13
「…………」
境世界に戻り、目を開ける。
私が二人の胸から手を離すと、ナナとソラはゆっくりと上体を起こした。さっきより少し元気そうだ。
ナナもソラも変身が解けて、上半身裸にスカート姿に戻っている。
「もう、大丈夫。妖玉の自爆は止めたよ」
そう伝えるやいなや、ソラが思い切り抱き付いてきた。
――とても柔らかい。私より結構……いや、かなり……大きい。
「ありがとう、本当に、ありがとう……!」
いい加減泣き疲れないのか、と心配になるくらい、ソラはわんわんと泣きじゃくる。
ナナも涙目だったけど……ソラがあまりに泣くものだから、涙が引っ込んじゃったみたいだ。
私とナナは目を合わせて、笑い合う。
そしてソラをぎゅっ、と強く強く、抱きしめた。
……実際は、そんなに力が入れられなかったけれど。
「それと、聞いて! 二人の体から妖玉を取り出す方法も分かったの」
「ホントか!?」
「うん。そんなに難しくないから、今からでも……」
と言いかけて、気付く。
――二人はついさっき、ホムラに裏切られて傷心のはず。
そんなホムラとそっくりな二匹を見て、いやなことを思い出してしまわないだろうか……?
「ならさっさと取り出したいな。……正直、あんなもんがまだ入ってるの、気分悪いし」
まあ、それもそうよね……。
「バカ! トアちゃん、こんなにボロボロなのよ! 私たちのことなんか後回しで良いでしょ!」
ソラが私の頭を胸に抱える。
私を庇うように、キッ、とナナを睨み上げた。
――暖かくて、気持ちいい。
「ご、ごめん……そうだな。悪い、トア」
「……私は平気よ。ピュアパラ状態なら、自然回復するから」
「そうなの……?」
「うん。だから、二人の妖玉出しちゃおう。
……でもその前に、二人の恰好なんとかしない?」
(いやまあ、私は役得なんだけど……)
いつまでも裸のままじゃ可哀想だ。
「そうだな。制服、探してくるわ。焼けてなきゃ良いけど」
「ナナの体調は平気?」
「ああ、多少歩くくらいなら問題ない。この中じゃ一番体力戻ってると思う」
「なんで……、二人ともそんな、平然としてるのよぅ……」
ぐすっ、とソラがさらに強く私を抱きしめながら抗議した。
そんな風に駄々をこねるソラが、なんだかとても新鮮で、可愛らしくて。
ソラの背中に腕を回して、抱き返した。
†
すぐにナナが戻ってくる。多少焦げていたものの、セーラー服は二着とも原形を留めていた。
ナナがソラを私から引き離して、セーラー服を渡す。そのまま二人が服を着る。
ソラから離された私は、支えを失って地面に座り込み両手を付いた。
――さっきまで魂状態だったから、余計に体が重く感じる。
今すぐベッドに跳び込んで、泥のように眠ってしまいたい……
……今の状態だと、痛み止め飲まないと寝られなさそうだけど。
(……申し訳ございません。私も損傷多く、回復速度が追いついておらず……)
(先にあなたを回復させましょう)
(いえ、その間、主様が回復できなくなります。私の方が遥かに軽傷ですから、今は主様を優先させてください)
(……本当? 嘘は無しよ)
(はい。誓って本当です)
(そう。分かった。じゃあ、お言葉に甘えて)
(無論でございます)
「……大丈夫、トアちゃん?」
「ええ。ソラのおっぱいに癒やしてもらったし」
「……もう、なに言ってるのよ……」
服を着て冷静さを取り戻したのか、頬を染めて体を隠すソラ。
「ふふ、ソラ、可愛い」
「か、からかわないで! いいから、妖玉取り出す方法教えて!」
「私らのことなんかどうでも良いんじゃなかったのか?」
「大丈夫って言ってるんだから、大丈夫でしょ!」
いつものソラが少し戻ってきたみたい。
良かった……本当に。
「……ごめんごめん。それで、えっと……」
アバター顕現のやり方を教えようとして……そういえば私も良く分かってないことに気付いた。
最初はスォーの方から出てきたし、以降は「顕現して」って心内会話してたし。
二人はまだあの二匹を認識してないだろうから、二人の方から呼び出すことも出来なさそうだ。
――支配者の私が呼びかけてみたら、出てくるかな?
