12
二人の胸元に、左右それぞれの手を当てる。
それぞれの親指を、二人の傷へ触れさせた。
「んっ……」
「くっ!」
私の親指から出る血と、二人の胸の血が触れる。
そのまま少しだけ、親指を傷口に押し込んだ。
「ぅあっ!?」
「ぐぅ……」
目を閉じて、自分の魂の内側に魔法陣を描く。
――『メンシースの渡り舟』、発動。
魂を肉体から乖離させ、二人の精神世界に潜る。
†
次に目を開けた時は、一面、真っ白な世界だった。
初めてスォーと会った時と同じような空間だ。
私は裸で、スォーがアバター状態なのも同じ。
「妖玉へのアクセスを開始します」
「ええ、お願い」
「かなり時間が掛かると予想されます。妖玉の防衛機能がどうなっているか、不明です。念のため、警戒しておいてください」
「分かった」
「……まあ、魂状態の主様でしたら、なんの危険もないかとは存じますが」
「じゃあ、スォーを全力で守るよう警戒しておくよ」
「……光栄です」
スォーが両手を前に掲げた。
瞬間、パリン、と目の前の空間が破裂音を立てて砕ける。
「……とてつもなく簡単にアクセスできました」
スォーの拍子抜けした声。
空間の破片――というのも変だが、そうとしか表現できない――の向こう側に、人影が見えた。
小さな人影が、二つ。
あれが、二人の妖玉に宿る存在のアバターだろう。
「いやだにゃ! 死にたくないにゃ! ふざけんなあのクソネコ! なんで私らが自爆しなくちゃならんのにゃ!」
「元はといえば魂がニコイチって気付かなかった自分のせいにゃ! 双子の魂が共有とかテンプレにゃ!」
……ちっちゃいホムラが、二匹居た。
本人の外見が16~17歳くらいとすると、こっちはどちらも6~7歳くらい。
それ以外は外見もほとんど一緒だけど、シッポだけは普通のネコシッポ一本だけだった。
あぐらをかいて、互いに頭を抱えながら悪態をついている。……多分、ホムラに向けて。
「このまま自爆するまで待つしかにゃいにょか……ん?」
チビホムラの一匹が私に気付く。
「……どうし……にゃ?」
もう一匹も私を見た。
私とスォーは一瞬目を合わせ、とりあえず二匹の元へ近寄る。
「……見間違いかにゃ? トゥアイセンにめちゃくちゃ似てる気がするにゃ」
「奇遇だにゃ。私もそう思ってたにゃ」
「ねえ、あなたたち」
声を掛けただけで、二匹は古い洋アニメキャラみたいに総毛立って飛び上がった。
「あなたたちが、ナナとソラの妖玉で間違いない?」
「……そ、そうにゃけど……。もしかして、さっき戦ってた相手にゃ……?」
「さっき戦ってた相手だし、トゥアイセン・オーフニル本人よ」
二匹が見合う。
そして同時ににやりと笑って、立ち上がった。
「バカなガキめ! トゥアイセンはとっくに死んだにゃ! その名前を出したらビビると思ってたら大間違いにゃ!」
「そうにゃ! 私たちはガキ相手に逃げたアイツとは違うにゃ! そんなハッタリ通用しないにゃ!」
にゃははは! と何がおかしいのか笑う二匹。
自爆の未来に絶望して、頭おかしくなっちゃったのか……あるいは元々おかしいのか。
「……主様。あの二匹、タマハガネと酷似しております。恐らくシステムもほぼそのままでしょう」
「そう。じゃあ、スォーの時と同じやり方で支配権奪えそうね」
「可能と存じます。
それと……どうやら魔力から妖力に変換する機能も付随されているようです。なのでわざわざ変換しなくても、直接魔力を注げばシステム系統は乗っ取れるでしょう」
「魔力から妖力に変換……?」
「おそらく、普通の人間に植え付ける想定なのかと。ナナ様ソラ様も多少魔力を有しておりますが」
「……なるほど。成功作がどうのこうの、って言ってたのは、それのことか」
二匹の目の前に辿り着く。
「なにブツブツ言ってるにゃ。こうなりゃお前ごと自爆に巻き込んでやるにゃ」
「そうにゃ。このままなら、もうすぐ私ら自爆にゃ! 死んじゃ……いやにゃ! 死にたくないにゃ! ふざけんなあのクソネコ! なんで私らが自爆しなくちゃならんのにゃ!」
振り出しに戻ってきた。
この二匹、ずっとこの話ループしてたのかしら……?
