身する力残ってないみたいですし。
だったら今のうちに、ちゃんと動けないようにしておくべきだと思います」
ピュアパラたちの視線がその子に集まる。
ソラもナナも、顔だけ振り返っていた。
「私がコイツらの足と腕の骨を折ります。一応総合格闘やってるんで、出来ると思います」
「……ヴァイオレット。降伏の意思を示してる相手に、それは……」
「そんなの関係ないです! コイツらの気が変わったら、私ら一瞬で全滅ですよ? 足や手を斬られてからじゃ遅いじゃないですか! 念には念を入れておくべきです!」
ヴァイオレットが声を荒げて、そう主張する。
「こんなロープじゃ、普通のピュアパラだってすぐ切れます。
外の世界の法律とか、ここじゃ関係ありません。
どんな手段を使っても、安全を取るべきです。
……タマハガネを持ってるのは、もうここに居る私たちだけなんだから……」
ヴァイオレットの語尾が小さく消えていくと、場はシン、と静まりかえった。
そこで小さく、「確かに」と誰かが呟く声。
「変身前の怪我は、変身で治ったりしないし……」
「ブレイドもボロボロだし、変身されたら今度こそ、取り返し付かなくなるわ」
「そもそもスカーレットの足切ろうとした奴らだし、配慮する必要ないよね」
ヴァイオレットの意見に賛同する声が、段々と大きくなってくる。
「スノウ、ヴァイオレットに賛成です。口が利ければそれでいいかと」
「私も、ヴァイオレットの言うことはもっともだと思います。まあ可哀想だとは思うけど……自業自得でもあるし」
スノウはしばし考えこんで……
「……分かったわ。ヴァイオレットの意見を採用しましょう」
そう、宣言した。
「ヴァイオレット、お願いできる? 骨を折るって、結構なことだと思うけど……」
「はい、問題ありません」
「待ってくれ!」
そこでナナが叫ぶ。
「やるなら私だけにしてくれ! 私たちは、密着しないと変化できない! 私を動けなくすれば、ソラはしなくて大丈夫だから!」
そんなナナの足を引っかけて、うつ伏せに倒すヴァイオレット。
ナナの髪を掴んで、頭を地面に押しつける。
「……うるせえんだよ。
お前らのせいで、スカーレットはアキレス腱損傷して、心に傷を負った! ピュアパラ辞めるって言ってた!
人を人とも思わないお前らの言うことを、なんで聞かなきゃいけないんだ!」
「悪かった! 謝るから! お願いだ、ソラは……ソラは、今日やっと、心の底から笑えるようになったんだよ!! だから……」
「黙れ! 一人で変身できないとか信じられるか!」
「お願いやめて! 力が戻っても大人しくしてるから!」
ナナを守ろうとするソラを、二人のピュアパラが取り押さえる。
ヴァイオレットがナナの右足を掴んだ。
カリンさんを突き飛ばして、空を飛ぶ。
「春日野さん!?」
ナナの右足に体重を乗せようとするヴァイオレット。
その襟を掴んで、勢いに任せて投げ飛ばした。
――全身が、割れるような激痛を思い出す。
が、なんとか歯を食いしばって耐え、ソラを拘束する二人を見た。
「……ソラを離して」
二人のピュアパラは互いに見合い、ゆっくりとソラを離してくれた。
私はソラの手を引いて、ナナと三人で固まる。
「……やっぱ、罠だったか。洗脳されたのか、寝返ったのか知らんけど……」
ヴァイオレットが立ち上がり、包拳の構えで指の骨を鳴らす。
「……スノウ」
私は周囲を警戒しつつ、スノウの方を見た。
「私は、この二人の専有権を主張します」
専有権は、妖魔軍で採用されていたシステム。
戦いに勝った者が、負かせた対象を独占的に所有・管理することを認めることだ。
たとえば、ある妖魔兵がグリフォンを倒した場合、そのグリフォンは妖魔軍の共用ではなく、その妖魔兵個人の所有物と見なす考え方である。
「……専有権?」
スノウが首をかしげる。
……うん、そりゃそうだ。咄嗟に言葉が出ちゃったけど、伝わるわけない。
「……すみません。えっと、つまり、五日前のガーゴイルの群れも、今日のこの二人も、私が単独で撃破しました。私が居なかったら、もっと甚大な被害を被っていたはず。
だからその報酬として、この二人を保護する権利を要求します」
言って、地面に転がる二つの妖玉を見る。
「1号、2号、こっちおいで」
アバター顕現して、二匹がこちらに来る。
「そうにゃ、よーきゅーするにゃ!」
「やるにゃ? お前らトア様とやる気にゃ?」
「……無駄に気が削がれるから黙ってて」
自分の手で口を塞ぐ二匹。
「……ともかく、この二人の身体を害すことも、心的苦痛を伴う尋問の類いも、私が一切許しません」
「……ブレイド。あなたが敵勢力に取り込まれた可能性を否定できない以上、その主張は受け入れられない」
スノウが理知的な、冷たい声色で答える。
――ついさっき、私を労ってくれた、その口で。
「……取り込まれてるんなら、とっくにあなたたちを全滅させてます。
あなたたちが元気なのが、私が正気である証拠です」
「……貴様……」
ヴァイオレットの殺意のこもった視線。
「私の目的は変わらず、妖魔の撃退と塔の破壊です。
敵の攻撃が熾烈化する今、二人の必要性を主張します」
「こいつらと共闘するって言うのか? ふざけるな、こんな奴らに背中を預けられるか!