「……1号、2号。アバター顕現」
二人の胸の中心に向けてそう声を掛けてみた。
すると、二人の制服の下が光り出し。
次の瞬間、さっき見たネコミミネコシッポの童女が二人、現れた。
「見参にゃ!」
「トア様お呼びですかにゃ!」
二人は私を見、次にナナとソラに目を向ける。
「にゃ? 誰にゃお前ら?」
「いや、近くに居るってことは所有者なんじゃにゃいか?」
「ああ、お前らがそうにゃのか。てか見た目そっくりにゃ」
(……二人は、大丈夫かな……)
ホムラとそっくりなアバターを、果たして受け入れられるか……。
ソラは一歩下がって、両手で口を覆う。
(ダメそうなら、さっさと妖玉に……)
「かっわいい……!」
目をキラキラさせて、そう呟いていた。
「……そこ?」
ナナが至極まっとうな疑問を口にする。
――まあ、二人が受け入れられるなら、それはそれでいいや。
「これは二人の妖玉のアバター。タマハガネもそうだけど、こうして人間のような姿で顕現できるの。
見た目がホムラなのは、ホムラがそう作ったからでしょう。
名前も適当だから。二人が決めてあげて」
「……そうか。あの時走ってきた子供は、トアのタマハガネだったのか」
私が変身した時のことを言ってるのだろう。
「うん、そういうこと」
「トアちゃん、この子達、だっこしてもいい?」
私とナナのやりとりを聞いてるのか聞いてないのか。ソラが興奮した様子で私に尋ねてくる。
「いいけど……回復しきってないんだから、あんまりはしゃがないでね」
「うん♪」
膝立ちになって二人を抱きしめるソラ。
「しょうがないにゃ。この見た目に魅了されるのも無理ないにゃ」
「トア様が言うなら抱かせてやるにゃ。こーえーに思うにゃ」
「あはは、生意気ー♪ 体温高ーい♪」
……もうなんでも可愛いモードみたいだった。
「……ナナは、平気?」
「え?」
「ホムラのことなんか、しばらく思い出したくもなかっただろうから」
一瞬、沈黙。
私と合わせていた目を逸らして、ソラたちに向けた。
「……驚きはしたけど。ソラが笑ってるなら、それでいい」
「かっこいい」
「そんなんじゃないよ……」
「まあ、あの二匹は見た目が似てるだけで、中身は別物だから。心配しないで」
唯一、前世の私に関する記憶は共有してるみたいだけど……それ以外の記憶を共有してる様子はない。
ホムラの魂に私の存在が刻み込まれたから、その妖力から作られたあの二匹にも記憶が移った……といったところだろう。
「……んで、あれがそのまま妖玉に戻る、ってこと?」
ナナが話を戻す。
「そういうこと。二人が言えば戻ると思う。多分」
「ふーん……」
「妖玉状態の時は、身に付けてれば声を出さなくてもあの二匹と会話できると思うよ。私がそうだから」
「妖玉状態……に、ソラがさせてくれればいいけどな」
「あはは、確かに」
ナナと私は、小さく声を出して笑い合った。
それからしばらく、私とナナは幸せそうなソラと二匹を眺めていた。
†
私がそろそろ自力で立てそうなくらい回復した頃。
「春日野さ……ブレイド!」
そんな声が土手の上から聞こえた。
声のした方を見ると、ピュアパラの集団が居た。中にはカリンさんの姿も見える。
プルや離脱した子から連絡を受けて来てくれたんだろう。
カリンさんの横にはペロも浮かんでいた。
こちらを見て、その眉間を引き締める。
「あの二人ペロ! ブレイドを攫った犯人ペロ! 髪とかは違うけど、顔は一緒ペロ」
「……外見の特徴もスカーレットが言ってた通りね」
先頭に立つピュアパラが二人を睨む。
他のピュアパラも構えたり、武器を取り出す。
色めき立つ彼女達に、二匹もシッポを立てて威嚇し返した。
「皆、待って! 戦いは終わったの! 二人はもう敵じゃない!」
私は大きな声で伝える。
「……そうなのか?」
先頭に立つ、リーダー格の少女――確かスノウ――が意外そうに私たちを見渡す。
「ええ、経緯を話すと長いんだけど……」
「スノウ、ブレイドは脅迫かなにかされてるかもしれません」
また別の子が私を遮って言う。
「スカーレットの足首を切り落としてでも、情報を聞き出そうとする奴らです。油断を誘う罠かも……」
「ええ、分かってる。……ブレイドの友人を人質に取るような連中だしね」
「いや、違うの。それは……」
……言おうとして、悟る。
これが、戦場だ。
敵の思惑が分からない以上、言葉で分かり合えることなど無い。
ピュアパラたちにとっては、200体のガーゴイルの溢れを引き起こし、七人のタマハガネを破壊し、さらに大規模な溢れを企図した大罪人。
心変わりしたと言って、はいそうですか、となるわけない。
私一人が言ったって、今みたいに脅されてるか洗脳されてるかも、という可能性が残ってしまう。
「なあ、ピュアパラさんたち」
そこでナナが土手の上に向かって言った。
「私らは抵抗しない。拘束でもなんでもしてくれて構わないよ」
「右に同じです。私たちはもう、争う意思はありません」
ソラもナナに続いて言う。
その言葉を受けて、スノウを中心にピュアパラたちが小声で会議する。
「……分かった。近くのお店からロープかなにかを持ってくる。それまでそこを動かず、ブレイドをこちらに引き渡しなさい」
スノウがそう高らかに指示を出した。
「だってさ。歩けるか? トア」
「……試してみる」
立ち上がって歩き出す。
思ってた以上に歩けた。まだふらふらするけど。
土手まで歩くと、カリンさんが斜面を滑って降りてきた。
両手を開いて、出迎えてくれる。
「……カリンさん」
「八人がかりでダメだったのに、一人で無力化しちゃうなんて……やっぱり凄いね。なにはともあれ、お疲れ様」
カリンさんに抱きかかえられた。
そのまま支えられながら、土手を昇る。
「ブレイド。ありがとう。君のお陰で助かったわ」
スノウが労ってくれた。
「いえ、どういたしまして……」
ナナとソラを見下ろす。
二人とも、どこか諦観したように、こちらを見上げていた。
「……なんにゃ? なんで二人はあっちにいかないにゃ?」
「……あっちは、良い子の側で、私たちは悪いことした側だからよ」
ソラに抱えられてる二匹は、私と二人をキョロキョロと見比べて、首を捻っていた。
そんな二匹を、ソラがぎゅっ、と抱きしめる。
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