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次から次へと出てくる邪魔な涙を、雑に拭う。
――考えろ、二人を助けるんだ……!
(……ホムラは、妖玉を処分、と言っていた。妖玉が、タネやタマハガネを参考にした物質なら……)
破壊する方法はただ一つ。大量の魔力か妖力を流し込んで飽和させること。
(ということは、二人の妖力を、妖玉が吸ってる?)
そうして自爆しようとしている、と考えるのが自然だろう。
二人の体に埋め込まれた、大量の妖力を蓄えた物質……それが自爆した結果なんて、もはや考えたくもない。
とにかく、妖玉をなんとかしなきゃいけない。
が、その間にも、刻一刻と自爆の時が近づいてくる。
(まず自爆を防ぐのを優先すべきかと存じます。妖玉を止めるための時間を稼ぎましょう)
(……そうね。まず、二人の妖力を妖玉以外に移す)
飽和値を超える前に妖力が枯渇してしまえば、自爆できなくなるハズ。
(……妖玉以外、と申しますと?)
(私)
魔力や妖力を別の者に移し替えるのは、妖魔や妖怪も緊急措置として行うことがある。
妖魔の教育機関で定期訓練が行われる程度には、一般知識だ。
それは、体液を交換すること。
ナナとソラが変身した時と、原理は同じ。
が、妖魔達は傷口という部位は用いない。上手く血を交換するのが難しいし、わざわざ無用な傷を付ける意味もない。
妖魔や妖怪にとって、最も一般的な、体液を交換する部位……
すなわち、口だ。
(お待ちください主様、妖力は人間の体にとって劇毒に等しいです)
(分かってるけど、他に移せる先もない)
(ですが……)
スォーを説得する時間は無い。
まずはナナより重体そうなソラに近づいて、しゃがみ込んだ。
「ソラ」
息も絶え絶えに胸を押さえるソラ。
その顎に右手の親指を添えて、左頬を四指で包むようにして少し上を向かせた。
「……?」
「文句は後で聞くから」
そのまま、ソラの唇に口を付ける。
「!?!?!?!?」
「と、トア?」
ソラはパタパタと手を動かして、ナナは目を丸くして、それぞれ驚いていた。
ソラの妖力を吸い取って、それをそのまま私の体に注ぎ込むイメージで……
(……よし、いける!)
少しずつ、ソラの妖力が口腔を通じて私の中へ移動してくる。
――そして移ってきた妖力は、スォーの言うとおり、私の体に害を与えはじめた。
流れ込んでくるたび全身がズキズキと痛みだし、脇腹の傷が広がる。血がドクドクと勢い良く飛び出してきた。
(……主様)
(止めろ、って言うなら聞かないよ)
(……はい、存じております。ですので、私の方で妖力を魔力に変換させてください。その後、刀身に移して放出させます)
(そんなことしたら、あなたの負担凄いんじゃない?)
(このまま主様の体に留める方が危険です。どうか……)
(……分かった。お願い)
(御意に)
一瞬口を離して、横に置いた薙刀を左手で持つ。
「はあ、はあ、……と、トアちゃん、今の……」
「……ああ、ごめん。ちゃんと、息継ぎ、入れるようにするね」
「え? いや、そうじゃなくて……んんっ!?」
再び唇を奪う。
――段々、妖力を吸い取る速度が上がってきた。慣れてきたのだ。
その影響で小さな傷も大きく裂け始め、視界も明転し、段々力も入らなくなってくる。
喉奥から込み上げるものがあって、一度口を離した。
激しい咳と共に、血が口から零れ落ちる。
「はあ、はあ……」
「……トア、ちゃん、なに、してるの?」
「だい、じょぶよ。あと少しで、終わる、から……」
三度、口づけ。
――しようとして、ソラが弱々しく両手で抵抗してきた。
「トアちゃん、助けようとしてくれてるのよね?
なら私はもう良いから。だから……」
「あとでナナにもするよ。先に、ソラが落ち着くまで……」
「ち、違くて。トアちゃん、苦しそうだから、もう……」
「めちゃくちゃ、しんどいよ。でも、二人を、助けるためだもの」
「トアちゃん、もういい。もう、私たちなんかのために無理しないで……」
「無理なんかいくらだってしてやる!」
思わず、叫んでしまった。
あまりにも、頭にきてしまって。
「二人は、私が初めての友達、って言ってたけど。
私にとっても、中学で出来た初めての友達なのよ!
イズミとホウセンの次に仲良しな、大親友よ!