スノウ! ブレイド含めて拘束と監禁するべきです! この三人を放っておくのは危険すぎる。あとブレイドは洗脳されてる可能性もあります」
「……待ってよ。ちょっと、状況ムズいって……」
スノウがこめかみを押さえながら、素を出していた。
まあ、あくまで戦闘指揮すると思って来たんだろうし、可哀想ではある。
ならば、助け船を出してあげよう。
「スノウ、それに皆、状況は簡単ですよ。さっきヴァイオレットが言ってたじゃないですか」
「……なんの話だ」
「境世界に外の法律なんて関係ない、って。
だから、この場で一番強い私が、法律です。
私の言うとおりにしてください」
沈黙する境世界。
敵意の視線、驚愕の視線、見定めるような視線、疑う視線……
それとナナの悲しそうな視線に、ソラの涙目な視線。
……ついでに、暇そうに遊びだしてる二匹。
「はい」
土手の上に居るピュアパラが手を挙げて、沈黙を破った。
カリンさんだった。
「ブレイドを全面的に支持します。
というかブレイドが言うとおり、ブレイドが二人を庇う意思を示した時点で、選択肢なんて無いと思います。
……私も骨を折るのはやり過ぎだと思いますし」
「ガーネット……」
ヴァイオレットが憎々しげにカリンさんを見上げる。
「二人がどうして叛意したのか、私たちが来るまでに何があったのか、という点は詳しく聞いた方が良いでしょう。
ですがそれは私たちだけじゃなく、ギルドの大人達も交えた場ですべきだと思います」
カリンさんが言い終えると、皆の視線は徐々にスノウに向いていく。
「……ブレイドは、後日ギルドと話すのはオーケー?」
スノウがそう尋ねてきた。
「はい。問題ありません」
他の皆にも見えるように、大きく頷いて見せる。
「よし。じゃ、ガーネットの案で」
スノウが苦悩から解放されたかのように言った。
「軽いなぁ……」
苦笑いのカリンさん。
「待ってくださいスノウ! それはあまりに悠長すぎます。消耗してる今のうちに、無力化しておかないと……」
「ヴァイオレット。それはガーネットも言ったとおり、ブレイドが二人を庇った時点で無理よ。
私はブレイドと敵対する気は無いし、したくもない」
「ですが……!」
ヴァイオレットが反論しようとして、けれど言葉が出てこない様子で、ゆっくり俯く。
「……気持ちは分かるよ。スカーレット達を思うと、私も心が痛い。
でも、ブレイドもスカーレットたちを逃がしてくれて、ボロボロになるまで戦って、勝ってくれた。
今も、時間稼ぎして回復した後に暴力を振るえば楽なのに、言葉で歩み寄ろうとしてくれている。
それを踏みにじる、って言うなら……私たちにはもう、正義なんてなくなっちゃうと思う」
いやまあ、二人の骨折ろうとした私が言うのもなんだけど――と頬を掻きながら、スノウはそう締めくくった。
ヴァイオレットは俯いたまま、何も言わない。
一緒にナナを拘束しようとしていたピュアパラが、ヴァイオレットに寄り添ってポン、と無言で肩を叩いた。
「ともかく。『後日、大人を交えて話し合う』という日本人的な結論でこの場は決着! はい、撤収!」
スノウはこれまでの空気を払拭するように、明るい大きな声で宣言した。
それから、ピュアパラ達には先に帰ってもらった。ペロやカリンさんも一緒に。
私は体が――表面上だけでも――家族に見られて平気な程度に回復するまで時間を潰した。ナナとソラも、それに付き合ってくれる。
ただ……なんとなく、何を話して良いか分からない雰囲気の私たち三人。
「なあ、トア」
そういう時、先陣を切るのはいつもナナだ。
「ん?」
「……回復したら、テスト対策ノートの解説、またしてくれないか? 今日はその……あんま、ちゃんと聞いてなかったから」
「トアちゃんじゃなくて私が怒るわよ」
「あはは、全然いいって。むしろ、今からテストの心配してくれるようになったのが、嬉しい」
「トアちゃんはナナを甘やかしすぎ」
「いや、ナナに冷たくしたらソラに嫌われちゃうじゃん」
「べ、別に、嫌いになんてならないってば!」
顔を赤くするソラに、笑うナナと私。
その後、ナナが開いたゲートで、私たちは境世界を後にする。
こうして、私たちの長い長い一日は終わった。
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