10
「ソラなんか、ほとんど妖力無くなってるじゃにゃいか。これじゃ溢れを起こせないにゃ。どうしてくれるにゃ」
「……シチビ、聞いてくれ、これは……」
「シチビさん。このピュアパラ殺して」
ナナを遮る形でソラが言う。
「……私たちじゃ、殺せないから……」
ゆっくりと体を起こして、涙の跡が残る目でシチビを見上げるソラ。
「ソラ……」
ナナが私とソラを見比べる。
――ナナはまだ、私を死なせたくない、と思ってくれているのだろうか。
「そりゃもちろん殺すけど……なんで命令形にゃ?」
「いや、命令のつもりじゃ……。私たちの仲だから……」
「自分の失敗の尻拭いをさせるのに、なんでタメ口にゃ? それがイラッとくるにゃ。ただでさえもう計画めちゃくちゃにゃ。
お前らなんか勘違いしてるにゃ?
今回の溢れを成功させるのがラストチャンスだったにゃ。
前のガーゴイル200体も結構大変だったのに一瞬で無駄にして。
役立たずが偉そうな口利くにゃ」
青筋立てて凄むホムラに、ナナとソラはただただ、呆然と見上げていた。
「貴重な妖玉二個も使って、まさか魂が二人で一つと思ってなかったにゃ。
変化するのに毎回、妖玉近くの血を交換しなきゃできないとか、劣等も良いとこにゃ。
せめて強けりゃ救いもあるけど、見る限り一人のピュアパラにボコボコにされる失敗作ども。
お前達の良いところなんて、洗脳の手間をかけなくて済んだことくらいにゃ」
「なんで、なんでそんな酷いこと言うの……?
シチビは、私たちを洗脳することに反対してくれてたじゃない!
人類の敵になりたくないなら素直に言って良い、て……」
「素直に言われたら素直に洗脳するだけにゃ。
その手間掛けずに手駒になるなら、別にそれでいい、ってだけにゃ」
ソラは愕然と……ただただ、瞬きもせずホムラを見つめ続けている。
「……じゃあ、私らが可愛いとか言ったり、撫でたり抱きしめたりしたのは、全部演技だったってことかよ……?」
ナナが顔を上げて問う。
「? 私は世界一可愛いし、ユーモアもあるし強くて賢いし、最早存在自体が史上最高にゃ。その私にそっくりだから、そのまま言っただけにゃ。
最初は中身も受け継いだかと期待したけど……
見た目だけの失敗作と分かった時は、がっかりしすぎて目眩がしたにゃ。
さらに今回の件で、ますます飼う気なくなったにゃ。もうお前らには冷めたにゃ」
ソラはふらふらと……どこか夢遊病患者のように立ち上がり、とぼとぼとホムラに歩いて行く。
「……シチビさんは、きっと誰かに洗脳されちゃったのよ。そうでしょ? だって、シチビさんがそんなこと、言うわけないもん……」
「ソラ、待て、近づくな……」
ナナの制止の声は掠れて、ソラの耳には届いていないだろう。
「私は仲間の妖怪の中でもナンバー3にゃ。
お前ら人間みたいに、すぐ洗脳されて奴隷化しちゃう弱々な魂してないにゃ」
「思い出して、シチビさん! 一緒にゲームしたり、映画見たりしたじゃない。シチビさん、宅配ピザに感動して、まだ食べたい、って駄々こねて……。
人間を支配して、娯楽や食べ物を作らせるだけの奴隷にしたら、絶対楽しいよね、って話し合ったじゃない……!」
「……ウッザ。それはその作品や食べ物が優れてただけにゃ。
一緒に見たり食べるなら、仲間と一緒の方がもっともっと楽しいに決まってるにゃ。
お前達じゃなきゃダメな理由なんて、一個も無いにゃ」
「シチビさん、お願い、正気に戻って……」
「……ヤバいくらい話通じないにゃ。もうお前ダメにゃ。さっさと処分するにゃ」
ホムラが右手を上げる。人差し指をソラに向けて……
「待ってくれシチビ! いや、シチビ、さん!」
ナナが大きな声で叫ぶ。
その声でソラもハッ、としたようにナナを振り返った。
「確かに、私たちは失敗した! でも、違うんだ! 私がバカで、弱かったから、足引っ張っちゃっただけで……
ソラの相方が私じゃ無くて、もっと優秀だったら、こんなことになってなかったんだよ!