二人とまた遊べるようになるなら、なんだってするに決まってる!」
勝手に涙が溢れてくる。
……この二人には、帰ったら罰として、お昼でも奢ってもらわなきゃ割に合わない。
「……っ、トア、ちゃん……」
またソラが泣き始める。
もう今日何度目か分からない、ソラの泣き顔。
リディオの泣き虫と良い勝負だ。二人は気が合うかもしれない。
それから何度も息継ぎを挟んで、ソラから妖力を吸い出しては、スォーに放出してもらう、を繰り返した。
†
何度か繰り返して、ソラの全身が脱力し始めた。
魔力や妖力は、体力と似ている。枯渇すると、酷い倦怠感と疲労感に襲われる。
ソラが自力で座れなくなるくらいになったところで、一度彼女を離した。
かなり呼吸も安定して見える。
「……どう? 痛みは」
「……今は、全然無い」
「良かった。痛みが増してきたら、すぐ言ってね。絶対よ」
そう言い残して、ナナを見る。
ナナの方も痛みが限界近い様子で、呼吸する音も酷く濁っている。
「ナナ、一応謝っとく。ごめんね!」
「ちょ、まっ……」
ナナに何も言わせず、キスをする。
一吸いした、瞬間――
ドクンッ、と心臓が締め付けられるような激痛。
一瞬意識を失っていたようで、目が覚めたらナナにのしかかる体勢になっていた。
「トア、もうやめとけ、私はいいか……」
何度も同じことを答えるのも面倒になって、無理矢理唇を奪った。
この体勢、楽だしなかなか都合が良い。
地面とナナの頭を挟むようにして、小さな唇をついばんだ。
吐血する時だけ顔を逸らして、一心不乱にナナとのキスを繰り返す。
(……なんかもう、気持ちいいんだか、苦しいんだか、痛いんだか、わけ分かんなくなってきた……)
(……主様……)
(スォー、分かるようなら、教えてね。充分吸い取れたかどうか……)
(……は、はい……御意に、ございます……)
スォーも苦しいのか……それとも、泣いているのか。
(後もう少しのハズよ。一緒に頑張りましょう)
(はい。最後までお手伝い、させていただきます)
一瞬気絶しては、また起きてキスをして。
止めようとするナナを無視して、唾液を混ぜ合わせ。
地面に血を吐いては、余りを飲み込む。
ナナが一段落したら、もう一度ソラを。
そちらも落ち着いたら、またナナへ。
スォーに体を支えてもらいたいけれど、変身状態じゃ無いと薙刀が持てない。
重く、鉛のようになった体を引きずって。
ひたすら、二人の痛みが無くなるまで交互に繰り返していった。
†
(……主様。お二人とも、かなり安定してきました。しばらくは不要かと。これ以上吸ってしまうと、逆にお二人が衰弱しすぎてしまいます)
スォーの声で、ナナから顔を離した。
二人とも妖力を吸われすぎてぐったりと脱力している。どちらも穏やかな表情で、痛みはほとんどなさそうだ。
これならしばらく、妖玉が自爆する恐れも無いだろう。
「……よし」
全身の痛みを無視して、上体を起こす。
(……次、でございますね。妖玉の無力化……)
(そうね)
体が傾ぐ。
地面に顔を突っ込む直前、なんとか意識を取り戻した。
(……ごめん、寝ちゃったら、起こして)
(っ、……はい、お任せ、ください……っ)
上を見て、大きく呼吸をする。
少しだけ、気が紛れた気がした。気だけに。
「……さて」
ふたたび二人を見下ろす。
ナナとソラが、胡乱な目でこちらを見ている。
「……妖玉って、二人の傷の近くにあるのよね」
二人に確認する。ホムラが言ってたけど、一応。
「ああ、心臓に近い……ってか心臓の中かも」
ならばやはり、傷口から血液を媒介にして接触するのが近そうだ。
魂魔法『メンシースの渡り舟』。
他者に自分の魂を一時的に移す魔法である。
主体が魂だから、人間の肉体でも発動自体はできる。
基本的には魂干渉用の魔法と併用して使うが、体液を媒介にすれば『メンシースの渡り舟』単体で効果を発揮できる。
(私も補佐できると存じます。肉体と魂の交通は、我々の基本性能の一つですから)
(分かった、お願い)
(御意に)
右親指の腹を薙刀の刃で小さく切った。次に、左手の親指も同様に小さい傷を作る。
そして、寝そべる二人の間に座った。
「二人とも、あと少しよ」
「トア、ちゃん……」
弱々しい声でソラが私を呼ぶ。
「うん、どした?」
「……私たち、思って、良いのかな……」
ソラはまた、相変わらずの涙をこぼしながら言う。
「助かりたい、って……。またトアちゃんと、学校、行きたい、って……」
「ソラ……」
ナナの目からも、一筋の涙が落ちた。
「なに言ってるの、当たり前、でしょ」
私は努めて、笑って見せる。
「イズミとホウセンと仲良くなって……、五人でどこかに遊び行くまで、死なせてなんかあげないんだから……!」
「うん、うんっ……!」
声にならない声で言いながら、何度も頷くソラだった。
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