「スォーの時は可哀想とか、悪いことしたとか思ったけど……丁度良かった。
この見た目なら、どんだけぐちゃぐちゃにしても良心痛まなそう」
「「……にゃ?」」
二匹の頭に、左右の手を置く。
魔力そのものはまだ90%以上残ってる。二匹一度に書き換えても問題ないでしょう。
「魔力や妖力で作られた存在は、さらに強力な魔力や妖力で作り変えることが出来るみたいよ。私も六日前初めて知ったけど。
良かったね、その残念な脳みそから神経系まで全部、作り変えてあげる。
時間無いから急ぐけど、まあ不具合出ても気にしないで」
「なにわけわからんこ
ぎにゃあああああああああああああああ!」
「み゛に゛ゃああああああああああああああ!」
二匹が絶叫する。めっちゃうるさい。
「あー、魂の状態だとなにするにも楽ねー」
今の体が嫌いとかじゃないんだけど、やっぱり戦ったり、魔力使ったりすると、どうしてもね。
「ひ、ひとの脳みそ弄りながら、なに、くつろいでるにゃにゃにゃにゃにゃにゃ……」
喋りながらガクガクしてる。ちょっと面白い。
「……羨ましい限りです。二度と無い洗礼ですから。その甘美、しっかり味わうとよろしいでしょう」
スォーが穏やかな微笑で二人を見下ろす。
「こ、コイツがこの場で一番ヤバいヤツにゃにゃにゃにゃにゃにゃ……」
†
それからしばらく経って。
スォーの時より若干時間は掛かったけど、なんとか支配権の書き換えに成功したらしい。
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【システムメッセージ】
『支配権の上書き』の命令を承りました。
前任者の支配権の剥奪と、支配権の上書きに成功しました。
以後、妖玉――識別名『1号』と『2号』の支配権は『トゥアイセン・オーフニル』およびその転生体『春日野トア』が有します。
引き続き所有を希望される場合……
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「今、『トゥアイセン・オーフニル』って書いてあったにゃ……?」
「……マジにゃ。転生してたんだにゃ……」
「その前に、自爆するの止めて。最優先よ」
二匹の呟きを無視してシステムに向かって言う。
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【システムメッセージ】
前支配権による自壊命令を、現支配権を以てキャンセルします。
………………
…………
……
キャンセル処理が完了しました。
『1号』および『2号』が通常状態に戻ったことを確認しました。
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「……自爆、しなくなったにゃ?」
「……本当にゃ?」
メッセージをみた二匹が同時に私に振り向く。
それから満面の笑みに変わって、私の足に抱き付いてきた。
「ありがとうごじゃ……ありゃが……ありがとうごぜえますにゃ!」
「神様仏様トゥアイセン様ですにゃ! 命の恩人ですにゃ! あのクソネコと大違いにゃ!」
――無邪気に喜ぶ二匹を可愛いと思ってしまうのが、なんとなく悔しい。見た目が悪い見た目が。
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【システムメッセージ】
引き続き所有を希望される場合、当該妖玉は下記の所有者ランクのみとなります。
・支配者全権
支配者以外が所有することを想定されたランクのため、ご自身での所有は推奨いたしません。
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聞いたことない言葉が出てきた。
「私は所有する気ないけど……そもそも、そのランクはなんなの?」
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【システムメッセージ】
支配者全権ランクについてご説明いたします。
使用の可不可、付与される攻撃力や防御力など、本来所有者と妖玉間で決定されるものが全て支配者によって定められるランクとなります。
アバター顕現をはじめとしたコミュニケーション機能は全て撤廃されます。
所有者や妖玉の意思とは関係なく、自壊や出力等の操作を行うことが可能です。
妖玉にまつわる全てにおいて、支配者が全権を有します。
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「……そんなランクあるんだ」
「いえ、タマハガネには存在しません。ホムラが独自に作り出したものかと」
「そうなんだ。なるほどね……」
自分に都合の良いように動かし、都合が悪くなったら処分する……そのためのランクということか。
「……そのランク、削除して」
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【システムメッセージ】
妖玉には所有者ランクの設定が1つ以上必要です。
現在これ以外のランクが存在しないため、削除はできません。
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「全部消してるのか、ホムラのヤツ……」
「……主様が支配者であれば、基本的に問題は無いとは存じますが……」
「人質を取られたりして、無理矢理自壊命令を出させられるとか、あるかもしれない」
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【システムメッセージ】
その懸念の解決案を二種、下記に提示します。
1.自壊機能をはじめとした、悪用や誤用で不利益になる機能の削除
2.新しいランク設定の作成
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「機能削除とかできるんだ」
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【システムメッセージ】
可能です。
実行いたしますか?