だからお願いだ! 私はいいから、ソラだけは連れてってくれよ!
ソラは天才なんだ! 隣に居るのが私じゃなければ、もっともっと、凄いんだから!」
言い切って、ゴホゴホ、と咳をするナナ。
その音から、気管を痛めているように聞こえる。
「ナナ……」
ソラの目に光が戻って来て、同時にまた涙が溢れ始める。
「違う、違う……!」
ソラは小さく首を左右に振って、再びホムラを見た。
「違う! 私が悪いの! 人間のこと嫌いとか言っておいて、『やっぱり仲良くなれるかも』なんて言い出して……
ナナはそれに付き合ってくれただけなの!
最初から、ナナは一貫してた!
私みたいな優柔不断と違って、芯がしっかりしてるのはナナなの!
だから、ナナだけは! ナナだけは連れて行って! お願いシチビさん!」
「ソラは黙ってろ! なあシチビ……、さん! 分かるだろ? ソラは頭も良いし、強いし、妖術もたくさん起用に使いこなすし……」
「うるさい! ナナの方が絶対シチビさんの役に立ちます! だから、だからお願い……お願い、します。ナナだけは……」
ナナもソラも、そこから先は泣き声で上塗りされて言えなくなってしまった。
二人を見下ろして、ホムラは大きくため息を吐く。
「……なんでこう、話を聞いてないにゃ。
二人揃わなきゃ変化できない失敗作を、なんで片方だけ連れて行くとかいうわけわからん話になるにゃ。
耳と頭狂ってるにゃ? 私は廃品処理業者にゃ?
もう、一人で変化できて、お前らより強い成功作をたくさん作れるようになってきたにゃ。
お前たちはもう要らないにゃ。実験台としてデータは取れたから、そこだけはご苦労様だったにゃ。
ああ、あと、胎児に私の妖力流すとそっくりに生まれるっていう情報も感謝してやるにゃ。侵略後に奴隷どもに産ませまくるにゃ」
ホムラが再び右手を挙げ、二人に向け……
その横面を、しっかり拳を握り込んで、殴りつけた。
†
「うにゃあぁ!?」
ホムラが盛大にひっくり返って、思いっきり裾の中身が見える。
「……な、なんにゃ? 何が起きたにゃ?」
ホムラが頬をさすりながら、私を見上げた。
「い、いつの間にそこにいたにゃ……? 防御結界張ってたはずにゃのに……」
前世では、ホムラの魂の芯まで恐怖を植え付けた結果、ホムラの妖術は一切私に通用しなくなった。
魂レベルのトラウマは、私への抵抗手段を全て失わせたのだ。
それはどうやら、今でも克服されてないらしい。
「……魔王になってから、後悔したことは何度かあるけど……これは間違いなく一番よ」
一歩、踏み込む。
「私の可愛いお顔を殴ってただじゃおかないにゃ。お前から先にぶち殺……」
睨み付ける。
それだけで、ホムラの全身が震えだした。
「……? にゃ、にゃんだ? 震えが止まらない……妖力もあんま出せなくなってるにゃ!? 何がおきたにゃ?
人間! 私になにしたにゃ!」
「……リディオからは、殺処分すべき、って案を上げられたけどね。
でも私は……、感情に真っ直ぐな所を、好ましく思ってしまった。
ただ我欲に忠実すぎるだけで、根っこの根っこは、きっと悪い子じゃないから、って撤回させちゃった。
私が釘を刺しておけば大丈夫だから、って……。
……後悔してるよ。
お前はあの時、殺しておくべきだった」
「ひぐぅっ!? う、嘘にゃ……この私が、……、い、息、苦し……。体、動かな……妖力出な……。なんにゃ……、なんなんにゃ、お前……!」
さらに一歩。
それだけで、ホムラが纏う妖力はさらに少なくなっていく。
「お、思い出した。これは、恐怖にゃ……。怖いにゃ。嫌にゃ。ここに居たくないにゃ。変だにゃ、こんなの、もう何年も……
トゥアイセンが居なくなってから、一度も感じたこと無いのに……!」
さっきまでナナとソラへの態度はどこへやら。
耳は萎れ、自分の体を掻き抱いて、脚を曲げて縮こまって震えている。
「そうか、お前、トゥアイセンの子孫か生まれ変わりにゃ!? 確かに、魂と魔力に名残を感じるにゃ」
さらに一歩。薙刀が届く間合い。
「ひぃ! 来るな……来ないでくださいにゃ! もう悪いことしないにゃ! 良い子にするから、痛くしないで……」
ホムラは体を丸めて、うつ伏せに頭を庇う。
……それから、しばらく経って。
何も起きないことを不思議そうに、ホムラが少し顔を上げる。
「? なんにゃ? なんで何もしてこな……
……良く見たらお前、体ボロボロにゃ。
にゃははん! さてはお前、まともに戦えないにゃ!?
よーし、だったら今のうちにボッコボコのギッタギタに……」
睨む。
――ホムラの推測通り、この体に戦う力なんて残ってない。
立ってるのも辛いくらいだ。ハッタリ効かすしか、やれることも無い。
「……なーんちゃって、ちょっとしたユーモラスにゃ! ジョークにゃ! なに言うてんねーん、ってツッコミ待ちのプロレスにゃ!
というわけでお後がよろしいようで!
私はさっさと帰るにゃ! どうせ今日はもう失敗だし、怒られた後お風呂入ってコタツで丸くなって寝るに限るにゃ!」
速攻でゲートを作るホムラ。
――ハッタリ、めっちゃ効いた。
感情に忠実なホムラは、恐怖にも忠実だった。
「でも流石に妖玉は処分しとくにゃ。人間に回収されても面倒にゃ」
言って、右手の人差し指をソラに、中指をナナに向ける。
指から放たれた妖力の光が、二人の胸元に到達した。
(しまった……!)
振り返る。
二人は胸を押さえて、悲鳴を上げはじめた。
「もうこんなとこ一秒も居たくないにゃ! 楽しいことしかしないのが信条にゃ! ばははーいにゃー」
ホムラがゲートの中に消えていく。
戦えない今、深追いするわけにもいかない。
私は踵を返して、空を駆けた。
†
二人のそばに戻る。
私とホムラのやりとりの間に近づいていたナナとソラは、互いの手と手を握り合っていた。
「ナナ、ごめん、ごめんね……」
痛み……だけでないのだろう。大粒の涙をこぼしながら、ソラはナナに謝る。
「……バカ。謝るのは、私じゃないだろ」
ソラよりは痛みがマシなのか……それとも、その精神力で耐えているだけか。
ナナは苦笑いでナナの頭を撫でていた。
ナナが私を見上げる。
「トア。ごめんな。……イズミとホウセンにも、謝っておいてくれ」
言って、胸を押さえて蹲る。
「謝っても、許してくれないだろうだけど……。トアちゃん……、色々酷いこと言って、ごめんね。全部、トアちゃんの、言うとおりだったのに……バカだね、私たち」
ソラが痛みに呻いて、激しく呼吸をしはじめた。
「……謝る必要なんて無い。全部、許すに決まってるでしょ。友達なんだから」
言って、二人を優しく抱きとめる。
「優しい、ね……」
「はは、トアに抱かれて、死ねるなんて、幸せだな……」
「ダメ、死ぬとか、言わないで」
腕の力を強める。
「……もし生まれ変わったら、今度こそ幸せになろうな、ソラ……」
「……うん。その時は、どっちか男でも、いい。赤ちゃん、作れるから……」
「……こんなときに、また変なこと言うな……」
「だって。思い付いちゃっ、たん、だもん……」
「バカ、諦めるな!」
私の目から溢れる涙があまりに多すぎて、邪魔くさい。
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