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「新しいランク作成とか今してる暇無いし。お願いするわ。
他にどんな機能追加されてるか分からないから、とりあえずスォーと同じ機能になるようにして」
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【システムメッセージ】
処理開始。
………………
…………
……
自壊機能の削除をはじめ、魂鋼『スォー』に存在しない機能の削除を完了しました。
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これでとりあえず当初の目的は達成できたし、ランクシステムのせいで二人に危険が及ぶ可能性もなくなった。
そうなるとあとは……
「……妖玉を二人の体内から摘出することは出来る?」
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【システムメッセージ】
直接取り出すためには、一定レベル以上の外科療法の魔法もしくは妖術が必要となります。
物理的に取り出す方法は存在しません。
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「そう……」
……つまり、実質人間じゃ不可能、と。
ホムラをふん縛ってでもやらせるしかないか……。
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【システムメッセージ】
アバターを介してであれば、さして労力無く可能と思われます。
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「……ん?」
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【システムメッセージ】
『スォー』と同等の機能に調整されたため、アバター顕現機能が復活いたしました。
下記の手順で妖玉を体外に取り出すことが可能です。
1.アバター顕現時の座標を体外位置に設定
2.アバター顕現の実施
3.体外に顕現した当該アバターをその場で妖玉状態に戻す
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……言われてみれば確かに、手にタマハガネ持ってる状態でアバター顕現しても、スォーは手から出てくるわけじゃない。
「私の場合は、状況に応じて顕現位置を調整させていただいております。
このメッセージが言うには、その調整を主様がしてしまえば良い、ということかと」
「……ってことは、この二匹が何の考えも無しに顕現したら、二人の胸を引き裂いて出てきたかもしれない、ってこと……?」
「はい、ありえたかと」
考えただけで恐ろしい。
「あっぶな……。教えてくれてありがとう。すぐその通りに設定して。
アバター顕現位置は広めの範囲で設定。他の生き物や物がある場所では絶対に顕現出来ないように」
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【システムメッセージ】
処理開始。
………………
…………
……
アバター顕現位置の設定を完了しました。
周囲二メートル以内、空気以外が存在する場所では顕現不可となります。
他に変更されたい設定はございますか?
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「他……、他、ねぇ……」
二人の身の安全も確保できたし、もうやり終えた気もするけど……
他に見落としは……
「ああ、そうだ。『妖玉近くの血を交換しなければ変化できない』っていうのは、今でも変わらないかな?」
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【システムメッセージ】
概ね認識に相違ございません。
神恵ナナ、神恵ソラは、それぞれ魂を半分ずつ所有する状態で二つの妖玉を用いて変化する、という特殊なケースとなります。
そのため、正確には、下記の条件を満たす必要があります。
■神恵ナナ、神恵ソラの変化条件■
1.両者がおよそ20cm以内に存在する
2.妖力を交換する(量は不問)
3.妖力が交換された地点からおよそ10cm以内に両妖玉が存在する
4.変化の文言を唱える
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――と、いうことは……?
「妖玉を外に出せば、別に血じゃなくても良い、ってことよね?」
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【システムメッセージ】
肯定です。
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キスで妖力をやりとりできることはすでに証明できた。
つまりこれからは、二人は裸になってナイフで斬り付ける必要は無くなった、ということだ。
……まあ、二人が今後も変化したいかどうかはわからないけど。
「……よし。これで、今できそうなことは終わったかな」
「そうですね。また用があれば、その時に訪れればよろしいかと。体外に妖玉を取り出せば、次はもっと楽に来られますし」
「だね」
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【システムメッセージ】
かしこまりました。
このたびはご利用ありがとうございました。
またのご利用をお待ちしております。
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(……ATMじゃないんだから……)
さて。なにはともあれ、これで一段落。
「じゃ、戻りますか」
「はっ」
「……トゥアイセン様、帰っちゃうにゃ?」
「寂しいにゃ……」
――くそっ、寂しがってるのめっちゃ可愛い……!
「……また後で会えるから。今度はあなたたちの所有者と一緒にね」
二匹の頭を撫でる。
――まあ、ホムラに似てはいるけど、別人なのよね。
いつまでもホムラのことを引きずらず、この子たち個人として、正面から接してあげよう。
「そうだ。私の事はトアって呼んで。トゥアイセンとは、もう二度と呼ばないこと」
――ナナとソラの前で呼ばれたら、たまったものじゃない。
「かしこまりましたにゃ! トゥアイセン様!」
「絶対トゥアイセン様とは呼びませんにゃ、トゥアイセン様!」
やっぱり、根っこはホムラなんだ、ということを忘れない方が良さそうだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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